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*22*

 少し離れたゼッペルとカイザルは、『ああ、降臨しちまったな』と内心で思っている。ルモン家において、マルグレーテの諜報活動に勝る者はいない。降臨したときの弁とて、ゼッペルやカイザルでも歯が立たないほどだ。二人はホマーニを哀れに思った。と、同時にこの場をどう収拾つけようかとあぐねる。


 その収拾をたったひと声が、もたらした。


「ホマーニ、答えられぬなら膝を折れ」


 玉座からだ。ザグレブがニヤリと笑んでそう発した。マルグレーに反論できぬなら、マルグレーテに膝を折れと。


 王間に集う者らの視線がホマーニに向けられた。


「ひ、ざ……を」


 ホマーニは言葉を溢していく。


「おる?」


 呟く自身の言葉に従うように、ホマーニの膝が曲がっていく。


 コンコン


 だが、膝がつく前に王間の扉が許可なく開いた。と同時に華やかな色が飛び込んできた。


「あ、あの。ごめんなさい。私、あの待っていられずに、どうしてもお祝いの言葉を伝えたくて……」


 視線を集める存在は、儚い淡いピンクの波打つ髪、白い肌にぷるんと潤った唇、泉が常にはったような庇護欲そそる瞳、折れそうな腰つきに豊かな山並み、紡がれる声が鈴の音のような心地よさピッタリの者である。


「ご、ごめんなさい。失礼とはわかっておりましたが、どうしても戦勝会でジャンテ帝国王様に、お祝いのお言葉を贈りたくって。私、ヤンガルデ国第二王女シンシアと申しますの」


 両手を胸の前で重ね合わせた、潤んだ瞳と唇の華姫シンシアが、どうみても礼儀知らずな行いで名乗ったのだった。


 そこで、ホマーニの膝がガックリと崩れた。どう見たって、それはマルグレーテが発した噂の華姫そのもののシンシア王女であった。つまり、この王間においてそれを知らぬ者はいないのだ。


 微妙な空気が流れている。貴族らは一様にシンシア王女を一瞥したのち、小さくため息をつき顔を伏せている。笑いをこらえる者と、やっちまったなと思う呆れた顔の者、そしてホマーニの配下の雑魚らは蒼白の顔色だ。


 唯一シンシア王女だけが周りの空気感を読めず我が道をいっている。


 マルグレーテはホマーニから離れ、元の席に戻った。


 シンシアはそのマルグレーテを視界に捉えずに、ただ玉座に座るザグレブだけに潤んだ光線を向けている。


 収拾寸前で転がり込んだシンシアに、ザグレブは機嫌が悪くなる。


「で?」


 おおよそ王らしからぬ物言いも、王女らしくないシンシアの前では相殺されよう。


「え、あの……私ヤンガルデ国第二王女シンシアと申します」


 シンシアはこれまで、そう名乗っただけでちやほやされていた。その癖とも言えよう。お祝いの言葉とやらを紡げずにいた。


「で?」


 ザグレブは、うんざりして頬杖をしながらおざなりに問う。


 そこでシンシアはやっと思い至ったようで、ザグレブだけを見て一礼する。


「ジャンテ新帝国王様、ご着位おめでとうございます」

「ああ」


 ザグレブは素っ気なく答えた。


 シンシアはまだ我が道をいく。


「一生懸命ジャンテ帝国に慣れ、王様にお仕えいたします」


 シンシアの頬が色づく。マルグレーテの情報を聞いていなければ、きっとシンシアの容姿と行為に堕ちた者がいたであろう。いや、ホマーニの配下の雑魚は堕ちていたのだ。よって、この場にこの王女を入れることになったのだから。


「断る」


 ザグレブはがっつりきっぱり言いきった。


「え? な、ぜです、の? ……あの」


 そこで、やっとシンシアはマルグレーテを見やった。マルグレーテが何もしていないのにも関わらず、シンシアはぶるりと体を震わす。


「ご、ごめんなさい。私、あの……ごめんなさい」


 マルグレーテに対して震えている有り様は、まるでマルグレーテが責めているようにも見えるだろう。これがシンシアのやり方だ。


「あの、私このままでは……ああ、なんてこと」


 シンシアは体を震わせ、頬に一筋を伝わせ、身を縮こませた。本来のシンシアなら崩れるのだが、決してマルグレーテに膝を折りたくなかったのだろう。泣き崩れるまではしていない。


「このままでは、ヤンガルデに帰国できません! どうか、ジャンテ帝国に身を寄せる許可をくださいませ。だって、このまま帰国したならば、私……酷い扱いを受けてしまいますわ。だって、だって……お仕えできず返される姫なんて、皆に後ろ指さされましょう。私を助けてくださいませ。お願いです……お願い……王様ぁ」


 一筋だった頬の涙は綺麗な雫となって落とされ、ドレスを濡らしていく。


「いや、断る」


 だが、ザグレブは全く動じなかった。


 シンシアは顔を両手で覆い、首を横に振っている。どうこの場を切り抜け、ジャンテに居座ろうか考えているのだ。


 ザグレブは終わらぬ収拾に、チッと舌打ちした。思わず、マルグレーテへと視線が向く。ホマーニを黙らせたように、この場もマルグレーテなら収められるかもしれないという期待でだ。


 そのマルグレーテは、未だイヤイヤと首を横に振るシンシアを、不思議な生物でも見るように眺めている。その瞳がザグレブへと向かい、ちょこんと小首を傾げた。


「王様、あのヤンガルデの首振り人形と、ヤンガルデの領土、どちらが欲しいです?」


『辛辣すぎるぞ、マル!』


 離れたカイザルはそう心の中で叫んだ。表面上はピクリと眉が動いただけだ。だが、マルグレーテのそれに慣れていない貴族らは、また顔を伏せ、必死に堪えている。貴族らしい振る舞いだ。決して笑わぬその根性は感服ものである。


 しかし、ここにそれができぬ者がいる。


「ぶっぶぅー。アハハ、駄目だ。もうこれ以上笑いを堪えられないよ!」


 シーバルである。


「マルグレーテ様、首振り人形って……ぶっほぉ、あー腹いてえ」


 シーバルの笑いにつられるように、貴族らが咳ばらいを起こした。シーバルの笑いを嗜めるためでなく、出そうになる笑いを抑え込むための咳ばらいである。


 そんな中、首振り人形と言われたシンシアはその首をピタリと止めた。だが、手は顔を覆ったままで固まっている。シンシアから沸き立つオーラが冷気を放っている。もちろん、オーラなどと言う存在は見えないのだが。


 シンシアの手がゆっくりと顔から離れ、顔が持ち上がる。


「わ、私ったら……お恥ずかしい限りですわ」


 怒りをオーラだけに隠し、その顔は失敗を恥ずかしがる奥手な淑女の面持ちである。さすがは一国の王女と言うべきか。ここで、感情のままに怒りを出してしまえば、挽回できぬことは明らかだからだ。


「泣いて我が儘を口にするなんて、私ったら……単なる乙女になっておりましたの。だって、帝国王様があまりにも素敵でいらしたから……あっ」


 思わず本音が口から出てしまって、恥ずかしいわ……という風な展開を演じるシンシアは、頬を染めてザグレブを上目遣いにちらりと見た。それから、パッと視線を外し両手で口元を覆う。


 本来ならここで、『なんと可愛らしい王女様よ』との声かけがあるのだが、すでに魂を落としたホマーニからは声は上がらない。


 シンシアは、早く声を上げてよと言わんばかりに周りの者らにチラチラと視線を動かすが、いっこうに声は上がらなかった。ひとり浮かれた場違い王女が在る状態だ。


「もう、挨拶とやらは終わったんだろ。さっさと帰国してゼッペルが結んだ相応の手土産を準備しろと伝えろ」


 ザグレブが痺れを切らして発した。

次話土曜更新予定です。

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