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*9*

 シーバルは、夜会前日に軟禁塔を抜け出して、王塔へと忍び込んでいた。


「こんばんは」


 寝台の横で、シーバルは眠っている先王を起こす。


 ガシャン


 シーバルの首もとに剣が添えられる。


「貴様何者だ」


 先王は殺気だってシーバルに問う。


「血筋だからと、拐われてきたんですがね」


 穏やかな口調のシーバルに、先王の剣への驚異は感じられなかった。シーバルは片膝を着き、先王を見上げる。


「よくここまで来られたな」

「庶民のすばっしこさですね。王城は騎士や兵士にとって強固でも、庶民の視点で見れば穴があるものです」


「ほお、なるほどな」

「ええ、そんなものです」


「何用だ?」

「感動的再会はなしですか?」


「……貴様何者だ?」

「あ、やっぱりわかるんですね、血筋って。私はシーバルと申します。ザグレブ現帝国王様の……従者となりましょうか?」


 先王は、剣を下ろした。


「良かったです。あのぼんくら爵らは、見た目で私を血筋だと思ったようで、ちゃんとした確認もせず王城に拐われました。その誤解のまま過ごしてきましたが、王様がやっと覚悟をお決めになりましたので、お伝えに上がりました」


 シーバルはそこで言葉を区切る。先王を確認した。先王は頷き、シーバルを促す。


「血筋の証拠を預かっております」


 シーバルは、ザグレブから預かった赤と金の混ざった髪のひと束を先王に差し出した。


「ああ、ミーシャの……」


 ザグレブの母ミーシャの遺髪である。先王の瞳からぽつりと一筋が流れた。


「皆……皆死んでしまう」

「いいえ、ザグレブは生きています」


 シーバルはすぐに先王の言葉を否定した。先王の瞳がシーバルに向く。


「ザグレブは生きています」


 シーバルはハッキリと言った。


「先王様の助けが必要です。……本当は逃げる予定でした」


 先王は身動ぎ、瞳が見開かれる。


「逃げる?」

「ええ、ですがご安心を。逃げるのでなく、捕まえにいくそうです」


 シーバルはクスクスと笑いだした。先王は怪訝な顔だ。いっこうに進まない話を急かすように、シーバルの頭を剣で叩く。


「マルグレーテ・ルモン嬢をご存じでしょうか?」


 先王は顎を擦りながら考えている。


「ルモン……ああ、蛮族の侵略行為からジャンテを代々守るラグーン領の……ゼッペルの娘か!」

「すみません。私にはわかりません。もちろん、ザグレブもです。何も私たちは知らない。知らないから、あの外道爵に好きなようにされてしまう」


「外道……か? ホマーニは不甲斐ない私の代わりに、頑張ってくれている」

「好きなように、権力を使っていますよ。このままでは、王妃はあの者の娘となりましょう。さらにジャンテを操るのでしょうね。そんなことも嫌で、逃げ出そうとしましたが……今は違いますよ」


 シーバルの瞳は先王を攻めるように見つめている。先王は視線を反らした。


「不甲斐ないを止めればいいのです。先王様がザグレブを支えるならば、ジャンテを教えてくれるならば、王たるものを教えてくれるならば、ホマーニに操られず立てるのです」


 シーバルの言葉に、先王の反らした瞳が戻る。


「何が言いたい?」

「先王様の助けが必要です。ザグレブはマルグレーテ様を、マルグレーテ様のお心を捕らえたいそうです。彼の嬢が宣言したそうですよ。『私の手の甲にキスできるのは、きっと王様だけになりましょう』とね。私たちの身分を知らずに言った言葉ですが、逃げる予定のザグレブを止めるには十分な言葉でした」


 先王は肩の力を抜き、剣を寝台脇に差し込んだ。それから、立ち上がりガウンを羽織る。シーバルは片膝を着いたまま、先王の動向を見守っていた。


「どうか、夜会にお越しくださいませ。ザグレブが待っています」


 シーバルは最後のひと押しを言い放った。




***


「北方の蛮族はどんな様子だ?」


 カイザルが先王に接するよりも早く、先王がカイザルに声をかけた。


「上王様! 久しくございます! ルモン家が国境を明け渡すことはありません! 蛮族も静かなものです」


 カイザルの脳筋たる姿勢は変わらない。


「上王様などと言うでない。現帝国王の上なる王は居らぬ。先王で良い」

「はっ! 上王様!」


 先王は呆れ顔だ。だが、こほんと咳ばらいして気をとりなおす。


「北方が安定しているなら、ゼッペルは王都に来られるな」

「は?」


「娘の晴れ姿を見せぬわけにはいくまい」

「……あの?」


 カイザルはこの上なく混乱していた。先王は、そんなカイザルを見て楽しげに笑う。カイザルもとりあえずと、先王に合わせて笑ってはいる。先王はゆっくりカイザルの横に肩を並べた。カイザルにだけ聞こえる声で告げる。


「マルグレーテを貰うぞ」


 カイザルは何とか声を抑え込んだ。なんだって? と発狂しそうになる喉をうぐっと抑え込む。先王は横を通り過ぎる。カイザルの肩をぽんぽんと叩いて。




***


 シーバルはばっと両手を上げた。マルグレーテはふらふらとバルコニーの手すりに体を預ける。すかさず、ザグレブがマルグレーテの手を取り、腰に腕を回して体を支えた。


「やめて、触らないで……」


 ザグレブはマルグレーテの声を全く気にも止めなかった。抱き上げようとしたとき、それを止める者が現れる。


「マル」


 カイザルは張り付いた笑顔で再度バルコニーに現れた。先王の言葉を受けての行動だ。その目が、マルグレーテを抱える男を確認し、威圧を放つ。


 マルグレーテはカイザルに手を伸ばす。カイザルは男を睨み付けながら、マルグレーテの手を取り抱き上げた。


「体調が悪いようですので、控え室に連れていきます」


 カイザルの威圧は、ザグレブとシーバルに口を開く隙を与えはしなかった。

次話日曜更新予定です。

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