19.お返事の行方
翌朝、わたしは暗澹たる思いで目を覚ました。
仕事を終え、エリナとジェイク邸に戻ったものの、わたし宛の手紙など届いていなかった。
セリアン様からのお返事はなかったのだ。
覚悟していたはずだったのに、その事実は想像以上にわたしの心にショックを与えてしまったらしい。
なにか事情があるのだろう。そう自分に言い聞かせても、気持ちは晴れない。
夕食の席でもぼんやりとしていたわたしをエリナは「明日になればきっと」と励ましてくれたが、それにもうまく答えを返すことができなかった。
就寝の身支度をすませふらふらとベッドに倒れこんだところで涙があふれ、そのまま泣き疲れて眠ってしまった。
きっと仕事の疲れがなければ泣きつづけるばかりで、寝つくこともできなかっただろう。
泣きはらした目には朝の光がまぶしすぎて目を細める。
気持ちを切り替えなければ。自分を叱咤するけれど、手足が鉛のように重い。
エリナがつけてくれた侍女に手伝ってもらいながらのそのそと着替えをすませ、鏡をのぞきこんだ。
ぶあつい眼鏡はこういうときに役に立つ。
必要以上に目元を隠してくれるレンズ越しには、充血した目もわからない。
「大丈夫。セリアン様はきっとお返事をくださるわ」
鏡の自分にむかって、にこりと笑う。
あいかわらず平凡以下のなんともいえない容姿だけれど、内心の動揺は悟られないはずだ。
……と思ったのに、エリナにはあっさりと見抜かれてしまった。
「今日は大切な用事もないわ、家でゆっくり休んでいても……」
「いいえ、泊めてもらうだけでもありがたいことなんだもの、お返しができるならきちんとしたいの」
「クロウディアは真面目なんだから」
眉を寄せるエリナに苦笑いを返し、わたしはもう半分の本音を告げた。
「なにかしていたほうが気がまぎれるのよ」
家にいれば、一日中セリアン様からの手紙を待ち焦がれて気が急いてしまうだろう。それよりはカラディア商会で別のことを考えていたほうが気が楽だ。
「セリアン様はお返事をくださらないような方ではないわ。きっとなにかご事情があってまだわたしからの手紙を読まれていないか、お返事を書くだけの時間がとれないの」
昨夜何度も自分に言い聞かせたことを、エリナにも言う。
エリナはしばらく黙りこんでいたが、やがて肩をすくめるとため息をついた。
「……わかったわ。なら、たくさん働いてもらうんだからね!」
「ありがとう、エリナ」
「お礼を言うのはわたしのほうよ」
にっこりと心からの笑顔を浮かべるエリナに、わたしも笑顔を返すことができた。
***
昼前に訪れたカラディア商会は、それまで以上の盛況を見せていた。
公爵令嬢であるレベッカ様が新しいドレスを仕立てたという話が、早くも王都の流行に敏感な方々に伝わったらしい。
自分もドレスを仕立てたいというご令嬢方が個室に呼ばれるのを待って展示室にまであふれ、部屋はさながらダンスホールと化していた。
「これは……クロウディアに来てもらってよかったわね」
「が、がんばるわ。レベッカ様にも、お褒めいただいたし……」
煌びやかな空間に思わず眩暈がしそうになるものの、なんとか気合を入れて立つ。
昨日のレベッカ様とのやりとりはわたしにも自信をくれた。
ドレスの流行やデザインはわからないけれど、お客様のイメージを聞き、それにあう布を提案したり、ワンポイントの装飾品をおすすめしたりすることはできる。
レベッカ様からは、「わたくしが仕立てたドレスの詳細をほかの方にお話ししてもよろしくてよ」という許可をいただいている。
「こうなることがわかっていたのね……」
レベッカ様も、セリアン様も、幼いころから人に注目される生活を送っていらしたのだろう。
やはりわたしとは違う世界に生きてきた人たちだ。
でも、だからといって逃げてばかりではだめだ。
歩みよってくださっているのだから、わたしも努力をしなくては。
そのためにもまず自分にできることを。
「行きましょう、エリナ」
「えぇ!」
わたしの言葉にエリナがうなずく。
ノックに応答をもらったわたしたちは意気揚々と個室のドアを開け――、
「本日はようこそお越しくださいました、――……」
固まった。
採寸を終え、楽しげに生地やカタログをのぞいていた三人のご令嬢方。
そのうちの一人の胸には、七宝のペンダントが揺れる。
ウィナ・サーマン様、マリー・シャイム様、ユイーズ・ブロンテ様。
部屋にいたのは、レベッカ様のお茶会でわたしに陰口をぶつけ、さらには宝の山を贈ってくださった、ご友人たちだった。