第21話 琴葉と一緒
ほんっとにお待たせしました。
今日、俺と琴葉はアベルに連れられ再び賢狼の森に訪れていた。
以前、ここに来た時から暫くたっていて、戦闘経験もそれなりに積んだ。
一対一だったがゴブリンやコボルト、いわゆる雑魚モブなんかは、スライムを除いて大体戦った。
この世界のスライムは強いタイプみたいで、体の3割以上が残っていれば生き残る生命力と、安物の剣なんかなら溶かしてしまう強い酸性。動きもそこそこ速い。
だから、まだ戦ったことはない。
あ、因みに戦うのは、たいてい予告はなく、下手な時は起きたら部屋の中にすでにいたことすらあった。
あの時は、本気でビビり倒して、果物投げまくったっけ。
そんな最近の記憶に思いをはせていると、家を出てからここに来るまで終始無言だったアベルが口を開いた。
「というわけで、今日は琴葉と一緒にちょっと戦いに行ってもらうぞ」
と、訳の分からないことを唐突に宣い始めたアベル。
脈絡がないにもほどがある。
何がというわけで名のか小一時間ほど問い詰めたいところだが、経験則期言っても無駄だということは
分かり切っているので、それはスルーする。
しかし一つだけ、
「琴葉とってどういうこと…ですか」
まだ焦ると敬語を忘れる。
「それは自分で考えろ」
「また横暴な」
「それが大人と社会ってもんだ」
「いや、大人とか社会はもっと汚く打て理不尽だよな?」
「お、おう」
やば、定期的に無意識に闇を垂れ流すのどうにかしないとな。
もう、吹っ切れているのに、俺可哀そうでしょアピールみたいで気持ち悪い。
どう考えても琴葉の教育に悪い。
そんなことより、琴葉を連れていく目的は、おそらくだが、俺と琴葉が一緒に行く意味は俺が広い視野を持って戦えるようにすることではないだろうか?
「で、琴葉は大丈夫?」
「大丈夫だよお兄ちゃん」
琴葉の成長は目覚ましく、日を重ねるごとに会話がしっかりとしてきている。
コミュ力では抜かれる日も近いかもしれない。
「今回は、クリア条件を付けるぞ。最低でも、20頭、群れを一つ潰したら帰って来ていいぞ」
よかった。前回みたいに目的不明ならどれだけ彷徨うことになるか分かったものじゃないからな。
「了解です。じゃあ琴葉、行こうか」
「うん」
***
森の獣道を警戒しながら進む。
あれからも、こういった魔物のいる場所にはたびたび訪れているため、いい加減慣れたものだ。
「琴葉、俺から離れるなよ」
「大丈夫だよ私も戦えるから」
琴葉はこともなげに言うが、心配なものは心配だし、守りたいと思ってしまうのが兄心というものだろう。
それに、油断すると痛い目に合う。俺はそれをよく知っている。
一瞬気を抜いただけで、木の上から蛇(アベルお手製のおもちゃ)が降って来るなんてざらだ。
それに就寝中だって気を抜けない。
ひどいときは、木のうろに入り、魔法でふさいで油断してたら、アベルが木を文字道理根こそぎ引っこ抜いてぶん投げてたこともある。
………ほぼアベルじゃねえか。
――閑話休題――
「そっか、でも琴葉の出番はできるだけ作らないようにするから」
「そういうのいいよ?」
ズバリ言われた。かなりへこむ。
子供のこういうところ、ほんっとに残酷だよね。
「そか。うん。そうだよね」
男の子は我慢だ。強く生きよう。
気の抜けるような話だが、流石にここで油断できるほどあほではないつもりだ。
「話の途中だけど、オオカミの群れだ。
琴葉、気を付けて」
これをリアルで言える日が来るとは。
できれば、いずれワイバーンバージョンで言ってみたい。
「大丈夫、分かってる。グレイウルフの群れ、数は15~20だよね」
へぇ、あれグレイウルフっていうんだ。初めて知った。
「琴葉は博識だなぁ」
「えへへぇ」
声は小さくて聞き取れなかったが、表情で何となく察せる。
大人っぽくなりたいお年頃なのだろうが、絶妙に隠せていなくて、すごくかわいい。
あ、やべ、気一瞬抜いてた。俺はかなりのあほだったようだ。
ま、今更グレイウルフ程度にどうこうされるほど弱くない。
目の前にきているのをおとりにして、俺たちの背後に回っていたグレイウルフ、――もうめんどくさいからグレルフでいいか――を振り返りざま氷を纏わせた木刀で首を深く切り込む。
骨は断ち切れないまでも、十分に致命傷だ。
ちなみに、木刀も氷も魔法で補充できるから、切れ味が落ちなくて便利なんだよな。
アニメとかで、体両断とかしょっちゅうやってるけど、あれ魔法の剣とかだからできるだけで、普通にやったら油とか、骨を切るときの刃毀れであっという間に使い物にならなくなる。
余談が過ぎたな。
まあ、だから多少乱暴に扱っても問題ないわけだ。
例えば、
「こんな風にな」
地面に剣を突き立てそれを起点に上に飛びあがる。
アベル曰く、四足獣は、上からの攻撃に弱いらしい。
単純な話、魔法が使えない低級の魔物は上への攻撃手段が跳びあがっての体当たりと上を向いての噛みつき、どちらも予備動作が大きく、慣れない二足歩行なので避けるのもカウンターを合わせるのも容易だ。
そして、案の定無理に噛みついてきたところに、懐から出した唐辛子を放り込み、グレフの鼻を起点としてバク転…はできないから、跳び箱の要領で跳び、琴葉のもとに着地する。
無理やり食わされた唐辛子で、驚いて暴れる一頭が邪魔で連携が乱れる。
その間に、さっきから準備していた可能な限り練った魔力を傍の木に注ぎ込む。
すると、木が生きているかのように枝が琴葉のもとに伸びていく。
「琴葉、掴まって」
「え、あ、うん!」
そのまま、枝で包み込むようにして琴葉を囲う。
「お、おにいちゃん!?」
「琴葉、ごめん!でもそこなら安全だから!!」
「違、そうじゃなくて」
琴葉が何か言っているのは聞こえるが、今はそれどころじゃないのでスルーする。
「グルゥ…ガルァアア」
唸り声をあげて迫って来るが、これがおとりであろうことは察している。
だから一歩踏み出し、目算を狂わせ文字通り出鼻をくじく。
そして、面食らって勢いが乗らないまま、無理やり突っ込んできたグレフを半身になって避ける。予想外の行動に思考が停止したのか、踏鞴を踏むグレフを蹴っ飛ばして後続にぶつける。
まとめて、倒れているところに追撃し、上から順に止めを刺していく。
だが、その隙に囲まれてしまう。
「ちょっとやばいかも?」
さすがにこのままだとやばいので、全力で駆け出す。
と言っても、以前のように逃げるわけではない。自分の得意な領域で戦うのだ。
駆けた勢いをそのままに、全力で飛び頭上の枝につかまる。鉄棒の要領で、木の上に登る。
そこからは、言っては何だが楽勝というほかなかった。
ただでさえ、上方への攻撃手段に乏しいグレフ達に対し上を取り、かつ俺が普段行動し、アベルとの鬼ごっこで慣れている木の上という状況だ。
これでは、負けるほうが難しいというものだろう。
ごめん、ちょっと、少し、いや、かなり強がった。
かなり、ギリギリだった。
奇襲で倒したのはいいものの、そのあとは思いのほか冷静になったグレフ達の波状攻撃で、爪やら牙やらで割と全身ズタボロにされ、会費に転がりまわったせいで、砂埃や擦り傷で汚れてしまっている。
「はぁ、はぁ。
琴葉、今………出して……………、ふぅ、やるからな」
琴葉の入っている木に魔力を注ぎ出してやる。
「無事か、琴葉?」
「むうぅ」
出てきた琴葉は憮然とした顔をしていた。
まあ、それはそうか。
唐突に閉じ込められたのだ。
状況を理解できない子供なら、ただ意地悪されているように感じてしまうことも無理はないだろう。
「琴葉、ごめんな。でも、これ位しか方法が思いつかったんだよ」
妹に縋るように言い訳をする兄の図である。
情けないにもほどがある。
「私も戦えるって言ったのに」
「それは、えっと……」
くそ、どうすれば。
コミュニケーション経験は、中学以降はまともな会話もしてないんだぞ。コミュ力低すぎて、コンビニ店員にも買い物拒否されてんだぞ?いや、あれは別の理由だったか?閑話休題。
ともかく、拗ねた子供の相手とかできるわけないだろというわけだ。
どうする?どうすればいいっ?考えろ、考えろ、考えろ!!
その時、俺の灰色の頭脳は最適解を導き出した。
「お互いの戦い方がわからないと、俺が困るし、連携の練習はしたことないからね」
どうだ、完璧な言い訳だろ。俺がと強調することで琴葉は自分が悪いのではなく俺が悪いと思い、納得できる。
「うそ」
「あれ~?」
「だってお兄ちゃんあのとき焦っててそこまで考えられてなかったもん」
思いの外見てらっしゃる。
子供ってこんなにいろいろ考えられるものだっけ。
少なくとも俺の幼少期はもっとあほだった気がするのだが。
「あー、それはー、あははははは」
「はあ、バカ」
「いや、琴葉?これは違くて」
などと言い訳を重ねる。
けれど、その日残りのグレフを狩る間も琴葉は口を開くことはなかった。
次回は今月中に出します。




