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エーテル機甲 マーズドライブ  作者: 桂里 万
第一章 一衣帯水
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1.始まりの日(その1)

復興歴19003年。


 ごく短い単語で表すことができるこの年号は、長く積み上げてきた地球人類史の歩みを現すものである。その一年一年に、多くの人々の思い、願い、希望と、それと同量の負の思い、呪い、絶望が積み重ねられていると言っても過言ではない。地球人類が生まれてどの程度の期間を経ているのか、今ではもう定かではないが、19003年という長久の年月は決して無視できない重みを持っている。

 しかし、復興暦19003年は他の年と同様の地球人類史の一部というだけではなく、より大きな意味を持つものとなった。


 それは、地球人類が宇宙への進出を成し遂げたという、記念すべき年だからである。


 かつて地球全体を襲ったとされる未曾有の【大災害】から人類はたくましく復興し、ついには未知のフロンティアである宇宙にまで足を伸ばすまでになった。

 地球統合政府の公式発表では、地球にある7自治区、すなわち新大陸連合自治区、北部氷壁自治区、ヨーロッパ自治区、汎ユーラシア同盟自治区、熱砂自治区、南極自治区、そして汎太平洋経済自治区のそれぞれの政治的代表である自治区大統領が一同に会し、出席者に負けじと華麗に彩られたセレモニーの中、初の宇宙船が宇宙に向けて飛び立っていった、ということになっている。

 だが、一部の民衆は宇宙進出の熱狂に踊らされることなく、いくつかの疑問を覚えていた。


 なぜ、最初に打ち上げる宇宙船が、「有人」なのか?と。


 もちろん、その疑問に明確に答えられる者はいなかった。

 常識的に考えれば、まずは無人機を送り込み、さらには動物実験や無人機の帰還実験などを行った上で、ようやく有人飛行が可能になるはずである。しかし、今回の宇宙への挑戦はそうではない。いきなりの有人宇宙船の打ち上げという、あまりにも性急なものだった。

 また、乗組員の構成も大きく偏っていることも疑問視された。

 新大陸連合自治区北アメリカ、バールボルト州の統合地球軍の基地が宇宙船打ち上げ基地に選定されたことから、新大陸連合自治区出身の軍人が乗組員として選定されたことは当然というべきである。だが、全ての乗組員が新大陸連合自治区出身者であるという発表は、さすがに多くの者を驚かせた。

 地球人類が初めて宇宙に足跡を刻むという地球人類史に残る一大イベントに対し、当事者がほぼ新大陸連合で構成されているというのは不自然に過ぎる。公式的にメディアに流されている情報の裏で、地球統合政府内の綱引きがあったであろうことは想像に難くない。この事実から、宇宙開発で主導権を握っているのは、自治区間で最大の勢力を誇る新大陸連合だということが、もはや誰の目にも明らかになった。

 もっとも、大多数の民衆にとって、それらは瑣末な問題であり、目前に迫った打ち上げの熱狂があらゆる疑問を上書きしてしまっていた。

 高校一年生であったみなと そうにとっても、打ち上げの日は忘れられない思い出となった。小さな頃から宇宙が好きで、バイト代をかき集めて小さな反射望遠鏡を買い、今でも暇があれば望遠鏡を覗き込んでいる。今回打ち上げられる宇宙船は、地球の周りをまるで衛星のように周回する予定だった。であれば、条件次第では宗の望遠鏡でその雄姿をクッキリと見ることが可能かもしれない。


『これで地球も他の惑星と同じように衛星を持つことができるなあ。まあ、かなり小さいけど』


 もちろん、宇宙船が地球を周回するだけで、それが衛星の代わりになるはずもないことは宗も承知している。ただ、そういう夢想をすること自体を楽しんでいたのだ。

 宗は望遠鏡を買っていた自分の幸運に心から感謝した。


 打ち上げの日のことは、今でも宗は鮮明に思い出すことができる。

 北アメリカバールボルト州といえば、一年を通して天候は良好に安定しており、それこそが今回の打ち上げ基地選定で最も重要視された要因のはずだった。基地周辺は砂漠が多く、雨は年に数度降るだけで、ほぼ一年中カラッと乾いた空気に包まれており、また風も穏やかで打ち上げ基地としては最適な場所のはずだった。

 ところが、打ち上げ予定日の7月4日の前日辺りから、普段からは考えられないような嵐に見舞われたことで打ち上げ延期を余儀なくされてしまった。

 誰も想定していなかったこの事態に、ごく一部のオカルト主義者からは、これは打ち上げを阻止しようという天の意思だという、この科学時代からは到底考えられない説がまことしやかに囁かれた。もっとも、その説が誰かの注意を引くこともなければ、ましてや打ち上げ関係者の耳に届くはずもなく、世界の片隅でその他の雑多な話題や情報と共に埋もれていくだけだった。宗もそんな噂は一笑に付して、記憶から完全に消し去ってしまっていた。

 だが、今の宗は感じてしまうのだ。

 あの打ち上げを阻止するかのように吹き荒れた嵐は、もしかすると本当に大いなる誰かの意思によるものだったのではないかと。

 あの日以降の激動の時を思い起こすと、そう考えずにはいられないのだ。


 最終的に打ち上げは約一週間延期され、7月11日に再度設定された。さすがにその日までには嵐はすっかりと去り、いつもの穏やかな空を取り戻していた。

 打ち上げ時間は新大陸連合時間で12時、宗の住む汎太平洋経済自治区、日本海上列島時間では朝の5時だった。

 宗は普段よりも2時間は早起きし、打ち上げの中継放送に備えた。ところが、驚いたことにテレビ放送の中継特番は既に始まっていた。聞けば、昨夜の11時から始まっていたらしい。この打ち上げを待ち望んでいた宗以上の情熱を持って中継していたのだろう。

 人類史に残るイベントだからテレビ屋の人たちが大いに張り切っていることは分かるが、自身の情熱を上回る程のものかと思わされ、宗は少し不機嫌になった。

 だが、それも打ち上げ作業が進むにつれ、頭の中から綺麗に消え去っていった。打ち上げ一時間前に宇宙飛行士の四名が観客とテレビカメラに向かって手を振りながら笑顔で乗り込んでいく。その後はロケットの回りにまとわりついた様々な設備が忙しく動き、打ち上げ用のロケットエンジン、燃料などをチェックしているのだろうと見て取れた。

 その後、特にトラブルも無く、打ち上げ時刻まで順調に時間が流れていった。懸命の準備を進めているスタッフ、現地につどった観客、テレビを通して観ている者、おそらくは全世界の人間が打ち上げを固唾を呑んで待ち続けている。

 やがて、テレビの中のレポーターの表情が一変し、一気に緊張した表情に切り替わる。そして、その表情を見たテレビの前の人間も、いよいよその時が来たのだと直感する。

 テレビ画面は打ち上げセンターの発射時計と連動し、カウントダウンが始まる。60秒前からのカウントは、現地の観客たちが一斉に唱和し、そしてテレビの前にいた宗も近所迷惑も考えず、腹の底からの大声で唱和する。宗の耳にはテレビからのカウントダウンの歓声だけではなく、近所のあちこちの大声も聞こえてきた。これなら近所から怒られることもないだろうと、苦笑交じりに少し安心する。

 その間にもカウントダウンは刻々と進んでいる。


 5!


 4!


 3!


 2!


 テレビ画面を見ていた宗は、熱狂の中でなぜか小さな違和感を覚えた。


 1!


 次の瞬間には、先ほどの違和感は消えていた。


 ゼロ!


 画面の中のロケットの最下部から、大量の煙が噴出する。ロケットエンジンに完全に点火した証拠だ。煙は一瞬にして画面全てを覆うほどの量に達し、やがてゆっくりとロケットは空に向かい浮かび始める。次の瞬間、ロケットは一気に上空まで飛び上がる。その後を追いかけるように煙の軌跡が描かれる。


「成功です! 人類初の宇宙への進出が今、成功しました!」


 先ほどまで辛うじて冷静さを保っていたレポーターがテレビの中で絶叫している。もちろん、宗も歓声を上げている。そして、近所の家の多くの人間も。

 その瞬間、全世界の人間が歓声を上げたことだろう。

 ロケットはあっという間に見えない高度まで上がり、青く晴れ上がった空に吸い込まれていた。宗はテレビから視線をはずし立ち上がり、自宅の窓をおもむろに開いた。窓の外は夜が明けたばかりの眩しい青空だった。もちろん、打ち上げられたロケットが見えるなどど期待してはいない。ただ、この見えている青空と繋がった空から、今日確かに人類は宇宙に進出したのだと、そう考えることがたまらなく嬉しかったのだ。

 青空は吸い込まれそうなほどの鮮やかさだった。

 だが、そこで宗はまたもや小さな違和感を覚えた。先ほどのカウントダウンの最中に感じたものと同一だった。


「あれ・・・? 何だろう?」


 宗は青空の一点に視線を集中した。視力がいい宗でも、微かにしか見えないものを視線の端で捕らえた気がしたからだ。

 目を細めてジッと眺めていると、空の端に小さな光点があることに気付いた。完全に夜が明け、もはや星など空には見えないはずである。もちろん、明けの明星と呼称される、太陽に近い金星などの惑星が見えることはある。だが、全惑星の大まかな位置を把握している宗は、その光点がどの惑星の位置とも異なることはすぐに分かる。

 首を傾げながらもう一度光点をしっかりと見ようと集中した瞬間、謎の光点はそれまで存在していたことを否定するかのように一瞬で消え失せてしまった。

 宗は目をパチクリとさせた。まあ、気のせいだろうと無理やり納得する。今はそんなことよりも、ロケット発射成功を喜びたい気分だったからだ。

 テレビでは打ち上げられた宇宙船が今日の夜には肉眼で光点として日本でも確認できると、そんな情報を伝えていた。もちろん、宗は反射望遠鏡でしっかりと宇宙船の全体図を眺めるつもりだった。これは宗にとっての一大イベントである。本音を言えば、今日は学校を休んで夜に備えたいところではあるが、両親がそんなことを許してくれるはずもない、と諦めていた。

 仕方がない、と小さくため息を吐き、気を取り直して夜の計画を立てることにした。

 宗の住む芸三地区は、田舎とはいえ街の光量はそれなりにあり、天体観測にはさほど向いていない。だから、天体観測は高台にある自身が通う高校の校庭でいつも行っていた。


「今回も校庭でいいか。さやも連れて行ってやるかなあ。でも、うるさいしな、あいつ」


 普段は一人で天体観測する宗だが、今回は妹の彩も連れて行くことを考えていた。彩は特に宇宙に興味があるというわけではないが、ミーハーのかがみらしく、今回のロケット打ち上げの話題に乗り遅れまいと、にわか宇宙ファンになっていた。

 そのおかげか、普段は「宇宙マニア」だと宗をからかう彩が、昨夜などは目を輝かせながら兄の言葉に耳を傾けていた。その姿を見ているからには、もう少し妹を喜ばせてやりたいと思うのも自然な流れだろう。

 宗は通学の準備を始めながら、頭の中で今夜の計画を立て始めた。

 だが、その計画が実行に移されることはなかった。

 打ち上げから一時間後、地球統合政府から全世界に向けて緊急放送が発信されたのである。

 いわく。


 先ほど地球から打ち上げられた宇宙船が、地球人類以外の知的生命体である「火星人」と接触した。


 その放送を聴いた全世界の喧騒は、ロケット打ち上げ時のそれとすら比較にならないほどだった。

 もちろん、宗も例外ではない。

 宗は魂が抜けるほど唖然とし、両親も同様の表情をしていた。事の重大性が今一つ飲み込めていないのか、彩だけはいつも以上の元気さで、宗に対して矢継ぎ早に質問を繰り返している。

 宗は彩の質問に適当に返事しながら、頭の中では先ほどの光景を思い出していた。

 ロケット打ち上げ直前の違和感。

 そして、打ち上げ後の空でみた光点。

 思い返してみると、打ち上げ直前の違和感の正体も、テレビ越しに小さな光点が映っていたからではないのか?

 そこで宗は思い付いた。


 あの時の微かな光点こそが、火星人が乗っていた宇宙船の光だったのではないだろうか?


 そこまで考えた宗は、その考えに潜む可能性に慄然とした。

 地球人類初の宇宙船打ち上げ時に、地球の周りに既に火星の宇宙船は待機していたことになる。そうでなければ、打ち上げ直後のロケットに接触することなどできはしない。

 だが、そうなると火星人たちは地球のロケット打ち上げを待ち構えていたことになる。さらには、待機しているということをほとんど悟られることもなく。

 あまりにも迅速な統合政府の発表といい、何者かが書いた筋書き通りに進んでいるのではないかという気さえしてくる。

 いずれにせよ、未知の地に飛び出した人類は、予想以上の事態を引き起こしたことになる。


『これは、激動の時代が来るぞ・・・』


 宗だけではなく、全世界の人間が感じたであろうその意見は、さらに予想以上の事態に進展する将来を見通し切れてはいなかった。

 そして、宗自身の人生も、激動を迎えることになる。


 ロケット打ち上げから三年後、彼は火星の第二衛星ダイモスにある、ベルナデール訓練基地に立つことになるのである。

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