第23話 喧嘩
大変お待たせしました。
「俺の負…「格好つけるのはやめて!」けだ」
俺が大人しく負けを認めようとした声を、琴葉のいつになく真剣な声が遮る。
「ねえ、エルは私のことなんだと思ってるの?
守られるだけの弱者?
可愛いだけの庇護対象?愛玩動物?」
「違う!俺は琴葉のことをそんな風に思ってない!」
「でも、私のことを頼るようなことは絶対にしないし、少しでも危ないことは少しもさせてくれない。包丁さえ持たせてくれない。
エルは私のこと家族っていうけど、守ろうとするだけなんてそんなのペットと変わらない。
対等だとは思えない!
少しは私のことも頼ってよ、家族でしょ⁉」
「家族だよ琴葉は家族だ。この世の誰が否定しようとその事実は揺るがないし、誰にも否定なんてさせえない。
だからって、それは守らないってことにはならない。俺は、たとえ自分の命と引き換えだとしても琴葉を守れるようなんだってする。これも絶対に譲らない!」
「守るって私に負けてるのに?」
おそらく、琴葉が俺と決闘をしたんのはこのためだったのだろう。
そのためだけに、頑張ってくれことに思いうところがないわけでもない。
でも…
「でも俺の中には、約17年分の知識があるから実質20歳こえてる。
年長者は年下を守る義務があるんだよ!」
「いつも年長者とかおにいちゃんとか言ってるけど私と同い年(琴葉の誕生日は正確ではないが、年は同い年らしい)じゃない!
それに、お母さんはエルに頼りきってるよ、料理とか」
今聞こえてきた、「私⁉」という声は聞こえなかったことにするとして、痛いところをついてくる。母さんの年齢は知らないが、いくら一児の母としてあり得ないくらい若く見えて、すっぴんでも並の芸能人やモデルより預保で奇麗なモデル体型だと言っても、前世を合わせても、俺より年下ということはまずないだろう。
「それに、妖狐も精神の「しゅうじゅく」が早いってお母さんが言ってたから、精神年齢はもう少し高いもん」
「もんって言ってる時点でまだまだ子供だし」
「お兄ちゃんだって偶に一人でくるくる踊ってたりするし」
「え、見られてたの」
「そうだよ、それにたまに口調があ子供っぽくなるし」
「う、そんなことなくもないかもしれなくもないかもしれないけど、でも少なくとも物理的に長く生きたのは俺だもん」
まずい、自覚しつつも、自分の思考が熱くなりすぎているのが分かる。
もはや自分で何言ってるかすらわからなくなってしまっている。
「ほら、また『だもん』とか言ってるもん。体に精神年齢引っ張られてるんだよ。
いっそ、私がお姉ちゃんになってあげようか?エルちゃん?」
煽るように琴葉が言葉を掛ける。
「はあ?琴葉が?お姉ちゃん?ないわー」
「ちょっと?それどういうこと?」
「どういうことも何もねぇ?
まあ、仮にお姉ちゃんになったとしたら家事とか料理とか全部一緒にやってもらうよ?
できる?え~っと、琴葉お姉ちゃん、だっけ?」
「むかぁぁ」
煽り返す。我ながら大人げない。
けど――――楽しい!
あと、口に出しちゃう当たり可愛いと思います。
「そういうこと言うなら私にも考えがあるよ」
「ふうん、どうするの?」
「例えばエルが初めてゴブリンと戦った時に女の子みたいな悲鳴を上げて逃げ回っていたこととか、コボルトを犬と勘違いして「まて、それ以上はだめだ。話し合おう」」
いやあぁ、なんで知ってんの?
てっ、こんなことするのなんてアベルくらいしかいないよな。
ほんとろくなことしないなあの人。
ていうか、
「琴葉ってそんな意地悪できたっけ?」
「アベルが困ったら、こういえばいいって言ってた」
「ほんっとろくなことしないなあ、あの人⁉」
あの鬼畜師匠、余計な事吹き込んで。琴葉が歪んでしまったではないか。
アベルには必ず仕返しする。そろそろ、料理だけってのも芸がないから考えないといけないんだけど、他に隙がない。あの人罠も奇襲も半笑いで避けていくんだよね。
しかも、俺が隠れてみてるときは、むかつく顔でこっちに手を振ってるし。
何なら現在進行形で、いつもの顔で半ば煽って来てるし。
それに母さんも、「琴葉~がんばれ~」とか言ってるし。
敵しかいない。これが四面(四面ないけど)楚歌か。
「まあいい、そっちがその気なら俺にも考えはあるよ」
「ふ、ふん。そんなこと言ったって…」
俺は言葉をかぶせる。
「これからは少し家事が楽になるな~」
「「「ま、まさか?」」」
「これからは、お菓子も一人分でいいし、おかずもみんなの我儘も聞かなくていいんだもん」
そう、俺の日常は修行と家事が基本、あとは勉強時間に割かれてまともに自由時間が取れていなかったから、これからは料理やお菓子の試作に時間をとれる。
…あれ、やること変わってなくね?
「「「………なっ!!」」」
などと、無駄なことを考えていたらみんなが揃って驚愕の声を上げた。
間まで一緒とか、仲いいな。若干の疎外感…。
「これからお菓子が無くなるというのか!!」
意外かもしれないがアベルも反応している。イメージで言えばアベルは辛いものとかが好きで甘いものとか食べそうにもないけれど、甘党具合では、JKに匹敵するレベルだと言えば分かるだろうか。
「え、エル私は別よね?」
「もちろん母さんもだよ?」
逆に何故違うと思ったのだろう?
「……………」
琴葉は不自然に黙ってしまっている。
「琴葉?こと…って、おい、ちょっと待てそれ以上は…」
皆さんお忘れかもしれないが、まだ琴葉に関節を極められたままなのだ。
「痛い、痛い、琴葉ストップ!それ以上はだめだって」
「やめない!エルは変なとこで頭が回るから私はこれで対抗する!!」
「ちょ、おま、変なとこで熱意燃やすな」
そうこうしているうちに段々と腕の角度がきつくなっていく。
「待て、それ以上はマジで料理できなくなるぞ!」
「あ…」
ギリギリ止まってくれた。まあ、正直子供の体重や力では関節を外すまではいかないと思うのだが、痛いものは痛いのだ―――ってまた体重掛け始めた。
「琴葉⁉」
「アベルが紙に書いてるよ」
『どうせはずれないしはずれたとしてもおれがなおすからやっていいぞ!!』
と、ご丁寧に平仮名――この世界の文字はどこぞの転移者が日本語を共通語にしてる――で示している。
ホントいい加減にしてくれないかな。
まあ、ほぼ無償で修業つけてもらっている手前、あまりどうこう言うのもなんだが、やっていいことと悪いことがあると思う。
「いい加減にしろよ琴葉」
「エルこそ、そろそろ諦めたらどう?」
お互い僅かに間を開け、息を吸い込む。
そして、取り返しのつかない言葉を、
「エルの…」
「琴葉の…」
吐きだそうとしたとき、『パーーーーン』とメアリの手お叩く音が俺たちを遮った。
「「あっ…………」」
それで、俺たちは自分が何を口にしようとしていたか自覚した。
そんな俺たちをあえて無視して、メアリは言葉を続ける。
「二人とも、別に互いのことが憎いから戦ってるわけじゃないでしょ?」
「「そんなわけない!!」」
琴葉は手を離し、立ち上がり、俺も起き上がる。
「そうよね、なら、今の状況はいやよね?」
「「うん」」
「なら、これから月に一度決闘をして、勝ったほうが上っていうのはどう?」
「「上?」」
「つまりお兄ちゃんかお姉ちゃんってこと」
「「え?」」
「あなた達さっきから仲いいわね?」
「「今はそういうの良いから」」
「そう…。なら続けるけど、エルの目的は琴葉に兄として威厳を保つことでいいのよね?まあ、今更威厳も何もないとは思うのだけど…」
身も蓋もない。
確かにそれは薄々感じてたけど、言わないでほしかったな。
「まあ、その通りだけど」
「それで、琴葉はエルに対等であると頼ってもらいたい」
「そうだよ」
「でも、エルはお兄ちゃんだからそれを認められない。なら、そこを明確にしてしまったらこの諍いは解消される。違う?」
「「そう、だけど…」」
そう、確かに乱暴だが理屈ではそうなのだ。乱暴だが……………………。あんまりにも…………。
「そこで、月に一度どっちが上かを勝負で決める。これでどうかしら?」
「それは…」
俺が口籠っていると琴葉が口を挟む。
「自信ないの?」
ふっ単純な挑発だ。こんなの考えるまでもない。
「はっ、やったろうじゃねえの」
だめだ、俺もかなり単純だった。
「じゃあ、決まりでいいわね」
「「うん」」
やけに、おかしなことになった気もするが、丸く収まったことだしこれでよしとするか。
「じゃあ、これから一か月は琴葉がお姉ちゃんね」
「は?」
「だって今日負けたのはエルじゃない」
「はあああああああああああ!!」
「よろしくね、弟君♪」
久しぶりに見た琴葉の屈託のない笑みは、とても可愛らしく魅力的だった
因みに、二人が言いかけた言葉は「馬鹿!」と「あほ!」でした。




