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「美咲、ありがとう」


発表会が終わって茉莉に花束を渡すと、茉莉のお父さんが「ふたりで」と写真を撮ってくれた。

ちゃんと笑えてるだろうか…

沈んだ気持ちに気づかれませんように……

そう思って茉莉の隣で笑顔を作っていると、茉莉が突然、はしゃぐように声を上げた。


「あ、碧くんだ!碧くんも一緒に写真撮ろう!

ほら、美咲も一緒に。ね、いいでしょ、碧くん」


てっきりふたりで撮るのだと思って、傍から離れようとした私に茉莉は腕を絡ませて引き留めた。もう一方の手は碧くんを引っ張っている。


「ああ、いいよ」


初めて傍で聞いた彼の声は、張りのあるテナーボイスだった。


「もう、碧くん今年反則だから!

毎年あんなつまらなそうに弾いていたのに、何なの!今年は!!」


茉莉が頬を膨らませて詰め寄っている。

そんな茉莉をなだめるように優しい顔で微笑んでいる。


「……みんなから尋ねられたよ。やっと辞めれるのか?って」

「辞めるの?」

「いや」

「じゃあ、どうして楽しそうだったの?」

「ん……やっとピアノって楽しいって思えたんだ」

「今までは楽しくなさそうだったもんね。でも、どうして?」

「それは内緒」

「え~っ!参考にしようと思ったのに!」

「だって、茉莉ちゃんはずっとピアノ大好きだったから問題ないでしょ」

「うん……まあそうだけど……。でも気になる!」

「ふふふっ」

「なに、その笑い!絶対何かある!」

「うん。でも内緒」

「ケチ!」

「何とでも言って」


どうやら、茉莉のことは可愛い妹のように思っているらしい。


眩しい……私とは違う世界で生きる人たち。

ふたりのじゃれ合う様子に再び心がズキンと痛んだ。



*♪*♪*♪*



あれから数年。

あの後、茉莉とは違う、もちろん佐久間碧くんとも違う高校に進み、看護師の道を目指すことにした。私は今、看護師として病院で働いている。


病棟の看護師は夜勤もあって、生活リズムが崩れがちになるけれど、患者さんを近くで支えることができる仕事にはやりがいを感じていて、毎日が充実していた。

結局ピアノは、高校生になってすぐに辞めてしまっていた。




看護婦として働き始めて3年経った頃のことだった。

後期研修医のひとりとして、那賀(なか)理沙(りさ)先生が内科に入り、私も内科の病棟看護師として関わりを持つようになった。


クリッとした二重の瞳が印象的な顔立ち、綺麗なのに小柄で華奢な体型で、2つ年上のはずなのに年下のような愛らしさだった。前期研修医を終えたばかりで、仕事に対しても前向きに取り組む姿に、患者さんだけでなく看護師や先輩医師のファンが増えるのは当然のこと。彼女はあっという間に病棟のアイドルになっていったのだった。


私も、年下とはいえこの病院での勤務歴も彼女より長いため、立派なお医者様になれますようにと喜んでサポートをしていたのだが……


「那賀先生、ピアノ弾かれるんですか?」

「忙しくって、もうずいぶん触ってないですけどね。高校生まで習ってました。先生方で楽器を習っていたり、今も弾いていらっしゃったりする方多いですよ」

「そう、なんですか……」


ふふっと笑いながら何でもないことのように話す那賀先生を見ていて、私は久しぶりに心がザワザワと揺れるのを感じた。

そして、昔ピアノの発表会の会場で聞いた『頭がいいからピアノも上手なのよね』という言葉を思い出す。


「やっぱり、頭のいい方は楽器もお上手なんでしょうね。楽器が演奏できるって、すてきですね」


私が揺れている自分の気持ちを悟られないように、ニッコリと笑って返すと、那賀先生は少し恥ずかしそうに微笑んだ。


「私はあまり上手ではなかったのですが……。でも、ありがとうございます」


その邪気のない微笑みが眩しくて、私はさりげなく目を逸らした。

やっぱり天から二物も三物も与えられる人っているんだ……

そう思うと、忘れかけていた劣等感が顔をのぞかせた。





それからしばらく経って、私の耳に那賀先生の噂が入ってきた。

それは、今までとは違い、いい噂ではなくて……


「心では自分はあなたたちとは違うと思っているみたいよ」

「一生懸命に見せてるのも、計算してるのかしら?」

「自分のこと可愛いと思って媚び売ってるんじゃないの?」


え?みんなどうしたの?

この前まで、那賀先生のこと素敵だって言っていたはずなのに。


「ねえ、美咲。那賀先生、楽器が弾ける人は頭がいいって言ったんでしょ」

「え?」


それ、私が言った言葉。

那賀先生は、自分はあまり上手じゃなかったって言ったけれど……


「那賀先生と美咲が話しているところ、聞いていた看護師が居たのよ。那賀先生は美咲が言ったことに『ありがとうございます』って言ってたって」

「ありがとうございますとは言っていたけど。でも……」

「やっぱり、本当だったのね!」


その前に…と言おうとした私の言葉は途中で遮られた。


「いつも笑顔だけれど、心の中では何考えてるかわからない人なのね」

「私たちのこと馬鹿にしてるんだわ、きっと」


言質を取ったとばかりに、次々に那賀先生のことを悪く言い始める同僚たちに、私は焦りつつも口を挟むことができなかった。


【作品番号】

クラシック音楽において、作品番号とはその作品を特定するための整理番号のようなものです。

日本語では「作品○○」と○○の中に番号が入りますが、ドイツ語や英語では「Op.○○」(○○は日本でも外国でも同じ番号)と書かれてあります。「Op.」はオーパスと読みます。



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