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6話 ヴェールの過去

「なんで、そんなことをきくの?」


 唐突な質問にそう応えるヴェールに、


「まず、率先して最近手伝いをするようになったこと。そして、何か話すときにためらうこと。極めつけは、たまに浮かべる怯えや緊張がまっじた表情。何を隠してるの?」


 全てが図星だった。

 ヴェールは、いや「水原 緑葉」というべきだろう。緑葉は恐れていたのだ。今の関係が、日常が、一瞬で崩れ去ってしまうことを。


 だから、逃げ出した。どこなら、見つからないのか、それだけを考え、一心不乱に走り続けた。


 そこで、ヴェールは、ひたすら涙を流し嗚咽を零していた。


「だって、しょうがないじゃないか。あんな暖かくて、優しくい幸せが、この世界にあったんだ。母さんの傍にはあったんだ。そこにいたいって、それを求めてしまっても、しょうがないじゃないか」


 そして、ヴェールの独白は続く。すると、突如背中にとても暖かく、優しい感覚を感じた。その感覚はよく知っていて、覚えがあるどころの話ではなくて、


「母さん!何……でここが分かったの」


 見つからないと思って、必死に走り続けたこの場所に、この広大な森のたった一か所を見つけ出したのだ。


「エル、()()が行きそうな場所くらい、簡単に予想つくわよ」


 その息子という言葉に、また、胸をえぐるような痛みを感じた。

 

「大丈夫、母さんは何があっても、あなたの味方。決してあなたを離さない。だから、私に話して、何があったの?」


「わかり……ました、なんで今、僕がここでこうしているのか………過去に何があったのか話させていただきます」


 そう、諦めたような顔のヴェール――――水原緑葉の表情は、悲痛に歪んでいた。

 そして、訥々と自らの過去を語り始めたのだった。



***



 水原 緑葉は両親が交通事故で亡くなっていた。だから、親戚のいえを転々とした。高校に入ってからは、基本的に独り暮らしだった。そのため、自分と対等に接してくれる友人に、少し依存するところがあった。友人は多くはなかったが、数人の特に仲のいい友人とよくつるんでいた。

 それが、緑葉にとてとも幸せでかけがえの日々だった。それが崩れたのは高校に入ってからだった。仲の良かった友人たちと同じ高校に通っていた。ある日、喧嘩をした。ほんの些細なことだったはず。だがそこから大きな喧嘩に発展して緑葉は少しずつ孤立していった。それからいじめが始まった。落書きや、暴力は日常茶飯事、だが、不思議なことに喧嘩した彼らは、いずれただ無視して避けるようになっていた。


 それからは、日々苦しみに必死に耐え凌ぐだけの人生だった。自殺も幾度となく、考えた。でもなぜかできなかった。胸の奥で、何かが死ぬなと呼び掛けてくるような気がした。ただ、死ぬのが怖かっただけなのかもしれない。

 そして、日に日に心が擦り切れ摩耗し、希望を失っていった。感情は、薄れ何かを感じることもなくなった。その時出会ったのが異世界物の、ラノベだった。もしかしたら、異世界が本当に存在してここじゃない世界には、自分の居場所があるのかもと、そこに希望を抱いて、心の拠り所にしていたのかもしれない。


 そして、あの日異世界に旅立った。そこには、まだ見ぬ光り輝く世界が視界いっぱいに広がっていた。見知らぬ記憶には、初めて知る本当の意味での人の、親の温もりに、希望を抱いた。そこにいたいと願った。だから、()()()()を演じる必要があった。やんちゃを絵に描いたような、そして無邪気な少年を。

 だが、それはどうしてもできなかった。我儘に生きたら愛想をつかされるかもしれない。メアリたちがそのようなことをしないことは、理解できていた。でも、あの時の、我を通しすべてを失ったトラウマが体を、心を締め上げるのだ。だから、我儘を言う前にためらってしまう。その時の違和感が、メアリに伝わってしまったのだ。



***



「これが、僕の過去です、メアリさん」


 そう話し終え、目を開けると、滂沱の涙を流すメアリの姿があった。


「どっ、どうしたの?」


 うろたえる緑葉に、真っ赤に目をはらし、ようやく泣き止んだメアリは、こう告げた。


「だって、こんな辛い過去があってそれを無神経に掘り返して・・・」


 また泣き出してしまったメアリに、精一杯の笑顔を浮かべ、ヴェールはこう告げた。


「それは違うよ。ここにきて、初めて知った親の、母さんの優しさ、触れた心の温かさ、それ以外にも、たくさん、沢山のものをもらった。だから、母さんに伝えたい言葉は『ありがとう』だけだよ。いままでありがとう」


 そう言って、再び逃げようとしたヴェールの頬に、突如衝撃が襲った。


「馬鹿なこと言わないで。ここから始まるんでしょ。あなたは今まで辛かったんでしょ。ここにいて、少しでも幸せだって思えたんでしょ。だったらここにいれば「だめなんだよ!」」

 

 言葉をかぶせ、メアリにその先を言わせない。もし言わせてしまったら、自分は甘えてしまうと思うからだ。だから、自分を卑下し、蔑むように言葉をかぶせる。


「それじゃ、だめなんだよ。僕は、あなたの息子(ヴェール)の人生を奪ったんです。そんな僕に生きる資格は、まして、あなたと一緒に幸せを謳歌する資格なんてあるはずないんです」


 メアリは、慈愛の笑みを浮かべ、


「それこそ違う。あなたは、私の息子よ。それだけは絶対に変わらない。だって、あなたは『リョクハ』であると同時に『ヴェール』でもあるんだもの。これまで過ごしてきて、よく分かったわ。あなたがふと浮かべる笑顔はヴェールのとおなじだった。だから、あなたは、根本的には、ヴェールと違わないんだと思う。だからさ、これからも一緒にいよう。みんなで、笑って、時に喧嘩もしてそうやって暮らしていこう。私たち家族なんだから」


「本当はあなたと一緒に暮らしたい、笑って過ごしたい。でも、人はいずれ変わってしまう。いつか、あなただって俺のことを嫌いになってしまうかもしれない。そうなってしまったとき、失ってしまったときが途方もなく怖かった」


 その言葉への返答は、温かな抱擁だった。


「大丈夫、私たちは家族よ」


 たったそれだけの言葉に、万感の思いが込められていて、それだけで、全幅の信頼を寄せられた。そこで、ギリギリのところで堰き止められていた感情が溢れ出す。


「怖かった、人に裏切られ、また一人になってしまうのが。母さんが俺の前世のことを知って離れて行ってしなうのが、幸せが手のひらから零れ落ちていくのが。でもいいのかな、俺がこんなに幸せで母さんと一緒に暮らして」


「いいに決まっているじゃない。今までたくさん苦しんで、寂しくてそれでもここまで来たんだから、これからは、今までの分、たくさん幸せになってたくさん笑って人生を謳歌しなきゃ」


「ありがとう、ありがとう。本当に、本当に受け入れてくれるのなら、これから宜しくお願いします」


 涙を流しながら必死に紡がれた言葉に、メアリは、満面の笑みを浮かべ、


「これからも、よ」

 と、いたずらっぽく笑ったのだった。


 これが、緑葉とメアリ、琴葉が初めて本当に家族となり、緑葉が自分を自分(ヴェール)だと、認められた日だった。


ここまで、三人称でやっていてらヴェールの内心が怖いことになりそうだったので控えさせていただきました。ここからは、一人称で送りしていきたいと思います。


 ここまで、違和感があったあった方もいるかもしれませんが、複線のつもりで入れてきたものも多いです。これからも、全力で書いていきたいので応援のほど、よろしくお願いします。


ちなみにメアリヒロインルートはありません(たぶん)

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