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15.「こんなだから、田舎は嫌いなのよ!」

 集落の出入り口をつぶさに観察した。

 ドラム缶で焚火を炊き、寝ずの番でもやるつもりらしい。男六人の姿が炎で浮かびあがっている。

 先ほど道沿いをあがっていった猟友会のジャケットを着た老人とその息子も加わり、せわしなく道を行ったり来たりしていた。

 他の者の手にも物騒なものが握られていた。

 草刈り鎌やなた、長い棒のようなものを手にし、陣取っているのだから穏やかではあるまい。


 さらに、車で行き来させないつもりか、マイクロバスを斜めにして停車させていた。完全に道が塞がれていた。

 あれでは仮に車を盗難したとしても強行突破は不可能だ。


 上條が逃げ出したことは村中に伝えられたにちがいない。

 それで退路を断ち、隔離しようとしているのだろう。

 なんにせよ、〆谷の連中はあまり頭がよろしくないようだ。闇のなかで焚火を炊き、そこにたむろしていれば遠目にも眼につき、どんな逃亡者だってそこを回避するだろうに……。


 上條は久しぶりにランニングしたせいもあって、またもやアキレス腱の鈍い痛みがじんじんと疼いていた。

 とても六人の眼を盗んで〆谷から出られそうもない。


 海道いわく、山はろくに獣道すらなく、山道へ出られる迂回路うかいろすら存在しないらしいのだ。

 八方塞がりだった。


◆◆◆◆◆


 名案が浮かばない。とりあえず高台をめざした。

 海道も片脚を引きずりながら、なんとか上條についてくる。

 左右は稲穂を垂らした棚田が上まで続いている。このあたりは隠れるところが少ない。

 いくらでも暴露される危険があった。二人は腰をかがめて進んだ。


 道幅は車一台がやっと通れるほどの広さだ。

 やがて右側に一軒家がある地点にさしかかった。

 新居なのか、なにもかも真新しかった。家の主がいるらしく、リビングには灯りがついている。

 レースのカーテンの向こうで人影が動いていた。


 忍び足で通りすぎようとした、まさにそのときだった。

 ガレージの隅からなにかが勢いよく飛び出してきた。

 幸いそのシベリアンハスキーは鎖でつながれ、ガレージの外までは出られない。


 しかしながら烈火のごとき吠え声は、警報音として機能するに充分であった。

 リビングのカーテンが引かれると、Vネックシャツを着た三十代ぐらいの男が外をのぞいた。

 大きなサッシ窓を開けた。


「どした、オリバー? 黙れ」と、男は窓に手をかけ、ぴしゃりと言った。ほっそりした身体つきの長い髪をうしろに束ねた人物。視力がよくないのか、闇のなかを眼を細めて透かし見た。上條たちはすばやく死角に身を潜めた。「誰か来たのか? ひょっとして、例の『異人担ぎ』に選ばれたよそ者だったりしてな」


 男の背後の室内から、


「よしてよ。家に入ってきて立てこもるようなことになったら、どうするの」

 

 と、女の声がした。テレビの音声と女児の笑い声までする。


 上條たちは大型犬から距離をおき、大きなSUVの車体の陰に隠れた。

 センサーライトが反応し、ガレージ内を照らしたので気が気じゃない。

 犬はなおも鎖をジャラジャラ言わせ、猛烈に抗議してくる。

 不審に思った家の男が、窓の外に置いたサンダルを突っかけようとしていた。


「マジで誰か隠れてるんじゃないだろうな? オリバーの様子がおかしいって。よしよしこっちにおいで」


 SUVの横で海道が上條の耳に囁いた。


「このままでは見つかるぞ」


 上條はとっさにガレージのなかに転がっていた野球のボールをつかんだ。


「これで注意を逸らせてやる」


 と、車の陰から飛び出し、下り坂の斜め向こうを見た。

 集落の出入り口めがけ放り投げた。

 放物線を描いた球は、道を塞いでいたマイクロバスの天井に命中した。ボン!と音を立てて、バウンドするのが見えた。

 とたんにドラム缶で焚火を炊いていた連中が大声をあげた。なにが起こったか理解できず、その場に伏せる者までいる。


「なにがあった? あいつは飛び道具を持ってるんじゃねえのか?」


「いま、バスの屋根で白いものが跳ねたぞ!」


「チクショウ、狙われてる! どこにいやがるんだ?」


 男たちが口々に叫んだ。反射的に物陰に隠れ、攻撃に備える。


「こっちだ、みんな! よそ者は入り口のあたりに潜んでる! 援護してくれ!」


 声を耳にした新居から出てきた男は、緊張した面持ちでオリバーの身体を押さえた。

 ハスキー犬は依然、手がつけられないほど吠え続けている。

 海道は身を屈め、SUVの陰に張り付いている。

 上條は慌ててその横に戻った。


 ハスキー犬は車に向かって踊りかかろうとするが、男はまさかその陰に二人が潜んでいるとは気づいていない。

 男はすかさず背後のリビングをふり返った。


「大変だ。やっぱり例の男が逃げ出したんだ。誰かが襲われてるって!」


「やぁだ、それでオリバーが感づいてたのよ! もしかして近くにいるのかも!」と、家のなかで女のヒステリックな声がした。「関わり合いになるのは嫌よ。しゅうちゃん、突っ立ってないで早くなかに入って、鍵かけてったら!」


「そんなわけにはいかないよ。区長も言ってたじゃないか。郷に入っては郷に従えだ」と、修はオリバーを置き去りにし、手近のゴルフクラブをつかんだ。「助太刀に行ってくる。大丈夫、深入りはしないよ。君は窓を閉めて、しっかり戸締りをして!」


 と言うなり、ガレージを飛び出した。


「もう! こんなだから、田舎は嫌いなのよ!」と、室内の女はむくれた口調で言い、サッシ窓を勢いよく閉ざし、レースのカーテンまで引いた。「くれぐれも命はお大事に!」


「これだよ……」と、男がぼやいた。「オリバーは留守番だ。もしものことがあったら、家族を守ってやってくれ」


 修はポニーテールを振り振りさせながら、SUVの側面に張り付いた上條と海道には眼もくれず、坂道をくだっていった。

 オリバーを連れていかなかったのは〆谷の住民にとって失態であり、上條にしてみれば救われる思いだった。犬を使われれば、追跡は容易になるというのに……。そのまえに鎖を解かれたぐらいなら、たちまち襲われるところだった。


「陽動がうまくいった。いまのうちに高台へ」


 と、上條が囁いた。


「みごとだ。頼もしいよ」


 海道は立ちあがり、ガレージから走り出した。

 オリバーのまえを横切ると、前脚を持ちあげて烈しく吠えてきたが害はない。

 二人はかまわず坂道をあがった。


 あがりながら村の出入り口の方角を見た。

 公民館の方から住民が集まりつつある。うるさいほどの喧騒だ。

 幸い上條たちが進む道の反対側からはやってこない。

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