3話 この世界の暮らし
ヴェールの朝は早い。朝自室で目が覚めたら、まず朝食を作る。これは、ヴェールが転生する前からやっていた習慣である。なぜなら、メアリは、壊滅的とは言わぬが、不器用なため大味なものが多かったからだ。
なぜ、彼が始めたかというと以前ここに来たとある男が、ちょっとした料理を持ってきたのだが、それがあまりにもおいしく(メアリの料理と比べたらた)感銘を受け、必死に練習をし、みにつけたからだ。
この日は、簡単にサンドウィッチだ。以前、男が置いていった貴重な肉入りだ。それに、マスタード(のようなもの)を塗って、レタスを挟めば完成だ。
次に、することは勉強だ。これは、ヴェールから言い出したことだ。この世界にきて知らないことが多すぎるため自分から言い出したことだ。最初はやんちゃだったヴェールがこんなことを言い出したため、ひどく心配されたりもしたが、今では、毎日の習慣となりつつある。
今日は、この世界の歴史についてだ。メアリは昔本を集める趣味があったらしく、家にはたくさんの本が置かれており、それらで勉強をしている。
ちなみに、
この世界は、昔平和だった。魔法を使い、魔獣はいたが、便利に平穏を甘受していた。だが、ある日その平穏は崩れ去った。
ある日、急に魔物が世界に現れた。最初は、ほんの数体だった。だが、少しずつ増えてゆき、いつしか、それは、世界中に溢れ始めた。魔物はもともといた魔獣とは比にならぬおぞましいものである。知性はあるのに、殺意に染まっている。幸い騎士団が魔獣と戦っていた経験もあり、生活の確保はでき、今では、ある程度の暮らしはできてる。だが、今は圧倒的に町や国の移動が、常に魔物に襲われる危険を孕むため、難しいものとなった。
そこで冒険者という職業が生まれた。一般人にも力や才能のあるものが、この世界でで、特に魔物が現れ国の維持などに国費が持っていかれ国立の学校などそう建られるものではない。だから、比較的、低賃金で働く冒険者と、それらのためのギルドが建てられた。そこで、実力を示し認められた者騎士団の入団試験を受けることができる。その中から騎士団を選び、改めて訓練が施される。
中には、騎士になるのを嫌い冒険者のまま活動する力を持った冒険者もいる。そうした者たちは、有り体に言ってり変人が多い。それはそうだろう、安定して給料も高く国に身分を保証される騎士にスカウトされたにもかかわらず、それを受けず、冒険者という死と隣り合わせの職に就き続ける。そんな人間の集まりが、変人の集まりでなくてなんというのだろうか。
「まぁとりあえず、概要としてはこんなものか。勇者がどうだの、教会がいかに人を助けるために奮闘したのかだのは、興味もないし今日はここまでかな」
そう呟いて、今日の勉強は終わりとなった。
そして、この日初めて動物たちと触れ合うことが許された。以前は魔獣も混じる動物たちと触れ合うことは、事故を懸念しメアリに止められていたが、昨日、動物たちをモフりたい、もとい世話をしてあげたかったため、メアリに頼み込んでようやく許しが出たのだった。
メアリ同伴で、餌やりの時間に動物たちのところに向かった。
そして、動物たちに近づいて行くと、
「なんで逃げていくの」
「き、きっと初めてだから、怖がっているのよ。だから、餌をあげてみたら」
若干、引きつりながらメアリがそう慰め、次にどうするかを提案するメアリに、涙目になりながらもヴェールは応じた。
「よし、ご飯だよ。みんなお食べ」
子供に語り掛けるように、猫なで声で必死に動物たちに呼びかけるヴェールだが、現実は無常だった。
「やっぱり、動物たちに嫌われてるのかな」
これには、メアリも何も言えず、ヴェールも絶望しかけた。
だがそこに、一匹の動物が、慰めるかのように、すり寄ってきてくれていた。
「君だけは僕に、懐いてくれるのかい」
そこには、可愛らしい白銀の毛並みの狐が、琴のような柔らかい声で鳴きながらすり寄って来ていた。ただし、尻尾が二つに分かれた、という注釈が付くが。
だが精神的に限界がきているヴェールには関係がなく、目を輝かし抱き着いた。
「この子なんて言うの?」
「このあたりでは、見かけないし私の知ってる子じゃないけど、妖狐と呼ばれる子ね。とっても珍しい種類の魔獣よ」
「この子危険じゃないよね」
「大丈夫よ。強力な魔力を持っていて強い魔法を使えるけど、温厚で、こちらから攻撃しなきゃ安全よ」
「じゃあ、飼ってもいい?世話もちゃんと自分でやるから」
「本当にちゃんと世話を続ける?」
「約束する。絶対」
「じゃあ、いいわ。仲良くするのよ。あと、名前を付けてあげるのよ」
「ありがとう、これからよろしくね。えーと、君の名前は・・・琴葉、きみの声が、琴のように奇麗だから琴。そして、僕たちドライアドの『葉』。これからは家族だから、この名前にしたんだけど、大丈夫かな?」
そのヴェールの言葉に、妖狐、否琴葉は、嬉しそうに可愛らしく鳴いた。
このとき、初めてヴェールと琴葉の絆が結ばれたのだった。
「そうなると、ご飯だけど、何を上げればいいの?」
「魔法植物なら大丈夫だと思うわよ。妖狐は魔獣の一種だから、魔力を含んだものなら大丈夫だから」
唐突だが、魔獣は、基本的に魔力を含むものを食べていれば生きるのに問題はない。
「なら母さんに頼んでもいいかな?」
「いいわよ」
そうして快諾したメアリは、手を差し出した。すると、突如種が出てきて、そこからリンゴに似た、虹色に輝く果実がなる広葉樹が生えていた。
「はい、できたわ。これをあげなさい」
「ありがとう。ほらお食べ」
ヴェールが呼びかけ、優しく撫でると最初は恐る恐る、一口目の後には焦るように可愛らしく齧り、「クーン」となきながら食べていた。
「焦らなくてもだれも盗ったりはしないよ」
そうすると、ゆっくりと、味わうようにしてたべだした。
その姿は、とても可愛らしく庇護欲を駆り立てられるものだった。そして自分で作った餌をあげたいと思わせるに十分足るものだった。
「かあさん、あのさ、魔法教えてもらってもいいかな」
その声は、僅かに不安を孕んでいた。