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7.お茶会への呼びだし(後編)

 室内にざわめきが走り、またぱたりとやんだ。先ほどエリナに名を呼ばれた令嬢たちも、興奮した顔つきで扉のほうを見つめていた。

 どうしたのか、とわたしもそちらに視線をやり、――すぐに逸らした。

 

 なんだか見てはいけないものを見た気がするのだが、見てはいけないものなので極力見なかった。

 背が高くて、スカートではなくズボンをはいていて、薄い色合いの金髪をした人……。

 

 懸命に知らないふりをしていたら、〝見てはいけないもの〟がやさしくわたしの名を呼んだ。

 

「クロウディア」

 

 絹のハンカチーフのお声。

 

「……セリアン様?」

「セリアン様ったら、まだお茶会の時間だというのにクロウディア様を迎えにきたのよ。本当に仲のよいこと」

 

 セリアン様の隣に立つレベッカ様が教えてくださった。

 ……と、いう建前の、これもわたしを守るための方便であることは、わたしにもわかった。わざわざ呼んでくださったのだろう。それほどに大切にされているのだという演出だ。なにからなにまでありがたいことです。口が裂けても婚約を解消したがっているなどとは言えない。

 

「ありがとうございます。恐縮ですわ」

 

 わたしはセリアン様から視線の焦点を外し、お顔を直視している()()をした。

 レベッカ様のご厚意を無駄にしないためには、ここで気持ちよく失神してはいけない。

 

「とんでもない。君のためならどこへでもいくよ、クロウディア」

 

 セリアン様の笑顔とやさしい台詞に、居合わせた人々はため息を漏らす。

 

 ドキ、と胸が鳴った。

 そういえば面とむかって呼ばれたのははじめてだわ。

 こうして立つと、ウサギの仮面をかぶってわたしをクロちゃんと呼んでいた方と同一人物とは思えなかった。育ちのよい、圧倒的なイケメンである。

 

「ぼくの贈ったドレスを着てくれたんだね。髪飾りも……」

 

 セリアン様はそう言って、いつもの小首をかしげる仕草でわたしの髪にふれた。

 

 周囲で音のない悲鳴が次々にあがるのをわたしは感じた。

 大丈夫かしら、皆様、倒れてしまうのでは……いえわたしももう限界が近いのですが。

 

 セリアン様はどことなくいつもより嬉しげだ。レベッカ様の要請で婚約者らしくふるまってくださっているのだろう。

 できるだけ精いっぱいの平静を装ってほほえみ、さしだされた手をとった。ぼやけたシルエットが光り輝いているのでセリアン様がどんな動作をしているのかはよくわかる。

 

 エリナを見ると、指先で小さな○をつくっていた。大丈夫だから行きなさいと笑顔が語っている。

 

「それでは皆様、お先に失礼いたします」

 

 セリアン様の手に己の手を重ねながら礼をする。

 顔をあげて皆様を見渡すと、誰もがセリアン様に釘付けになっていた。

 先ほどのウィナ様も頬を染めてセリアン様のお顔をながめ、……それからその隣にわたしがいるのを見て、ものすごく微妙な顔をした。間違えて苦い草を食べてしまったヒツジが吐きだそうとしているみたいな顔だった。

 こ、怖い。

 

「ごきげんよう」

 

 わたしは急いでセリアン様へむきなおった。もちろん顔は見ていない。

 セリアン様と扉へ進むと、しずまりかえっていた部屋に徐々にざわめきの波が押しよせてくる。けれどもわたしもわたしでそれどころではなかった。

 

 レベッカ様が扉まで案内してくださる。そのことにも礼をいい、廊下にでて、お迎えにまできてくださったセリアン様にもお礼を言わねば、と気づいて顔をあげたところで、

 

「すごい! ぼくのことを見ても大丈夫になったんだね!?」

 

 優雅な身ごなしから一転、興奮した顔つきでぎゅっと両手を握られ、とびこんできた満面の笑みにわたしは公爵家の廊下で失神した。

 

 

 後日エリナに聞いたところ、かろうじてお部屋にいる皆様からは見えずにすんだそうだ。

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