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4.〆谷夏祭り実行委員会代表・寒川

「ようこそ、おいでくださいました、〆谷へ。こんな山奥の、ろくに観光スポットもないところまで来られるとは、あなたはよほど通な客人と見られますな。――ささ、向こうに共同駐車場があります。そちらに停めてください。私が村をご案内いたしましょう!」


 〆谷に着くなり、歓迎ムードはありがたかったが、寒川さむかわの対応は暑苦しかった。名前は寒いのに、暑いとはこれいかにだが。

 というのも車から降りるなり、五十がらみの男が身体をすり寄せてきて握手を求めてくるからだ。

 下はスラックスなのに、赤い法被はっぴを羽織っている姿さえ拍車をかけた。背中には『〆谷夏祭り』と書かれている。


 祭りの実行委員会、それも代表だという。

 にこやかな表情なのに、眼だけは力がみなぎっていた。地元の祭りにかけては、ありったけの情熱を注いでいるのだろう。

 腫れぼったい顔をして、鼻が低く、ときおり黙ると口角がさがり気味になるので、無理に明るく振る舞っている印象を受けた。




 それはともかく、上條はさっきから気分の悪さを憶えていた。

 背中に悪寒が走り、めまいがして三半規管は揺さぶられ、思わず顔に手をやらないと足がもつれそうなのだ。だてに陸上で鍛えたこともあり、現役のときこそこんな不調を訴えたことはなかったのだが……。

 もしや住んでいた華やかな街と、気が滅入りそうなくらい将来性のない〆谷集落との落差に、多少なりとも感情移入してしまったのかもしれない。


 山道から集落へは、盆地のかなり下部のあたりから入った。入るなり、いきなり寒川につかまったわけだ。

 指示されるがまましばらく川沿いの道を進み、右へあがったところに公民館があった。

 小集落にしては立派な建物だった。前が芝生を敷いた広場になっており、右隣りが駐車場だ。そこまで来たとき、急に不調を訴えたのだ。




「どこで〆谷を知りましたか。夏祭りの二日前にご到着とは、よほど事前にお調べになられていらっしゃるようで。インターネットであらゆる情報を収集できる時代です。こと夏祭りに興味ある方は、ディープなものを求めているとなると、おのずと〆谷の夏祭りにぶつかるかもしれませんがね」


 上條は寒川の押しの強さにうんざりしながら、


「観光ではないんです。じつは訳あって、この村にまいりました」


 と、手でさえぎった。


「祭りが目当てではないと? ですがこれもなにかのご縁です。よろしければ、その話伺いましょう。これで私ゃ、村では若年層の方なんです。お年寄りの相談相手をさせられておりましてね。もしかしたら、力になれるかもしれない」


 人口がたった四十人超しかない村落共同体である。

 町村まちむら ひそかの名前を待ち出せば、すぐ手がかりがつかめるのではないか。

 上條は〆谷に来た経緯いきさつを歩きながら話した。




 寒川が祭りの実行委員会の長をつとめ、法被姿からわかるように、〆谷の住民たちも二日後に開催される夏祭りの準備に余念がなかった。

 とはいえ、気のない動作でハンマーを振るい、のこぎりを曳いて作業をしている。誰もが生気を欠いていた。


 すでに広場にはやぐらが組まれ、舞台の上には和太鼓が据えられていた。

 祭り当日はカラオケ大会や盆踊りをやるのだというが、およそ活気よく行われるのかは怪しい。

 そもそも住民の平均年齢も高く、どの面々もやつれ、嬉々とした色が伝わってこない。寒川その人はやる気満々のようだが。


 そのとき、公民館の斜めうしろに思わず眼がいった。

 ブルーシートに覆われた物体があったのだ。それも建物の屋根をも超えるほどの巨大な三角錐である。オブジェにしては場違いすぎたし、そもそもなぜシートで隠す必要があるのか。万一の雨に備えているのかもしれないが、上條は妙に気になった。




「町村さんのお嬢さん、ですか」と、寒川は眼を見開いて言った。「それは穏やかじゃありませんね。お嬢さん――密さんと言えば、いまから四年ぐらいまえに〆谷(ここ)を出ていったきり、一度も帰ってこなかったんです。私ゃ、詳しいことは存じませんが、どうも親子関係に確執があったようで。……あ、こんなこと喋ったってのは内緒ですよ」


 こうなったら直接、密の実家に向うしかない。

 寒川に聞いた。


「それだったら」


 寒川は身体をまわし、法被の背中を見せた。公民館の斜め上を指す。すり鉢状の盆地のふちにあたる、いちばん高台に立派な屋敷があった。敷地が石塀で囲まれている。


「ほら、あのお屋敷。先祖代々、林業で財産を築かれた町村家です。いまの当主は町村まちむら 辰巳たつみさんでいらっしゃいます。一九六〇年代から九〇代までこそ羽振りがよかったのですが、それ以降は需要がなくなったせいもあって、とんと落ち目になっていましてね。それでもなんやかんや、辰巳さんの財テクで資産を増やしているようです。私どもとはえらい違いだ。〆谷きっての富豪ってわけです。現在は心臓病のせいで、家に伏せっていることが多いようですが、たぶん在宅されているはずです。奥さんの瀑布子たきこさんもいらっしゃると思います」


 〆谷は活気を欠いた集落なのに、寒川の熱意とおしゃべりだけがやけに浮いているようだった。

 あと三十年もすれば、住民は死に絶え、廃村になるか、生き残った者も少数では立ち行かなくなり、離散は眼に見えていた。にもかかわらず、この男だけはやけにエネルギッシュだった。

 三十年経てば、寒川もかなりの高齢になる。生存者が寒川だけになったとしても孤軍奮闘しているような気がした。


 上條は礼を言うと、その場をあとにした。

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