24.町村 恵三の息子・酒田 亮彦
こうして夏祭り実行委員会の連中は、〆谷出身の住民以外を締め出した。
寒川の号令のもと、ついに秘儀『異人担ぎ』の演目が行われることになった。
広場には、たがいに見知った住民の顔ぶれがそろっている。
誰一人として、部外者は混じっていないはずだ。
……そのはずだが、集落にふさわしくないほどの若者も含まれていた。
高齢者たちは、おおかた誰かの息子か孫かと思っていた。
いまでこそ都市部に移り住んでいる元〆谷住人だって、秘儀に参加できる資格があったのだ。
むしろそんな人間の方が多いほどだ。夏祭りには地元から誘われずとも自発的に集まっており、地元の祭礼や行事に誇りを持っていた。ましてや十八年ぶりに秘儀をやることについて知らされており、なおさら今年は気合が入っていた。
それより、これから巨大な山車を曳き、神輿が担がれることになる。
担ぎ手として人手が必要だった。とりわけ若い力を必要とした。
祭りの実行委員会たちは素性の知れない若者に誰何する。
「おまえさんはどこの家のもんだ、え? 名前は? 証明するものを見せてみろ」
Tシャツにジーンズ姿の若者たち数人が問いつめられる。
それぞれが〆谷の住民の姓を口にした。
いまは隣り町で住んでいるだの、元住民の身内だのと、普通免許証を見せたり、スマートフォンで撮影した両親の画像をさし出している。
または集落内の祖父母にあたる人物が名のり出て、身元を保証した。
「なら、おまえは? 見かけない顔だな。〆谷関係者であることを示せ」
寒川が三十代半ばの淡いピンクのワイシャツをつけた男につめ寄った。
あご髭を生やした短髪の男は心外だと言わんばかりに両手を胸のところであげ、困った顔をした。
「今回の夏祭りには父の代理で参加した者です。酒田と言います。町村 辰巳さんの叔父にあたる人が大阪へ養子に行ったでしょ? その息子です。〆谷には生まれて初めて来ました。一度この眼で見たかったんです」
「辰巳さんの叔父だって?」と、寒川が怪訝な顔つきで言い、うしろの老人たちに救いを求めた。「養子に行った人なんかいたか? 何番目の弟だっけ?」
盆踊りのとき、櫓の上で『口説き』の音頭を唄った古老が手で制した。
「いちばん下の恵三のことだ。寝屋川にいる。酒田木材株式会社の専務をやって長い。双子で弟の亮彦だ。おれが保証する」
「住民票でも持ってくるべきでしたか? 父は仕事の都合で来れず、代わりに神輿を担いでやってくれと頼まれたんです」
酒田 亮彦は紳士的に背をのばして言った。頭の先から爪先まで清潔感あふれる洗練された男だった。
負けじと寒川があごを反らした。
「恵三さんに双子の息子がいたのか? そりゃ初耳だな」
「まだ疑ってるんですか。双子と言っても二卵性なので、姉がいるんです」
「……いいだろ。秘儀に参加することを許可する。ただし、これから行われることは他言は無用。もしも外部に秘密を洩らしてみろ。ただじゃすまないからな。そして二度と〆谷にも入れない。しっかと肝に銘じとけ」
「父から概要は聞いています。覚悟はできてる。けっして口外しないと約束しますので」
「なにぶん神輿の担ぎ手が少ない。せいぜい怖気づかないようにするんだな」と、寒川は皮肉っぽく笑いながら言った。「どうせなら、二卵性双生児の姉さんの方も連れてくりゃよかったのに。おまえみたいないけ好かないイケメンなら、さぞかし姉さんも美人だったろう。もっとも、神輿を担がせるわけにはいくまいが。危険がつきまとうんでな」
にこやかに白い歯を見せた酒田。あご髭をかきながら、
「姉は人見知りするタチなんです。ですが案外、僕に黙ってこっそり来てるのかもしれない。もしかしたら、みなさんの足もとに隠れてるかもしれませんよ……」
「なに言ってんだ、コイツ。引田天功じゃあるまいし。もういい。しゃべるだけ時間の無駄だ。神事を進めるぞ」
寒川が大きく手を叩いた。
「神之助! 出てこい!」
それを合図に、公民館のなかから異様な扮装をした男が踊り出てきた。
頭に笠をのせ、赤い仮面をかぶり、全身に蓑をまとった来訪神役の男。そのあとを、ひょっとこの面をかぶった者たち五人も続いた。
ぱらぱらと住民たちの拍手と歓声が起きた。
「よッ! ジンノスケ!」
「この男前! 女を泣かす色男の登場だよ!」
「ジンノスケ! お民を嫁にしたきゃ、石担げ!」
和太鼓に合わせて舞が披露された。言うまでもなく、かつての異人――神之助を表した演舞であろう。
来訪神の舞は本来、『異人担ぎ』に選ばれた神之助役の者が踊らなければならない。
が、上條はいまだ意識を失った状態でいるし、そもそも反抗ばかりするので言いなりにならないため、特別に〆谷の古老が仮面をかぶり、神之助役を買って出ていた。
この舞こそ、神之助がお民を奪った腹いせに策略にはめられる一連のシーンを再現したものである。
発泡スチロールで作られたダミーの大石が運ばれてきた。それをさも重たげに持ちあげる異人。
仮面はいまでこそあずき色に変色してはいるが、もとは真っ赤だったにちがいない。
文字どおり顔を紅潮させて力んでいるかのようだ。
そう言えば歯を食いしばった口も、それにふさわしい表情をしていた。
異人が大石を重量挙げの選手のように持ちあげた。大石をそのまま頭上で保持し、呵々大笑する。
と思ったら、背後からひょっとこたちが忍び足で近く。手には鎌や鉈などの物騒な得物。
といっても、厚紙とアルミホイルで加工したものにすぎない。
不意を突くかのように襲いかかった。
切りつけるジェスチャーをする。
大石を持ちあげていた仮面の男はたちまちバランスを失い、大石の下敷きになる形で地べたに這いつくばった。
舞そのものは陰惨さはなく、むしろ滑稽に演じられた。
そこかしこで笑いが起きた。仮面の男が役目を終えたと言わんばかりに立ちあがると、またもや拍手が鳴り響いた。
「儀礼はこれでよし。本物の神之助を用意しろ!」と、寒川が公民館のガラス扉の方を指さした。「男衆は山車を運んでこい!」
白の法被姿の住民たちが、おう!と声をあげて向かった。
頭にねじり鉢巻き、下半身はふんどし一丁だ。
公民館の斜めうしろにブルーシートに覆われた物体があった。建物の屋根をも超えるほどの三角錐。
それが男たちの手によって剥かれた。
現れたのは総欅造で、彫り師の意匠をほどこされた見事な山車だった。四つの木造車輪がノートルダム大聖堂の尖塔のような構造物を支えている。
特徴的だったのが山車の正面にはハシゴのようなものが取りつけられ、その上部にはコクピット式の空間がくり抜かれている点だ。まるで物見櫓を思わせた。
本来山車とは、祭礼において曳いたり担いだりする出し物の総称のことである。
一般的に花や人形などで豪華な装飾が施されていることが多い。山のような構造から、車輪のついたもの、台のついたもの、笠がかぶったものまで多岐にわたった。
山車の語源は、神殿や境内の外に出す『出し物』とする説と、依り代である髯籠を出すからという諸説がある。
いずれにせよ、自然界における山岳を模して造られたシンボルである。古来の民間信仰では、神は山そのものや、山頂の磐座、もしくは神木をイメージしたとされている。




