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エーテル機甲 マーズドライブ  作者: 桂里 万
第一章 一衣帯水
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1.始まりの日(その3)

「これ以上の話は、後ほどということにさせてもらおう」


 那珂川は宗たちに告げ、いきなり押し黙った。アスリンディも表情を変えることなくそれに倣う。よく見れば、二人の表情にはやや焦りの色があるようにも感じる。

 こうハッキリと断言されては、宗もこれ以上この場で質問することはできない。フィリップとテアも同様である。

 その後、車内の全員は押し黙ったまま5分程度車に揺られ続けていた。車内は完全に情報遮断されているため、窓の外には何も見えず、音も聞こえず、どこに向かっているのか皆目見当が付かない。

 そして、緊張状態のままでいることにうんざりし始めた宗は、地上車がいつの間にか停まっていることに気付いた。那珂川とアスリンディが降りようと準備していたからだ。

 宗は先に降りた二人に続き、やや慌てながら車外に足を踏み出した。そこは地下駐車場といった風情の、寂れた景色だった。宗たちはベルナデール訓練基地を訪れた最初の地球人である。華やかな儀仗隊による大歓迎、とまでは求めていなかったにせよ、この扱いはいささか拍子抜けするものがあった。

 さらには、降車した宗たちを取り囲むように、火星軍の兵士がいきなり身体検査を始める。見ると、那珂川も同様に身体検査を受けていた。宗たちはもちろん武器の類を携行していないが、那珂川は護身用の武器をいくつか所持していたらしく、一旦兵士たちに預けることになったらしい。もっとも、この措置に那珂川が特に反応を見せなかったところから、彼には事前に通達があったのだろうと宗は推察した。

 そんなことを考えている宗だったが、身体検査が思いのほか長引き、次第にいらだち始めた。通常の身体検査の優に三倍は時間と手間をかけている。この念入りな検査は、通常時というよりも完全に戦時下のそれであった。太陽系の諸惑星間の緊張が昨今高まっているとはいえ、もちろん開戦などしておらず、ここまで念入りな身体検査が必要なのか、宗には大いに疑問だった。増してや、火星と地球は同盟を締結した間柄である。

 いや、と宗は思い直した。


『それだけ警戒しなければならない何かがあるってことなのか? ひょっとして、俺たちのこの極秘任務って、火星側にとっても重要な作戦なのか?』


 そんなことを考えていても、今は答えなど出ない。しかし、検査を待つ間の時間潰しにはなったらしい。

 火星軍の兵士たちは顔色一つ変えることなく作業を進め、検査を開始した時と同様に突然作業を終え、後方の持ち場に退いた。ややうんざりしていた宗は、ここでようやくホッと一息をついた。横を見るとテアも同様のようだった。その目は『何なんだろうね? この厳重さは?』と宗に語りかけていた。

 宗たちがホッとするのも束の間、こっちだ、と那珂川の声が響いた。先導する那珂川たちに続き、宗たちはエレベーターと思われる設備に乗り込んだ。だが、地球のそれとは違い、階数を表すボタンなど無い。アスリンディが火星語で一言二言発している様子を見るに、どうやら音声認識によるもののようだ。

 そして、驚いたことに、エレベーターがどちらに動いているのか、宗にはまったく体感することができなかった。地球製のエレベーターであれば、上下のどちらに動くにせよ、その慣性を感じることができる。エレベーターが上に動くのであれば、わずかに体重が増えたかのように足に重さがかかる。下に動く場合はその逆である。

 しかし、今乗っているエレベーターはそういった慣性を感じることがまったくない。ひょっとすると、上下だけではなく前後左右にも動くことができるのかもしれない。そのどの方向に進もうが、内部に乗っている人間には何も体感することができない。ということは、またしてもどこに連れて行かれているのか、まったく把握できないということになる。

 もっとも、宗がこれまでひたすら感嘆してきた火星の重力制御である。重力と本質的には同じものである慣性力を、ここまで見事に操ることができるというのも不思議ではない、と宗は納得した。彼は横に立つ地球人の仲間三人をチラリと横目で見たが、彼らはこのエレベーターに特に感銘は受けていないようだった。

 宗は小さく嘆息した。


 30秒ほど経っただろうか。先ほど乗り込んできたエレベーターの扉が突然開いた。一行は無言のままエレベーターから降り、那珂川とアスリンディに先導され、とある部屋に連れて行かれた。

 その部屋は結構な広さがあった。窓際の中央には木製と思われる立派な机があり、その向こうで火星の軍服を着た恰幅のいい男が椅子にふんぞり返っていた。そして、その机の前の部屋のほぼ中央には、大振りのソファとそれに合わせた机が並んでおり、白衣を着た一人の女性が座っていた。

 壁面には大型のモニタがいくつも並んでいるが、今は電源が落とされているのか、全て黒で覆われている。地球人という部外者が訪れるため、機密保持のために画面を落としたのだろうと宗は推察した。

 一行が部屋に入ってきたことに気づいた椅子の男性は、引きつった様な笑顔を顔に浮かべながら、部屋の中央まで進むよう手で促す。その笑顔に不自然さを感じつつも、宗は那珂川の後に続き前に進む。

 ソファに座っていた女性は慌てて立ち上がり、火星軍指揮の敬礼を一向に向ける。白衣の下はどうやら軍服のようで、軍関係者だということが見て取れる。

 部屋中央のソファ近くまで進んだ一行は、踵を椅子に座る男に向け、地球式の敬礼を行う。そして、英語とおそらくは流暢な火星語で挨拶を行う。


「本作戦へのご協力、感謝いたします、司令官閣下。小官は統合地球軍情報部所属、那珂川大尉であります。この三人が、適合候補者であります」


 那珂川の言葉に不吉な色合いを見た宗は、わずかに眉を寄せた。


『”適合者候補”だって? さっきの話に関係があるのか?』


 もちろん、内部の緊張や疑問など表に出せるはずもなく、宗は敬礼を続けるしかない。

 那珂川の挨拶を受けても、司令官と及ばれた男は椅子から立ち上がることなく、形ばかりの敬礼を行った後、一行にソファに座るよう無言のまま手で促した。そして、アスリンディに向けて小さく頷くと、彼女は音も立てずドアの位置にまで素早く下がる。

 一行がソファに着席したのを見計らい、男はようやく声を上げた。


「ようこそ。我が火星軍フォボス駐在ベルナデール訓練基地へ。小官は当基地の司令官に任じられている、ジャッド・ジャビームゥ大佐です」


 ジャッド・ジャビームゥと名乗った司令官は、とても流暢とはいえない地球の共通コモン語で話しかけていた。もっとも、宗の共通コモン語では、司令官が何を話しているのかほとんど聞き取れず、かろうじて自己紹介をしているらしいことを察することができた。それはフィリップも同様だったが、英語がベースにあるだけ宗よりはマシだった。そして、もちろんテアや那珂川は完全に理解できていた。

 宗とフィリップの表情を見た司令官は、やれやれといった様子で、白衣の女性に火星語で何かの命令を発する。その女性は小さく頷き、机の上においていたヘルメット状の何かの機器を、那珂川に向けて机の上を滑らせて差し出す。女性と那珂川が火星語でいくつかやり取りをした後、那珂川は宗たちに振り向いた。


「彼女は火星軍先端科学部 主任技官のマリーヴィーネ・アグラスパグジャン中尉だ。彼女が持参した機器を、各自頭に装着してほしいとのことだ」


『はあ?』


 宗は声には出さず、頭の中で呻いた。初めて出会う火星人が用意した得体の知れない機器を、「はいそうですか」と何の躊躇もなく頭に被れる人間がいるならば、宗は喜んでその役を進呈するだろう。当然、テアとフィリップも目に見えて躊躇していた。

 そんな三人の困惑を見た那珂川は、安心させるために小さく言い添える。


「大丈夫だ。危険はない。すでにこの機器を使用している地球人も何人かいる。さあ」


 那珂川の口調に言外に命令の色彩を感じた宗は、一つ息を吐くと覚悟を決めた。地球から遠く離れたこんな地にまでわざわざ連れてこられたのだ。宗たちを害するならば、そんな手間をかけるはずも無いと、半ば諦めの境地の中で、思い切ってヘルメットを頭に被せた。

 三人がシッカリと機器を装着していることを確かめたアグラスパグジャン中尉は、白衣の懐からおもむろにスイッチのようなものを取り出し、これ見よがしに大きく張り出ているボタンを間髪入れずに押した。

 その瞬間、宗たちは目眩を覚えた。目の前にいる女性技官、那珂川、机の向こうにいる司令官の輪郭がぼやけていく。司令官が口元を歪ませて意地の悪い笑顔を浮かべているように見えたのは、宗たちの幻覚だったのだろうか。これは何かの罠だったのか?と宗は焦る。

 そして、何百人、何千人という大人数が、好き勝手に話しかけてくるような感覚が、三人の頭の中に響いた。その喧騒は、頭を内部から打ち付ける音が聞こえるかというほどに感じられる。

 宗はこの不快な感覚に吐き気を覚えた。公式の場で嘔吐するなどど、そんな非礼極まることはできない。地球人の誇りにかけて、火星人の前でそんなことはできないと、宗はその意地だけで吐き気を抑え続けた。

 宗にとっては何時間とも思えるほどのその不快な時間は、やって来た時と同様に不意に消え去った。三人はまだ多少は吐き気が残ってはいたが、それも1分と経たないうちに完全に消え去った。


「なんだったのよ、もう。どこが安全なのよ」

「まったくだ。でも、大尉も安全とは言っていなかったよ。危険じゃないってだけで」


 衝撃から回復したテアが、思わず愚痴をこぼした。そして、何の気なしに宗も相槌を打った。その時、テアと宗はある事に気付いて、同時に声を上げた。


「え、あなた、湊さん? 私の言葉が分かるの?」

「え?? ローゼンクランツさん、日本語喋れたの?」


 唖然とする二人と、それに負けないほど唖然とするフィリップを見て、司令官は大声で笑いながら話しかけてきた。その笑い声には、何も知らない地球人を馬鹿にするかのようなニュアンスも含まれているように、宗には感じられる。


「いや、結構結構。これでようやくスムーズな意思疎通が可能になりましたな」


 まさか、という思いに宗は駆られる。先ほどはたどたどしい共通コモン語で挨拶した司令官の言葉が、今回は完全に理解できたのである。しかも、まるで日本語で話しているかのように、ごく自然に宗の頭の中に入ってくる。

 困惑する三人に女性技官が話しかける。


「改めて自己紹介させてもらいます。小官は火星軍先端科学部エーテル課 主任技官 マリーヴィーネ・アグラスパグジャン中尉です。今作戦に技術的な側面から参加させていただくことになりました。以後お見知りおきを」


 そこまで挨拶したところで、ああ、そうそうと、今思い出したかのように付け加える。


「先ほどから私は火星語で話しています。それが意味するところは分かりますね? それはもちろん」

「さっきの機器で、僕たちに火星語を植え付けたってことなのか?」


 宗は女性技官の話をさえぎる形で、思わず声を上げていた。しかも、公式の場で使うべきではない口調で。

 自分の説明の腰を折られて多少気を悪くしたのか、アグラスパグジャン中尉は憮然とした表情で話の先を続ける。


「植え付けた、というのは正確ではありませんね。地球の主要8言語と、火星、金星など諸惑星の言語の知識を圧縮して、あなた方の脳に送信しました。これで相手が何語を話していても、あなた方は完璧に理解できるようになりました。そして、あらゆる言語を母国語と同レベルで話すことができます。今のあなた方は、この太陽系ほとんど全ての人と意思疎通が可能です」


 今日何度目のことだろうか。宗たちはまたも唖然とするしかなかった。脳に直接情報を送り込むなど、地球の科学では考えられない。しかも、おそらく1分程度と思われる、あの短時間の送信でこれだけの情報量を送り込むとは。宗にはとても信じられないが、目の前の現実を見ると信じざるを得ない。


「もっとも、1分という短時間での圧縮教育はあまり例がありませんけどね。普通は30分程度時間をかけるものですから」


 ボソッと、アグラスパグジャン中尉がとんでもない一言を付け加えた。通常30分かける作業を1分に短縮するなど、一般的な感覚では考えられないことだ。


「いや、ちょっと。よくそれで危険が無いなんて・・・」


 宗は思わず苦情の言葉を述べてしまった。先ほどと同様に、とても公式の場とは思えない口調だが、興奮している彼は気付かない。

 その時、宗の苦情を遮るように那珂川がわざとらしく大きく咳払いをした。

 そこで宗はハッと気が付いた。自分がいかに非礼な態度に出ていたのかということに。

 宗は顔を真っ赤にして、慌てて弁解する。


「失礼しました。気が動転していたとは言え、非礼な態度に及んでしまいました。申し訳ありませんでした。中尉どの」


 中尉は特に気にするでもなく、手をひらひらと振ってこの話はここまでだと言外に告げ、宗たちにとって重要な話を切り出す。


「そんなことよりも、これで事前の準備は整いました。これから、あなた方がここに集められた理由について説明します」


 ここで中尉は一旦話を区切り、この場の責任者であるジャビームゥ大佐にチラリと顔を向ける。大佐は小さく頷き、話を進めることに了承の意を示す。


「それでは、説明します。この内容は第一級戦時機密に該当します。万が一、部外者に話したりなどしたら、話したあなた方だけではなく、聞いた者も同様に処罰の対象になります。それも、とびっきり重い処罰、です。よろしいですか?」


 ここで中尉は宗、テア、フィリップと順に、その表情を見つめ、彼らから反対意見や拒絶の言葉がないことを確認する。もっとも、ほとんど強制的にこの場に連れて来られた宗たちは、ここで拒絶することも到底できないということを理解していた。地球人類が極秘裏に火星の訓練基地に招集され、しかもその目的は地球統合軍にエーテル機甲ドライブ部隊を新設するためだと知った今、ここで拒絶し役目を降りたとしても、無事に帰宅できるはずもなかった。


『もっとも幸運な場合でも、記憶消去措置は免れないだろうな・・・。運が悪い場合は考えたくもない』


 宗は胸中で複雑な思いを抱きながら、中尉の次の言葉を待った。


「よろしい。では、あなた方がここに招集された理由を説明します。あなた方は地球統合軍が新設する予定のエーテル機甲ドライブ部隊のパイロット候補として招集されました。もちろん、今の地球にエーテル機甲ドライブなど存在しませんから、我々火星の基地で訓練を受けてもらうことになります」


 ここまでは那珂川の話の通りであり、また、推察できる範囲のものだった。だが、これだけでは宗たちの疑問に到底答えることができない。

 宗は先ほどの粗相によって、発言する気力を削がれかけていたが、それでも数多くの疑問をそのままにはしておけないと決心し、口を開く。

 だが、宗が発声するよりも早く、彼の疑問など全てお見通しだとばかりに、アグラスパグジャン中尉が話を続けた。


「ええ、あなた方の疑問は言われなくても分かります。エーテル機甲ドライブはエーテルを主エネルギーとした、太陽系最強の人型機動兵器です。その運用には、エーテルを自在に操るための『エーテル器官』がパイロットに備わっていることが必須になります。そして、残念ながらあなた方地球人には、この『エーテル器官』が存在しません。したがって、今のままではあなた方がエーテル機甲ドライブを運用することなどできません」


 まさしく、それこそが宗が抱いていた最大の疑問である。隣では、テアも同意とばかりに小さく頷いている。

 机の向こうでは、ジャビームゥ大佐がこれ見よがしに唇の端を歪ませている。その表情は、『エーテル器官すら持たない未開人どもが』と、大佐の本音を見事なまでに告げていた。

 アグラスパグジャン中尉も唇の端をピクピクと歪ませていた。だが、それは大佐のような侮蔑の意味ではなく、どうやら興奮しているだけのことらしい。その様子は、どことなくマッドサイエンティストの風貌を思わせるものがあり、宗は小さく身震いした。

 その中尉は興奮を隠すことなく、乾いた唇をペロリと舐めて先を続ける。


「そうです。エーテル器官が問題なのです。でも、答えは簡単。あなた方には、我々火星側が用意した生体エーテル器官を臓器移植することで、エーテル器官を得てもらいます!」


 宗は耳を疑った。いくらなんでも、この話は予想外だった。

 隣のテアも顔を真っ青にしている。それはそうだろう。健康体である彼らに、半ば強制で臓器移植を行うと宣言されたのだから、動揺するなというのは無理な相談である。

 ところが、フィリップは胸中の動揺を全く表に見せなかった。それどころか、小さくニヤリと笑ったように宗の目に映った。肝が据わっているだけなのか、それ以外の何か理由があるのかハッキリしないが、さすがに機動歩兵として前線で戦ってきた胆力が備わっているということなのだろう。

 そんな三人の表情などお構いなく、中尉はさらに興奮度合を加速させて話を続ける。


「あなた方は、こちらで用意した生体エーテル器官に適合する可能性がある被験体!・・・じゃなかった、適合者候補です! ああ、ああ、こんな『実験』・・・いや、重大な『手術』は前代未聞です! どうです? ワクワクしてきませんか!?」


 もちろん、宗たちがワクワクするはずなどなかった。


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