第19話 sideアベル
初めての、ヴェール以外の視点です。
なれないので、拙い部分は大目に見ていただければ幸いです。
―――sideアベル―――
今日は、ヴェールの修行のために賢狼の森に来ていた。
あいつは、俺に修行であしらわれ続けていることで、自分が弱いと思ってしまっている。
まあ、実際に弱いのだが、それでも、俺のこの年の時と大差はない。
だから、ここらで少し自信をつけさせる必要がある。
そのために、態々こんなところまで連れてきたのだ。
最後は助けてもらえると思って油断されても困るから、看板に少しメモを残していく。
鳥の使い魔を残し、視界を共有する。一応この辺りの魔物ぐらいなら倒せる強さだ。
お、ヴェールがグレーウルフの群れと接敵すしたな。
このぐらいの集団なら、いまのエルでも十分倒せるだろうが、
よし、ちゃんと逃げたな。
敵の全貌が見えないときは、逃げて敵を分散させる。教えたことを守っているようで何より。
ボスもしっかり倒せたみたいだしな。
「ッーーーーー」
なんでこんな奴がいる!!
あり得ない、前見たときには、そんな気配一切なかったはずだ。
もし敵対なんざしようものなら、コンマもかからず、ヴェールは死ぬ。
それほどの相手だ。おそらく俺と同程度の実力はある。
そして、使い魔との接続を切り、俺は全力で移動を開始した。
「待ってろよヴェール!!」
駆けつけた頃には、既に談笑を始めていた。
やばい、超恥ずかしい。
今なら、あの時のエルの気持ちがわかるぞ。
確かにこれは死にたくなる。
何が今行くぞ!だよ。
結局、何の必要もなく走っただけじゃねえか。
しかも、九尾には俺の存在に気付いていたようで、チクチクと嫌味を言ってくる。
マジでほっとけばよかった。
まあ、それでもあいつが無事ならそれでよかったんだがな。
ってまた柄にもないこと言って、さっきのテンションが残ってるのか?
そんな益体もないことを考えながら、俺も帰路を辿るのだった。
――***――
帰り道は、ヴェールのことを考えていた。
あいつは、正直刀への適性は高くない。筋力の付く種族ではなく、物理干渉能力と、防御力も低い。本来なら後衛の魔法使いでも目指すべきだ。あいつの魔力量は、今ですら俺とそう変わらないからま。
ただ、
「あいつは、遠距離の魔法が一切使えないからな」
ヴェールは魔力が魔素と近すぎて、まともに遠距離魔法を使えない。水魔法は約半径50cm、植物魔法に至っては直接触れないと魔法が使えない。
そのせいで、遠距離攻撃がほとんど使えない。
だから、近接特化の戦い方にせざるを得ない。
その為の修行だ。
本音を言えば、あの修業は並の子供に耐えられるものではない。
俺の感覚が異常だというのも理解している。
だが、それでも、あいつならそれも乗り越えられると、その確信が今の俺にはある。
はじめはただの子供だと感じた。だが、あのころから変わった。
転生者としての知識を取り戻してからだろう。
魂としての本質は変わっていなかったが、おそらく異世界の知識を得た。
奪われる恐怖を、失う悲しみを、安寧は簡単に失われるということを。
ここからは自論だが、恐れは力となる。苦しみから逃げるために、力を求める。どんなきれいごとを並べたところで、人間は自分のためにしか動くことができない。
自己犠牲の精神だって、誰かが傷つくのを見たくない。それならいっそのこと自分が傷つく。
結局のところ自分のための行動でしかない。
何もそれが悪いというわけではない。寧ろ俺はそれを好ましいとすら思っている。
人は自身の欲望のために最も力を発揮する。
食欲、睡眠欲、性欲、三大欲求をはじめとし、勝利欲、征服欲、自己顕示欲求、挙げだしたらきりはない。
元来、人間の進化や進歩は欲望からだ。
より安全に、より快適に、より楽しく、そんな欲望から、他の生物から一歩抜きんでた知能を手に入れ、広い生活圏を手に入れた。
二足歩行が可能になり、脳が大きくなっただとか、魔法を手に入れただとか、学者が言うような理屈はあれど、それの根源に欲望があったことを否定することはできないだろう。
ここまで言ってなんだが、まあ、呼び方なんてどうでもいいのだ。
欲望だろうが、渇望だろうが、願望だろうが。
だが、そいつの核として、強い感情さえあれば、どこまでも進もうとし続けることができるのだ。
だから、エルは琴葉やメアリがいる限り貪欲に強さを追い求め続ける。
それで、いつか………、いつか、俺と戦える程度には育ってもらわないとな。
「アベル、ちょっとこっち来い」
エルが怒ってるな。
ま、ガキがいくらすごんでも全く怖くないんだがな。
「アベル、暫く飯抜きね☆」
「ちょ、おま…」
「問答無用」
そうして、エルは扉を閉める。
ガキは怖くなくとも、母は怖いようだ。