17.カラディア商会のお客様
翌日、二頭立ての箱馬車でカラディア商会に現れたのは、お茶会でわたしにお言葉をかけてくださったシークレスト公爵家の御令嬢。
レベッカ様だった。
あいかわらずのお美しいお姿にたたずまい。外出用の毛皮のコートを従者にあずけ、巻いた黒髪を揺らしながら、レベッカ様はエリナとわたしにむきあった。
「ごきげんよう、エリナ様、クロウディア様」
ゆったりとしたほほえみは貴族の気品を感じさせる。
エリナにならい、わたしも膝を折って敬意と歓迎を示す。
「本日はお越しいただきありがとうございます。どうぞ、こちらへ」
エリナが先に立って歩きだす。
レベッカ様をご案内するのは人々がいる展示室ではなく、特別客のための応接室だ。ドレスの生地やデザインの草案とともに、採寸を行う針子が控えている。
それなりの時間がかかるため、軽食も用意されていた。
「ここで異国風のドレスを仕立てるのが最先端みたいですからね、楽しみにしておりましたの」
そう語るレベッカ様の頬はわずかに紅潮していて、年頃の女性の顔がのぞいた気がした。
「カラディア商会はデザインも生地も仕立ても一級品ですわ」
エリナも笑顔で答える。
わたしには眩しすぎる空間だわ……と一歩下がってついていくわたしを、レベッカ様はふりかえった。
「クロウディア様にもお会いできるとは思いませんでしたわ。その後、ごきげんいかが?」
「あ、ありがとうございます。……その……」
急に話をふられ、どぎまぎしてしまう。
そのうえセリアン様とのことを問われているのだと気づき、わたしは口ごもった。
うまく返事のできないわたしに、レベッカ様はお小言を投げたりはしなかった。目を細め口元をゆるめて、優雅な笑みをお顔に浮かべた。
「ふふ、なにかあったみたいね。いいのよ、セリアン様もたまにはふりまわされる側にまわるとよいのだわ」
「いえ、そんな……」
なんと答えればよいのかわからずに恐縮しきっていると、レベッカ様は話題を変えた。もとより、わたしを困らせるつもりはなかったのだろう。
「クロウディア様はここでエリナ様のお手伝いを?」
「は、はい。商品の仕分けや検品の指示を……」
「レベッカ様、クロウディアはすごいのですよ。見ただけでどこの国のなんという品物なのかがわかるのです」
「まぁ、それはすばらしいわね」
「展示室に出せずに山のようになっていた商品がこの数日で見る間に片付いたのです。ドレスの生地にも詳しいですわ」
「まあぁ!」
「ま、待ってください、生地はわかりますが、デザインなどはからきしで……」
わたしをおいて盛りあがっていくレベッカ様とエリナ。
一応生地についての知識はあるので、今回賓客であるレベッカ様をもてなすための要員として駆りだされたものの、流行のデザインやスタイルについてはまったくわからない。あまりハードルをあげないでほしい。
重ねた手を打ちながら、レベッカ様はうなずいた。
「お茶会にきてくださったときも部屋の中を見まわしていらっしゃったから、家具や宝飾に興味がおありなのかと思っていたの。とてもいいわね」
わたしを見るまなざしはまるで姉のようにやさしく、どこか慈しみを含んだもので。
「ロイヒテン家も貴金属の輸入をはじめたのよ。きっと家の方々もよろこぶわ」
「……ありがとうございます」
咄嗟に、それだけは言うことができた。
レベッカ様が心からセリアン様とわたしを祝福してくださっているのは、お茶会のときからわかっている。セリアン様とレベッカ様は幼いころから家同士の付き合いがあった。だから畏れ多くも友人の婚約者のような扱いをしてくださっているのだ。
わたしはすでにセリアン様に無礼な真似をし、レベッカ様の期待を裏切った。婚約者だなんて胸をはって言えないような人間なのに。
胸元の指輪が重みを増したような気がした。
ジェイク家とロイヒテン家はそれほど離れていない。わたしの書いた手紙はセリアン様にもう届いたはずだし、返事を書こうと思えば書いて、届けられるだけの時間がたった。
――もし、今日ジェイク邸に戻り、お返事がきていなかったならば……。
そう考えるだけで血の気がひきそうになる。
いけない、と小さく深呼吸をして気をひきしめた。いまわたしがすべきことは、レベッカ様を十分におもてなしすることだ。
わたしの様子にレベッカ様は不思議そうな表情をされたが、なにも言わなかった。