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9.宝の山よ!(前編)

 ガシャン、という物音でわたしは目覚めた。

 身を起こし、自分がベッドに寝かされていたこと、いまがすでに夜であることを悟る。セリアン様にお別れの挨拶もせず、一人で帰してしまったのだ。なんて申し訳ない……。

 

 おちこむわたしの耳に、今度はカラカラカラ……と遠ざかっていく車輪の音が聞こえる。

 助けを求める声もないし、動けるのならば、事故などではなかったらしい。

 そう得心してわたしはふたたびベッドにもぐりこんだ。

 

 いったいどうすればセリアン様に結婚をあきらめていただけるのかしら……と考えているうちに、わたしはふたたび眠りに落ちた。

  

 

 物音の原因は翌朝すぐにわかった。

 

 さすがに睡眠をたっぷりととりすぎたわたしは、普段より早く目が覚めた。メイドを呼ぼうと思ったけれどなにやら使用人たちがさわがしく、自分で手早く着替えをすませると部屋を出る。

 

 玄関に人々が集まって、なにかを運びいれている。

 

「どうしたの?」

「お嬢様。それが……誰かが我が家にゴミの山を放りこんでいったようで」

 

 困った顔の執事じいや。話を聞けば、敷地の一角に、大量の物品が投棄されたというのである。

 玄関先では下男たちが硝子の欠片らしきものをながめて眉を寄せた。

 

「キラキラしてるけど、やっぱりゴミだよなぁ、これ?」

「……!! ちょっとまって!!」

 

 ちらりと見えた色に驚き、ゴミ袋へ欠片を捨てようとしていた下男をあわてて止めた。

 

「お嬢様! 手を切らないでくださいよ」

 

 そっと受けとって見つめれば、それは紫色の硝子……高い透明度をもち、歪みや気泡もない。非常に熟練した硝子職人でなければこのようなものは作れない。

 

「なにより――」

 

 わたしは受けとったガラスの破片を指ではじいてみた。

 チーン……と鈴のような涼やかな音が響く。余韻は、音がなくなっても貴婦人の衣擦れのようにゆったりと空気をふるわせる。

 

「これは〝水晶硝子〟というものよ。王宮の晩餐会でグラスに使われているという」

 

 もちろん我が家ではお目にかかれない代物である。

 

「そんな値打ち品なんですか!?」

「ここに刻印があるわね。これはウロノス工房と……どこかのおうちの家紋だわ」

 

 そういえば近ごろブロンテ家がウロノス工房に多額の出資をし、実質的に経営権を獲得したようなものだと聞いた。ブロンテ家といえば先日のお茶会でエリナが挨拶していた……。

 

「これは東部メティエの銀細工スプーンね」

「……でも、いくら値打ち品でも壊れていますよね?」

 

 運びこまれたものだけを見まわしても、ほとんどが修復不可能なほど破損している。わたしが手にとった硝子は割れているし、下男が持っている缶はひしゃげて穴があいている。

 どれも壊れてしまって不要になったものなのだろう。

 

「そうね、その意味では、商品としての価値はないわね」

 

 メイドの疑問にうなずきつつ、わたしはふと昨夜の物音を思いだした。

 ウロノス工房とつながりのあるブロンテ家。刻まれた家紋。東部メティエという地域にもおぼえがある。

 

 あれがこれらを屋敷に投げ入れた音だったとしたら、これらの品々がわたしの想像どおりの家からやってきたとすれば、王都の中心から二時間もかかる郊外のベッカー家邸宅へ、夜中にわざわざ馬車で運んできたのだ。

 

 つまりこれは嫌がらせ。

 わたしとセリアン様が婚約したことを苦々しく思っている誰かの。

 

 けれど、そんなことは全部どうでもよかった。

 

「庭にある残りのものも屋敷に運んでちょうだい!」

 

 降ってわいた幸運に頬が紅潮していくのがわかる。

 万歳して踊りだしてしまいそうだ。

 

「えぇっ!? 正気ですか!?」

「本気よ。これはゴミじゃないわ、宝の山よ! でも壊れていて、ゴミなのよ! つまり、家紋があろうが、元の値打ちがあろうが、返却の必要はないの!!」

「でもゴミですよ!!」

「大丈夫、運んでくれさえすればわたしが選りわけて、手入れも処分も自分でするわ」

「お嬢様ー!!」

 

 メイドが泣きそうな顔でわたしを見ている。

 侍女を雇うだけの余裕がない我が家で、幼いころからわたしの世話をすべて見てくれているメイドだ。だからこそ、こうなったときのわたしが止められないことを知っている。

 

「あなたはロイヒテン様の婚約者なのですよ!?」

「セリアン様なら、わたしのしたいようにさせてくださるわ!!」

 

 力強く言いきると、メイドは顔を覆ってくずれ落ちてしまった。

 普段なにを考えて生きていらっしゃるのかまったくわからない方だけれど、なぜかこのときだけは「クロちゃんがいいと思うならいいよ」とほほえんでくださるセリアン様をはっきりと思い浮かべることができた。

 むしろ嬉々として付き合ってくれる気がする。

 

 下男たちは信じられないものを見る目でわたしを見たが、うち伏すメイドの姿になにを言っても無駄だと悟ったようで、渋々言うことを聞いてくれた。

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