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「月の光は恋の歌」に登場した、水田美咲の物語です。

彼女を悪い人で終わらせたくはなくて書き始めたのですが……難しかったです。

ちょっと苦しい主人公の物語になりました。

今日は久しぶりの梅雨晴れになった。

7月に入っても続いている梅雨のせいで重たい雲に覆われていて、気持ちまで重くなっていたこの頃だったが、久々の青空と照り付ける太陽がまぶしい。

身体にまとわりつくような蒸し暑さが、今年もこの季節が来たことを思い出させる。


年に1度の楽しみを前に、私、水田美咲は太陽の眩しさを感じながら、足取りも軽くコンサートホールへと向かっていた。



会場の受付でプログラムをもらうと、すぐに名前と順番を確認する。


「あ、あった!よかった!」


お目当ての人の名前を確認し、ホッと息をつく。

舞台に向かって中央よりすこし右手の席を選んで座り、開演までの時間を過ごす。

後ろには出演者の母親と思われる人たちが座って話している様子が見える。


ピアノを弾く人は、手の動きを見たいから…と中央より左手の席に座ることが多いらしい。でも私は気にしない。それよりも、演奏している人の顔を見たかったから。


今日は、幼なじみの茉莉のピアノの発表会だった。

出演者たちは会場の前の方に座っている。

私は、振り返った幼なじみに手を振った後、その周りにいる出演者に目を馳せた。


「あ……」


今年も居た。

プログラムで名前を確認しているから、いるとは思っていたけれど、実際に目にすると胸がドキドキと高鳴ってくるのを感じた。



*♪*♪*♪*



茉莉の通うピアノ教室の発表会に毎年聴きに来るようになったきっかけは、単純に茉莉に誘われたから。

ちょうどその頃、私も別の音楽教室でピアノを習っていて、学校で茉莉とピアノの話をしていたら「みんなすごく上手だから聴きに来ない?」と誘われたのだ。


母と一緒に初めて聴きに来た時、難しい曲を小さい体で一生懸命に演奏する茉莉を見て、驚きしかなかった。

いや、驚きという言葉で簡単に片付けてはいけないと思うくらい、同じ年齢とは思えない演奏だった。


「あら、茉莉ちゃん可愛らしいドレスが似合ってるわ。

ピアノもとっても上手なのね。美咲も早くあれくらい弾けるようになるといいわね」


茉莉が可愛いのは当たり前のことだったし、ピアノを弾いたこともなく音楽に無縁な母にしてみれば、その後の言葉も「頑張ってね」という私への応援だったのかもしれない。


でも私にはわかってしまった。

茉莉と私とでは実力の差が違いすぎる。


茉莉のピアノを聴いた後、私もしばらくは練習を頑張ってみたけれど、少々頑張ったところで簡単に上達するものでもない。

それでも辞めたくないくらいにはピアノが好きで、中学生になった今も中途半端な状態で今も続けている。茉莉の発表会にも毎年誘われていて、断る理由もないから律儀に聴きに行っていたのだ。




あれ?

何年も発表会を見に行っているうちに気がついた。

いつも茉莉の後に演奏する、一つ年上の男の人……

どうして、あんなにつまらなそうな顔しているんだろう?


緊張している様子でもない。かといって、やり切った感もない。

憮然とした顔でステージに入り、つまらなそうにすごい曲を弾いて、ニコリともせずにステージを降りていく。


線の細い体、男の子にしては少し長めのさらさらとした髪。切れ長な二重の瞳を飾る長いまつげ。中性的な整った顔立ち。

綺麗な男の子(ひと)だなと思った。


でも、目に留まったのは、彼の容姿のせいだけではない。

ステージに立つ子どもたちは、たいてい緊張感をまとっていたり、溌溂とした表情を見せていたけれど、彼だけがその空間の中で異質だと感じた。

楽しく……ない、のかな?

上手なのに……


次の年からは、彼のことが気になって仕方がなくなった。

毎年、面白くなさそうにステージでピアノを弾く。

その様子を見ては「今年もか…」とひとりで苦笑するくらい、気になる存在になっていたのだと思う。


「あら、碧くん。今年も……ね」

「本当。あんなに上手なのにね」

「ということは、来年も碧くんの演奏聴けそうね」


彼の存在を気にするようになって3~4年ほど経った頃、ステージでの演奏者の入れ替わっている時間に、すぐ後ろに座っている人たちの会話が聞こえてきた。

聞こえてきた情報によると、あの憮然とした態度の佐久間碧くんは、ご両親にほぼ無理矢理ピアノを習わせられているらしい。

そして、毎年「今年の発表会が終わったら辞める」という願いを却下されているという。


だから、あの表情。

あの表情が見れたら、今年も却下されたということで、来年も聴ける。

そういうことらしい。


なるほど………謎が解けた。

おそらく同じピアノ教室に通わせている保護者たちと思われる会話に感謝をしつつ、私は彼の秘密を知ってしまった気持ちになって、その年はウキウキと発表会の会場を後にしたのだった。


20,000字ほどの話の予定です。

評価をつけていただけると嬉しいです。


「月の光は恋の歌」本編(https://ncode.syosetu.com/n3866hl/)もよろしくお願いします。


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