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5:新たな作戦に胸を高鳴らせてみる

 

 公園で激しくぶつかり合った翌日、左腕を三角巾で吊られたリーズリットが右手で頭を抱えていた。

 誰もが麗しいと褒め称える顔も今は暗く影を落とし、それはそれで儚さを感じさせるが纏う空気は重苦しい。

 そんなリーズリットの向かいに座るのはハインリヒ。彼もまた頭を抱えて時折小さく呻き声を上げている。濃紺の瞳も今は力無く、形の良い唇も小さな溜息を漏らすだけだ。

 もっとも、頭を抱え陰鬱とした空気を纏っているのは二人だけである。

 リーズリットの背後に座っていたルーナは少しでも主人を癒せるようにと暖かな紅茶を用意しだし、ハインリヒの後ろに立つディークはうとうとと船を漕いでいる。

 そんな温度差の激しい部屋の中、リーズリットが呻くように「どうしてなの……」と話し出した。


「どうして私達が『肌寒く冬の訪れを感じさせる公園で身を寄せ合って暖を取る恋人達』なんて言われているの!?」

「あれだけ激しくぶつかったのに、なんで俺は『リーズリットと一時も離れたくなくて身を寄せていた』なんて言われているんだ!?」


 二人して揃えたように声を荒らげて嘆き、そして喚き終えるとこれまた揃えたように盛大に溜息を吐く。

 そんな二人に対してルーナは「お嬢様、お労しい……」と嘆きつつ二人分の暖かな紅茶をそっとテーブルに差し出した。一方うとうとしていたディークはルーナが紅茶を差し出してようやく目を覚まし、いまだ嘆いている主人をチラと一瞥すると「もう少しかかるか」と呟いて紅茶を一口飲むと再び目を閉じてしまった。


 そうしてしばらくは溜息と呻き声と嘆き声と穏やかな寝息が室内に続き……、


「よし!」


 とハインリヒが勢いよく顔を上げた。

 先程まで陰鬱としていた表情も今は吹っ切れたと言いたげで、これにはリーズリットもきょとんと目を丸くさせた。いったい突然どうしたのか、そう窺うようにハインリヒを見れば、彼もまたこちらをじっと見据えてくる。

 令嬢達が焦がれる濃紺の瞳。涼し気なその瞳に今は闘志が宿っていることを見出し、まるでその熱が視線を通して燃え移ったかのようにリーズリットが深く頷いて返した。己の瞳にも闘志が宿るのを感じる。


「そうねハインリヒ、ここで諦めちゃ駄目よね!」

「あぁそうだ、リーズリット。俺達はまだやれる!」


 そう互いに励まし合う姿は美しく、晴れやかに見つめ合えば一級の絵画も霞んでしまいそうなほど絵になっている。

 傍目には共に困難を乗り越えようとする恋人達の絆の深さを感じさせるだろ。現に窓辺を通りかかった庭師がこの光景を見つけ、感動するように吐息を漏らすや二人の結託を皆に知らせようと駆け出した。

 だがそんな庭師にも、ましてや庭師が向かった先で「二人は手を取り合い見つめ合っていた」と吹聴するとも知らず、リーズリットとハインリヒはやる気と闘志を滾らせていた。

 そうしてハインリヒが「俺に考えがある」と話し出す。その表情はどこか自信に溢れており、リーズリットが先を促すように彼に視線を向ける。


「きっと俺達がいつも一緒に居るから駄目なんだ」

「どういうこと?」

「リーズリット、しばらく距離を置こう。そうすればきっと周囲も異変を感じるはずだ」

「なるほど、確かにそうね!」

「今まではずっと一緒にいた。周囲もそれが当然だと思っていた。だからこそ、今それを逆手に取るんだ!」


 名案だ! と言いたげにハインリヒが拳を握りしめる。その勢いにリーズリットも感化され、「さすがハインリヒね!」と彼を称えた。思わず拍手まで贈ってしまう。

 だが確かに、周囲はリーズリットとハインリヒが常にいる事を当然だと考えていた。幼い頃から一緒に育ち、常に二人で過ごし、なにより今この瞬間も一緒にいるのだ。むしろリーズリットもそれが当然だと考えていた。

 それ程だからこそ『距離をとる』という策は絶大な効果が期待できるのだ。

 疎遠になれば、きっと周囲は「今まであれだけ一緒に居たのに」と考えることだろう。そして同時に「あれだけ一緒に居たのに、よっぽどの事が……」と考えるのだ。そしてその果てに不仲を感じ、婚約は破談……。

 思わずリーズリットが瞳を輝かせる。……が、次いでおやと首を傾げたのは、言い出したハインリヒがどことなく辛そうな表情を浮かべているからだ。切なげに眉尻を下げ濃紺の瞳を他所に向ける、なんとも彼らしくない表情だ。


「どうしたの、ハインリヒ……」

「確かにこの作戦は名案だ。我ながら周囲の裏を掻いた良い案だと思っている。……だけど」

「だけど?」

「この作戦中、君に会えなくなる」

「……まぁ」


 突き付けられる衝撃の事実に、リーズリットが小さく声をあげる。


「そうね、作戦の最中はこの秘密会議もお茶もしちゃいけないのよね……」

「あぁ、そうだ。結婚まで時間がないことを考えると急く必要がある。話はもちろん、顔も合わせず過ごした方が良いだろう」

「なんて諸刃の剣……。そうだわハインリヒ、秘密裏に手紙を交換するのはどうかしら?」


 せめてそれくらいはとリーズリットが提案すれば、それを聞いたハインリヒが一瞬目を丸くさせ、次いで深く頷いてきた。

「そうだな、手紙くらいなら」という彼の声には安堵の色さえ浮かんでいる。


「だが手紙のやりとりも慎重に行う必要があるな。周囲にバレないよう交わさなくては」

「秘密裏に手紙……なんだかちょっと格好良いわね」


 思わずリーズリットの胸が高鳴る。だが『秘密裏に手紙』などと、まるで物語のようではないか。壮大な目的のため、同じ志を持ったものが離れた場所で暗躍する……まさにこれだ。

 そうリーズリットが訴えれば、ハインリヒも同じ考えだったのだろうどことなく楽し気に「誰にも見つからないように気をつけなきゃな」と告げてきた。濃紺の瞳が輝き頬がほんの少し赤くなっているあたり、彼もまた胸を弾ませているのだ。


「誰か信頼のおける者に手紙を託し、両家の間にある公園で落ち合って交換させよう。もちろん俺達は屋敷にいてアリバイを作る」

「素晴らしい作戦、さすがハインリヒね。なんだかドキドキしてきたわ!」


 リーズリットが高鳴る胸を押さえる。

 秘密裏に認める手紙、それを使い達が誰にも見られないよう落ち合って交わす……なんて緊張を誘う作戦だろうか。考えるだけで息を潜めてしまう。

 そうリーズリットが興奮気味に考えていると、背後から「お嬢様!」と声が掛かった。もちろんルーナである。見れば彼女は瞳を輝かせ、まるで座っていられないと半身立ち上がりかけている。


「その使いの役目、是非このルーナにお任せください!」

「でも、ルーナを毎日公園まで歩かせてしまうわ……。体への負担が……」

「お嬢様が認めたハインリヒ様への大事な手紙、そしてハインリヒ様が認めたお嬢様への大事な手紙。それを託して頂けるなら、体への負担など気に掛けるものではありません。むしろ傷を癒す名誉となります!」

「ルーナ、そんなに私のことを……」

「お嬢様、ですからどうかこのルーナにお任せください」

「当然よ! 私の大事な手紙、ルーナ以外に託せないわ!」

「お嬢様!」


 感極まってリーズリットが立ち上がれば、ほぼ同時にルーナも立ち上がる。

 そうしてひしと抱き締め合う二人のなんと美しいことか。主従を超えた信頼と愛情を感じさせる。

 片や麗しの金糸を揺らし身分に関係なく絆を結ぶ令嬢、片や負傷の残る体でも主人に尽くそうとする健気なメイド。互いを呼び合いきつく抱きしめ合うこの抱擁に、胸を熱くさせない者はいないだろう。

 目の前で見守っていたハインリヒもまた二人の絆に表情を和らげ……、


 バッ!


 と勢いよく背後を振り返った。

 その瞬間、ハインリヒの背後に立っていたディークが、


 バッ!


 と勢いよくそっぽを向く。

 そのコンビネーションと言ったら無く、これもまたある意味で主従の絆のなせる業か。

 そうしてハインリヒはじっとディークを見つめ、ディークはその視線から逃げるように明後日を向く。そのまま緊張さえ感じさせる空気の中、両者微動だにせず固まること約一分……。


「まぁ、俺が命じれば一発なんだけどな」


 と、あっさりとハインリヒが空気をぶち壊した。ぐぬぬ……と唸るディークの表情は普段より険しい。眼光でひとを殺しかねない程である。

 だが彼がこんな表情と反応をするのも仕方あるまい。なにせハインリヒの発言は事実であり、二人が主従関係にあるからこそ、ハインリヒの一言でディークは従わざるを得ないのだ。無下に断れば職務怠慢で咎められかねない。

 抗う術が無いと察し、ディークが盛大に肩を落とす。そうして呟かれる「かしこまりました」という彼の言葉は酷く陰鬱としており、ハインリヒが「よし、決まったな」と勝ち誇った笑みを浮かべた。


「それじゃ、しばしの別れの前に便箋と封筒を買いに行こうか」


 ハインリヒが提案すれば、それを聞いたリーズリットもまた楽しそうに頷いて返す。


「ルーナ、秘密裏に手紙を交換する用に黒い鞄を買いましょう。黒い鞄でミステリアスさを出すのよ」

「お嬢様が認めた手紙を守りぬく……。これは変装が必要かもしれませんね」

「そうね、伊達眼鏡も買いましょう!」


 あれこれと楽し気に話しながらリーズリットとルーナが出掛ける準備に取り掛かる。どんな便箋を買うかだの変装には何が必要かだの……そして「途中でケーキを食べましょう」「美味しいマフィンを買って帰りましょう」とついつい脱線してしまうのはご愛敬。。

 きゃっきゃと盛り上がる二人の姿は愛らしく華やかで、それを見つめつつハインリヒは穏やかに微笑み……、


「黒い鞄と伊達眼鏡を買ってやろう」


 と、いまだ眉間に皺を寄せて唸っているディークの肩を叩いた。




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