1.「君こそ異界からやってきたストレンジャーだ!」
昔々のことである。
ある晩、一人の六部(巡礼僧)が、百姓の家を訪ねてきて、
「どうか、ひと晩泊めてくれないか」と言った。
「よろしいですよ、さあ、どうぞお入りなさい」
百姓の親父は喜んで招き入れた。
親父は内心にんまりした。
というのも、六部の荷物のなかには、たんまりと金が入っているのが見えたからだ。よからぬ心が働いた。
みんなが寝息を立てる夜中のこと。
「坊さん、坊さんよ。枕がずれておりますぞ」
と、さも親切そうに言った。
六部が頭を持ちあげたまさにそのとき、親父は押切(藁など切る農具)で、六部の首を切りつけてしまった。
そして六部を殺して奪った金で、立派な家を建てた。
月日が経ち、嫁が男の子を生んだ。
ところが生まれつき、ひと言も喋れない病気で、成長してもまったく口を利かない。
その子が十二、三歳になった、ある中秋の名月の夜のことである。
子供が気難しい顔をしたので、母は我が子をのぞき込んだ。
「なんだ、小便でもしてえのか? どれ、一緒に行ってやろうか」と誘うが、首を振るばかり。
親父があきれたように、
「困った奴め。親の言うことも聞かねえで。どれ、おれがついてってやる」
と言ったら、子供は立ちあがったものだから、外に出た。
夜空にはみごとな満月が出ていた。親子は思わず見とれるほどだった。
ふいに子供が親父を見あげ、こう言った。
「お父、あのときおれが殺されたのも、ちょうどこんな晩だったな」
と、意外なことを言うものだから、親父はハッとして、子供の顔を見た。
あの夜の六部とそっくりな顔で、じっと睨んでいた。
宮城県登米郡南方町の昔話『こんな晩』
男たちが薄闇のなかで、せわしなく動いていた。
膝丈の短い着物をつけ、下半身には股引と脚絆を履いている。頭は月代を剃られているが、満足に手入れされておらずみすぼらしい。
二人の男が墓を掘り返していた。
墓にちがいあるまい。墓石とおぼしい粗末な石の塊がそばに転がっているからだ。名前までは刻まれていない。竹筒は花立の代用か。なにも活けられていなかった。
穴の外にいる五人の男たちは松明の火をかざすか、誰かに見咎められないか、まわりを警戒している。
鍬を振りかぶり、土中に突き立てる男。もう一人が鋤で土を外へかき出す。
穴を掘り進めると、じきに藁で編まれたものが現れた。筵らしい。
その塊が引きずり出された。荒縄でぐるぐる巻きにされているようだ。まるで巨大な粽だ。
筵の束を地面に寝かせた。
一人がうずくまり、縄を解いていく。
ほかの男たちは彼のまわりで円陣を組み、恐る恐る見守った。
筵がほどかれると、なかから白骨化した遺体が現れた。
まだわずかに肉が残っている。びっしりと埋葬虫がたかっていた。頭骨には黒々とした髪が張りついていた。
驚いたそぶりは見せない。
うめいて顔を背ける者もいたが、すぐに次の動作に取りかかる。
その遺骸を新たに広げた筵に投げおろした。いくつかの部位がはずれた。
男たちはおかまいなしにそれを包み、紐で縛った。
いちばん身体の大きな男が担ぎあげ、かけ声とともに歩きはじめた。
松明をかかげた男が先導する。
七人は神妙な顔つきでその場をあとにした。
◆◆◆◆◆
ビジョンが暗転し、場面が切り替わった。
どこだ、ここは? さっきとは変わって屋内のようだが……。
祭壇が組まれている。神前か。
神社の本殿のようだ。
その上には本来ご神体があるはずの空間に、不自然な物体が安置されていることに気づく。
ご神体なら鏡や御幣、玉や神像のはずである。
それなのに、筵に巻かれたみすぼらしい物体が立てかけられているのだ。巻き寿司を作るときに使う巻き簾を思わせる形。いささか場違いすぎた。
いやでも先ほどの墓荒らしとの関連性を疑ってしまう。
まさか墓から掘り起こした遺骨を、なんのつもりか、ご神体として祀っているのではないか?
視界の右側から誰かが入ってきた。
神前のまえで立ち止まり、玉串を捧げた。
烏帽子をかぶり、純白の装束を身につけた男の姿が背を向けていた。顔までは見えない。
宮司は祭壇に向かって礼をし、おごそかな声で祈りはじめた。
祝詞である。
「高天原に神留まり坐す。皇が親神漏岐神漏美の命以て、八百万神等を。神集へに集へ給ひ。神議りに議り給ひて。我が皇御孫命は、豊葦原瑞穂国を、安国と平けく知食せと事依さし奉りき……」
宮司の声がいちだんと熱を帯びた、まさにそのときだった。
神前に安置された筵の束が、くの地に曲がるほど、ビクッ!と動いたのだ。
◆◆◆◆◆
――あのとき注射を打たれた。あれがおれの意識をどん底まで叩き落したのだ!
上條は生々しい夢のなかにいた。
いま、夢を見ているという自覚がある。
ありながら醒めることができない。身体が自身のものではないかのように言うことがきかないのだ。
どうにか薄目を開けることができた。
瞼はバーベルのような重さだ。こじ開けると言った方が正しい。
暗い部屋だった。
足もとの向こうに障子戸があった。灯りが透けて見える。
音もなく戸が開き、誰かがなかに入ってきた。
灯りを背にし、墨汁をこぼしたかのようなシルエット。
短髪。身体のラインは細身。
背が高い。――あの男にちがいない。
「上條君、気分はどうだ。おかしな幻覚でも見たんじゃないのかね。なにせ君はかつての異人と同化したんだ。歴代の来訪神役の男たちはみな、そう訴えるそうだ。思うに先代が、事情を教えたく、そんな幻を見させてくれるのかもしれないね」
――くそ、なんのマネだ! おれを眠らせてどうするつもりだ!
「そろそろスキサメトニウムの切れるころだ。寝息を立てているところを見ると、アナフィラキシーショックによる死は免れたらしい。素人による静脈注射だったが、うまくいったようでなによりだ」
男が顔を近づけてくる。
上條の顔をのぞき込んだ。
「さすが元アスリートだけある。薬に抵抗してるな。強靭な心と身体をそなえているものだ。君こそまさに異界からやってきたstrangerだ!」
――なにがストレンジャーだ! おれはふつうの人間だ! 勝手に祭りあげるんじゃない!
上條は烈しく抵抗した。
いますぐ上半身を持ちあげ、男につかみかからねばならない。こんな茶番を終わらせないと、理不尽な暴力によって命を落としかねない。
この男の信念は異常だ。常軌を逸している。
秘儀をやり遂げることで、ほんとうに破綻しかけた村を活性化できると思っているのか……。
「君もわからん男ではあるまい。――上條君、君は選ばれたんだ、祭りの主役に。〆谷は十八年もの長きにわたり、『異人担ぎ』を行わずやってきた。そのせいか、神之助明神の怒りを押さえつけられなくなっている。せっかく神之助を神格化させたというのに、彼はまたもや災いをもたらそうとしているのだ。かくなるうえは、その御霊を鎮めなくてはならん。わかってくれ。君はそのために、新たなご神体となるのだ!」
怒りが筋弛緩薬の効果を打ち消した。上條は男の襟をわしづかみにし、
「なにをこの! そんなものにされてたまるか!」と、叫んだ。