*13*
「コッペル様、では行きましょうか」
「次期王妃マルグレーテ様、私の名に様は必要ありません。ぜひ、コッペルと呼びすてに」
「ふふ、コッペルあなたもお兄様のように仮面をお付けになっていましたのね。どもるのは、あの者らを欺くためね」
「はい。しかし、もうその必要はなくなりましょう」
マルグレーテとコッペルは悪どい笑みを見せあった。ホマーニ勢力はこの戦で一掃されるだろう。王城の勢力図は書きかえられる。しかし、それは勝利することが絶対条件だ。マルグレーテに勝算があるようには、誰だって思えなかった。それはザグレブとて同じ思いである。
「マルグレーテ」
ザグレブの呼びかけに、コッペルが下がり膝をつく。
「これから、カイザルと帝国兵の分配を決める。必ず、精鋭部隊をつかせよう」
マルグレーテの目が細まる。まるで、不満があるような目付きである。
「王様、その必要はありません。それどころか、兵も少数でいいでしょう。なあ、マルグレーテ?」
カイザルがそう口を挟んだ。誰もが思わず耳を疑った。戦場に女性が立つこともあり得ぬことであるのに、兵さえもいらないとはどういうことかと、疑問が頭に浮かぶ。さすがに、コッペルも膝をつきながら驚いている。
「ええ、参謀様のご指示通りに。ザグレブ様、いえ王様、百名ほどで十分ですわ。コッペル子爵の私兵も合わせれば、十分足りましょう」
マルグレーテは背後のコッペルに確認する。コッペルは、王都にいる私兵数を百名ほどだと告げた。他の貴族よりは格段に多い。小麦の運搬には警護に相応の人員が必要である。常に王都と領地とで、二百名ほどを有してきたはコッペルの手腕である。また、領地を守るために兵士の育成にも力を入れてきた。小麦運搬時の機敏な警護兵士のみならず、領地守護の兵士は一対多数の訓練をさせている。だからといって、たった二百の兵士で足りると言うマルグレーテの言葉においそれとは賛同は出来ない。コッペルは口を開きかけた。
「王様、私のことが心配でしたら、ルクア領を最速に奪還勝利し、すぐに援軍にいらしてくださいませ。ふふ、ですが私の方が先に勝利している可能性もございますわ。王様もご存じの通り、私、簡単には捕まらないですから」
コッペルより先にマルグレーテが口を開いた。その堂々たる自信に、勝利を確信する物言いに、カイザル以外は唖然としている。その皆の顔を、マルグレーテはクスクスと笑って見ている。
「戦は、力や智略だけではありませんのよ」
そう言った後、力のこもった眼をザグレブに向けた。そして、ザグレブの横に身を寄せる。じゃらりと鎖が鳴った。マルグレーテはつま先立ちをし、ザグレブの耳元に声を落とした。
『西方にお二人を逃がす予定でしたの。ですから、もう話はついておりますのよ。隣国の国境守備隊は、私の……ルモン家の間者ですの。力、智略、そして謀略です』
マルグレーテは、ザグレブにだけに聞こえるように告げた。クスリと笑い、ザグレブから距離を取ろうとするマルグレーテを、ザグレブが捕らえる。今日もまた、筋肉質の腕をマルグレーテの腰に回している。しかし、マルグレーテを体を回転させザグレブのそれからするり逃れた。
「勝利までお預けですわ、王様。いいえ、父上が認めるほどの勝利を。私をその腕で囲いたいなら」
「ああ、いいだろう。必ず、勝利し迎えに行く。他の男に指一本触れさせるなよ。お前に触れるのは俺だけだ! カイザル、さっさと行くぞ! 最速にルクア領を奪還勝利し、援軍に向かう戦略を練ろ。時間が惜しい。馬上で考えよ」
ザグレブが踵を返す。マルグレーテも同様に。先王はその二人を見送った。老臣が二名が先王に寄り添っている。
「不利であるのに、負ける気がしませんな、先王様。残った者が曲者揃いとは……何と愉快でございましょう」
「ああ、そちらと同じ眼を持っている者らだ。ジャンテの新しい未来だな」
先王と老臣らは見えなくなった背を愛おしげに見つめるのだった。
王都をいち早く出立したのは、マルグレーテである。手駒が少ない分、迅速身軽であった。マルグレーテの隊は、遊軍になろう。次に王ザグレブの本隊、最後にホマーニ率いる援軍隊である。王都を出るホマーニ勢力は、ある種異様であった。馬車に積めるだけの家財を詰め込み、逃げるように王都を出ていったからだ。王都の民らは半ば呆れている。ホマーニが牛耳っていた店はたたまれており、人の気配はない。残った民らは、呆れながらも清々しかった。
さて、その出ていくばかりの王都に集結するのは、ルモン家の指示を受けている者らだ。ジャンテが危機の時は駆けつけること。それを忠実に守っているのは、孤児院で育った冒険者である。ルモン家の支援を受けて独り立ちした者らは、恩返しとばかりに王城に集まった。名だたる冒険者が王都を守備する。
先王は、ルモン家の底力を認識した。ルモン家のみならず、地方領主の迅速な動きも先王の胸を打ち震わせた。北方以外の三方からの侵略であったが、東方はゼッペルの指揮も元、周辺領主が私兵を出し、蛮族との戦いで鍛え上げた戦略で一気に畳み掛けたのだ。ホマーニが到着した時には、すでに勝敗ははっきりしていた。元々、東方の隣国は足並みを揃えるために旗揚げしただけで、時流に乗れば攻め入り、阻まれれば撤退すると決めていたようだ。
「やあやあ、ゼッペル殿!」
敵将は敗戦であるにも関わらず、笑みを絶やさない。ゼッペルは無表情を崩さず、敵将と握手する。
「新帝国王様のお披露目があると聞きつけ、駆けつけた次第ですが、いやあ参りました。ゼッペル殿をすぐに動かせる手腕、新たな王様は大いなるお力がおありのようですな」
侵略でなく、挨拶だと広言するあたり、敵将は狸のような男だろう。
「どうか、口添え願えませんかな」
敵将の口は止まらない。
ゼッペルはちらりと背後を見やり、ホマーニを呼ぶ。ホマーニはふんぞり反って、敵将と対峙した。
「敗れた者よ、頭を垂れぬか!」
ホマーニの横柄な態度に、ゼッペルと敵将はしばし固まった。それは、地方爵の私兵も同じで、流れを読めぬ無能者を見るように白けた表情だ。ゼッペルがなぜホマーニを呼んだかは、敵将の口添えをに対してである。ゼッペルはこめかみをトントンと叩いた後、小さく『まあ、よいか』と呟き、右手を振り上げた。拳となった右手は、ホマーニの頭頂部にゴツンと当たった。白目を剥いて倒れるホマーニを助ける者はいない。ゼッペルは倒れたホマーニに足蹴にし転がした。
「回収しとけ」
ゼッペルの配下が素早くホマーニ勢力へと引き渡す。ゼッペルは腕組みをして、それを威圧するように見ていた。
「で、ホマーニの金魚の糞ども、ここに来て何がしたいんだ? お前たちの領地はここではなかろうに。目ざわりだ、さっさとそいつを連れてケラネス領から出ていけ。ケラネス領主よ、それで良いか?」
ケラネス領主は、満面の笑みで応えた。それから、ゼッペルと敵将で固く握手が交わされる。
「此度の挨拶、ジャンテ帝国ゼッペル・ルモンが承った。相応の手土産を期待する。新帝国王様も、期待して待っておろう」
挨拶だと言うならば、侵略を不問に伏すと同時に手土産を用意せよとゼッペルは交渉している。その言葉の裏は、侵略の賠償品は何をくれるんだ? ということだ。
敵将はわっはっはと笑いながら、目をさ迷わせた。頭の中で算盤をはじく。いくら、被害がジャンテ側になくとも、侵略は明白であり、それを不問に伏すなら相応の手土産が必要だろうことはわかっている敵将であるが、おいそれとは了承できない。如何に、手土産の負担を抑えるかも敵将の手腕である。
その時、ゼッペルの目に小さな伝使者が映った。マルグレーテが用意した伝八人の一人である。
「とりあえず、テントにでも入り決めようではないか」
敵将をテントに促し、ゼッペルは伝使者に合図を送った。
次話火曜更新予定です。