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十話

「魔法大国ヤハルト」



 固有名詞をひとつ。

 おもむろに、セシャリアはそう口にした。



「『転移結晶』は魔法大国ヤハルトの軍機密兵器よ」



 疑問符を浮かべて凝視していた俺に説明するように、辟易しながらも彼女は言葉を並べていく。



「軍機密兵器……?」

「そ。軍機密兵器。簡潔に言うと、なんとか魔法部隊って変なところが開発した魔道具ね。ま、軍部にいた経験がある人間なら誰でも知ってるわ。凄く有名だもの」

「…………」



 セシャリアの言葉を脳で咀嚼、思い返すように反芻を繰り返し考えを巡らせたならば、誰もがあるひとつの結論にたどり着いてしまう。



「仮に奴隷の解放。若しくは敗残兵による決起が起きたと仮定して……。果たして誰が一番得をするのかしらね?」



 誰が一番。

 そう聞かれれば、解放を成し遂げた敗残兵。と言いたくなるところだが、彼らは相応の労力を割いている。

 人員だってそうだ。死者も出るだろう。

 仮に決起し、成功したとしても被害は尋常ではない筈だ。



 奴隷を保持している側のカシェレア王国は言わずもがな。

 得なんてものは一切ありはしない。



 ならば。

 一番、誰が得をするのか。

 それはきっと、



「決起を促し、煽った諸国」

「でしょうね」



 正しい答えに辿り着いた子供を褒め称えるように、セシャリアは柔和な笑みを向けてくる。



「ここで敗残兵の決起が成功してしまえば、間違いなくカシェレアは混乱に陥る。なにせ、学園には多くの貴族が通ってるのだから。今以上に上層部はマトモな判断が出来なくなるかもしれないわね?」



 現時点において、カシェレア王国はとある2つの諸国と戦火を交えた状態にある。

 奴隷解放の決起が成功し、軍部上層部が怒りに駆られ、魔法大国ヤハルトに宣戦布告を行えば間違いなく、国はこれ以上なく疲弊する事だろう。



 かつての記憶を頼りに、それらしき出来事は無かったかと模索をするが、心当たりはない。

 なにせ、もうここは俺の知る未来ではないのだから。



 もしかすると、決起は行われ、貴族の子女が殺されていたかもしれない。

 もしかすると、犯行を察知し、学園祭事態が行われ無かったかもしれない。

 もしかすると、迅速に対応し、被害を最小に抑えていたかもしれない。



 仮に、仮に、仮に。



 数多のもしもの可能性が脳裏を過る。



「出来なくなるだろうね」



 セシャリアの言葉に間違いはない。

 起こり得る可能性としては、一番あり得る未来であった。

 ゆえに肯定。



「けど」



 この先に起こり得る未来を知ろうが知るまいが、俺がやる事は後にも先にもただひとつ。



「俺が為すべき事は微塵も変わりやしないよ」

「ええ。知ってたわ」

「フィーネを害するヤツは、誰だろうと容赦はしない」



 元より、守るつもりだった。

 ハランからも、守れと言われていた。



「敵がいるかもしれないから、いる。に変わった。ただそれだけ。だから、少しばかり手に力が入るかもしれない。けど、そのくらいの影響しかないよ、俺にはさ」



 誰かに報告して、魔法大国ヤハルトが関わっている。

 敗残兵が奴隷解放を試みようとしている。

 などと誰かに報告をしようが、取り合ってもらえない事は誰よりも俺が知っていた。この国の人間は都合が悪い事を認めようとはしない。



 そして忠告を無視した結果、不測の事態が起こってしまえばこれ幸いと忠告をしてきた人間を内通者として摘発し、責任を押し付ける。

 そんな腐りきった光景を、俺は幾度となくこの目で見てきた。



「国を助けようとは?」

「思わないよ。なにより——」



 かつての記憶を掘り起こしながら、想起する。

 けれど、良い思い出なんてものは全く言っていい程、面白いくらいに見つからない。

 だから言ってやる。



「俺は、この国が嫌いだからね」




 * * * *



 鐘が、鳴る。

 頭に響く重々しい鐘の音。



「そういえば、学園の人もちらほらいたっけ」



 このすぐ近くに位置するカシェレア王立学園。

 そこに設えられていた大きな鐘の音が鳴り響き、0時を知らせる合図が鼓膜を強く揺らした。

 学園の中には専用の学食がある上、学園の外に出て昼食を取る事も許可されており、お昼時には街に学生が溢れる。という光景は極々ありふれたものだった。



「学園、ねえ……」

「どうかした? セシャリア」



 何かを言いたげな様子で、彼女の口から物憂げに言葉がもれた。



「ああ、違うの。あたしはそういうのに縁がなかったから少し気になっただけ。特に深い意味はないわ」

「ふぅーん」



 過去の詮索は御法度。

 いくつか存在する暗黙の了解のひとつに、過去の詮索はしない。という共通認識があった。

 何より、俺自身が一番過去について語るに語れない状態である。

 自分の事をマトモに話せないというのに、どうして相手の事を尋ねる事が出来ようか。


 だから俺はセシャリアの事を殆ど何も知らない。

 縁がなかったのか。はたまた思い入れでもあったのか。



 判断はつかないけれど、物憂げにこぼした言葉に思い入れのある感情が込められていたのか俺でも分かった。

 だからなのかも知れない。



「じゃあさ」



 ふと、思い付いたかのように。



「時間もあるし、ちょっとだけ覗いてみる?」



 などと口走ってしまった理由はきっと、そんな理由なんだと思う。

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