20.対決(前編)
無言で見つめあうこと、数秒。
ハッと我に返ったエリナとわたしは背筋をのばして顔をあげ、無言でこちらを見ているウィナ様たちにほほえんだ。
「お久しぶりです。クロウディア・ベッカーです。本日は皆様のお手伝いをさせていただきますわ」
「皆様にお越しいただけるなんて光栄ですわ。エリナ・ジェイクです。どうぞごゆっくりとおすごしくださいね。ドレスの見本もたくさんありますからお声かけくださいませ」
なにごともなかったかのように、あくまで店の者としてふるまう。
ウィナ様たちは鼻白んだ表情になったが、その表情はすぐに扇で隠された。
「エリナ様のお家が持っていらっしゃる商会ですものね。お手伝いをされているのね……」
わずかに侮蔑を含んだ声色だった。
ユイーズ様のお顔が一瞬、陰りをおびる。ユイーズ様のご実家であるブロンテ家は、ウロノス工房に出資し、経営権を獲得した。そのことをウィナ様は知らないのかもしれない。
きっとウィナ様のご実家サーマン侯爵家は、商業には手をださぬ主義なのだろう。
でもウィナ様のペンダントだって、商会の伝手を使ってとりよせられたものだ。
「はい、様々な品物にふれられて、とても楽しいのですわ」
せめてわたしはその美点を伝えたい。そう思って、答えたのだけれど。
わたしの言葉を聞いたウィナ様は、さっとお顔を赤められた。
「先日のことをあてこすっているおつもり?」
「あ、いえ、そういうつもりでは……」
なんのことかわからずに首をかしげそうになり、すぐに思い至る。わたしがペンダントに視線を走らせたのに気づかれたのだ。それに様々な品物を……というのはお手紙にも書いたこと。
わたしからは感謝のつもりだったお手紙は、エリナの言ったとおり、ウィナ様にそうと受けとってはもらえなかった。
「先日のお手紙については、わたしの書き方が悪く……」
感謝を述べたかったと言おうとした弁明は、ノックの音にさえぎられた。
コンコンコン、と軽やかな音が鳴り、女性の店員がエリナに何事かを囁いた。それを聞いたエリナが、ウィナ様たちを見た。
「参上したばかりで申し訳ありません。わたしにお客様のようで。少し席を外しますわ。クロウディア、いっしょに――」
わたしの手をとろうとしたエリナに首をふり、一歩進みでる。
「いいえ。お客様をおいて二人とも退出してしまうわけにはいかないでしょう?」
エリナの眉がよった。
でも、話の途中で――おまけに誤解を解かぬままに逃げだしてしまうなんて、よくないことだ。
セリアン様のお顔が脳裏に浮かぶ。
ドレスの下に隠れた指輪をぎゅっと握り、わたしは笑った。
「エリナ、お客様のおもてなしはわたしが。あなたはあなたのお客様のもとへ行ってさしあげて」
セリアン様ときちんとお話をしたいと望むなら。
ウィナ様たちとだって、むきあわねばならない。
エリナは心配そうにわたしとウィナ様とを見比べたが、わたしの決意が固いことを悟ると頭をさげた。
「では……失礼いたしますわ」
しずかにドアが閉まる。
残されたのは緊張の面持ちで状況を見守る針子の女性と、ウィナ様たちお三方に、わたし。
怖くないと言ったら嘘になる。
けれどほかの者の目もあるし、冷静にお話をすればウィナ様もわかってくださるだろう。誤解がとけたらぜひ楽しくドレスを選んでいただきたい。わたしは社交はできないけれど、品物を通してなら打ちとけられるかもしれない――。
そんな決意を胸に顔をあげて。
「――……」
三方から投げつけられた冷たい視線に、わたしの表情はこわばった。
「ねぇ、わかった?」
「えっと……」
なんのことだろうかと考える前に、扇のむこうからウィナ様の声が聞こえた。
「あなたみたいな地味な子、セリアン様の隣に並んでも恥ずかしくなるだけだったでしょう?」
「え……?」
先ほどまでは、エリナがいた。だからまだやさしく接していたほうだったのだ、と気づいたときには、もう遅かった。