6.お茶会への呼びだし(中編)
いくつか世間話をかわしたのち、レベッカ様は席を外された。侍女のほうへと近寄り、二人で部屋を出る。なにかご用事があるらしい。
わたしはほうっと息をついた。
レベッカ様はやさしくて思いやりがあって素敵な方だけれど、セリアン様と同じく美形圧が強い。そばにいるだけで足がふるえる。
一部始終を見届けたエリナが近寄ってきて、
「よかったわね」
といたわってくれた。
よかった。
本当によかった。
レベッカ様がお茶会に招いてくださったのは、先ほどおっしゃられていたように、わたしの身を案じてということがわかった。
レベッカ様がわたしに好意的な態度を示した、それだけでわたしの貴族社会における立場は大きく変わる。
うわさ話はやまないだろうけれど、内容は少し配慮を含んたものになるはず――。
「まぁここからが本番みたいだけどね」
わたしの期待に反して、エリナがにんまりと笑う。非常に好戦的な、わくわくとした顔つきで。
「え?」
主催者と挨拶をかわしてお茶会の目的は達成、しかも味方を得た。
最高の終わりじゃないの?
「耳をすましてごらんなさい」
言われたとおり、わたしは口をとじると周囲の囁きに神経を集中させる。
と、別のテーブルで談笑している令嬢たちの会話が聞こえてきた。
「もうとりいったのね、はしたない……」
「まったくあの容姿でどうやって男性を誑かしたものだか……」
「不思議でなりませんわね。よほどの理由がおありなのでしょう」
声色だけで刺すような、鋭い棘のついた囁き声。
思わずエリナを見る。
なにこれ怖い。
「レベッカ様がクロウディアをイビってくれると期待していたのに、あてが外れてくさっているみたいね」
わたしの疑問に、エリナも声をひそめて答えた。
「きっとあまりのみすぼらしさに憐憫の情がわいたのでしょうね」
「どうやら想像もつかないほど辺鄙な田舎からとりよせたとか」
「毛色が変わっていてものめずらしいだけ。あの方もいずれお目が覚めるでしょう」
聞かせるための内緒話は狙いをあやまたずわたしの耳に届く。
ちらりとテーブルをうかがえば、皆様ご立派な衣装をまとって、わたしよりもずっとかわいらしい顔立ちの方々だ。
一人は先ほど感激した東部メティエのペンダントをしていらっしゃる方だし、もう一人もイリッシュ国ではめずらしい絹織物の帯を巻いておられる。
わたしは少なからずショックを受けていた。
容姿については反論する気はないし、ベッカー家の領地が森や畑しかない田舎領地だというのもそのとおり。
でも、わたしに対して厭味を口にするということは、彼女たちはセリアン様にそれなりの好意をもっているはずだ。お茶会に招待されたのだから、レベッカ様とも交流があるはず。
なのにレベッカ様が退室された途端、セリアン様にまで非難の矛先をむけ、お二人の判断をないがしろにするような言動をしている。
これが上流の貴族社会なのだとしたら、なんて……寂しい。
「飽きられたと気づいたときにどんな顔をするか、見ものですわね」
周囲のテーブルからも、くすくすと笑い声が聞こえる。
相手に聞こえるか聞こえないかギリギリのところで陰口をするのがデキる貴族だという。
彼女たちはわたしの名前もセリアン様の名前もだしていないから、反応すれば思う壺になってしまう。「あら、あなた様のことではございませんのに、お心当たりでも?」とくるのだ。
かといって黙って耐えていても、言いかえせないのは弱虫だと思われる。
どうしよう、と涙をにじませながらエリナをうかがうと、周囲の笑いが大きくなる。
けれど、エリナはあいかわらずの不敵な笑みを浮かべていた。
「こうやってやるのよ」
「エ、エリナ?」
すっくと立ちあがり、ひそひそ話の令嬢たちのテーブルへ歩いてゆくと、エリナは親しみぶかげににっこりと笑顔を浮かべる。
すぐに、溌剌とした声が彼女たちの名を呼んだ。
「あら!! ウィナ・サーマン様、ごきげんよう。お目にかかれて嬉しいですわ。シャイム家のマリー様ではございませんか。お久しぶりです。エリナ・ジェイクですわ。覚えておられまして? 以前に夜会でお会いしましたね。ブロンテ家のユイーズ様も。お父様はお元気ですか? ご領地の鉱山開発は順調とのこと、当初は我が家も援助させていただきましたもの、たいへん嬉しいですわ。わたくし今日は、お友達のクロウディア・ベッカー様のお誘いで参りましたの」
怒涛の挨拶に、令嬢たちはびくりと肩をふるわせて顔をひきつらせる。わたしもぽかんと口をあけてしまった。
エリナの実家は王都での晩餐会や舞踏会への出席も多い。そこで会っていたのだろう。それでもよくもこれだけ細かに顔をおぼえていたものね。
驚いているのはわたしだけではなかった。
陰口を囁いていた令嬢たちは、エリナに素性が割れているとわかった途端に青ざめた。彼女たちはエリナの顔を覚えていなかったらしい。
わたしが田舎令嬢だから、わたしといっしょにいるエリナも王都の社交界のことなどわからないと思ったのかもしれない。
「ま、まぁ、エリナ様」
「ごきげんよう」
「お元気そうでなによりですわ……」
ひきつった顔で笑みを浮かべる三人。
……もしかして、エリナの実家、わたしが思っているよりずっと影響力がある?
セリアン様との結婚はおいておくとしても、皆様のおうちのことをきちんと勉強しなければならないわね……。
「お話ししたいこともございますけれど、ほかの方にもご挨拶がありまして……」
「ほほほ、ではまた」
短い挨拶ののちそそくさと退散していく令嬢たちを見送ってから、ふりむいたエリナはこともなげに言った。
「〝敵を知り己を知れば百戦殆からず〟よ」
エリナ、本当にわたしとおなじ伯爵家の娘なの?
貫禄という点ではレベッカ様にも負けてはいないわ。
「ああいう人たちは、こちらが田舎者で右も左もわからないと思っているのよ。自分の畑に踏みこまれた瞬間にびっくりして逃げてしまうのよね」
「エリナ、かっこいいわ」
ほうっとため息をつくわたしにエリナはにっこり笑った。
けれど、
「わたしよりもエリナのほうがセリアン様の婚約者にむいているわね」
わたしの感嘆に、エリナはものすごく変な顔をした。
「……クロウディアそれ本気で言ってる?」
「心の底から本気で言ってるけど……」
セリアン様の婚約者におさまっていれば、この先も今回のようなことが起こるだろう。わたしに耐えられるかといえば、耐えられる気はしない。
気立てもよく度胸もあるエリナなら、セリアン様に安息の生活を提供できると思う。
首をかしげていると、ため息をつかれる。
「だって、あの日クロウディアを見ていたときのセリアン様のお顔ったら――」
そのとき、突如起こった室内のざわめきに、エリナの言葉はなかばで途切れた。





