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*6*

「ザグレブ、連日抜け出したら見つかる確率が高いって」


 シーバルはザグレブを引き止めるも、当人はどこ吹く風とやらで、さっさと外への仕度をはじめた。


「今日は俺だけで行くさ。お前は偽の王様ごっこでもしてろって」

「俺、もう王様ごっこは辛いんだけど」


「トンズラの準備も後少し。もう少し我慢しろ。じゃ、行ってくる。あの女……のことは」

「諦められるか?」


「元々無理だろ。あっちは貴族の令嬢だろうし。俺ら脱走するから、いなくなるのにどうこう出来ねえだろ」

「まあ、そうだけどよ」


 ザグレブはシーバルの肩をぽんぽんと叩いて、出ていった。マルグレーテが待ち受けるあの小屋に向かって。




***


「こーんにちは、ザグレブ様」


 ザグレブは驚愕の顔をマルグレーテに向けた。マルグレーテはニンマリと笑っている。その手に、ザグレブの大きな刀剣がある。床に剣先をつけ、柄に両手を置いている。


「お、お前は……」

「あーら、ご免なさいね。私ったら、名乗りもしていないものね。マルグレーテ・ルモンと申しますの」


「……マルグレーテか」

「あら、おわかりにならないの? やっぱり地方兵士なのね。私の家柄はルモン家。ゼッペル・ルモン伯爵が娘マルグレーテ・ルモンですわ」


「伯爵?」

「ええそうよ。昨日のお返事をしようと思ってお待ちしていたの」


 ザグレブは未だマルグレーテの勢いに対応できていない。ただ、マルグレーテに追いつこうと、現状を理解しようと頭を回転させていた。だが、マルグレーテは止まらない。


「私、確かに嫁ぎ遅れと宣言しましたけれど、明日には婚約者が決まりますのよ。ザグレブ様も知っての通り、明日は帝国王様の集団お見合いが開催されますでしょ。私、王様から召集されましたの。


で・す・か・ら・ね!


あなたの手元にいられません! ずっーと、気にくわないまま生きていってくださいましね。私の手の甲にキスできるのは、きっと王様だけになりましょう。では、失礼。ごーめんあそばせ」


 マルグレーテは刀剣の柄をポイッと離す。その倒れる先にはザグレブだ。剣を受けるザグレブ横を颯爽と通り抜ける予定であったマルグレーテは、ここで予期せぬ状況に陥った。


「ほぉ、お前は見合いをするのだな」


 ザグレブは剣を受け止めず、マルグレーテの行く手を止める。マルグレーテの腹に筋肉質の腕を絡ませていた。今度はマルグレーテが驚愕する。理解できず、体が反応しない。その間に、ザグレブはマルグレーテを引き寄せる。マルグレーテは、後ろから抱きすくめられている状態だ。


「手元にいればしっくりくる。お前は俺の腕の中で囲われろ」


 耳元で囁かれたそれに、マルグレーテの肌が紅潮した。体がぷるぷると震えるのは、羞恥なのか怒りなのか、それとも……。溢れ出ようとするものに恐れ、マルグレーテはギュッと手を握りしめた。しっかりしろと、自身を鼓舞する。それから、体に力を入れ直す。左足を重心にし、右足をザグレブの足の甲に踏み込んだ。……マルグレーテのピンヒールは、今日もザグレブを襲う。


「いってぇぇ!」


 マルグレーテは直ぐ様、ザグレブの腕から逃れ、小屋を脱兎のごとく出ていく。戸裏に隠れていたケインはマルグレーテを追った。




「マル姉!」


 マルグレーテはケインの呼びかけで足を止めた。小麦畑にしゃがみこむ。ケインもマルグレーテの横にしゃがんだ。


「ねえ、マル姉。なんで、そんな顔してんの?」

「どんな顔よ?」


「乙女な顔」

「違う!」


「マル姉は、ザグ兄貴みたいのが好みなんだ」

「だから、違うってば!」


「予定では、名乗ってから問い詰めて、利用できそうなら、明日のお見合いの夜会で手引きを頼むってはずだったよね」

「……うん」


「で、問い詰めたのは……いや、口から出たのは、ザグ兄貴を試すような言葉」

「試してなんかいないわ」


 マルグレーテは立ち上がった。ちらりと後ろを振り返る。あの小屋が見える。ザグレブはまだ中だろうか。


「じゃあ、ザグ兄貴に何て言ってほしかった? ザグ兄貴のどんな顔を想像してた?」


 ケインも立ち上がってマルグレーテに問う。


 マルグレーテはうつむいた。確かに、何か心の中で思っていなかっただろうか。王様とのお見合いに向かうと知ったザグレブが、どんな顔をするのかと。どんなことを言うのかと。マルグレーテは唇を噛みしめる。あの気にくわないと言った言葉が、本当にマルグレーテを欲しているかどうか確かめたかったのだ。そう、ケインの言う通り試した。


「ケイン……帰る」

「うん、了解」


 マルグレーテの結論は、マルグレーテの中のみで決まるものだ。ケインは、マルグレーテの最終意思を尊重する。答えは口にするものでなく、本人のものだ。当人らのものだ。マルグレーテに最終結論を口にさせなかったのは、ケインの力量だろう。




 夜会当日は、朝から手入れに余念がない。古参の侍女らは、マルグレーテを磨きあげていく。ネルは、ひたすら補助に徹している。ベテランの侍女の腕をその目に焼き付け、勉強している。


 マルグレーテの顔は晴れない。手入れが面倒だという顔ではない。いつものマルグレーテと違うことに、侍女らは気づいている。気を良くさせようと、マルグレーテをあれこれと世話するのだが、マルグレーテは小さくため息をつくばかりだ。


 そんなマルグレーテの異変をネルもわかっている。しかし、古参の侍女らと違う点は、気づかうことができないということなのだろう。


「お嬢様、まるで恋わずらいのようなため息ですね。王様とのロマンス……確かに艶かしいため息が出てしまいますね。ぐふっ」


 バシャーン


 湯が零れ落ちる。マルグレーテは全身の肌を紅潮させ、勢いよく立ち上がった。布を体に巻きつけ、寝室へと向かうマルグレーテを侍女らが追いかけた。


「あ、あれ、あれれ」


 ネルはひとり湯殿に残されたのだった。




 マルグレーテは部屋着に着替え、一旦皆を下がらせた。ネルの言葉がマルグレーテを悩ませる。


「恋わずらい?」


 口にした瞬間、マルグレーテは体温を上げた。それがわかった。


「どうしよう……」


 主語はない。ただ、どうしようとの思いだけだ。


「落ち着かない」


 そう呟いたとき、あの言葉が浮かんでくる。


『お前が手元にいないのは気にくわない』


 ザグレブのあの言葉だ。マルグレーテは今の自分がザグレブと同じではないかと気づく。ムカつくのだが、気になってしまう。ザグレブの姿があれば、思いのままにお転婆で、ジャジャ馬でいられる。彼の横が落ち着くのだ。だから、今、落ち着かない。


「しっくりくるって言うなら、ちゃんと申し込みに来なさいよ。腕の中に囲いたいなら……ちゃんと申し込めばいいじゃない。ザグレブのバカ」


 そのままふて寝をしたマルグレーテは、心配したカイザルの乱心で起こされる。あの大音量の声で、あの図体が扉をぶち破ろうとして。




***


「あれ、帰ってくるの早いね?」


 シーバルは出て早々に帰ってきたザグレブに不思議顔だ。


「ああ。……偽者王は、明日の夜会後に解消だ」

「トンズラ準備バッチリ?」


「いや、トンズラはしない」

「はあっ?」


「マルグレーテが明日の見合いの夜会に来る」

「マルグレーテ? ああ! マル姉のことか」


「あいつは言ったんだ。あいつの手の甲にキスできるのは王様だけになるって」

「……なるほど、なるほど。諦めるんじゃなく、手に入れてるんだ」


「ああ、本当の血筋を名乗り出るさ。夜会の最後にな」

「くっされ外道爵にひと泡ふかせられるな。賛成。俺はお前がすることについてく」


 ザグレブとシーバルはかたい握手を交わした。

次話月曜更新予定です。

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