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第18話 九尾の狐

 現れたのは、九尾の狐だった。

 黄金色に輝く毛並み、威厳があり、畏怖すら感じる佇まい。


 だが、それ以上に圧倒的な溢れんばかりの魔力。肌がひりつき、背筋が凍る。

 生物としての格の差を思い知らされる。


『小僧、何者だ?』


「ッーーーー」


 頭に、直接女性らしい、美しい声が響く。思わず膝をつきそうになる強者の風格。

 まともに声が出ない。


『早く答えろ』


 落ち着いた声だが、そこには、有無を言わさぬ力を感じる。


「お、俺はヴェール、です。ドライアドの子供です」


『そうか。だが、このようなところに子供が如何用だ?』


「師匠に修行と称して放り込まれました」


 ありのまま、事実を話す。


『何を言っておる。そんなことを子供にする人間などいるはずなかろう』


 狐に常識を諭された!


「ほんとそうですよね」


『貴様も存外苦労しているようだな』


 げんなりというと、ついには同情までされた。

 最近、色々無茶されてたせいで、大分感覚おかしくなってたが、やっぱこの世界でもおかしいらしいな。


よし、少し落ち着いてきた。


「あの、なぜ俺に声を掛けたんですか?」


 話しかけたということは、何か理由がなければおかしい。

 さすがに、世間話などということもないだろう。


『いや、貴様の匂いに何となく覚えがあってな』


 俺自身、まずこんなサイズの狐にあったら覚えているだろうから違うだろう。


 つまり俺に匂いが付くほどに身近な存在、つまり家族のなか。

 なら可能性として高いのは、


「えと、子供の狐を探していたりとかはしないですかね?」


『いや、探していない』


「なら、強い人間に心当たりは?」


『それなら、以前ドライアドの知り合いがいる』


「名前とかわかりますか?」


 母さんは、昔の話とかしないし、普通に強いからその可能性もあるかもな。


『確か…、いやそれはないな、奴はすでに死んだ』


 淡白な言葉と裏腹にその姿は、ひどく悲しげで余人が踏み入ることを許さない。


「そう…ですか」


 対人経験の少ない俺では、まともな言葉は掛けられそうにない。


『ふふ、このような子供にも気を使われるようになったか。私も年を取るわけだ』


 初対面だが、どうにも放置ができない。

 琴葉に似ているところがあるからだろうか?


「あの少し、お話しませんか?」


 俺にできるのはこの程度だろう。癒しや安らぎにならずとも、気休め程度には気が紛れるだろう。


『話す?私とか?』


「はい、あなたと話してみたいです」


『変わった小僧だな』


 心なしか、明るくなった声音に密かに安堵する。


『ふむ、ならばこの姿では話しづらいだろう』


 九尾さんは、そういうと煙のようなものに包まれる。

 煙が晴れると、母さんと遜色ないほど美しい妙齢の女性が立っていた。


 黒に、下品にならない程度の赤や緑の装飾の付いた品の良い美しい和服と、それすら引き立て役とする、釣り目がちな、意志の強そうなひとみ。

 光沢のある金糸のように美しい金髪。


 俺は、不覚にも見惚れてしまった。琴葉が大きくなったらこんな美人さんになるのではないだろうか。


「おい、どうした」


「いえ、少し見惚れていて………って、あ!」


「くく、その年ですでに女の扱いを心得ているか」


 そうからからと笑う九尾さん。羞恥で顔に血が集まっていくのを感じる。

 ていうか、いつまでも九尾さんじゃあれだよな。


「そんなんじゃないですって。それはともかく、お名前伺っても?」


「くくく、まあいいだろう。可愛らしいところも見れたしな。名前だったか?私は紅葉(くれは)だ」


「奇麗な名前ですね」


「ああ、とある奴からもらった名でな」


 それから、他愛無い会話をし、(と言っても種族も、環境も、生きた年月もかけ離れているから、ほとんど、俺が聞き手に回っていた)気付けば、日は沈みかけていた。


「ヴェールは帰らなくて良いのか?」


 少しは俺のことを認めてくれたのか、名前を呼んでくれるようになった。


「あ」


「どうした」


「俺、家がどっちかわかりません」


 そうだ、俺そのせいでこんなとこ彷徨っていたんだ。


「なぜだ?ここまで来たのだろう。方角くらい分からないのか?」


「はい、気絶させられて連れてこられたので」


「ふむ、アベルといったか?そやつ、頭がおかしいのではないか?」


 おい、アベル聞いてるか?お前、人外にすら常識と頭を疑われてるぞ。


「わが師匠ながら、どう頑張っても擁護できませんね」


 しみじみと頷き返事をする。

 いやね、幼少期の育ち方の影響か知らないが、アベルはちょいちょいずれていると思う。

 まあ、分かっててやってる節もあるんだけどね。


「ふむ、ならば、私が連れてゆこう」


「いいんですか?」


「なに、行きがけの駄賃というやつだ。匂いを辿ればそう難しいことではない。それに、そう忙しいわけでもない」


「ありがとうございます!あの、どっちですか?」


「いや、私の背中に乗れ。そのほうがよほど早い」


 有難い申し出だが、流石に申し訳ない気がする。

 人間を自らの上に乗せるなど、多かれ少なかれ不快なものであないだろうか?


「いいんですか?失礼とかじゃ…」


「私が言ったことだ。それにその程度で傷つくようなどうしようもない自尊心などずいぶん昔に捨ててしまった」


 言葉には、自虐するような響きがある。だが、その瞳は誇らしげであり、ともすれば恋する乙女のようでもあった。


「では、お言葉に甘えて」


 湿っぽい空気をかき消すように、殊更気障ったらしい口調を心掛ける。

 図々しいかもしれないが、この数時間の会話の中で、不思議と、友人のような感覚を覚えてしまっていた俺は、あまりそういう姿は見たくないと思ってしまった。


 ま、多分俺の浅はかな考え程度お見通しなのだろうけどな。


「では、少し待て」


 そう言って再び九尾の姿に戻る。


『それでは乗れ』


『し、失礼します』


 そう言ってそっと跨る。

 その毛並みは、琴葉に勝るとも劣らない柔らかな毛並み、シャンプーでも使っているのではないかと思うほど、柔らかい香り。

 心も体も蕩けてしまいそうだ。

 …なんか変態くさいな。


『ん…あ、余り撫でまわす出ない』


 艶めかしい声に、無意識に撫でて待っていることに気付く。

 多分琴葉と触れ合う時の癖だろう。


「すみません、余りにも気持ちよくて」


『そう言われてあまり悪い気はしないが、程々にな』

 

「…はい」


 名残惜しいが、体を離す。


『では行くか』


 その言葉すら置き去りにするように、滑らかに加速していく。

 俺の目には、周りの景色が捉えられないほどの速度で走っているが、魔法か技術科、俺に風圧はほとんど来ない。


 試しに喋ってみたが、音が置いて行かれた。

 どうやら、音速を超えているらしい。軽々と超えすぎじゃないですかね?


 それでも、家の到着は15分ほどかかった。

 アベルさんや、俺を一体どれだけ遠くまで連れてきたんだい?


『ヴェールの師匠とやらは、ホントにおかしいのではないか』


「ええ、俺もそろそろアベルの常識について考えていたところです」


『では、私は帰るとしよう』


「そんな、もう少しだけゆっくりしていきませか」


 もっと話したり、琴葉と会ってもらったり、いろんなことをしたいから、必死に紅葉さんを引き留める。


「あ、俺料理得意なんです、夕飯だけでも…」


『悪いな、少し急用が入った』


 紅葉さんが俺に嘘をつく理由はない。きっと本当なのだろう。なら、


「なら、また会えますか?」


『ああ、ヴェールがこれからも強くなろうとし続けるなら必ずな』


 意味は、今一歩分からないけれど、それでもまたいつか会えるなら。


「じゃあ、次に会った時には強くなって、紅葉さんも驚かせて見せますよ」


 寂しいが、再会できるならと、笑顔を作る。


「短い時間だったけれど、楽しかったです」


『ああ、私も存外楽しかった。久しぶりに、友もできたしな』


 そう、くつくつと笑う紅葉さん。

 俺も、友と言ってもらえて自然と笑みがこみ上げてくる。


『では、またいつかな』

 

「はい、またいつか」


 別れの言葉とともに、紅葉さんは音もなく駆け出した。

 夕日とともに消えてゆく紅葉さんの後姿は、どこまでも美しかった。


 口だけの約束、何の保証もないが、不思議と、どんな形であれ必ずまた会えるという確信だけはあった。


 







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