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*21*

 ザグレブとマルグレーテが段上に座すると、皆が一斉にザグレブへと嬉々たる瞳を向けた。戦勝会のはじまりである。


 最初の第一声はもちろんザグレブである。


「ジャンテ帝国の勝利を宣言する!」


 その宣言の続きは先王が引き継いだ。


「帝国の前身であるコロナ国より、ジャンテ帝により自治領を広げたこのジャンテ帝国に、再び帝の称号を名乗り得る者が現れた」


 先王はその言葉の重みを確かめるように王間を見渡した。異議のある者はいない。それはホマーニとて同じである。このジャンテ帝国において唯一、帝を名乗れるのは小さなコロナ国を帝国まで引き上げた初代ジャンテ帝のみである。


「北方から、ゼッペルの元であるならば帝国に組みすると親書が届いている。東方の隣国からは相応の手土産が贈られるそうだ。ゼッペルの交渉では周辺の領土で決着がついている。西方は、バッガル高原の先のチェチェ村とその近郊の領を、そして南方は、王自らが先頭に立ち、ルクア領を奪還しさらに南下した領地を手に入れた!」


 先王の報告に、集まった臣下たちはどよめいた。全域の領土拡大を今知ったのだ。


 「東西南北に新たな自治領を得て、ジャンテ帝国は一回り大きくなった! この帝国が、領土を広げたのはジャンテ帝以来である! よって、その功績を称え新帝国王に帝の称号を与えようではないか‼ 勝戦の褒賞は、王から配下に与えるだけではなかろう! 先頭に立ち我らを率いた王に、真っ先に我らから称えよう! ザグレブ帝への忠誠を」


 先王の言葉が終わるや否や、臣下が一斉に膝をついた。


「お前らの頭頂部を見たって嬉しくねえよ。仰々しいのは好きじゃねえ! 面つらを上げろ」


 全く頂きたるに相応しくない言いように、皆があんぐりと口を開けた。だが、その発言にクックックと笑った者たちがいる。コッペル、シーバル、ゲルハルト、ガンツらだ。


「おい、シーバル」


 ザグレブの呼びかけに、シーバルは立ち上がった。


「マルグレーテ様も同じことを、チェチェ村でおっしゃっておりましたので、思わず嬉しさのあまり笑ってしまいました」


「そうか、同じことをか」


 ザグレブは嬉そうにマルグレーテを見た。マルグレーテは、その視線にこそばゆさを感じ、つと目を反らす。


「ですが、マルグレーテ様のお言葉はさらに続きました」


 マルグレーテは、シーバルを睨む。言うんじゃないわよという圧であるが、シーバルはいっさいそれを汲めなかった。いや、汲まなかった。それは、ザグレブとて同じで、シーバルを促す。促されたシーバルは満面の笑みに発する。


「見たいのは民の笑顔であると」


 シーバルは言い終わると、仰々しく頭を下げた。集った臣下らの熱い瞳がマルグレーテを見つめる。マルグレーテはさらに居心地が悪くなり、フイと横を向いた。


「いやあ、さすがマルグレーテ嬢ですなあ」


 大きくゆっくりと拍手するのは、ホマーニである。賛辞を言いながらも、マルグレーテを嬢と呼び、対等しているのは明らかだ。


「民の笑顔だけでなく、我ら貴族の笑顔も願ってほしいものです」


 その嫌みに、顔を曇らせる者とにやつく者と分かれる。半々といったところか。


 ホマーニの欲まみれの瞳が、ザグレブに向かう。


「何が言いたい、ホマーニ」

「ヤンガルデ国が第二王女シンシア様を、ジャンテ帝国に輿入れさせたいそうです。勝国の誉れは称号や領土だけではありますまい。敗戦国から美しい華をもらい受けるのも、我らジャンテ帝国の格を上げるものでしょう」


 ホマーニは王間を見渡し、両手を広げアピールする。


「ゼッペル殿は、武将ゆえ領土を広げる交渉しか頭にないようだったので、私ホマーニが国家間の本来の交渉をしました」


 ホマーニの独断は続く。


「領土を広げれば奪い返すための戦が、後々起こされましょう。ですが、王女の輿入れならば互いの国の親交が深まります」


 ここでホマーニはマルグレーテを見やった。


「民の笑顔は、戦なき世に生まれるのでは?」


 ホマーニのマルグレーテへの挑戦だ。


「民の笑顔のために、その座を辞退いただければ、ジャンテ帝国は平穏な日々が続くでしょうなあ」


 マルグレーテは、ホマーニの挑戦的な笑みにニッコリと笑み返す。


「さあ、十分その座の景色は堪能したでしょう。一時の夢のまま、地方にお戻りください」


 ホマーニは声高に王間に響かせた。まるで勝利の余韻に浸るように、何かの舞台に立っているかのように……


 マルグレーテは立ち上がった。その行為に、ホマーニが嬉々とした表情になる。マルグレーテのニッコリとした笑みは崩れていない。ホマーニはマルグレーテをわかっていない。自身の説得が効を成したと思っているのだ。だが、マルグレーテの笑みの怖さを知っているカイザルは、ぶるりと背筋に悪寒が走った。


「ホマーニ」


 マルグレーテは侯爵を呼び捨てにした。その音色は穏やかだ。お茶会での軽やかで楽しげな音色と違わぬもののように。


 ホマーニは呼び捨てにされたことで、一気に険しい顔になり、マルグレーテをギロッと睨んでいる。


「ホマーニ」


 マルグレーテはわざと繰り返した。次期王妃であるが、伯爵令嬢が侯爵を呼び捨てにしたのだ。続けて二度も。それは意図を持ってした行為である。


 ホマーニのギリリと歯噛みした音が、微かに聴こえる。


「東方ヤンガルデ国だけなのですか?」


 マルグレーテはホマーニの目前で発した。その発言にホマーニは眉間にしわを寄せる。マルグレーテの発言の意図がわからぬのだろう。それは王間のどの貴族も同じであろう。


「国家間の本来の交渉とやらを、まさか、東方ヤンガルデ国だけしかしていないなんてこと、ありませんわね?、ありませんわね?」


 これもまた二度繰り返して、マルグレーテはニッコリとまた笑む。


「まさか、東方だけ姫を召したりはしませんよね? しませんわよね?」


 マルグレーテの独壇場が幕を開ける。


「だって、そうでしょう? ヤンガルデ国だけから姫を召したりしたら、他の隣国は危機感を募りましょう。一国だけ親交を深め、他は領土を奪うのですものね。ジャンテとヤンガルデが手を組んだように見えますものね。今度は二国で侵攻をするのではないかと疑われましょう」


 マルグレーテはホマーニから視線を反らさない。しっかりと見据えて、小首を傾げた。『ですよね?』と問うように。


 ホマーニは目を泳がせる。


「それで、他国の姫はどなたが来ますの?」


 ホマーニは口を小さくパクパクとさせる。返答の声がする寸前でマルグレーテは次の言葉を紡ぐ。


「ですが……今度は内紛の対策を考えませんとね。東西南北から姫が輿入れするのでしょ? 所謂後宮が戦場となりましょうね。


まずは誰を王妃に据えるのかの争いね。各国が足を引っ張り合いましょう。まあ、誰になっても次の争いが予測されましょうね。誰が王子を生むか。壮絶な争いね。身籠ったら……色々と気を付けませんとね。食べ物、飲み物はもちろんのこと。あってはならぬ事故なんて、きっと起こりうるのでしょうね。


ああ、それから長子の王子を生んだら、さあ大変。何時なんどきも神経を尖らせた生活が予想されますわ。ええ、そうね。子を盾にとった代理戦争が後宮内で繰り広げられ……その内裏切り、冤罪断罪、暗殺……内紛が勃発しましょう。


そう、これはジャンテを内側から崩壊させることになるのよね。あれ、私ったら心の不安を言葉に紡いでしまっていたわ。でも、大丈夫よね。だって、国家間の本来の交渉事の何たるかを知っておられるホマーニが、取り仕切っているのですものね。私の杞憂などすでに対策済みですわよね、ホマーニ? そうよね、ホマーニ?」


 マルグレーテはニッコリを崩さずに長文を言い放った。


 ホマーニは額に汗をかいている。しかし、顔色が寒気をもよおしているように悪い。


「ぁっ、い」

「で、ホマーニ。他国の姫はいつ頃お越しになるの? 私の杞憂などあり得ぬほどの、すっばらしい人格者の姫たちよね、きっと。ホマーニ、黙りなどしていないで教えてくださいませ。勿体ぶっちゃって、ホマーニったらお人が悪いわ。ほーんとお人が悪いわねえ」


 ホマーニが答えようとするのを、マルグレーテは塞ぐように発した。


「ぃゃ、ぁ……」

「そうそう、人柄と言えばヤンガルデの姫様に、有名な華姫が居られるのよね。噂で耳にしたわ。儚い淡いピンクの波打つ髪、白い肌にぷるんと潤った唇、泉が常にはったような庇護欲そそる瞳、折れそうな腰つきに豊かな山並み、紡がれる声が鈴の音のような心地よさだと有名な華姫だそうよ」


 ホマーニはパッと顔を輝かせる。マルグレーテが発した姫こそ、シンシア王女であるのだ。


「はぃ!」

「あーら、私ったら、人柄じゃなく容姿を言ってしまったわ。聞くところによると、華姫は外交好きで各国をまわっておられるのだそうよ。さすがよね。お国のために一生懸命な姫様ね。


ええ、一生懸命……なそのお姿に各国の殿方が陥落……あら、嫌だわ。私ったら、おほほほほ。ええ、素晴らしい姫様だもの。国の中枢の殿方たちが夢中になるのも無理はないわ。お国のお仕事もそっちのけで姫様に夢中になるのもね。


でも、さすがは姫様よね。お断りになるのよ。潤んだ瞳と唇で、両手を胸の前で重ね、少し紅潮した頬をさせながら、言うのですって。『皆様のことは尊敬しております。ですが、ですが、私は一国の姫。私の一存で決められませんの。例え私の心が貴方を求めていても』そう言って、さんざんその外交先のお国を混乱させて、帰国の途につくそうなの。


おわかり? あえて誰も指定していないから、姫様の心は自分にあるもだと殿方たちは思い込むそうよ。


ねえ、ホマーニ。まさか、そんな姫様ではないわよね? お国のために、一生懸命外交先の国を混乱させる姫様よ。この程度の情報は、国家間の本来の交渉事をしているホマーニだもの、すでに知っていますわね? もっちろん、知っていますよね?」


 ホマーニは完全に魂が抜けたように、棒立ちである。それでも、声を紡ごうと口を開く。しかし……


「さすがホマーニ、黙して語らずなんて素晴らしいわ!」

「ひぃっ、いえ!」


「家? ああ、家ね。心配なさらないで。国家間の本来の交渉事に忙しいホマーニのことを思って、王様はルクア領をローニ伯爵に任せることになさったの。自領の心配はしなくてよいのよ。お家のことはこれで安心ね。元々、ルクア領を王様に献上しケラネス領に援軍に行かれたのよね。素晴らしい忠臣であられるわ。私、胸が熱く込み上げてきますわ」


 ホマーニの魂が完全に抜けた。

次話木曜更新予定です。

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