表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
エーテル機甲 マーズドライブ  作者: 桂里 万
第一章 一衣帯水
3/4

1.始まりの日(その2)

 宗は自身がいずれ宇宙に足を踏み出すことになると、心の底から本気で信じていたわけではない。そうなるように全力を尽くし、あらゆる努力を惜しまないつもりではあったし、実際にそうしてきた自負はある。だが、この夢を実現するには、とんでもない強運も必要だということもよく理解できていた。それこそ、人類で1・2を争うほどの強運が必要なのだと。ロケット打ち上げからの一連の騒動から、宇宙飛行士を目指す者は莫大な数に膨れ上ることは容易に予想できた。そんな人間たちを押し退けていかなければ、宇宙に上がる資格など到底持てないのだ。


 それなのに、宗は今火星の衛星ダイモスの大地に立っていた。


 いや、その表現は正確ではない。宗の目的地であるベルナデール訓練基地は、ダイモスの中に掘られた中空に存在しているからである。したがって、地表に海があり、陸があり、空がある、という地球を含めた惑星と同じ趣きではなく、小惑星と言い換えてもいいほどの小天体の武骨な岩の下にある、武骨な金属の塊。それこそがベルナデール訓練基地であった。

 宗は基地に到着したシャトルから、タラップを踏み慎重に降りる。地球に比べかなりの小天体であるダイモスだけに、重力がかなり軽いのではないかという予想に反し、ほぼ地球と同程度の重力をその身に感じ、驚愕した。

 もっとも、火星側が用意してくれたシャトル内も同様にほぼ1G程度であったため、高度な重力制御技術が火星にあるのだろうと推察された。

 宗が歩く先には、同じ地球人のフィリップ・ファン・デル・フーフェが、後ろには同じく地球人のテア・ローゼンクランツが続いている。二人とは今朝初めて出会ったばかりで、それぞれ簡単な経歴程度しか事前情報として与えられていない。

 とはいえ、不可解な任務に任命された三人であるからには、宗はお互いのことを知るために、基地へ向かうシャトルの中で何度か会話を試みていた。

 フィリップ・ファン・デル・フーフェは統合地球軍 南極方面軍 治安維持部隊所属ということだったが、今回の異動でベルナデール訓練基地に配属となったらしい。どうやら南極自治区出身らしく、宗も南極出身者と話す機会はこれまでになく、フィリップにいくつか興味津々な質問をたどたどしい英語でぶつけてみたが、彼は押し黙ったま答えることはなかった。

 おそらく、自身のことを語ることを極端に嫌っているのだろう、と宗は半ば諦めの気持ちでそう悟った。もしくは、彼の日本訛りの英語が全く通じていないかのどちらかだ。

 テア・ローゼンクランツは統合地球軍 総参謀本部 後方部庶務課に所属していたらしい。後方部庶務課ということは、軍隊という組織を円滑に機能させるための裏方の中の裏方ということになる。テアの見た目は軍人というよりも一般企業のOLといったもので、とても軍人には見えない。統合地球軍の軍服を着ているから軍人と認識できている、という程度である。また、やや気弱そうな雰囲気もあり、宗と同程度の172センチはあるはずの身長ほど、大きさを感じなかった。

 テアは欧州自治区出身であると、最初の顔合わせの時に説明があった。しかし、そこに問題があった。欧州自治区の公用語は英語ではなく、英語をベースに作られた共通コモン語である。宗は英語はかろうじて会話することができたが、共通コモン語はほとんど知識がない。しかも、テア自身も英語が話せないため、二人の会話は盛り上がらないこと甚だしいものとなった。

 もっとも、共通コモン語は英語をベースにした言語であるため、ごく簡単な会話であれば何とか意思疎通を図ることもできた。青春時代の象徴である高校を卒業して既に三年経ってはいるが、女性との会話はいまだに心臓が早打つ宗は、言語の壁にへこたれずテアに話しかけ続けた。

 テアはどうやら宗と同い年の二十歳らしいことが分かった。ただ、宗と違うのは、高校卒業後すぐに統合地球軍に志願したらしいことだった。彼の共通コモン語のレベルでは細かいところまでは全く理解できなかったが、両親も統合地球軍に所属しており、自然とテアもその流れを引き継いだ、ということらしい。

 そんな感じで宗はテアの表情に顔をにやけさせながら会話を楽しんでいたが、ふとあることに気付いた。テアは欧州自治区出身者にしては珍しい、金髪碧眼の持ち主だったのである。欧州自治区出身者は「混交人種」と呼ばれる、人種的な特徴が極端にならされた人々の割合が非常に多い。肌の色は黄色人種に近いやや浅黒い白、髪の色は亜麻色の髪、と、ほとんどの人が同じ特徴を備えている。そのおかげで人種間の対立というものが激減したのだが、この時代に金髪碧眼というのは非常に珍しい。金髪の白人が多い北部氷壁自治区と関りがあるのか気になったが、宗の共通コモン語のレベルでは、さすがにそこまで込み入ったことを聞くことができなかった。

 最後に宗は自己紹介をたどたどしい英語と共通コモン語で行った。テアは行儀よく頷きながら聞いてくれたが、フィリップはそっぽを向いて目を瞑っていた。フィリップの態度にややうんざりしながらも、話を続ける。

 高校二年の時に、例の火星人との接触があり、次の年には地球と火星で同盟が締結され、統合地球軍内に宇宙軍にあたる「航宙軍」が新設されたこと。そして、宇宙に出たいという最大の夢を叶えるための近道として航宙軍に配属されるために、汎太平洋経済自治区の日本海上列島内に新設された統合軍士官学校に進学したこと。そして、士官学校在籍中にもかかわらず、今回の任務に抜擢されたこと。

 ここまで話したところで、フィリップが目を開きいきなり話しかけてきた。フィリップの英語は南極訛りで宗には聞き取りづらかったが、何とか彼が言いたいことは把握できた。どうやら、統合軍士官学校に在籍中であったことを確認したかったらしい。宗は肯定の意を込めて、ゆっくり首を縦に振る。その仕草を見たフィリップはわずかに目を細める。そして、次の瞬間には宗に興味がなくなったとばかりに、先ほどまでと同様にそっぽを向いてしまった。

 宗はやれやれと肩をすくめて、再びテアと会話をしようとした時、目的地に到着したのである。宇宙に出るのがやっとという地球の化学ロケットではそうはいかない。宇宙に広がるエーテルを利用した、未知なる航行技術であるエーテル反応炉を搭載した火星製のシャトルならではの速度である。地球と火星が近日点近くにあるとはいえ、半日もかけずにダイモスまで到着できたというのは、宗にとってみれば驚異と言う他ない。だが、他の二人には特に感銘を与えなかったようで、宗は少々落胆しつつも着陸体勢を取るため、座席脇にあるシートベルトを所定の位置の金具に刺す。

 ほぼ完璧な重力制御を行うことができる火星のシャトルであっても、いざという場合のためにシートベルトが常備されていることに、宗は愉快な気持ちになり、少しだけ火星に対して親近感が増すのを感じる。火星人とはいえ、見た目は地球人と全く変わらないだけに、ベルナデール訓練基地で本物の火星人に会うことが多少楽しみになってきていた。


 こうして、宗をはじめとする三人はベルナデール訓練基地に降り立ったのである。

 具体的には何も明かされていない任務のために。

 訓練基地の入り口に立った宗たちの目をまず引いたのは、広大な基地内を闊歩している巨人の群れである。その巨人こそが、火星をはじめとする諸惑星の主戦力となっている、人型戦闘兵器「エーテル機甲ドライブ」である。

 その全長はおよそ20メートル程度であろうか。人間と同じく二足で立つこの兵器は、軽甲冑のような装甲に身を包み、人間と同様の軽やかさでその巨体を動かしている。

 基地の一角では訓練の一端だろうか、三機のエーテル機甲ドライブが並び、大振りの剣を振る練習をしている。

 また、別の一角では、装甲を外したのであろう、少々頼りなく見える機甲ドライブが基地の設備に対して作業を行っている。そして、それが配線作業だと気付いた宗は驚愕した。あの巨躯で配線作業のような細かい動きができるなど、地球の技術水準からは考えられない。

 見える範囲で、少なくとも20機以上の機甲ドライブが見える。ということは、見えない位置にある機甲ドライブも合わせたら、この基地にある機体数は100機や200機では及ばないほどの膨大な数になるだろうと想像される。エーテルが満ちるこの宇宙において、最も有効な兵器だとされているエーテル機甲ドライブを、たかが訓練基地にそれだけの数を配備している火星軍の実力に、宗は身震いする。

 そんなエーテル機甲ドライブの列を縫って、基地内から何台かの地上車が宗たちの下にやってきた。その地上車からは特にエンジンの駆動音などは聞こえてこない。当然、空気が貴重であるこのダイモスで内燃機関を使用するはずはないと予想はしていたが、電気自動車のモーターの駆動音、タイヤの接地音すら全くしないのは驚く他ない。それは即ち、こんな小さな車にすらエーテル反応炉が搭載され、飛んでいるということだからだ。

 地上車は基地内の制限速度を律儀に守り、優雅な動きで宗たちからやや離れた場所に並んで止まる。そして、中から一人の女性が現れた。見たところ、ピッチリした火星の軍服に身を包み、やや緊張しているのかゆっくりとした足取りで前に出る。近づくにつれ彼女の顔がはっきり判別できるようになると、その美しさに宗は驚いた。テアも一般人の基準では充分以上に美人だが、この女性はさらにその上を行っている。そして、前に一歩進み、広げた右手の甲をおでこに付ける火星式の見事な敬礼を行う。


「小官は火星軍 情報部所属アスリンディ・アッサーバーグ少尉であります。ようこそ、ベルナデール訓練基地へ。我ら一同歓迎いたします」


 アスリンディ・アッサーバーグと名乗る火星の軍人は、驚くほど流暢に英語で挨拶をしてきた。その英語の水準は宗とは比べ物にならない。

 唖然とした宗は、無作法に気付いて慌てて地球式の敬礼を行う。

 そして、宗たち三人をここに導いた、今回の任務の現場責任者という肩書の那珂川なかがわ惣一そういちが火星側に返答する。


「小官は統合地球軍 情報部特務課所属、那珂川惣一大尉であります。こちらこそ、宜しくお願い致します。同盟に則り、快く受け入れていただいたこと、感謝致します」


 これで儀礼的な挨拶は完了した。

 そして、アスリンディを先頭に地上車まで案内された一行は、そのうちの大型の一台に乗り込んだ。

 車の中で、アスリンディは運転手に小さく指示を出す。すると、先ほどまでは窓から見えていた、基地の様子やエーテル機甲ドライブの列が全く見えなくなる。どうやら、車内外の情報を完全に遮断し、情報暗室を作り上げたということらしい。

 ということは、車内で何かしらの重要な情報が明かされるということを意味している。

 案の定、那珂川が口を開いた。


「さて、君たち三人はなぜここに連れてこられたか、大いに疑問に思っていることだろう。無理もない。家族にすら告げることを禁じていた火星行だ」


 実際、その通りだった。宗もいきなり士官学校の校長に呼び出され、極秘任務に抜擢されたことだけが伝えられた。しかも、このことは他言無用であり、万が一口外すれば軍法会議により極刑もあり得ると、宗の心臓が飛び出るほどの勢いで脅されていた。

 宗は暗澹たる気持ちで家路に着き、真っ青な顔をした彼を心配する家族にも何も告げることなく、ここに旅立ったのだ。

 宗はふと、心配そうな表情を浮かべた妹の顔を思い出した。口では青い顔をした兄をからかっていたが、その笑顔の向こうには、心底心配している表情が見えた。

 あの人類初のロケット打ち上げ以来宇宙に関心を覚えたさやと宗は、妙に仲良くなっていた。宗の夢を知る彼女は、表向きは航宙軍士官学校に入学する兄に理解を示していたようにも見えたが、実際にはやんわりと入学を反対していることを告げていた。もちろん、危険を伴う軍人になどなってほしくないからである。

 宗は頭を小さく振り、妹の幻影を振り払った。こういった任務に就く可能性があるのは、士官学校に入学すると決めた時に承知していたことだ。

 宗は覚悟を決めて那珂川の言葉の続きを待った。

 だが、話の続きはアスリンディから告げられた。


「君たちの任務は、ある部隊の立ち上げだ。統合地球軍に初めて実戦配備されるエーテル機甲ドライブ部隊のな」


 その驚くべき内容は、宗の覚悟をはるかに上回る内容だった。

 宗は唖然として、アスリンディの顔を見つめるしかなかった。

 隣のフィリップと真向かいに座るテアも唖然とした表情を浮かべている。ただし、微妙にニュアンスが異なっていた。フィリップの目の奥には歓喜の表情が、テアの目の奥には恐怖の表情が浮かんでいるように、宗の目には映る。

 宗は唖然としながらも、いくつかの大きな疑問と無数の小さな疑問が頭の中を駆け巡っていた。


「質問してもよろしいでしょうか?」


 宗は思わず日本語で質問していた。


「なんだ?」


 那珂川の返答は英語であった。ここで自分のミスに気付いた宗は、顔を赤くしながら上官に英語で疑問をぶつけてみた。


「あの、エーテル機甲ドライブというのは、生まれながらにエーテル器官と呼ばれる器官を持つ火星人、金星人、他の惑星人しか動かせないと伺っています。地球人である小官に動かせるはずがないのですが?」


 宗の質問を聞いた那珂川は大きく頷く。その質問に対する答えこそ、彼が次に話そうと考えていた内容なのだ。


「一般的な話では、確かにその通りだ。だが、君たちはそうではない。不思議に思わなかったかね? 士官学校在籍中の士官候補生、治安維持部隊の機動歩兵、後方部の兵站担当、全く接点がない三人が集められた理由を」


 那珂川の話を受け、再度アスリンディが続ける。


「君たち三人は、ある処置によりエーテル機甲ドライブを動かせる可能性を有している。だからこそ、ここに集められたのだ」

『ある処置だって?』


 宗は、その言葉の持つ不吉な響きに、心底ゾッとした。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ