23.「アカマタ・クロマタと一緒ですって」
夕方、〆谷夏祭りは、まだ明るいうちからひっそりと始められた。
日が暮れるにつれ、外部からの見物客が増えた。
陽気な祭囃子が空気を盛りあげていく。
公民館の広場のまわりには、どこから沸いたものか屋台がたち並び、浴衣姿の人々が店先で笑い声をあげた。
しだいに〆谷が限界集落であることが信じられないほど賑わしくなっていった。
地元郷土芸能太鼓の演奏がはじまると、ますますそれらしくなった。
赤い法被姿の実行委員会たちが笑顔をふりまき、客を誘導している。
公民館前には特設舞台が設置されていた。
カラオケ大会では村民たちが我先にマイクを握りしめ、思い思いの歌をがなり立てる。
まわりの見物客が手拍子を取ったり、はやし立てたりして笑いを誘った。
そのあと、物騒な秘儀『異人担ぎ』が控えているなど思えないほど、平和なひとときであった。
やがて恒例の盆踊りが行われると、夏祭りのボルテージは最高潮に達した。
広場の中央に立てられた櫓のまわりを、踊り手たちが曲にあわせて踊った。
櫓の上ではがっしりした体格の男が太鼓を叩き、古老が『口説き』という唄で音頭を取る。
夏を彩るにふさわしい打ち上げ花火こそないのが、誰もが密な関係になれる家庭的な祭りだった。
ひと汗かいたあと、抽選会となった。
住民や見物客たちのあいだで一喜一憂の笑いが起きた。
そのころ、対岸の〆谷神社では社殿で神楽が奏されていた。
豊穣と、川での特産物である鮎の豊漁、住民たちの無病息災を祈願していた。
そしてついに、十八年ぶりとなる秘儀『異人担ぎ』をやることになった。
ドン!…………ドン!…………ドン!…………ドン!…………ドン!…………ドン!…………ドン!…………ドン!…………ドン!…………ドン!…………ドン!
単調に打ち鳴らされる和太鼓。
中年男は仏頂面で、機械的に撥をふるっている。
法被姿の実行委員会たちが、拡声器を使って声を張りあげ出した。
どの面々も表情が険しくなっている。
「夏祭りはお開きだ! お次は〆谷関係者だけで秘儀『異人担ぎ』をはじめるからな! それ以外の人間はとっとと帰った!」
「たっぷり楽しんだろ。ここから先は〆谷だけの神事だ。よそ者は参加できねえんだ! 帰れ帰れ!」
「グズグズしてんじゃない! ほらそこ、カメラで撮るな! フィルムは没収するからな!」
さっきまで親切丁寧にもてなしていた委員会たちの態度は、急に冷たく粗野になった。
秘儀のことを知る年をとった見物客は首をすくめて、そそくさと帰る支度をはじめた。
あえて逆らわない。近隣の別地区に住む者はよからぬ噂を耳にしているにちがいない。
事情を知らない者たちは、となりの客に説明を求めているが誰も取り合ってくれない。
むしろ、この件に首を突っ込むなと忠告されていた。
あまりの急変ぶりに戸惑いを隠しきれないでいる。理不尽すぎる展開だった。
◆◆◆◆◆
三人の雑誌記者風の若者たちがその様子を見守っていた。どの面々もいかがわしい。
川沿いの小道でタバコを吹かし、苦々しい顔つきで、実行委員会の粗暴な行動を見つめている。
カメラを首に提げた者もいる。となりにはハンチングをかぶったジャケット姿の老人が寄り添っていた。
若者たちは実話誌と嘯く月刊情報誌の記者たちだった。
が、そのじつ扱う内容は裏社会やアウトローをはじめ、事件、芸能スキャンダルから、性風俗のほか、サブカルチャーやオカルトまで多岐にわたるジャーナリストくずれだった。
「やれやれ……。やっぱし、入り込める雰囲気じゃねえな。せっかく情報提供者のタレコミがあったってのに、ここまで来て引きさがるのは惜しすぎるな」
年かさのスプライトのスーツ姿の男が、くわえタバコのまま言った。頬がこけ、世を拗ねたような眼つきをしている。
かたわらのハンチングをかぶった老人は、祭りのプログラムが書かれた紙片をふりかざし、
「でしょ? 私ども民間の学者が何年にもわたり嗅ぎまわっていたのですが、秘儀の全貌はつかめなかったのです。じかにこの眼で行事を見るのが悲願でした。ですが、こうも監視がきついと取り付く島もないのです。現にブラックリストに載せられた同胞もいるほどでして……」
「石田さん」首に一眼レフカメラをぶらさげた大柄の若者が、スーツ姿に近づき囁いた。「このパターンはまさに、新城島の豊年祭――アカマタ・クロマタと一緒ですって。地区住民か、元住民しか祭りに参加できず、写真、ビデオ撮影だけじゃなく、口外さえ禁止されているってアレ。まさか内地にも、こんなタブーつきの来訪神行事があったなんて大スクープっすよ」
トレッドヘアの最年少の若者が気だるい様子でしゃがんだまま、
「まさに極上のネタですやん。ありきたりな夏祭りのあとの神秘、『異人担ぎ』。怪しい。ますます怪しすぎますって。これはなにがなんでも白日のもとに晒したくて、ウズウズしてきますわ」
と、ガムを噛みながら言った。
「なるほどね」石田と呼ばれた年かさの男が紫煙を透かして、〆谷夏祭り実行委員会の連中をにらみながら言った。「アカマタ・クロマタっていや、元東京都知事の石原 慎太郎が書いた『秘祭』って小説の元ネタになった来訪神だよな、たしか。外部の人間が豊年祭の秘密をあばこうとして、暴行事件まで起きてたってアレってか。……こりゃ、ますますキナ臭くなってきた」
「編集長が言ってましたよ。なにがなんでも、内部に入り込み、カメラで収めてこいって。ですが、ここでも見つかればナニされるか……」
と、カメラの大男。見かけによらず心配性のようだ。
「なら、食らいついてやらなきゃな。おれにかかればこんな厳戒態勢なぞ、どうってことない」
石田はタバコを吹き飛ばし、革靴で揉み消した。
狩りのチャンスを狙うコヨーテみたいに、利用できるものはなんでも利用するといったしたたかな顔つきになった。
ハンチングの老人が頭をさげた。
「ぜひとも期待してますよ。くれぐれもお気をつけて。――ではこれにて、私は失礼します」
と言い残し、公民館から去っていった。
市井の学者の老人を見送ったあと、石田はカメラマンとトレッドヘアの若者と肩を組み、耳打ちした。
――なんとか神事の秘匿した部分に潜り込め。
そのためには〆谷関係者らが向う場所へ先んじて潜入するしかないと指示を出すのだった。
そのときだった。
赤い法被を着た実行委員会の一人と、取り巻きの二人が近づいてきた。
真んなかの男は寒川だった。
肩を怒らせ、腫れぼったい顔には、眼だけが獰猛に吊りあがっていた。
「おい、おまえら! いつまでそこに張り付いてる。部外者は帰れ!」と、うるさいハエでも追い払うような仕草をした。「まさか聞こえないつもりか、ああ? 邪魔なんだよ。さっさと出ていけ。片腕をヘシ折ってやろうか?」
凄みを利かせた寒川の圧に、石田たちはさすがに退散せざるを得なかった。
先ほどの夏祭りで見せた歓迎ぶりとの違いに、月刊情報誌の記者三人は背筋が凍る思いをした。
石田はカメラマンとトレッドヘアの若者の背中を押した。
すごすごと川沿いの小道から立ち去ることにした。
しばらく寒川に見張られていたが、死角に入った隙に、三人は三方向に散った。




