表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/25

*7*

「お嬢様の飴色の髪は、いつ見てもうっとりする艶やかさです」


 ネルはマルグレーテの髪をすく。他の侍女らは、マルグレーテの髪をどのように結い上げるか、どんな髪飾りにするかと論じている。なぜなら、やっとドレスの荷が届いたからだ。ラグーン領の針子が総出で作ったドレスである。間に合わないかと思われたが、ギリギリに到着した。


 ラグーン領では冬ごもり中、大半の者が刺繍をする。冬ごもり中に作った作品は、春になると王都で飛ぶように売れる逸品である。


 マルグレーテのドレスにも見事な刺繍がなされていた。濃紺のドレスに淡い紺糸の刺繍。それだけであるなら、喪中時の落ち着いた様相と言えよう。しかし、そこに金糸銀糸の輝きが加われは別だ。上品の中にも華やかさがある逸品になる。裾野に施された銀糸の刺繍は軽やかさを演出し、襟首に丁寧に縫い込まれた金糸は、首もとに無駄な宝石を排除させる。フリルやレースがないにも関わらず、凛とした美しさを持つドレスだ。


 しかし、何よりも誇っているのは、飴色の髪だろう。


「この艶感を十分に際立たせるのは、無駄な結い上げでなく、緩んだ纏め髪……だからといって、格式を下げることはない程度の……編み込み。ドレスのように、髪にも宝石を編み込めたら素敵でしょうね」


 ネルはうっとりしながら、そう紡いでいった。それを聞いていた古参の侍女らはハッとする。


「ネル!」

「はひぃっ」


 侍女らはネルを取り囲んだ。


「試しに編んでみて」

「すみません! はへ?」


「さっきのよ。さっき、あなたが言っていた髪形。マルグレーテお嬢様よろしいでしょうか?」


 侍女はマルグレーテに鏡越しで許可を取った。


「ええ、良いわ。ネルやってみて。私もあなたが言った髪形が気になるの」


 ネルは怒られると思っていた。それが、あろうことか大舞台の髪を任せられるとは思っていず、あわあわと所在なさげだ。


「まーったく、ネルったら。お試しよ。あなたがさっき言った髪形の手順を言って。皆はそれだけでわかるわ。そんなに固くならないで」


 マルグレーテの優しい言葉に、ネルの首はコクコクと頷く。侍女らに促され、手順を口にした。


「あの、編み込んで引っ詰めに結い上げるのでなくて、緩く下方に編み結いしていき、そのときに……あの……真珠のネックレスをサイドから巻きつけるように……えーっと」


 ネルの手はマルグレーテの髪に自然に落ちて、手順通りに編んでいった。真珠のネックレスを髪に編むとは、斬新で侍女らはネルの手先を凝視する。


 後方に緩く編み込まれ髪に真珠の輝きが加えられ、飴色を際立たせていた。真珠には飴色が、飴色には真珠がと互いに艶やかさを引き立てる。


「髪飾りは頭上で使うものという概念が覆されたわ。ネックレスが髪飾りになるなんて! 前から見えなくても良いのよ。宝石で格を見せつけたって、マルグレーテお嬢様の素晴らしさは伝わらないわ。このドレスにこの髪形。宝石を削いだ美しさ、これこそが新しい流行になるわ」


 侍女らは興奮気だ。ネルはうっとりとマルグレーテの髪を見つめている。想像が、現実に目の前にあり満足気だ。


「マルグレーテお嬢様、もう一度編み結いしますので、一度解きます。ネルの案でいきます。それから、ネルを少々お貸しください」


 マルグレーテの背後で侍女らが手順を論じている。マルグレーテは鏡越しに、ネルが古参の侍女らと遜色なく話しているのを見て、笑んだのだった。




「マル、グレーテ……」


 カイザルは階段を下りてくるマルグレーテに、目を奪われた。


 ジャンテ帝国の淑女の美をいっさい持ち合わせていないのに、マルグレーテはとても美しい。それは妹思いのカイザルだけが感じているものでなく、屋敷の皆が感じた美しさだ。生命力溢れる美しさである。


「目立つであろうな。お前の美しさは皆を魅了するだろう」


 カイザルは、少し涙ぐんでいた。


「ジャンテの淑女の美は、細さ、か弱さ、儚さ、庇護欲そそる令嬢だって相場が決まってるわ。皆の目はどうかしてるのよ」


 マルグレーテは呆れている。自身の美しさに気づいていないのだ。身内のひいき目だと思っていた。


「さあ、マル。行こうか。お前の美しさは王様を虜させるさ」

「あら、そうなったらお兄様は大変ね。王様に睨んだり威嚇したり出来ないものね」


「何を言うか。私は王様であっても、誰であっても一緒だ。私の威嚇程度で尻込みする者に、可愛い妹は預けられないさ。それに、私を越えられないなら、父上には到底及ばないだろう」


 マルグレーテの頭にザグレブが浮かぶ。あの仏頂面がカイザルと対峙しているのを想像し、思わずマルグレーテは笑ってしまう。


「マル、その笑顔だ」


 マルグレーテは心を決めた。今日の夜会でザグレブに出会えたなら、もし出会えたなら……この前の返事をしようと。ザグレブの言った『手元にいればしっくりくる。お前は俺の腕の中で囲われろ』の返事をしようと。




 マルグレーテの会場入りの反応は、予想通りと言えた。可憐に可愛らしく着飾った深窓の令嬢らの中で、ある種突出している装いだ。前面、宝石をいっさい無くした装いは、斬新で目を惹き付けられる。視線は、マルグレーテの健康的な首もとと胸もとの肌に集中していた。


 しかし、全てが全てそのような好意的なものではない。ジャンテの淑女の美から逸脱しているマルグレーテを、田舎からの地方組であるマルグレーテを、蔑んだ目で見る者もそう少なくはない。


 会場へと一歩を踏み出したマルグレーテ。カイザルは脳筋よろしくばりの意気揚々とした大袈裟なエスコートである。二人が進んだ背後から、少しのざわめきが追いかける。マルグレーテの真珠を編み込んだ髪形に気づき、皆が囁きあっているのだ。これには、蔑んでいた者らも、新しい髪結いの装いに、その美しさに感服した。


 次々に会場入りする令嬢ら。その全てが収まって、熱気がこもった。


「お静かに!」


 ホマーニ侯爵が玉座のある段上から発した。マルグレーテもカイザルも、王の段上に上ったホマーニに対し、内心では毒づいているが表面上はにこやかだ。ざわめきは少しずつ止んでいき、それが合図となって楽団が音楽を奏で始める。皆の視線は王の登場を待ちわびるように、玉座の奥に向かっている。


 最初に現れたのは先帝国王である。王子を相次いで亡くしたため、気落ちし鋭気を失ってしまった先王は、久しぶりの表舞台に顔を出した。まだやつれてはいるが、半年前に比べれば血色は良い。唯一の男系血筋がジャンテの片隅で生き長らえていたことで、先王に生きる力を与えたのだろう。


 しかし、その先王とて現帝国王となかなか顔を会わせられない。ホマーニ侯爵によって、阻まれていたからだ。血筋が見つかり、王城に連れられた王子とすぐに会いたかった国王に対して、『王子様はまだ混乱しており、王様に危害を与えかねませんから』と言って隔離したのだ。遠くから一度、譲位の儀式でも書類上のやりとりだけ。食事のテーブルでは遠く離れた会話も出来ぬ席で数度。身近に接する機会は与えられず、今日に至る。そのおかしさに気づくべき王の判断力は、気力、体力も失っていたため持ち合わせていなかった。


 しかし、先王は昨夜自身を奮い立たせた。夜会に行けば子に会える。先王は、子に会いたいがためにこの夜会に無理をして来ていた。ホマーニ侯爵には内緒で。


 ホマーニ侯爵は突如入場した先の国王に、一瞬驚くもすぐに表情を戻す。にこやかに先の国王に一礼し段上を下りた。頭を下げた瞬間、苦虫を潰したような形相になってはいたが。


「不甲斐ない我のために、現帝国王には世話になってしまった……」


 先王の声が広間に響く。予定では、軽やかに音楽は続けられるはずであった。しかし、先王の言葉で止まる。軽やかな音楽は似つかわしくないと、演者が気づかった。


「……本当に、今まですまなかった。これからは、我は王の補佐をしながら生きていこうと思う。我は、我の責任を持って宣言する。喪の期間は終わった! 今よりジャンテは新しく始まる。新しい王と新しい王妃とで!」


 先王の発言が終わると同時に、楽団は華やかな音色を奏でる。ぴったりと合った息は、先王と楽団の長年の経験だろう。


 先王は数歩後退し、王の入場を促した。その目は生気に溢れ、穏やかに子である王の入場を見守っていた。

次話水曜更新予定です。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ