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7.渾身のブラックジャック

 境内はこぢんまりとした広さだ。

 参道が社殿までまっすぐ伸び、まわりには玉砂利が敷きつめられている。

 ふだんから宮司や巫女が常駐しているほどの規模ではないらしく、社務所はない。

 朱塗りの社殿は二つ。拝殿と、その奥には立派な造りの本殿が建っていた。


 上條は参道を走り、拝殿までたどり着いた。

 扉には鍵がかかっているようだ。

 ビクともしない。

 格子窓からなかを覗いた。


 もぬけのからだ。

 だったらと、拝殿をまわり込み、奥の本殿へ向かった。

 鎮守の森に囲まれ、冷凍庫のようにやけに冷え冷えとしていた。


 引き戸が開いていた。

 まるで本殿が手招きして誘っているかのようだ。

 太い柱には、黒い日傘が立てかけられていた。


 まちがいない。

 密はここへ入っていったにちがいない。

 迷わず足を踏み入れた。


 祭壇があった。

 高坏たかつきが置かれ、供物がそなえられている。お神酒みきの白い容器もあった。

 その奥に、ひときわ不自然なものが安置されていた。

 嫌でも眼に飛び込んでくる。


 なんだ(、、、)あれは(、、、)

 形は子供のころに見たミノムシの巣を思わせた。むしろで巻かれたうえ、縄で厳重に縛り樽状たるじょうになった物体が立てかけられているのだ。

 どうやらこの社殿には、特殊なものをご神体として祀ってあるらしい。


 神前のまわりを探したが、どこにも密の姿は見当たらない。

 と、そのときだった。

 寒川が追いついたらしく、背後ではげしい息づかいが聞こえた。


 いまは寒川どころではない。気にせず室内を物色した。

 近づいてくる気配。

 次の瞬間、背中に硬いなにかを押しつけられた。細かいゴツゴツしたものの感触――。


「動くな、上條。これはハッタリではない。私たち(、、、)に逆らうと本気でやる(、、)からな」


 と、背後から低い声で脅しをかけてきた。


「なんのつもりです。こんなことをして、あなたになんの得があるというのですか!」


「〆谷が、まさかこんな野蛮な村とは思わんでくれたまえ。これも夏祭り――ひいては秘儀(、、)のためだ。私は必ずやこの祭りをやり遂げてみせる」


「おやおや」上條はなかば呆れながら両手をあげた。「夏祭りの余興で、僕を出し物にでも使うってつもりですか? 人権もへたったくれもない」


「そうじゃない。十八年ぶりの秘儀『異人担いじんかつぎ』をやるには、〆谷はあまりにも人手が足りなかった。我々はずっと待ち望んでいたんだ。君は密さんと同衾どうきんし、認められた。君こそ〆谷の外からやってきた適任者(、、、)なのだ。悪く思わんでくれたまえ。――君を強制的に秘儀の主役として仕立てあげてみせる」


「なんのことやら、さっぱりですね」


「いまは事情を説明している暇はない。追々、複雑な〆谷の現状を教えてやるつもりだが……。なんにせよ、君を〆谷から出すわけにはいかない。――これは隔離だ」


「隔離とは穏やかじゃあない」


「減らず口を叩けるのもいまのうちだけだ。まずは我々に従い、ついてきたまえ。否応はないと思え。密さまに会わせるまえに、君が従順になるよう、痛い目にあわせる必要があるかもしれんぞ。――おとなしくした方が身のためだ」


「えらい事態になってしまったようだ」


「ずいぶん余裕があるじゃないか、え? やっぱり痛い目を見るべきか? なまじ君に逃げられちゃ困るしな。石段をあがるのを見たところ、逃げ足だけは速そうだ」


 と、寒川は言うや、背中に押しつけていたゴツゴツしたものを離した。

 やけに膨らんだ靴下の片方だった。

 右足に履いていたものを脱いで、地面に落ちていた砂利を詰めて作った即席の武器だった。

 寒川はやおら履口はきぐちを持って振りかぶると、遠心力を利用して容赦なく殴りつけた。

 渾身のブラックジャックが上條の首の裏にヒットした。


 うめいて、前のめりに倒れかかった。

 倒れるまいと、神前に片手をかけた。

 その拍子にロウソク立てや高坏が床に落ち、派手な音を立てた。

 前のめりのままふらつき、なにかにつかまろうとした。

 ミノムシの巣を思わせる筵に巻かれたご神体に寄りかかった。


 ――悪党どものご神体など、こうしてくれる!


 上條はそれごと床へと横倒しになった。

 頭が痺れていた。

 薄れゆく意識のなかで、奥の壁がスライドするのが見えた。

 隠し扉になっていたらしい。

 そこから着物姿の女が出てくるのが見えた。


 まちがいない。

 見た目こそ初めて間近で見る和装とはいえ、町村 密その人だった。

 密の顔は、どこか遠い場所を見つめているかのように、心ここにあらずだった。

 さながら魂のこもっていない空虚な人形みたいな印象をかもしていた。


「よくも、我らが神之助明神さまを! 無礼者めが!」


 と、寒川が激昂げきこうした口調で言った。

 唾を飛ばして罵りながら、床に倒れた上條を足蹴あしげにした。

 先の尖った革靴が脇腹や股間にめり込んだ。


 痛みにのたうちまわりながらも、上條は反撃に出ようと機会をうかがった。

 顔面に蹴りつけてきようとしたところを、相手の足首をつかまえた。

 寒川は泡を食った顔をした。

 勢いよく引いた。

 とたんに赤い法被姿はひっくり返った。

 腰を強打した寒川だったが、怒りにまかせて立ちあがる。


「こいつめ、まだ欲しいか!」


 ふたたびブラックジャックを振るった。

 今度こそ上條の脳天に炸裂した。

 視界いっぱいに無数の星が散った。

 上條の意識はたちまちブラックアウトし、ブレーカーが落ちたかのごとく瞬時にして魂が遮断された。

 すぐ手の届く位置にいた密の姿もかき消された。

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