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26.酒田の囁き、修ちゃんふたたび

 余談だが一般的に、祭りにおける神の在り方と基本構造は以下のとおりとされている――。


 1.神はやしろに常在せず、祭りのときのみ降臨する。

 2.神はその都度、別な場所に降臨する。

 3.祭りとは、神を迎え、社にお連れし、またお送りするものである。

 4.神の降臨および帰還は、夜間に行われる。

 5.昼間の行事はすべて後世の追加や移動である。


◆◆◆◆◆


 山車上部にすっぽりとおさめられた上條は、筵にくるまれたまま身をよじった。


「よし、これより山車を曳いて、〆谷川沿いをくだるぞ! そこの男どもはおりてこい!」


 と、寒川は命じた。

 ハシゴにつかまっていた白い法被姿の男たちはそれに従った。

 ところが酒田だけはハシゴをよじ昇り、コクピット然とした空隙に半身を入れた。

 そっと簀巻きにされた上條に寄りそった。そしてなにやら囁きかけはじめた。


 それは興味本位による行動かと誰もが思った。

 下で見守る寒川や海道さえもが眉をひそめた。

 ――神事に初参加の者が、これからご神体となる人間に話しかけるのは解せなかった。




 酒田は簀巻きに密着し、長々と話しかけている。

 筵そのものは荒い編み込みとはいえ幾重にも巻かれているため、上條も窒息しかねないが、仮面をかぶったおかげでわずかなすき間が生じているらしく、かろうじて呼吸はできるようだ。

 しかしながら満足に返事すらできない。圧迫されて、むーむーと呻いてばかりいる。

 下で見守っていた寒川が声を荒げた。


「おいコラ、おまえ! 酒田と言ったな。いつまで話しかけてる。いいかげんおりて来い!」と、手でしゃくった。が、すぐに思いなおし、首を傾けてせせら笑った。「……それともアレか? じつは上條とおまえはそういう(、、、、)()で、わざわざ東京から追いかけてきたんじゃあるまいな? 結局助けられそうもないんで、別れを惜しんでるってわけか?」


 青ざめた顔の海道がメガネの位置を正した。


「気に食わんな。これより神格化される者に向って、常人が話しかけるなど非常識極まりない。文献どおり、神事の完全再現をめざしている手前、よけいなことはしてもらっては困るのだが」


「すみません。すぐにおりますので」と、酒田が上から声をかけた。申し訳なさそうに頭に手をやっている。「この人は龍の池に沈められるわけでしょ? やっぱり僕の良心が痛むもんだから、ひと言みんなを代表して謝っておきたかったんです。……いえ、差し出がましいとは思いますが、これも僕なりの優しさということで水に流してください」


 照れ笑いしながらハシゴを伝い、酒田はおりてきた。

 山車の土台まで達すると、ジャンプして飛び降りた。

 すかさず寒川が歩み寄り、酒田の胸倉をつかんだ。


「なにがみんなを代表してだ。それがよけいなお節介なんだ。神事を中断させるんじゃない。いちいちシャクに障る男だ」


 と言って、男衆の方に突き飛ばした。

 酒田はあやうくひっくり返りそうになったが、うしろの男たちに支えられ、どうにか転ばずにすんだ。

 淡いピンク色のワイシャツの乱れを払うと、なに食わぬ顔でにこやかに笑った。

 実行委員会代表はかるく舌打ちし、すぐにそっぽを向いて男衆に指示した。


◆◆◆◆◆


 ようやく山車が動きはじめた。

 〆谷集落の氏子らが中心となった男たちが声を出す。

 押し曳きしながら広場から出立した。

 本体に取りつけられた長い綱を引っ張る役は曳き方(、、、)といった。ざっと四十人は取りついている。


 山車のうしろから押し込む担当もいる。

 ブレーキをかけたいときは、この後方の綱を持つ者たちが引いて調整するわけである。二十人の男衆で構成されていた。

 山車の左右にも別の四本の縄でバランスを取るのだが、これは道幅が狭いと、活躍の場を失う。それぞれ十人が配置されている。


 音頭方おんどかたは道の先頭を歩き、指揮をした。これは祭りを知り尽くした古老がつとめた。

 山車に追従する形で、非力な者は祭囃子を演奏しながら続く。これを囃子方はやしかたという。

 高齢のため参加できない老人は裃姿かみしもすがたで練り歩き、そのあとをついていく。


 男衆は「エッサ!」「ソイヤ!」のかけ声を発した。

 たちまち三角錐の依り代は速度をつけて広場を離れ、川へと続く下り坂をおりていった。

 そのあと、音頭方の辻まわし(、、、、)の合図で、男たちは力を集め、絶妙のコントロールで右へと曲げていった。

 遠心力で巨体が左に傾いだが、なんとか持ち直した。

 川沿いの道をすべっていく。


 四つの木造車輪がはでな音を立ててまわった。

 三角錐の山車は小刻みに揺れた。

 道からはみ出さないように、前後左右に配置された男衆は注意深く曳いていった。


 威勢のいいかけ声が〆谷じゅうに響きわたった。

 きっと神事に参加できない部外者は、集落の入り口あたりで指をくわえて想像をめぐらせているにちがいない。

 道の両脇には一定の間隔で篝火が焚かれ、異様な空間を演出していた。これぞ非日常の極致であろう。


 川沿いの道は、やがてゆるやかな下り坂となった。

 対岸へ渡る吊り橋の横をすぎた。最終的に山車は神輿へと変形させ、対岸の〆谷神社にまで運ぶ予定だったが、そのまえに龍の池(、、、)で、『はじめの(、、、、)神事(、、)』を行う必要があるという。池はさらに道をくだった川下にあるらしい。


◆◆◆◆◆


 山車本体の後方で、男衆にまぎれて綱を手にした三十代の華奢な身体つきの男がいた。

 綱のいちばん端を受け持っているが、へっぴり腰でとても戦力になっているとは言いがたい。

 はじめての神事の参加とあって、落ち着かない心境でいた。

 白い法被を着こなし、これもはじめてのふんどしを巻いているが、尻が小さく、いかにも頼りなさげだ。


 長い髪をポニーテールのように束ねた男の名は、長谷川はせがわ しゅうだった。

 上條が〆谷神社から逃亡をはかり、一軒家を通りすぎようとしたらシベリアンハスキーに吠えられ、ヒヤリとしたあの家の主だった。


 嫁に修ちゃん(、、、、)と呼ばれていた男と家族は、もともと名古屋で暮らしていた。

 仕事は自宅裏の工房で家具職人をやっており、ネット販売で生計を立てていた。

 手がける木工家具は、素朴なものから斬新なデザイン・機能性・耐久性ともに定評があり、予約している客は三年待ちというぐらい話題になっていたのだ。


 昨年、祖父のツテを頼って〆谷に移住した。

 小学二年になる娘が喘息もちということもあり、都会生活に慣れた妻の百花ももかを説き伏せて、空気のきれいな田舎へと越してきたのだった。


 が、せっかく新居をかまえて一年足らずなのに、百花は不便すぎる環境と、過干渉で、そのくせ排他的な住民といざこざを起こし、うんざりしていた。

 ここ最近、たびたび娘をつれて出ていくと修と言い争いになり、頭を悩ませていたのだった。

 池へ向かう道すがら、修は横を歩く海道に声をかけた。


「秘儀のことはざっくりじいちゃんから聞いてたけど。マジであの人を池に沈めちゃうんですか?」


「君は長谷川さんところのお孫さんだね。たしか家具職人をやってる――」


 海道は古文書らしき黄ばんだ資料を手にしたまま言った。

 ジャケットとスラックス姿で、山車を曳くことには参加していない。


「ありえないですって! これって殺人の幇助ほうじょって奴じゃありませんか。火の粉がかかるのはヤですよ!」


「心配しなさんな。我々は言ってみれば、〆谷構成員による強い絆で結束された秘密結社のようなものです。秘儀『異人担ぎ』は、そのなかのできごと。外に洩れることはありません。このよそ者の履歴もどうにかして抹消してみせましょう。いままでそうやってきたんです。今後もそのつもりです」


「この情報化時代で、そんなことが可能とは思えませんが。きっと水は洩れます。遅かれ早かれ」


「君もれっきとした〆谷住民の構成員だ。被害者だろうと加害者側だろうと、ここで見聞きしたことは他言は無用。もしも約束を破った日には――わかっていらっしゃるでしょうな?」


 そう釘を刺され、修は思わず下を向いてしまった。

 これこそ、閉鎖された地方特有の同調圧力だ。

 百花の言うとおりせっかく手に入れた新居と工房を売り払い、名古屋へ戻ろうかと、気弱な考えが頭をよぎった。

 そうなったらそうなったで、きっとなにがしかのペナルティを課せられるだろうが……。

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