幸田露伴「天うつ浪」(後篇)現代語勝手訳(114)
其 百十四
お彤はお近が話している間にも、少しの受け答えをしつつ、語を挿もうとしない訳でもなかったが、立て板に水とまでは言わないが、下り坂を走る小車のように騒がしく忙しく話し続けられて、口を入れかねていたのである。今、そう問いかけられたので僅かに言葉を出して、
「いいえ、そうじゃぁありませんが、他のことでもって、ちょうど先刻見えたので」
と言い掛けて、お龍の方を莞爾やかに見やり、
「お龍ちゃん、お前、黙っておいでじゃぁ不可いよ、叔母さんじゃぁないかネ」
と軽く一言を与えて、またお近に向かって、
「きまりが悪いもので羞渋んで困っているのですよ。ホホホ、未だ若くって、いっそ可憐らしいじゃぁありませんか。どうかまぁ、今日のところはお叱りなさらないでネ、貴卿がお目上ですから優しくしておやりなすってネ」
と、二人の間を取り繕うように言った。
この叔母が選び定めた婿を嫌ってから、朝となく夜となく論い合い睨み合って、ただでさえ性の合わない仲ではいよいよ面白くなく、えぇ、忌々しい、どうにかなるわと、後の迷惑も考えず、無言って脱け出したまま、恩があるのは分かっていても、憎らしさもあり、手紙一本も出さずに知らん顔で済ましてきた。今日、突然にここで会っては、お龍もいささか驚き、顔を見ては流石気の毒さに顔を伏せておきたい気持ちもあるが、勝手ばかりで遠慮を知らない性急な話し声がいつもながらに喧しく耳に響いては、もう薄腹の立つほど虫が嫌って厭で厭で堪らず、出て来なくても可い人が出て来てと、迷惑がり、出るも引くも出来ないくらいに心が殺がれていたが、お彤にそう言われては横を向いてばかりもいられず、不承不承に、
「叔母さん――」
と言ったが、それ限り、あとはぐずぐずと口の内で何を言っているやら分からず、どうしようもなくて頭を下げてやっとのこと挨拶をすれば、叔母はなかなかもう黙ってはいず、三角の眼をきらりと光らせ、
「でもまぁよく忘れずに叔母さんとお言いだったネ。ハイ、その後はしばらく。お前もお達者で、別にお天道様にも愛想を尽かされずにお暮らしで、まぁ結構だネ。本当にお前のお蔭じゃぁ恐ろしい煮え湯を飲まされました。会ったら引っ捉まえて耳でも扯り取ってあげて、どれくらい私が痛かったか苦しかったか、こんなものだったよと、察してもらいましょうと思っていましたがネ、こちら様のお言葉だから堪忍してあげる。しかしあの事はどうにかこうにか既済んでしまったが、一ツ済めばまた一ツで、お前のお陰様でこうして砂埃ばかり立つ東京くんだりへ、田舎婆さんがえっちらおっちらとわざわざ出かけて来て、こちら様へもご厄介を掛けたり何ぞします。婆さんを苦労ばかりさせてお手柄なことですネ。ほんとにお前のしたことに碌なことはありゃぁしない。お前のしたことの中で良いことというのは、こちら様に可愛がっていただいているということだけだ。こちら様にでも見離されりゃぁお前のようなものは、それこそ最終は倒れ死にだよ。身に染みて覚えておいでなさい。もうお前の身体はお前の考えだけじゃぁ勝手にはなりません。私が全部頼んでおきました。もう何もかもこちら様の仰る通りにするのです。三絃の師匠だなんて、あんな悪い人のところへ身を置いては決してなりません。出入りしてもなりません。早速これから其家を出てこちらへご厄介になって、こちら様を有り難いと思って身を責めてお働きなさい」
と独り合点して、まくし立てて指揮した。
お彤は訝り疑うお龍を見て、
「叔母さん、それじゃぁこの人にゃぁ分かりますまい。こういうことなのだよお龍ちゃん」
と、静かに説き出した。
つづく




