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お転婆嬢は帝国王の腕の中に  作者: 桃巴


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23/25

*23*

 シンシアは慌てたようにザグレブの前で膝を折った。


「ヒック……せめて数ヵ月、いえ、一月で良いのです。私をジャンテに滞在させてくださいませ。ヒックヒック……すぐに追い返されてしまっては、ヤンガルデ国の体裁が保てません。グズグズン……領土はもちろん、着位のお祝いとして献上致します。王女でなく、領土引き渡しの使者だと思ってくださいませぇ。ジャンテとの友好は私の滞在にて証明されましょうから。ウッウッ、どうかお願い……私、恥も外聞も捨ててのお願いですぅぅウッウッウッウッ」


 今度は泣き落としである。ザグレブの真ん前で、シンシアは完全に膝を崩し泣き出した。マルグレーテ眼中にあらずのその行いに、ヤンガルデの王族たる矜持を感じさせるが、それは大失敗だ。


 満を持してと言うべきか……


「父上」


 マルグレーテは立ち上がった。これは、ホマーニのときと同じ行動である。


「父上、早く再交渉にお行きくださいませ」


 マルグレーテの歩はシンシアの前で止まる。


 シンシアの俯いた顔は、唇を悔しそうに噛んでいた。地方伯爵の娘の足元に踞る自身に腹立ってだ。


「もちろん、こちらの使者をお連れください」


 マルグレーテはニッコリ笑った。そのニッコリは、つい先程ホマーニに対してしたものと同じである。


 シンシアは、マルグレーテの発言に内心慌てる。使者と言ったことが仇になった。シンシアはここで最終手段に出た。なりふり構わず、マルグレーテの足首を掴むと、懇願を口にする。


「どうか、どうか、お願いです!」


 シンシアはニヤリと口元を歪めた。その口が悲鳴を紡ぐ。


「きゃあぁぁぁぁ」


 マルグレーテの足首を引っ張り、自身の顔に近づけ、それから、大きく体を跳ね上がらせ後方にバタンと倒れた。


 マルグレーテに蹴られたように仕向けたシンシアは、体を震えさせマルグレーテを見上げた。


「ひ、ひどい。こんな、こんな扱い……私、これでもヤンガルデの王族ですわ。こんな暴力的な方、ヤンガルデは認めないわ‼」

「認めていただかなくても結構よ」


 マルグレーテは怯まず言い返した。それから、掴まれた足首を確認するように、ドレスの裾を上げた。シンシアの尖った爪によって浅く傷ついた足首に、マルグレーテは片眉を上げる。


「暴力的な方はどなたかしら?」

「そんな! あなたが私を蹴ったから……だから、だから……不可抗力ですわ」


 シンシアはふらりとよろめきながら立ち上がった。いかにもか弱く見えるような立ち上がり方だ。両手で自身の体を抱きしめ、マルグレーテに瞳を向ける。怖いけれど、一生懸命必死に立ち向かう姿演出である。


「蹴った? ふふふ、可笑しいわ。皆様見ていらして? このマルグレーテ・ルモンが蹴ったそうよ。蹴ったのだって」


 マルグレーテは王間を見渡した。


 堂々としたマルグレーテに、シンシアは信じられない者を見るように声を紡ぐ。


「何が可笑しいの? どうして、笑っていられるの? 皆様、どうか冷静になってくださいませ。このように品位のない方を……選ばれるのですか?」


 シンシアも王間を見渡した。マルグレーテとは反対に、震えながらオドオドと発している。庇護欲そそる姿は、通常なら誰かが味方になるはずであった。だが、誰もシンシアを護ろうとはしない。


「ふふふ、可笑しい方ね。私の品位? ええそうね。私のことを冷静に見て認識しておられる方なら、先ほどの暴力はきっとちゃんちゃら可笑しいわね。だって、私が蹴ったならあなた、一撃で気絶しますよ」

「へ?」


 シンシアはすっとんきょうな声を溢した。予想せぬ発言に対処できないでいる。マルグレーテはその隙を逃しはしない。


「私、期待していましたのよ。だって、あのヤンガルデの華の王女だってホマーニが言うのだもの。ヤンガルデのために、他国を混乱させ、それに乗じて自国の外交を有利に進める敏腕王女……ええ、私先ほどまでうっきうきでした。ええ、先ほどまでは。ほーんと先ほどまでは」


 マルグレーテもジャンテのために、暗躍することを責として生きている令嬢であり、シンシアと同じとも言えよう。


「ですが、ほーんと残念ですわ。あのヤンガルデの華の王女がこの程度なんて。こんな程度なんて」

「なんですって‼」


 シンシアは思わず叫んだ。一瞬か弱く立ち向かう王女の仮面が剥がれる。だが、すぐにその仮面を戻す。悲しげな瞳で睫毛を震わせた。


「ええ、そうですわね。あなたのような『力』を私は持っていませんもの。このひ弱な私の力では……」


 マルグレーテの言を取った返しである。いかにマルグレーテが暴力的かを強調するような物言いであった。ホマーニと違い、さすがは王女と言うべきか。絶妙に挟む口は、マルグレーテの言葉の裏を取る腕前である。


 しかし、マルグレーテはニッコリ笑う。


「今までは大した国ではなかったでのしょうね。その程度の子供だましのような奸計で、落ちる国なんて高が知れておりますわ。良いですか? 先ず、最初から不正解ですの。さあ、もう一度やり直してくださいまし。ヤンガルデの華の王女ともあろうお方が、先ほどのような手抜き外交であってはなりません! さっさと戸口の前からはじめなさい!」


 マルグレーテは持っていた扇子を王間の戸口に向けた。ビシッと扇子が鳴るぐらい風をきって。


「な、な⁉」

「なんでと訊きますのね? 簡単なことよ。もう一度機会をあげるためですわ。王様は懇願を全て断られ、さっさと帰国せよとおっしゃったのよ。それを、私が再度機会をあげてさしあげますの。だから、最初からやり直し。一から十まで説明しなきゃなりません?」


 シンシアは目を丸くさせた。口がパクパクと開く。


「おい、やらねえならさっさと帰国しろ」


 ザグレブが援護するように、うんざりした口調で告げた。


 シンシアは唇を噛みしめ、戸口に歩いていった。王間から出て、一番最初からやり直しをする。なんという屈辱か。シンシアは、王間の扉を叩いた。


 コンコン


 そして、扉を開く。


「はい、やり直し!」


 間髪いれずマルグレーテが扇子をシンシアにさしながら告げる。


「なんでよ‼……でなく、なぜでしょう?」

「許可なく開けるなんて、ここをヤンガルデだとお思いで? ご自分のお部屋とでも思っておられるのですか、このジャンテ帝国の王間を」


 シンシアは、口をモゴモゴと動かす。言われたことに反論できないのだ。やがて、なんとか感情を抑えたようで、笑んでからまた戸口に立った。


 コンコン


 マルグレーテは扇子を手の平にパンパンとあててから、戸口の兵士に向かって頷く。兵士が扉を開いた。


 シンシアは可憐な笑みを浮かべて一歩を踏み出した。


「はい、やり直し!」

「はぁあ?」


 シンシアの可憐な笑みは、瞬時に消えてマルグレーテに不穏な顔を向けていた。


「だいたい、自身でノックするなんて、ここをお友達のお部屋と思っておられるの? あら、こんなような台詞さっきも言いましたわね。ここは王間ですわ。戸口の兵士に伝を出すものですよ。どこそこの誰々が来ていると、王間に伝えられ、王様の許可が下り扉が開くものです。


許可なく突進するそのやり方が通用するのは……国母並の重鎮になってからでしょうに。……もしやあなた、もうその域に達しておりまして?


それに一歩踏み出す前にすることがございましょ? あら、わかっておられないの? 先ずは膝を軽く折らなければ。だからって頭は下げてはいけなくってよ。辛うじて王族なのですから、頭は下げてはなりません。軽く膝を折るだけ。ですが、その何でもない所作でこの王間の者を魅了せねばならぬのが王族という存在! さあ、やり直し!」


 マルグレーテにいくつもダメ出しをくらったシンシアは、プルプルと羞恥の顔を震わせ戸口に向かった。つまり、最初からのやり直し三度目である。


 四度五度と続け、六度目にしてようやく王間に踏み入れたシンシアは、今度こそ完璧にこなそうと優雅に歩み出す。向かうは玉座の王の前へ。


 しかし、玉座に向かうシンシアの足をマルグレーテが遮った。


「やり直し」


 マルグレーテはそう言ってから、王の近くに侍る兵士の剣を瞬時に引き抜いた。


 シンシアが悲鳴を上げる。


「な、なにをなさるのよ‼」


 シンシアは後方に後ずさる。


「ええ、その距離よ」


 マルグレーテは引き抜いた剣を玉座の前の床に置いた。


「はい、これで一本分。で、二本分。まあ、最初の謁見なら剣五本分の距離が妥当かしら」


 マルグレーテは剣でシンシアまでの距離を示した。


「辛うじて、ヤンガルデは新帝国王様への挨拶として迎えられますが、本来なら敵ですのよ。その敵が最初に謁見する場合、王様に危害を加えられない距離を保つものよ。王様の懐に真っ先に向かうなんて……疑ってくださいと公言するようなものですわ。それでなかったら、相当な阿呆ですわね。ふふふ、阿呆……


さらに言えば、通常なら先導の兵士についていくものよ。自ら先頭で突っ込むなんて、なんて浅はかでございましょう」


 マルグレーテは床の剣を足で踏み、跳ね上げた。


「け、剣を扱う淑女だっておかしいんじゃない⁉」


 シンシアは肩で息をしながら、マルグレーテに対抗した。危害を加えられるかもと、おののいた自身が恥ずかしくキレているのだ。さらに阿呆呼ばわりされ、真っ赤に憤怒している。


「これはお門違いなことを仰いますね。大事な王様をお守りするためなら、身を呈し剣も持って対峙しますわ。今、この場のように」


 シンシアを危険分子としてマルグレーテは見ていると、表したのだ。それは至極真っ当な発言である。その説明は十分に先ほどしたばかりだからだ。


 シンシアはぐうの音も出ない。


「はい、やり直し」


 マルグレーテはその剣で、戸口をさした。


「やめるのなら、ご帰国を」


 そう加えて。


「やってやるわよ‼」


 シンシアは怒り肩で戸口に向かった。その姿は最初に王間で見た姿からは、かけ離れている。まんまとマルグレーテに仮面を剥がされていた。


 だが、ここで終わらぬのがマルグレーテである。いや、シンシアとてここでは終われない。その終わらぬ状況があり得ぬ展開へと向かっていく。

次話月曜更新予定です。

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