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1.婚約解消してください!!!

「セリアン様!!! わたしとの婚約を解消してください!!!」

 

 

 青空に、わたしの叫びがこだまする。

 

「え、どうして?」

 

 しかし必死の懇願は、セリアン様ののほほんとした疑問にうちやぶられた。

 おちついて深みのある、まるでシルクのハンカチーフに頬を撫でられているような陶酔感をおぼえさせるお声。

 

 わたしは頭をさげて地面を見据えたまま、祈るような気持で告げる。

 

「ひとえにわたしの不徳の致すところでございます」

 

 つまりは、理由は言いたくない、ということだ。

 若い二人だけで散歩でも、なんて言われて出てきた庭先でこんなことを言っているのだから、両親が知ったら卒倒するに違いない。

 セリアン様はかわらずゆったりとした空気をまとい、わたしにむかって腰をかがめたようだった。

 

「もちろん、どうしてもと言われれば結婚を無理強いをする気はないけれど。顔をあげてくれないかな」

 

 その言葉にほっとして、少々気が抜けすぎていたのだろう。

 わたしは素直に顔をあげた。

 

 そして、見てしまった。

 

 至高の煌宝、深海の真珠、地上の金塊とも言われる、〝美貌の貴公子〟セリアン様のご尊顔を。

 

 陽光を受けた髪が黄金に輝きながらさらりと揺れ、同じ色の睫毛がやはり燦爛たる光をまき散らしながらアイスブルーの瞳を飾る。高くはっきりとした鼻筋に、薄い唇。

 視線をあわせるだけで泣かせた令嬢は数知れず、男ですら見惚れるという美貌。

 

 要するに、超絶イケメンだ。

 

 そのお顔を、眼鏡ごしに、バッチリと、それはもう細かな部分まで。

 見てしまった。

 

 顔がいい。顔がよすぎる。

 それ以外の語彙はすべて脳内から吹き飛ばされた。

 

「理由を聞かせて?」

 

 なにも言わないわたしの目を、セリアン様は小首をかしげてのぞきこむ。

 口元に浮かぶのはやさしげなほほえみ。

 

「――申し訳ありませんっ!!」

 

 わたしは逃げようとした。本能だった。

 けれど、わたしが背をむけて敗走する前に、セリアン様の繊細で優美でそれでいて男らしい指がわたしの腕をとった。

 

「つかまえた」

 

 ふたたび小首をかしげてニコッと笑うセリアン様。瞬間、暴風雨のごときイケメン圧が顔面に吹きつけた。笑顔の周囲に花が飛ぶ。なんだかいい匂いがして、たえなる調べまで聞こえてくる気がする。うん、全部幻覚だ。

 顎を拳で殴られたような衝撃が脳に走る。

 

「理由を言うまで、離さないから」

 

 そんなふうに脅されて、抗えるわけがあろうか。

 

「お顔が……」

「顔?」

 

 

「お顔が、よすぎるからです……!!」

 

 

 隠そうと決めていた本心を盛大に暴露しながら、わたしは意識を失った。

 

 

***

 

 

 ふと気づけば、自室のベッドに寝かされていた。

 

「やってしまった……」

 

 顔を見ると失神する――なんて、知られたら恥ずかしすぎるから、理由を言わずに婚約の解消をお願いしたのに。

 結局バレたうえに失神した。色々とつらい。

 

 しかしこれでわたしの鍍金メッキははがれた。

 わたしといても平穏な生活など送れないことがセリアン様にもわかっただろう。夫の顔を見て失神する相手を、誰が妻に迎えたいと思うだろうか?

 侯爵家との縁談を破談にしたのだ、家にいられなくなるかもしれない。それでも己の瑕疵に気づきながらなにくわぬ顔で結婚するなどという誠意のないことはできなかった。

 

 ……そう、覚悟を決めていたのに。

 

「セリアン様は、さぞやお怒りでしょうね……」

「そんなことないよ?」

 

 ベッドから起きあがったわたしの目の前には、なぜかセリアン様がいらっしゃった。

 

「!?!?!?!?」

 

 声にならない悲鳴をあげる。

 いや、婚約者だから、両親が許可したのであればわたしの部屋にセリアン様が入ったとしても問題はないのだが……メイドもいるし。

 ただ、普通に寝顔を見られたと思うと恥ずかしすぎるし、気絶明けにセリアン様のお顔は刺激が強すぎる。

 

 眼鏡の矯正力を借りないぼやけた視界で、セリアン様が首をかしげて笑う気配がした。

 

「かわいい寝顔だったよ」

 

 なに言ってるんですか????

 

 セリアン様が唇の端をちょんちょんとつついてみせる。薄い唇に視線がひきよせられる。依然はっきりとはしないが、口元がゆるやかな笑みを形づくったのはわかった。

 

「涎がでてた」

「ギエエエエエエエエ」

 

 あまりのことに、まったくかわいくない悲鳴がほとばしった。

 乙女にとっては社会的地位の危機ともいえることを、なんて趣深い仕草で伝えてくるのかしらこの人。

 

「はい、眼鏡」

 

 重ねて乙女の危機でもあったはしたなき悲鳴をあっさりと無視して、セリアン様がベッドサイドから眼鏡を手渡してくれる。

 一応かける。が、かけたらもうセリアン様のお顔は見られない。

 

 うつむいた視界になよやかな手が闖入した。ひい、手だけでもセクシーだ。とか考えているうちにその手はわたしの手をとり、ぬくもりをわけあった。

 

「ぼくも努力するから、いっしょにがんばろう」

「え?」

 

 努力、とは? なんのための?

 思わず顔をあげてしまったせいで、わたしはまたセリアン様のお顔を正面から拝見してしまった。

 

「ヒィッ、顔がいい……」

「婚約を解消されないように、クロちゃんが失神しなくなる方法を考える」

 

 クロちゃんって、クロウディア(わたし)のことですか?

 

 やっぱりセリアン様は、変わった人だ。

 奇妙な確信を胸に、わたしの意識はふたたびブラックアウトした。

 

 

***

 

 

 セリアン様は、イリッシュ国でも由緒ただしいロイヒテン侯爵家の三男にあたる。歴代の当主様をはじめ親類縁者にいたるまで、優秀な能力と清廉潔白なお人柄で国王陛下の側近となった方も多い家系で、セリアン様も出世確実と目されている。

 そのうえ、美形ぞろいのロイヒテン家の中でもずば抜けてイケメン圧の高い、冗談ではなくひと目みただけで失神する人間もでるという浮世離れした美貌の持ち主。

 

 対してわたしは、歴史が長いともいえず、さりとて勢力ある新興貴族ともいえない、貧乏ぎりぎりベッカー伯爵家の末娘、クロウディア。

 顔だってよくはない。幼いころから本を読んでいたせいで手放せないぶあつい眼鏡と、うねって言うことを聞かない髪、華やかさに欠ける顔だち。

 

 

 そんなわたしたちがどうして婚約などということになったかといえば、話は二週間前にさかのぼる。

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