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「ほお、なるほどな」


 ゼッペルはカイザルからの密書とマルグレーテからの伝を聞き、唸った。マルグレーテがおかれた立場に、ゼッペルは渋い顔になる。お転婆に王妃が務まるのかとの心配と、お転婆だからこそ、この難局で戦場に立てるのだとの思いもある。さらには、マルグレーテの心を射止めた新帝国王に、沸々と沸き起こる感情は、一般的な男親の気持ちと変わらぬだろう。それは、カイザルも同じなようで、密書には承諾は引き延ばし、様子を見ることを提案している。簡単には頷けない気持ちはゼッペルとて同じだ。


「さて、少々しごいてやるか」


 ゼッペルは顎を擦り、南方ルクア領を見やった。ゼッペルも、マルグレーテの赴いたバッガル領に対する心配はしていない。それどころか、手土産が増えるなあと呟きニヤリと笑った。




 ゼッペルが見やったその南方ルクア領に向かったザグレブらであるが、一歩手前で陣をたてた。


「王様、南方はホマーニが牛耳る領地にございます。道の改修で、侵略隊の足は速いでしょう。途中の吊り橋は落としてありますが、その足止めもいつまで持つかわかりません」


 カイザルは端的に状況を説明した。


 南方ルクア領主こそ、ホマーニ侯爵である。南の豊かな大地で収穫された野菜はジャンテ帝国の土台と言えよう。ルクア領に隣接してあるのが、国領コロナだ。ジャンテ帝国の前身はコロナ国であった。このコロナ領とルクア領を隔てる渓谷に吊り橋がかかっている。いや、いた。この吊り橋以外でコロナ領入るためには、渓谷を下る回り道しかない。


「カイザル様!」


 吊り橋周辺に残してきた兵士が馬で駆けてきた。


 現在、ザグレブらが陣を構えている所は、コロナ国領の端の草原である。渓谷を下り回り道をした先にある草原になる。待ち伏せの陣をはっている状況だ。


 兵士は馬を下りると、カイザルの前で膝をつく。少し息を乱した声で、侵略隊の進歩状況を報告する。


「遊軍が仮説吊り橋をすでに渡り終え、ジャンテの偵察に動いております。また、本隊は回り道へ半数が移動。残りは渓谷の対岸とルクア領内で待機しているようです。幾人かの工人が捕らえられ、吊り橋を作らされております。また、ルクア領の一部領民は、市場の建物で籠城しております。道の改修で残してきた兵士は渓谷の洞窟でカイザル様の指示を待っております」


 カイザルは、王都帰還時に落とした吊り橋を見張る兵を残してきた。コロナ領に五名、ルクア領に十名である。


「渓谷の洞窟というと、七色窟の所だな。あそこは、市場の第二備蓄庫になっている場所だ。市場長が、豊作で値崩れしそうな穀物を備蓄している。いや、隠してるんだ」


 突如会話に参入したザグレブを、使者が訝しげに見た。カイザルはそれを察する。


「新帝国王ザグレブ様だ」


 兵士は驚き、頭を地につけた。


「不敬な態度でした! お許しを!」

「いや、許すもなにもねえよ。頭上げろって。戦中だ。位なんかいちいち気にしてたら、話も進まねえ」


 ザグレブはそう言って地図を眺める。兵士は歯に衣着せぬ物言いに、再度驚いた。庶子が王になったと聞いてはいたが、想像の域を逸脱した王である。


 そのザグレブは地図上に、目印やら新たな路を描いている。ルクア領で育ったザグレブにしかわからぬ道だ。市場で働いていたことで、一般的には知られていないルートをザグレブは知っていた。逞しいザグレブは配達員でもあったからだ。それは、ルクア領内に限らず、コロナ領へも出向くこともあったし、隣国にも配達したこともある。今、ジャンテに攻め入っている隣国にもだ。


「市場の建物には秘密の地下がある。少々訳があって……いや、もうばらすか。ホマーニの野郎が野菜の値を操作しようと、圧力かけて野菜の出荷を止めることがよくあった。市場長は、それを見越して内緒で地下を作り備蓄してたんだ。市場地下が第一備蓄庫。ついでに奴が知らねえ配達路を作ってな」


 ザグレブの口角は弓なりにあがった。そして、地図上に記した目印を指す。


「カイザル」


 ザグレブは、カイザルに示すように目印や路を説明する。


「この×が市場地下通路の出入口。出入口は五つ。ここが渓谷の回り道に近い。吊り橋に近いのはこれ。隣国に近いのはこっち。市街地の祠に繋がるのがここだ。で、このほっそい路は、人ひとりの幅しかねえ。矢印は狭い路を配達員が通りやすくするための、進行方向。……そして、これが三番目の路。空中路だ。人は通っちゃいねえが、荷物が運ばれる路。渓谷に滑車をつけて、渓谷間を縄で繋いで篭をぶら下げてある荷物運搬路だ。市街地の祠に繋がる入り口と近いだろ。俺ら市場もんはよくここを使ってた。大量の穀物を運ぶから、滑車が強度がある。人とて運べるさ。ここは穴場だろ、カイザル。いや参謀カイザル。以上を踏まえ作戦をたてよ!」


 ザグレブはヤル気満々でカイザルを見つめる。これだけの隠れた路を知っていれば、ザグレブとて作戦は頭に浮かぶだろう。


 カイザルは無性に腹がたった。マルグレーテが認めた男の力量、強運、ぶれぬ真っ直ぐな瞳、戦に躊躇なく赴く心意気、位高くならぬ態度、逞しい肢体、認めざるを得ないではないかと、腹の虫が盛大に騒ぐのだ。だから、腹立たしい。


「王様、隊を四つに分けます。空中路と地下の路を使い、隣国に姿を現す隊、ルクア領中央から突破する隊、コロナ領へ侵攻した遊軍を捕らえる隊、後はここ本陣を守る隊です」


 カイザルは一旦ここで話を区切る。本陣に集まった者を見渡した。


 ザグレブ、コロナ国領領主である公爵、先王配下の老将二名、ルクア領と隣だっている男爵領主が二名。加えて野心を晒す伯爵、同じく野心を抱く一代爵の子爵、そして、参謀カイザル自身。


 時流を見定めた伯爵・子爵の野心は、悪いものではないだろう。老将二名とて、先王の指示なくザグレブと供に立つことを志したのなら、覚悟はしているはずだ。隣だっている領主は領を守るために必死だ。


「じゃあ、俺はここだ」


 ザグレブは、そう言うと地図に指し棒で示した。ルクア領中央を突破する一番危険な場所を指している。市街地の祠に出るという印を。


「王様、ご冗談を。王様には本陣を守っていただかねば。だからこそ、本陣と言うのですよ」


 ルクア領内に姿を現す隊は特攻隊である。一番危険な役割を持っている。渓谷と町に二分されている敵隊が、町にジャンテ兵が現れたとなると、渓谷の隊は引き返すだろう。特攻隊対敵本軍の図は、容易にジャンテ側の不利を予想できる。だが、侵略を足止めするには有効だ。


 敵にはその後、隣国にもジャンテ兵が現れたと情報を流せば、退却へと誘導できるという戦略である。退却し始めたルクア領へ本陣が移動すれば、磐石の体制となる。コロナ領に偵察浸入している敵兵を捕虜とする。それがカイザルの作戦であった。


「いや、俺しか案内できるやつは居ねえのに、本陣じゃあ役立たんさ」


 ザグレブは、首をコキコキと鳴らし『大暴れできるなあ』と愉しげだ。カイザルは舌打ちしそうになる。ザグレブの言うことはその通りであるからだ。さらに言えば、隣国に姿を現す隊にもできない。唯一の血筋を他国の地に送るなど、あまりに無謀である。その体を捕らえられれば、一貫の終わりだ。ザグレブ自身がそれを理解しているかどうかはわからない。ある種、感のようなものだろうかとカイザルはザグレブの判断を思った。その地、つまり中央突破の地こそザグレブの王道。進むべき道であるのだろう。


「わかりました。中央突破の隊は、王様の隊とします。公爵様は本陣で。隣国に向かう隊は伯爵様、子爵様はコロナ領へ入っている敵兵を。王様の隊には将軍様方、隣国隊は男爵様方がお着きください。私は王様の隊です。兵の振り分けですが……」


 カイザルは、細かく戦略を指示していった。


「えー、最後に。ルモン家当主ゼッペルもこの地へと向かっていることでしょう。また、王様は戦場にお立ちになっている次期王妃様をお迎えに、バッガル領へ行かねばなりません」


 カイザルはザグレブを見た。中央にドカンと座るザグレブは、すでに貫禄がある。足を開き、大ぶりの剣を地につけ両手を柄に置く姿は、どこか肖像画のようである。そのザグレブの口が開いた。


「簡単に言っちまえば、ちんたらしてねえで、さっさと敵を蹴散らすぞってこった」


 おおよそ、王らしからぬ言葉だが、揃った仲間たちの士気が上がる。皆、笑顔だ。それもニヤリとした、曲者らしい笑みであった。

次話木曜更新予定です。

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