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*17*

 ザグレブの視線の先には、荷物のみを運ぶ空中路がある。周辺に敵はいないようだ。空中路は、仮の吊り橋や迂回路から遠く人目につかない。


 カイザルもこの空中路の存在は、ホマーニから聞いておらず、ホマーニも知らない路であろう。


「さすがに、何百も往復したら滑車がイカれる。いくつか縄ばしごを作って、度胸のある奴はそれで渡れ」


 ザグレブの指示の元、縄ばしごが作られた。幾人かが空中路で対岸に移った際に、縄ばしごは綱渡りのように設置された。身がすくむような渓谷を、縄ばしごで渡るには度胸がいる。


 先陣はザグレブだ。カイザルが止めるのも聞かず、ザグレブは躊躇なく縄ばしごの上を渡った。


「歩いて渡るもよし!」


 そう叫んだ後、渓谷に腰掛けて縄ばしごを掴む。ザグレブの体はひょいと浮かび、渓谷に落ちる。対岸のカイザルは悲鳴を何とか堪えた。ザグレブの手は縄ばしごをひょいひょいと掴んで進んでいく。戻ってきたザグレブは、逆上がりのように体を持ち上げ、縄ばしごの上に体を出した。


「掴んで渡るもよし!」


 そう兵士らに発した。どちらも恐怖の渓谷渡りだ。皆尻込みしている中、ザグレブはまた縄ばしごを歩きながら発した。


「さっさと渡った方がいいぞ。縄にも限度があるしな」


 飄々と発している。というか、縄ばしごのど真ん中で仁王立ちだ。


「王様、肝が冷えますゆえ対岸にお渡りください」


 たまらず、カイザルは声をあげた。


「これぐらい、市場もんには普通だぞ。まあ、渡れねえなら、荷運びのかごに入って渡れ」


 ザグレブはそう言いながら、対岸に渡る。そして、先に渡り終えている十数名を引き連れて進み出す。


「王様、お待ちを!」

「ああん? 時間がねえし、こいつらにさっさと秘密の地下通路を教える。すぐに戻ってくるさ」


 カイザルが止めるのも聞かず、またもザグレブは動き出した。カイザルは舌打ちしながら縄ばしごを渡る。


「後を頼みます! 伯爵行くぞ!」


 カイザルは老将二名に声をかけ、隣国に向かう伯爵を急がせて縄ばしごを渡った。ザグレブの背を二人が追う。


「おっ、カイザル早いな」


 ザグレブは走りながら笑っている。まるで、カイザルが着いてくることがわかっていたかのように。


「人が悪いですね、王様」

「ああ、市場育ちなもんでな。カイザル、あそこだ」


 ザグレブは、前方の枯れ木が積み上げられた一画を指差した。人気はない。


「ここら一帯は、水源がないからホマーニに目をつけられてなくてさ。市場もんらが開拓中の土地だ」


 ザグレブは、点在する掘っ建て小屋のひとつに入った。


「この暖炉が出入り口だ」


 カイザルはザグレブに頷いた。数人の兵に指示し、空中路からここまでの経路の伝達に走らせた。


「行くぞ! カイザル、伯爵……そういえば、伯爵はなんつう名前だ?」


 今さらの質問に、伯爵はあんぐりと口を開ける。カイザルは吹き出した。伯爵は気を取り直し、一拍咳き込んでから名乗る。


「ローニ・ガーグルと申します」

「ローニか。じゃあ、この戦の後はこのルクア領を頼んだ」


 またも、伯爵はあんぐりと口を開いた。カイザルもさすがに驚く。


「秘密を共有したんだから、当然だろ? この秘密の地下通路は機密事項にしとけ。特に攻めいった隣国に知られたら意味がねえ。ここの開拓も頼んだぞ」


 カイザルとローニは顔を見合わせる。確かにその通りだと頷く。ホマーニに引き続きルクア領を治めさせるつもりもなく、秘密の地下通路も教えてはならぬだろう。


「さて、行くか。ローニ、ランプ持ってくれ」


 暖炉の奥に隠された階段を下る。通路は広く歩きやすい。一本道をひたすら進むと、道が二股に分かれた。


「右に行くと市街地の祠と市場の地下。左は吊り橋の近くに出る。ローニ覚えておけ」


 ザグレブらは市場方向にさらに進んだ。遠くに灯りが見えてくる。カイザルとローニはいく分警戒した。


「おやっさーん、いるか?」


 ザグレブは二人とは違い、自ら声を出した。遠くの灯りが動く。バタバタと足音が通路に響き、近づいてくる。


「おいっ! お前ザグじゃねえか⁉」

「おうよ。来てやったぜ」


 ザグレブとハグをしたのは、髭面の筋肉質のおやじだ。


「市場長のおやっさんだ。で、こっちの奴がカイザル。こっちのがローニってんだ。で、俺よ、ジャンテの王様になっちまってよ」


 ザグレブは、カイザルとローニには市場長を、おやっさんにはカイザルとローニを紹介した。ついでにと、告げたことの方が重要だろうと、カイザルは突っ込みそうになる。


「ほお……ご落胤っつうのはザグのことだったか。まあ、ミーシャの相手がお貴族様っつうことは知ってたが、へえ、あのお方が先の王様だったってえわけか」


 おやっさんは過去を思い出したかのように、遠い目をしている。


「で、シーバルはどうした? あのやろう、家のララシャを置いてお前に着いてったんだろ? シメてやる」


 おやっさんが指をボキボキとならした。


「すまん。ホマーニのやろうが、シーバルを落胤だって勘違いしてよ。俺共々拐われた。逃げようとしたら……」


 ザグレブはそこで言い淀む。マルグレーテを思い出していた。


「なんだよ、逃げねえでジャンテの先頭にたって突っ走れって。さっさと王城戻ってここに兵士を送れよ。ルクア奪還だ」

「先頭にたってここに来たんだ、おやっさん。ルクア奪還してみせる。兵士はもう空中路を渡ってるさ。つうわけで、手伝ってくれ」


 ザグレブの真っ直ぐな瞳が市場長に向けられる。市場長は胸を張り、拳で叩く。任せろとの返しだ。


「で、くそがきシーバルは?」

「ああ、俺の婚約者のところだ」


「なるほど、婚約者か……え? はっ⁉ 婚約者って、誰だ!」

「マルグレーテ・ルモン。今、バッガル領だ」


「ルモン……ゼッペルの旦那の?」


 市場長は驚愕の顔で呟いた。それには、カイザルが反応する。


「父上をご存知か?」


 市場長の視線はカイザルへ移る。


「息子か⁉」

「いかにも」


「俺はゼッペルの旦那の駒だ」

「なるほど、さすが父上だ」


 カイザルの口角が上がった。ルモン家の密偵は、ジャンテ全域に及ぶ。特に、国境領への密偵は重要な任務である。西方バッガル領は、マルグレーテが任されている。それ以外はゼッペルが指示をしていた。カイザルは王都で駒を動かすのが役目だ。これが、代々ルモン家が背負ってきた任である。


 市場長は今更ながらに、ザグレブとカイザルの前で膝を折る。


「市場内に男衆四十名ほどおります。回り道に繋がる地下通路に、女、子供は待機させています。どうかご指示を」


 ザグレブは、カイザルを見て促した。参謀はカイザルである。どうするかと瞳で問うている。


「先ずは、隣国に攻めいる部隊を行かせます。市場長、先導人を何人かください。それから、市街地祠から特攻する隊が到着しましたら、時間を決めて一気に敵隊の背後をつきます。特攻隊が王様の隊です。こちらにも先導人を。一方通行の路を生かした攻めを致します。ルクア領、隣国の騒動に気づいた敵は、引き返すでしょうから、そのすきに待機している女、子供らはコロナ領本陣に避難させましょう」


 ザグレブ、カイザル、ローニ、市場長は頷きあった。


 ことは一気に進む。敵が仮設の吊り橋を一人ずつ渡っている間に、ザグレブの隊は空中路を五人以上渡っている。敵が迂回路を一列で進んでいる間に、ローニ率いる隣国に攻めいる隊はすでに国境を越えていた。ザグレブからの合図を待っている状態であった。

次話水曜更新予定です。

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