第15話 目指すところ
あの男が現れた。
「エル、修行するぞ」
「ちょっと待って、夕飯の仕込みがあるから」
そう言って、手早く食材を調理していく。
これくらいは、前世も併せて手馴れているので、はやいものだ。
「手伝うぞ」
「え、できんの⁉」
「一人旅が長いんだよ、これくらいは出来る」
「なんですかギャップ萌えですか、しかも強いとか反則ですか、この野郎!!」
「褒めてんのか、貶そうとしてるのかどっちだよ」
「貶そうとしたけど褒めちゃったんだよ!」
はっ、醜い非リアぼっちの嫉妬が暴走した。
「お兄ちゃん、琴葉も手伝う?」
首をかしげながら琴葉が訪ねてくる。
可愛い♡
ってそうじゃない。
「ダメダメ、琴葉がけがしたらどうするんだよ」
「ダメ………なの?」
潤んだ瞳で上目遣いに言う琴葉に、危うくノータイムでOKしそうになった。
破壊力抜群である。
と、そうじゃない。
琴葉を傷つけないように断らなきゃ。
「ちがうよ、そうじゃなくて、俺が琴葉のために作ってあげたいんだ。だから、俺のために待っててくれないか」
「うん、分かった!」
そろそろしつこいと思うが、それでも言おう。うちの子は、最高に可愛いと。
「で、何作るんだ?」
「カレー」
せっかく琴葉の可愛さに癒されてたのに、無粋な声が邪魔をしてきたので、ぶっきらぼうに答える。
「スパイスの調合からする気か⁉」
本当に料理のことを分かっているのだなと、妙に感心してしまう。
アベルさんは、さぞおモテになられたんでしょうねぇ。
はぁ~。
「うん、そうだよ。簡単な奴だけど、結構いろいろ交換してきたから多分できると思うよ」
「まあ、できるならいいが…」
それから、サクサクと準備を終え(アベルの手際が意外とよく助かった)、少し煮込んでから寝かしておく。
「頑張ってね、お兄ちゃん」
そして、元気をもらって俺は修行に出かけるのだった。
***
この約三か月、走り込みしかしていなかったが、昨日の今日だから何か新しいことが始まるんじゃないかとワクワクしている。
「はい、先生!今日は何をするんですか」
ちなみにこのセリフは毎回言っているが、今まで「走る」以外の返答が来たためしがない。
「よし、脱げ」
悲報、アベルさんショタコンでした。
「何考えてるか大体わかるが、筋肉の付き方の確認だからな」
俺がにやけ面で揶揄おうか考えていたら、先にくぎを刺された。ちっ。
「わかりましたよ」
不貞腐れたように呟き、服を脱ぐ。
その服の下には、自分で言うのは何だが子供とは思えないほど引き締まり、程よく筋肉の付いた造形美と言って―――――
「相変わらず、筋肉は一切つかねえな」
「せめて、妄想ぐらいさせてくれない!」
そう、理不尽と分かっていてもつい怒鳴ってしまうくらいには俺の肉体は成長しなかった。これでも、起きてる間は家事の時間を除きほぼずっと走っていたようなものだ。
それでもほとんどいや、皆無と言っていいほど筋肉がつかなかった。
夢のシックスパックは遠いぜ。
「何言ってんだ。
まあ、ドライアドならこんなもんか」
「これって、ドライアドの体質なの⁉」
「ああ。だがお前は、その中でも極端な例だがな」
つまり、種族特性+俺個人の体質=筋肉皆無ってことか。
泣いていいかな?
「この際だから座学まとめてやっちまうか」
「ブフッ…アベルが…勉強……………ブフフッ」
「喧嘩売ってるなら買うぞ」
「ふっ、勝てない喧嘩はしない主義でね」
「カッコついてねえぞ」
「しってるわ!」
そんなくだらないやり取りを繰り広げるのが少し楽しいのが、何となく悔しと感じてしまうのは何故なのだろう。
「ニヤニヤしてなんだよ」
「何でもない」
にやりと笑い、そう返す。
俺は、アベルを友達のように思ってるのかもと考え、年の差を考えろと心の中で苦笑する。
「そんなことより、座学って何すんだよ」
「色々だよ、色々」
「適当だな」
「じゃあ、お前に筋肉がつかない理由とかどうだ?」
それが分かれば、もしかしたら男の理想のムキムキボディーが!
「是非に、教えてたもう!!」
「お、おう。
まず、この世界のすべての生物には、肉体と精神体の二つが重なり構成されている」
いきなり、スピリチュアル的な話が…………、いや、魔法とかある時点で今更か。
それに、俺も魂だけで転生とかしてるわけだしな。
「で、種族によってその比率が違う。もちろん個人差はあるがな。例えばドライアドなら肉体の比重が小さくて、精神体の比重が大きい。お前はそれがより顕著だけどな」
「その比重って何に影響があるの?」
「端的に言えば、干渉力だな。
肉体の比重が大きい場合は物理に大きな影響を与えられるが、精神体にはあまり干渉できない。例えば、ものを持ち上げたり壊したりするのは得意だ。代わりに物理法則の縛りが強いく、魔法は、不得手だな。
精神体の比重が大きいのは、その逆。魔法を得意として、発動速度やその規模が大きい。代わりに、精神体も、肉体も防御力が低くなる。
どちらにしろ、個人差はあるし修練で大きく鍛えられる」
「ざっくり言っちゃえば、前者は、力が強くて物理で殴る。後者は、魔法が強くて魔法で殴るってことだよね」
「ま、そういうことだな」
ということは、俺は魔法は強いが、力は弱い。それに筋肉も付きにくいと。でも俺遠距離でも法使えねえぞ。
「お、気付いたか。そ、お前は防御力皆無なのに、遠距離攻撃の手段に乏しい。力もないから、弓矢物の投擲もさして意味を成さない。つまり、防御力もないのに、近距離で戦うしかないのだ!!」
「何それ、どんな無理ゲー!」
完全にキャラメイクミスった感じだよね⁉
「落ち着けよ、そして最後まで聞け」
いや、確かにどんなステ振りしようとプレイヤースキルで何とかできるものだ。
「いいか、お前が強くなるのは正直言って大分きつい。イバラの道を全裸で突っ切るぐらいの心持ちだ。お前が目指すのは、全ての攻撃を避けて往なして、相手の急所にぶち込む、そんなスタイルだ」
「一撃必殺!燃える!」
相手を受け流して一撃。かっこいいし憧れる。
フハハ、当たらなければどうということはないのだよ!とか言えんのかな。
「いや、それは無理だと思うぞ。お前の攻撃力じゃ、実力の逼迫してる相手だと急所に何回も攻撃重ねないと多分倒せないと思うぞ」
「ま、それでも戦う手段はあるってことだよね。ならいいよ」
「珍しくポジティブだな、なんかあったか?」
「んなこと言うわけないだろ」
琴葉のことを守るための方法があるなら、努力で何とかなるならいいとか、くさすぎて言えるわけねえだろ。
あ、母さん?あの人、本人は否定するらしいけど、実力的にはアベルと同等とか言ってたよ。アベル本人が。
「強くなる意思があるなら結構、正直生半可な覚悟じゃ、心折れて戦闘にかかわること一切できなくなるとか普通にあり得るからな」
「お、おう。それぐらい乗り切ってやるぜ!」
あっけらかんと語るアベルに、そう宣言するが内心冷や汗ダラダラである。
いや、なにそれ。もうトラウマとかそういうレベルじゃねえぞ。関わることって何?
「けがとか血を見るだけで冷や汗ダラダラ流しながら、逃げ回るんだもんな。あれにはさすがの俺もドン引きだったわ。
そいつ俺のもと弟弟子でさ、前なんか―――「ああ、いいそれ以上聞きたくない」そうか?ここからが面白いんだが」
「微塵も聞きたくない」
だって、それ下手すると俺の末路だろ、単純にホラーだわ!
「ほんとにか?」
なんでそんなに話したがるんだよと、少しどんよりする。
「ほんとに」
「そか、なら本格的に修業を始めるぞ」
「はい、師匠!」
茶化してそういうとアベルは、まんざらでもなさそうにこういった。
「師匠、悪くないな」
こうして、俺の修行は本格的に始まるのだった。
なんか閉まらねえな~。
長くなりそうなので分割しました。
これからは月初めと、ストックが出来たら投稿って形にする予定です。
因みにヴェール君が情緒不安定なのは仕様です。