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エーテル機甲 マーズドライブ  作者: 桂里 万
第一章 一衣帯水
1/4

 宇宙という単語には独特の魅力が内包されていると、みなと そうは常々感じていた。彼が幼い頃から脳裏に思い描いていた、彼の興味を惹きつけて止まない宇宙という存在は、いつしか「宇宙」という単語そのものにすら魅力を与えてしまっていた。

 宇宙。

 人類に残された最後のフロンティア。

 そして、到底探索し尽くせぬほどの、永遠のフロンティア。

 宇宙という単語から、何を連想するだろうか?一般的な人であれば、空虚、広大、茫漠、といったところであろうか。

 みなと そうの場合はやや異なっている。もちろん、他の人間と同様の単語も連想される。宇宙が空虚で広大で茫漠としていることに、誰が異を唱えることができるだろうか。しかし、それ以上に、別の単語の比重が大きいだけなのだ。それも、圧倒的なほどに。

 彼の脳裏に真っ先に浮かぶのは常に、「憧憬」だった。

 幼い頃から夢見ていた、宇宙という広大な舞台は、彼にとって夢であり、憧れであり、到達すべき人生の究極の目標だった。


 そんな宇宙に、彼は今到達していた。


 だが、彼の脳裏には憧れの宇宙にいるという興奮は既に無い。初めて宇宙に上がった日は、憧れの地に身を置いていることに、ほとんど失神しかけるほど興奮したのだが、宇宙に足跡を刻んでから既に半年以上経過したとなれば、その感慨が薄れるのも当然と言うべきだろう。

 さらに、今の彼はもっと切迫した感情に脳裏の大部分を占められていた。

 それは、恐怖である。


「緊張しているのか? 地球人? 初めての宇宙での機甲戦闘だから無理もないがな」


 不意にそうのヘルメット内のスピーカーから、聞き慣れた声が発せられた。宗は小さく苦笑した。この状況に緊張しない奴は極度の鈍感野郎か単なる自殺志願者だけだと、反射的に皮肉が口を突きそうになるが、すぐに考え直し、恐怖が声を震わせることがないよう気を付けながら返事をした。


「さてね。初陣はお互い様だけど、あんたは大丈夫なのか? フラン?」


 返事を聞いたフランと呼ばれた男、フランデル・ブルメイカーは、マイク越しに小さく吹き出す。


「ハッ! 俺たち火星の兵士にとってみれば、宇宙は我が家みたいなもんだ。初陣だろうが鼻歌交じりってもんさ!」

「それは頼もしいな。いざって時はよろしく頼むよ」

「ああ、最初に謝っておくべきだったかな。今日はオムツ持参じゃないから、自分自身で何とかしてくれ」


 宗は先程よりさらに苦笑を大きくしながら首を振った。

 フランの物言いは、普段以上に宗をからかう成分が濃い。恐らくフランも緊張しているからこそ、宗への軽口で何とか緊張をほぐそうとしているのだろう、と察せられた。

 そして、この会話を聞いた火星の訓練兵の同期たちも、フランと同様に笑うことで緊張をほぐせているのかもしれないと想像すると、宗もつられて愉快な気持ちになりそうになる。

 しかし、この場は実戦の場である。しかも、同期たちを含め、6名にとっては初めての実戦になる。宗はもう一度気を引き締めなおし、他の者にも注意を促そうと口を開きかけた。

 その時、先手を打って発言する者がいた。

 声の主は、宗の小隊の隊長である、フィリップ・ファン・デル・フーフェだった。


「おい、お前たち。落ち着かないのも分かるが、気を引き締めろ。まだ距離があるとはいえ、ここは戦場だぞ」


 ここまでは、特に問題の無い内容だ。だが、フィリップをフィリップたらしめる言葉が、その後に続いた。


「お前たちがミスって撃墜されるのは構わんが、尻拭いはご免だぞ」


 案の定、フィリップの言葉を聞いたフランを含めた火星側の新兵は、相当頭に来たらしい。宗のスピーカーの向こうから、様々な罵詈雑言が飛び込んできた。中には火星人独特の表現で、地球人の宗には理解しづらい表現もある。

 『ガツエク魚の皮野郎』とは、どんな意味があるんだろう?と、困惑しながらも、フィリップの挑発的な毒舌に慣れている宗は、うんざりした内心を隠しながら火星人たちをなだめにかかる。

 そんな苦労を負った宗を尻目に、当の本人であるフィリップは知らぬ顔を決め込んでいる。さらに、宗、フィリップと小隊を組むテア・ローゼンクランツも自身が集中するために余計な騒動には加わらないとばかりに、沈黙を貫いている。

 いや、と宗は思い直す。

 テアはもちろん優秀な兵士であり、初の実戦に向けて集中を高めているのも確かだろうが、彼女の心の繊細さを既に知っている宗は、彼女は自分以上に恐怖を感じているのかもしれないと感じた。

 そんな彼女にかける言葉を探し始める宗の耳元に、今回の作戦指揮官からの鋭い命令が届く。


「そこまでだ、新兵ども。下らん話は終わりだ。各員、作戦要綱通り、周辺の状況確認に入れ。」


 さすがに宗の言葉とは比較にならないほどの重みを持つ指揮官の言葉だけあって、皆一斉に了解の旨を告げた後は口を閉ざし、命令を黙々と遂行し始める。

 宗も先程まで感じていた恐怖が薄れていくのを感じた。ここ半年の訓練で、一旦臨戦態勢に入れば単純な恐怖を抑え込むように習慣付けられていた。

 だが、それは宗の思い込みだった。実際には、作戦開始からコクピット内に、搭乗者の恐怖を和らげるための催眠波が流れる仕組みになっている。これは、火星軍が使用する火星マーズ機甲ドライブ特有の機能だ。その催眠波が搭乗者のエーテル器官を通じ、搭乗者の脳に働きかけ恐怖を抑制するという仕組みになっている。もちろん、その機能の存在は極秘扱いであり、搭乗者自身が知ることはない。

 宗も他の者と同様、薄れゆく恐怖とともに、命令を遂行し始める。


「こちら、テラ=2。周囲半径100キロメートル内、エーテル濃度は基準値の1.87倍。かなりの高濃度。エーテルの波が高く、機甲ドライブの安定飛行に影響がある可能性あり。敵影はなし。クリア」

「こちら、テラ=1。テラ=2の天上方向30キロ圏。状況は同じ。クリア」

「こちら、テラ=3。テラ=1の後方20キロ圏。状況は同じ、クリア」


 宗たちの小隊名は「テラ」と名付けられている。その名前は、未開人である地球人を揶揄する目的で付けられたであろうことは想像に難くない。だが、地球人であることを誇りに思っている宗にとっては、これ以上ない小隊名でもある。

 もっとも、同じ地球人であるフィリップとテアは、宗ほど感銘を受けている様子はない。二人は宗と同じく地球人で同期の訓練生ではあるが、三人の性格的な類似点を見付けることはなかなか難しい。やはり、同じ地球人と言えど、出身自治区が異なれば他の惑星人と同種の隔たりを感じてしまうのは、ある意味仕方のないことなのだろう。

 小隊長であるフィリップがテラ=1、宗がテラ=2、2機の支援がメインのテアがテラ=3、とコールナンバーが振られている。

 3機編成というのは、小隊と呼ぶにはいささか心もとない数字ではある。地球式の考え方に染まっている宗は、特にそう感じていた。ただし、機甲ドライブ戦では3機編成が一番小回りが効いて運用しやすいのだと、火星の第2衛星ダイモスにあるベルナデール訓練基地で、そう教わっていた。その言葉が正しいかどうか、それは今後経験する実戦の中で明らかになるだろう。


 テラ小隊は作戦要綱通りの持ち場に散開し、周辺の状況を確認した。

 今回の作戦では、テラ小隊の他に、配属されたばかりの新兵から成る小隊が2隊と、数年前まで頻発していた木星との軍事衝突を幾度となく経験している、歴戦の守備兵で構成された小隊が3隊投入されていた。もちろん、新兵の3隊は後詰めであり、実際に戦闘行為が発生する可能性があるのは、前線に展開されたベテランたちの3隊である。

 しかも、今回の相手は、領空侵犯があった未確認機一機である。

 ただの未確認機一機に対し、こちらはベテランの小隊が3隊、新兵とはいえ充分に機甲ドライブ訓練を受けた3隊の合計18機で当たっている。さらに、宗たちが乗るのは、太陽系内で最高の性能を誇る火星マーズ機甲ドライブである。

 そういう意味では、宗が先程まで感じていた恐怖は、根拠がないものだと言い切ってもいいのかもしれない。だが、宗に語り掛ける声は、今回の任務がそこまで容易いものではないと警告していた。


『宗、油断するな』


 宗に語り掛けた声は、他の者には聞こえていない。声が小さいというわけではない。物理的に宗にしか届かない声なのだ。


『イルル? 何か気になることでもあるのか?』


 宗は手を動かしながら、頭の中で返事をする。イルルと会話する時は、口を動かす必要はない。最初は勝手が分からず戸惑ったが、さすがに最近はこの会話方法にも慣れてきて、顔色一つ変えることなく会話をすることが可能になっていた。


『そもそも、この状況がおかしい。太陽系全土がピリピリしているのは確かだけど、表立って挑発行為に出ようっていう星は今のところ無いでしょ? 少なくとも、まだどの星も全面戦争なんか望んじゃないない。準備も整ってない』

『うん、そうかもね』

『でしょ? 今回の未確認機ってのは、挑発行為の最たるものだよ。領空をかすめるくらいなら見逃してもらえるだろうけど、真っすぐ火星を目指して飛行するとか、普通じゃない』


 この点は、イルルの言うとおりだった。地球人である宗は、太陽系の各惑星の状況はそこまで理解できているわけではない。だが、火星での訓練期間中に彼なりに情報を集めた結果、多少なりとも時勢の把握は進んでいるつもりだった。そんな彼もイルルと同意見だった。


『なあ、イルル。未確認機って、一体何だろうな?』

『さあね。だけど、一番不気味なのは、未確認ってことなんだよ。普通のエーテル機甲ドライブだったら、エーテル反応炉やエーテルフレームの固有識別パターンがある。今こっちに飛んできてる奴が、例えば木星の連中のものだったら、一発で分かる。熟練者だったら、エーテル波レーダーに映った波形だけで、形式番号まで識別できたりもする。でも・・・』


 宗は、イルルが言いたかったことを引き取った。


『今回は、全く識別できないってことが不気味ってことだな』

『ええ、そういうことね』


 宗は少しだけ手を止めて、イルルの言葉を消化しようと頭を巡らせる。その結果、一つ思いついた仮説を彼女にぶつけてみた。


『ひょっとして、どこかの星の、完全な新型機って可能性は?』


 今度はイルルが宗の言葉を消化しようと頭を巡らせているかのように、一瞬間を開けて返事をする。


『その可能性が高いかもね。それにしても、単騎で火星に突っ込んでくる意味は分からないけど・・・?』

『まあね』

『それに、金星王家の連中が古代のエーテル機甲ドライブを蘇らせて実戦投入しようとしてるって噂もある』


 イルルの言葉に宗は驚いた。イルルが聞いたというその噂話は、宗が聞いたことがなかったからである。それは即ち、宗とイルルが一つになる前に聞いた噂ということになる。その内容が古代のことに関わるということであれば、宗が太陽系の歴史を学ぶ中で最も興味を覚えた、太陽系史最大の謎とされる失われた竜王星に関わるものかもしれない。


「古代の機甲ドライブだって? それ、もしかして」

『あ、バカ・・・』


 宗は驚きのあまり、頭の中の会話ではなく、思わず声に出してしまっていた。すると、イルルが思った通りの反応が返ってきた。


「テラ=2? 何を言っているのでしょうか? 任務に集中してください」


 宗の言葉を作戦本部のオペレーターが耳ざとく聞きつけ、無機的な冷静な言葉で宗の注意を促した。宗は慌てて短く謝る。

 宗はイルルとの頭の中での会話に慣れてきたとはいえ、このように驚いた時などは思わず声を上げてしまう。これが何度も繰り返されれば、傍から見ると、独り言を呟く怪しい人物に見えることだろう。


『おい、イルル。それって、竜王星の機甲ドライブってやつか? そんなモノが本当に実在するのか?』

『私が知るわけないだろ? あくまでも噂だよ、噂。もしあったとしても、少なく見積もっても2万年前の機体ってことになる。常識的に考えて、そんな骨董品が動くわけないだろ』


 言われてみればその通りで、常識的に考えたらありえない話だというのは明白である。宗は興を削がれて、小さく嘆息した。

 イルルは再度注意を促すために、宗に話しかける。


『いいか。古代の話は置いておくとしても、この微妙な時勢に火星に単騎で突入してくるやつだ。十二分に注意しろ』

『了解。ただ、さすがに前線の部隊が止めてくれるんじゃないか?』


 今度は宗の脳内に盛大に響くほどのため息をイルルが漏らす。宗の返事に呆れ返ったらしい。


『お前・・・。ベテランとは名ばかりの、あんな連中に期待するな。あんな部隊、私がいた部隊が相手だったら1分も保たんぞ? いいか? 戦場で信じられるのは自分自身だけだ。』

『そして、頼るべきは小隊の仲間、だろ?』

『まあな。だが、突き詰めれば小隊の仲間も結局は赤の他人だ。信頼はしても過度の期待はするな。まず自分自身の安全を最優先にしろ』


 宗は小さく頷いた。イルルとの奇妙な関係が始まって以来、歴戦の勇士でありエースであったイルルの言葉は宗の成長に少なからず影響を与えてきた。そんな彼女が未確認機を異常に警戒している。それは宗にとって無視できない状況である。


『分かった。最大限注意を払うよ。でも、いざとなったらイルルの力を貸してくれ。俺が死んだら、あんたも困るだろ?』

『もちろん、できるだけの助力はするさ。契約だからな。ただ、分かっていると思うが・・・』


 念を押すような彼女の言葉に、宗は小さく笑った。まったく疑り深いことだと危うく皮肉が出そうになるが、そこは抑えて返答する。


『ああ。あんたとの契約だからな。俺もイルルを殺した犯人探しに全力を尽くすよ』

『結構だ』


 宗は脳裏にイルルの笑顔が見えるようだった。宗はもう一度頷いた。彼の脳内に語り掛けてくれるイルルを殺害した犯人を探すにせよ、目の前の戦闘を生き延びなければ話にもならない。

 事前の長距離エーテル波レーダーでの観測では、目標との接触まで1時間強というところだった。

 まずはイルルの懸念が当たらないように祈りながら、作戦要綱、作戦本部の指示の通りに作業を進める。



 イルルの懸念が現実化するのは、そのわずか15分後のことだった。


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