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*12*

 翌日、すでに王城はごった返していた。貴族らは、慌てふためき王に自領への援軍を申し出ている。北方以外の全域の侵略に、相応の援軍を出すことなど出来はしない。そんな余力は持ち合わせていない。元々、領地を守るのはその統治者である。だからこその特権階級である。王に領地を託された責があるのだ。いかなるときも、その準備が出来ていれば慌てることはない。しかし、ジャンテ帝国は平和惚けをしていたのだろう。北方以外は、場馴れしていなかった。場とは戦場である。


 玉座にザグレブが座っている。先王はその後ろ脇からザグレブを補佐する。シーバルは更なる後方で影のような立ち位置にいる。ザグレブに後ろ盾は、いない。後ろのみならず、前とて剣も盾もいない。責に気づかぬ貴族らに、詰め寄られるだけとなっていた。


 そこに、昨日の夜会時と同じように、絵に描いたようなバターンとの音が響く。カイザルが王間の扉を蹴破って入ってきたのだ。その出で立ちはすでに戦闘服である鎧兜姿である。その横には、マルグレーテ。こちらも軽い胸板鎧を身に付け、長剣を背に担いでいる。兜はないが、額に精巧な金属板を着けている。スカートには両足を守るように、鎖の連結がじゃらじゃらと音を出していた。


「戦時中に扉は閉めるものではありませんわ、王様。敵に囲まれた籠城からですのよ、全てを閉じるのは」


 マルグレーテの声が王間に響いた。カイザルのガシャンガシャンとの歩音と、マルグレーテのじゃらじゃらとの歩音が玉座へと進んでいく。


「ルモン家当主代理、カイザル・ルモン! ジャンテ帝国のため身を捧げる所存です」

「次期王妃、マルグレーテ・ルモン! ジャンテ帝国王の代理を全うしたく存じます」


 ガシャンとじゃらりと音を響かせ、ザグレブの前で膝をつく二人に、周囲は唖然とした。先王は、感極まるのを抑え込んだ。ザグレブは、拳を強く握りしめた。その拳の意味は、痛感である。ジャンテを支えると言ったマルグレーテの言葉、立志するなら全身全霊でやれとのマルグレーテの言葉がどういうものであるか、痛烈に感じていた。


『臣下とは何たるかの答えだ、ザグレブ。二人に王とは何たるかを示さねばならぬ』


 先王が、ザグレブの背後から声をかけた。


「この戦の参謀をカイザル・ルモンに命じる! 軍事会議を一任する」

『マルグレーテ嬢にもだ』

「マルグレーテ……」


 ザグレブが言い淀んだ。すかさず、マルグレーテは発する。


「私の席はまだのようですね。緊急事態ですから仕方ありませんわ」

「次期王妃にいつまで膝をつかせておる! さっさと椅子を用意せぬか!」


 ザグレブはマルグレーテの意を汲み発した。マルグレーテにも権限が必要であるのだ。カイザルは参謀として発言力を得た。マルグレーテにもそれが必要であった。


 ザグレブの横に椅子が用意される。ザグレブはマルグレーテに上がってこいと無言で命じた。マルグレーテは立ち上がる。王間を見渡した。異議申し立てはありませんね、との無言の問いかけを行った。誰も言葉を発することはない。マルグレーテは悠々と段上に上がり、長剣を背から下しシーバルに預ける。そして、ザグレブの横に座った。マルグレーテがザグレブの盾になった。いや、懐刀かもしれない。


「北方以外の全域が侵略されております。私、次期王妃も戦場に立ちましょう!」


 マルグレーテが高らかに発した。そして、ザグレブを見て頷く。ザグレブはマルグレーテの手を掴んだ。マルグレーテはザグレブの手を握り返す。ザグレブが何をすべきか、マルグレーテが示した。だから、ザグレブはそれを受ける。教示された道に進む。


「私も前線に立とう! 玉座は父上殿に任せる。北以外の三方の侵略を食い止める! カイザル、頼んだ」

「はっ! 軍事会議を開きます。迷っている暇はありません。命が欲しいものは北方にお逃げください。ただし、任された領地領民を見捨てるのですから、あなた方の爵位は廃されます。ジャンテを支えぬ足手まといに、爵位など無用の長物でしょう!」


 カイザルは冷淡な眼差しで、王に詰め寄っていた貴族らを睨んだ。これもザグレブへの教示である。


「戦場に立つ者のみ残れ」


 ザグレブが静かに、重みを持たせて発した。




「北方は本当に侵略されないのだな?」


 ホマーニが脂汗を流しながら発した。ここに至って、国を治めることの重責を身をもって感じているのだ。ホマーニは体を小刻みに揺らしている。落ち着かないのだろう。改修された自領から王都への道が、侵略国の足を早めているのだから。


「ホマーニ侯爵、吊り橋を落としているのです。敵は足止めをくらっておりますよ。ご安心を」


 カイザルはホマーニを見下ろした。カイザルは座する貴族らとは反対に立っている。貴族らは、辛うじてここに留まっているものの、状況が悪化すれば北方へと逃げる算段なのだろう。カイザルと貴族らは対照的であった。ザグレブはそれを目の当たりにし、様々な感情を抑え込むと同時に、王に求められるもの、臣下のあるべき姿を吸収していった。


「北方蛮族の族長は、三年前に代替わりしました。現族長は、争い事を好みません。数ヵ月前、ラグーン領と不可侵協定を締結しております。腕自慢の一対一の戦闘は、許可しておりますが、その勝敗での侵略は禁止されております。ホマーニ侯爵様、すでにその報告は上げておりますが?」


 カイザルの発言にホマーニはしどろもどろになった。地方の報告事案を、大したことではないとほとんど見ずに承認していった結果である。先王はそんなホマーニに対して眉間にしわを寄せた。いくら、悲しみに暮れていたとはいえ、このような者にジャンテを任せていたのかと、後悔が先んずる。


「まずは布陣です。王様には、土地勘もおありでしょうから南方ルクア領へ。次期王妃様は、西方バッガル領へ。東方へは……ルモン家当主ゼッペルが参りましょう。すでに伝は出しました。私は、王様とともに南下します」


 貴族らに異議はないようだ。自身が前線に出るなど出来るはずもないのだから。


「ラ、ラグーン領が、手薄になるではないか。ここは私がゼッペルの代わりに赴こう」


 ホマーニが声をあげた。数人の貴族らもそれに続く。敵への恐怖で逃げ出したい思いにかられている。先王はさらに眉間のしわを深くした。


「なるほど、お前たちは私を守らぬのだな。私は、守る価値のない者であるようだな」


 先王は冷ややかに言った。ホマーニらは慌てたように、取り繕った。しかしすでに遅い。先王からの信頼は地に落ちた。


「先王様、ルモン家縁者がすでに王城の守りを固めるため、集結しましょう。ジャンテ危機の時には、そのように動くことになっておりますれば」


 カイザルは胸をはる。ルモン家が、王都で暗躍していたのはこのためだ。ホマーニの欲にまみれた独占を阻止するためだけでなく、ジャンテを縁の下から支えるためである。目に見えずとも、それがルモン家の誇りであった。


「カイザル」


 ここでやっとザグレブが声を出す。


「はっ!」


 カイザルが返答すると同時に、ザグレブは大剣をぶおんと振り上げ、机に開いた地図に突きさした。貴族らは悲鳴を上げ腰を抜かす。カイザルはニタリと笑った。


「私はここに行くのだな」


 剣がさすのは南方ルクア領。そこにスッと加わったのはマルグレーテの長剣である。


「私はここね」


 バッガル領を剣がさす。


「東方ケラネス領へは、ルモン家当主ゼッペルが」


 カイザルの剣も加わった。


「腰ぬけども、お前らもどこに行くか決めろ」


 ザグレブの言葉遣いが変わった。


「軍事会議をしてるんだろ? 逃げる場所なぞ決めちゃいねえ! さっさと戦う場所決めやがれ。手柄を上げる機会じゃねえか。もしくは、どこの陣に居りゃあ助かるか考えたらどうだ?」


 破天荒な軍事会議である。竦み上がる貴族らと、張り付いた笑みをさらす猛者たち。王ザグレブが降臨した。


「鎧兜も剣もなく参内して、ずいぶん余裕綽々じゃねえか。懐刀くらいは持ってんだろ? さっさと決めろ!」


 貴族らはあたふたと懐刀を出すと、地図を眺めて考える。おずおずと行く場所を決めていく。圧倒的に多いのは、東方ケラネス領である。蛮族と戦ってきた実績のあるゼッペルの陣ならば、安心であるのか。いや、それだけではない。泡よくは、出兵のふりをして北方向かうことの出来るからだろう。


 ザグレブは口角を上げた。これでジャンテを支える忠臣の振り分けが済んだのだ。ザグレブはカイザルに合図を送った。カイザルはザグレブの意を汲み、頷く。


「皆さん、ずいぶん固まっておりますね。再度布陣を見てください。皆さん、お考えは変わりませんか?」


 地図上の布陣は、ケラネス領に大半が懐刀を示し、次に王ザグレブのルクア領に数本、マルグレーテのバッガル領にはシーバルだけであった。この布陣を見て、判断が出来ぬならジャンテで爵位を賜っている理由はない。


「わ、私は、東方ケラネス領に続く領地を賜っているので、こちらをさしましたが、が、えー、あの、土地勘はありませんが、えー、マルグレーテ様の方に、はい、あのぉ」

「まっ、嬉しいわ。確か、コッペル子爵様でいらしたわね。小麦の輸送を一手に背負っていらっしゃるのよね」


 コッペル・ゲッツ子爵は、目をぱちぱちと瞬かせた。マルグレーテが自身を認識していることに驚いたようだ。


「よく言った、コッペル。その名を覚えておこう! カイザル、この布陣で良いか?」


 王ザグレブに名を覚えられる。この戦の功績次第で、コッペルは爵位を上げるであろう。ケラネス領を示していた貴族らは、ここでやっと王の意図を理解した。地図を見れば一目瞭然である偏った布陣、自身のことしか考えていない者を見極めるには十分な判断材料だ。


「あ! 私も」

「黙れ。王様、この布陣でいきましょう。心意気ある者のみで、一致団結して動くが勝利の道。少数精鋭です」


 今さら懐刀を動かそうとする貴族を一喝し、カイザルは決定を下した。ケラネス領をさした貴族らは、うつむき真っ青になっている。ほとんどがホマーニ勢力だ。


「ホマーニ、大所帯だな。いっさいの脱落者も出さず、ゼッペルと合流せよ! もし、仮に霧散するようなことあれば、責はホマーニにとらせる!」


 ザグレブはそう命じた。ホマーニの顔色が一層悪くなる。


「さっさと行け。大援軍になろう。いち早く侵略を食い止め、勝利するはずであるな。楽しみにしているぞ、お前らの活躍を」


 ザグレブはケラネス領に向かう貴族らの顔をひとりひとり見ていった。あの真っ直ぐな瞳で。しっかりと記憶するように。

次話日曜更新予定です。

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