四話
「凄いでしょう? この子、4年前なんて剣もまともに震えない脆弱な人だったというのに、今ではこうしてそれなりに戦える。凄いと思わない?」
パチン、と。
自称大魔法師であるレガシィが指を鳴らすと同時に、発動されていた『暴風』が掻き消される。その事に瞠目しつつも、声の主である妙齢の女性——セシャリアにアルーヴは顔を向ける。
「……4年で、これか」
「面白いくらいに壊れてると。そうは思いませんかぁ?」
歪んだ笑みを見せながら、レガシィが答える。
確かに。
アルーヴの胸中はそんな言葉で埋め尽くされていたが、それより気になることが1つだけあった。
「……なんで、お前たちはこの少年に協力をしている。見たところ、おれですら知っているような人間が大半だ。力を合わせれば、自由になんて直ぐになれると思うが?」
当然の疑問だった。
けれど、返ってきたのは苦笑い。
「そう、ですね。はい。そうだと思いますよ」
ロクに縛りもなく、剣といった武器も手にし放題。
オマケに自称大魔法師であるレガシィもいる上に他も粒揃い。
奴隷紋があれど、自由になる事は手間であっても不可能では決してなかった。
「確かに、テメエの言いてェ事はわかる。が、な? 家族である従姉を守りたいが為に強くなりてェって奴隷に頭下げて、己の領分の限り、要求に応えると約束して。それを誠実に履行して。オマケに、知己のように接してくるわ、メシも時折一緒に食おうとしやがるわ、うぜェくらいに従姉自慢をして五月蝿いだけのクソガキをテメエは殺して、死んだ可能性の高ェ祖国の王族を探しに行けと? ンな事してみろ。間違いなくあの王様なら、ンな事してまで助けにくンなって突き放した挙句、恩知らずと蔑んでオレをぶち殺すだろうよ」
誰よりも早く、アルーヴの疑問に拒絶の返事を口にしたのは他でもないハランだった。
「そういう事。私たちはあのシスコンバカが裏切らない限り、こちらからは決して約束を違えるつもりはありません」
続いて、背の低い少女——アンナが毒舌混じりに言う。
「ま、こんなワタシもはじめは疑心暗鬼でしたけどねぇ。もしや、ワタシたちを使いたい為に仕組んだのでは、と」
懐古するようにどこか遠くを見つめるレガシィであったが、直後に過ぎった光景は誰もがゾッとするような言葉だった。
『なら、制約を使おう。内容は、そうだね。俺が3年の鍛錬契約を結んだその時以前より、皆んなと、なんらかの形で関わりがあった。若しくは、従姉さんを守りたい以外の理由があって引き入れていた場合は、俺が今ここで死んで見せる。は、どうだろ?』
そして、実際にそれを目の前で実行して見せた。
それ以来、レガシィは『どうしようもなく壊れている』として、酷く慕うようになり、敵視していた者も、毒気を抜かれたように大人しくなった。
制約とは、誰だろうと逃れる事はできないシロモノで、誓った場合は何らかの強制力が働き、言葉の通りに強制される。ゆえに、一点の曇りなくやましいことが無かったとしても、一切の逡巡なく死んで見せると制約にて口にする事は誰であろうと躊躇われるものであり、仮にそんな者がいるとすれば、「壊れた」人間と思わざるを得ないのだ。
「ま、3年鍛錬に付き合えば自由になれます。食事に不便はありませんし、唯一の縛りといえば引き取る際に『死んだ』事にして頂いているので、外出は滅多なことがない限りやめて欲しいと言われているくらいでしょうか。はい」
何にせよ。
あの姿を目にすれば、直ぐに毒気を抜かれると思いますがね。
などと付け加えられる言葉に、唯一、首を傾げるアルーヴの新入りらしい反応に、皆、一様に笑うのだった。
* * * *
それから約1時間程経過した辺りで、ムクリと俺は目を覚まし起き上がった。
「フィーネが帰ってきた気がする」
「……それ、本当に気持ち悪いんですけど。毎度思うんですが、どうなってるんですかその変態レーダー」
『俺の闘技場』もとい、鍛錬場に設えてある時計に目をやる。
短針は4を指しており、従姉さん——フィーネが学園から帰ってくる時間ジャストであった。
アンナの毒舌が聞こえてきたけど、そんなものは気にもならない。フィーネの事は全てにおいて優先される。
俺の休養なんて二の次、三の次。
今、出迎えに行くから——!! なんて思いながら駆け出そうとしたその時。待ったと言わんばかりに声を掛けられる。
「貴方のお従姉さん。今日はご学友と寄り道をするんじゃなかったの?」
呆れ半分にセシャリアが確認を取ってくる。
ま、まさかっ! と、慌てて俺は視線をある一点に向けた。
そこには1つのカレンダー。
びっちり予定が埋められており、今日の日付の場所には——
「ほ、本当だ……」
震えながら書いたのか、ミミズのような字でちゃんとその旨が書き記されている。
がくり、と俺は膝から崩れ落ちた。
「……アイツは何をしているんだ」
「いつもの事だからほっといてやれ。どうせ30分もすりゃ立ち直る。ぶつくさうっせェけどな」
他人事としか思っていないアルーヴとハランの、これまた呆れ混じりの声が鼓膜を揺らしてくるが、俺にとっては死活問題なのだ。
それに、記憶が確かなら、友人の家で夕飯をご馳走になるとかどうとか言ってたような、カレンダーに書いたような……。
などと思い出し、俺は更に憂鬱になった。
「……はぅ」
ばたり。
まるで電池が切れた機械のように、その場で倒れこんだ。
「それじゃ、今日は——」
夕飯を何にしようか。
なんて考えてみるけれど、面白いくらいに全く案が浮かんでこない。いっそのこと、抜いちゃうか。などと不摂生な考えすら過るまである。
「あー、でも……」
相対した時に瞳に映ったアルーヴの顔。
本人が気丈に振る舞い続けているので、こうして意識を向けるまで気に留まらなかったが、少しばかり窶れていた。
彼は奴隷として扱いを受けていたはず。
当然といえば当然なのだが、これから鍛錬に付き合って貰う以上、倒れて貰うのは何より困る。
「ねえ、フェレアー」
「はい。なんでしょうか?」
考えを巡らせながら、おもむろに露出のひどい格好をした褐色肌の女性——フェレアを呼ぶ。
「買い物、付き合って欲しい。ご飯買いに行きたい」
いくら鍛えてようと、この身は所詮14歳。
大人6人分+子供1人分の買い物を1人で行うのは些か重労働、というより、きっと不可能だ。両手どころか、口まで使っても持ちきれないかもしれない。
なにせ、研究者気質のレガシィを除いて全員が大食らい。
アルーヴもまともに長らく食べていなかっただろうし、ここは手を借りるべきだと早々に結論付けた。
「分かりました。はい。では、外套を取ってきますね」
「ん。助かる」
諸々の事情を察してか、フェレアは疑問に思う事もなくふたつ返事で頷き、外着を置いている場所へと駆けていく。
「ねえ。偶にはあたしを連れて行ってくれても良いと思わない?」
「ムリ。酒しか買わないから却下。酒臭いってフィーネに避けられたら死ぬ自信しかない」
真顔でセシャリアの猫撫で声を一蹴。
「……確かに、フェレアばっかりはずるいと思うんですけど?」
「アンナはお菓子ばっかり買うから却下。それに前、兄妹仲が良いねえとか店の店員に言われたから絶対却下。フィーネがいればそれで満足。というか、姉弟はフィーネだけでいい。フィーネじゃないとヤダ」
「だ、れ、が!! いつ!! 兄妹になりたいなんて言いましたか!? というか私の方が年上なんですけど!? 何勝手に妹扱いしてんですか!? だから私は——」
ビキリ、と。青筋を浮かばせて説教を始めるアンナの言葉を、馬耳東風とばかりに右から左に受け流していると、亜麻色の外套を着込んだフェレアが早足に戻ってきていた。
「お待たせいたしました。はい」
「ん、じゃ、行こっか」
ズボンのポケットに手を伸ばし、金銭がいくらか入っている事を確認。聞いてるんですかっ!?と、声を荒げるアンナをシカトしながら歩き出す。
「おーい。沢山とは言わねェけど、ちっとばかしいつもの頼むわァ」
いつもの。というと、言わずもがな「お酒」だ。
あまり「お酒」を好んでいなかったから気持ちはあまり分からないが、今日は一応、祝いの席でもある。
1人、また新たに人が増えたという祝いの席。
だから今回くらいは良いか。なんて思いつつ。
扉を押し上げる直前で、聞こえてくるハランの声に分かったと片手を上げながら俺はその場を後にした。




