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10.宝の山よ!(後編)

 一時間後には、玄関ホールの宝の山は――否、すでに山はくずされ、一つ一つが丁寧に陳列されて、宝物庫のようになっていた。

 わたしはうっとりとため息をつく。

 

「すばらしいわ、これはアイオングリーンの茶葉を輸入するための缶ね。見てちょうだい、ラベルに書かれているのはアイオンの神話の精霊たちよ。これはラベルの部分だけ保存しておきましょう」

 

 破れたハンカチや汚れた布きれなども、ものは捨ててしまうしかないが、施された刺繍のデザインや縫い取りの方法などはわたしの手帳に控えておくことにした。

 なかには、本で見たことはあってもどんなふうに糸を重ねてゆくのか想像もつかない複雑なデザインもあった。一部だけでも実物を目にできたのはとても幸せなことだ。

 

「はぁ……皆様のおうちはこんなにもすばらしい品々を普段使いにされていらっしゃるのね」

 

 王家の方々などは、一度袖を通したドレスはそのまま侍女やほかの者に下賜するのだという。

 新しいドレスなど一年に一度買えるかかえないかの貧乏伯爵家とは大違いだ。

 

 ドレスは何枚もの重ね着をせねばならず、当然生地を大量に使うので、お金がかかる。コーディネートを変えたり毎年少しずつ飾りを変えたりして、別のドレスに見せかけて着るのだ。

 ベッカー家では舶来のお茶や食器だって贅沢品だ。

 

「あら、これは……」

 

 わたしはふと一つのペンダントをとりあげた。

 七宝焼きのペンダント。

 それは、レベッカ様のお茶会で見かけた、東部メティエの特産の品。

 

「土がついているけれど、傷があるわけでもないし、もしかして、間違えて落としてしまったのではないかしら……」

 

 いらなくなったものを我が家へ運ぶ指示を出しているうちに、まぎれこんでしまったのかも。

 だとしたらきっととても困っていらっしゃるはず。

 

「ウィナ・サーマン様……」

 

 エリナが呼んでいた名を思いだす。

 もしかしてウィナ様は、ご両親に叱られたりしていないかしら? このペンダントはとても高価なものですもの、わたしが黙って持っているわけにはいかない。

 壊れたゴミならば家紋がついていようが元の値がはろうが返却の必要はない。

 しかしもちろん、ゴミでないのなら話がべつだ。

 

 残りの品をチェックしてこれ以上落としものがないことを確認すると、わたしは玄関を片付けて部屋へ戻った。

 メイドにお願いして紙とペンをもってきてもらい、手紙を書く。

 

 社交の場を避けつづけてきたわたしには、手紙を書くのもとても苦手だ。けれども今回はそうも言っていられないと自分を奮いたたせる。

 

「えぇと、責めるような文面にならないように気をつけないと……むしろわたしは普段見られないものが見られてとても楽しませてもらったわ。お礼……そうね、お礼を書かなくちゃ」

 

 わたしは目を閉じて、硝子を見たときのわくわくとした気持ちを思いだした。一つ一つ品物をたしかめ、図書室へ行って茶葉の産地や神話を確かめたりもした……自由に触れ、いくらでもながめてよい品々に、至福のひと時をすごさせてもらった。

 

 目をあけたときにはわたしは笑顔になっていた。

 素直な心で手紙を書いていく。

 

 どうやら()()()で王都の品々が我が家に運ばれてきたこと。

 ほとんどは壊れていたが、値打ちのあるものばかりで、とても楽しく拝見し、ありがたく思っていること。

 その中に、東部メティエのペンダントを見つけたので、ウィナ様にお返ししたいこと。

 マリー・シャイム様と、ユイーズ・ブロンテ様にもどうぞよろしく――。

 

「うん、これなら怒っているとは思われないわ。お手紙も受けとってくださるでしょう」

 

 それに、人の顔と名前や、家業をおぼえることにとても苦手意識があったけれど、わたしの好きな分野と結びつければなんとかなりそうな気もする。

 工房の印がおぼえられて、家紋がおぼえられないという法はないものね。

 そういった知識を身につければ、セリアン様の婚約者として社交の場でも……いえ、いけない。高望みはやめましょう。

 

 なんにしろ、人見知りのわたしにもきちんとした対応ができた。そのうえ、苦手意識のあったことがらに挑戦しようという気持ちにもなった。

 満足感にあふれつつ、わたしはメイドにウィナ・サーマン様への手紙を託した。

 

 

***

 

 

 数日後、手紙を受けとったウィナ・サーマン嬢は。

 

 怒りと恐怖に青ざめ、全身をふるわせていた。

 

 仮にも侯爵令嬢でありながらクロウディア・ベッカーへの嫌がらせに熱をあげ、友人たちの家からもガラクタを集め、下男に命じてベッカー家の庭に捨てさせた。

 翌日、お気に入りのペンダントを失くしてしまったことに気づいただけでも苦々しい気持ちになっていたのに。

 

 そのペンダントが、ベッカー家から戻ってきたのだ。

 おまけに手紙では、マリー・シャイムとユイーズ・ブロンテという、この件に関わった令嬢たちの名が的確に挙げられていた。

 

「このペンダント以外にも、なにか証拠をつかんでいるというのね……!?」

 

 相手は格下の貧乏伯爵家だ、自分がやったとわかっていても、証拠がなければなにもできないに違いないと、ウィナは侮っていた。

 その優越感を、クロウディアは粉砕してしまった。ペンダントを送り返したのは友好の印ではなく、この決定的な証拠以上のものを自分は持っている、という宣言だとウィナは受けとった。

 ――それはもう、言いようのない屈辱だった。

 

 エリナの言ったように、名指しするだけで相手へのダメージになることを、クロウディアは忘れていた。

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