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11:大事な事に気付かされてみる


 なんとか男達の包囲から抜け出し、リーズリットはボドレール家からフィシャル家への道を歩いていた。

 傍らにはぴったりとくっつくルーナ。近いというレベルではなく、若干歩きにくささえ感じかねない距離である。もはや二人の間に距離など無くこれは密着と言える。

 だが二度と主人を危険に晒すまいと決意し、そして危険に晒されたばかりの主人を気遣って支えようとしてくれているのだ。己の体に残る傷跡も引きずる足も気にかけぬその献身さ、なんて健気で頼りがいのあるメイドだろうか。

 そんな彼女の意気込みを無碍になど出来るわけがなく、「離れて」なんて口が裂けても言えない。元よりそんな言葉を言う気もないのだが。


「それにしても、凄い勢いだったわね」

「お嬢様もハインリヒ様もたくさんの方から慕われておりますからね。今まではお二人が婚約されていたから控えていたんでしょうが、その婚約も解消されましたし、ならばお近付きにと皆様考えられたんでしょう」

「でもハインリヒと全然喋れなかったし、それにムキムキした人は一人も居なかったわ。残念」

「まぁお嬢様ってば」


 どうせ囲まれるなら筋肉質な男達に囲まれたかったと嘆くリーズリットに、ルーナがまったくと言いたげな苦笑を浮かべた。

 次いで「お嬢様は筋肉質な殿方が好きなんですね」と今更な言葉を告げてくる。これには俯き嘆いていたリーズリットも勢いよく顔を上げ「もちろんよ!」と返した。


「筋肉質な殿方は素敵じゃない! 逞しい二の腕、動くたびに軋む胸筋、強さの証だわ! そんな筋肉ムキムキな男らしい方に守られたいの!」

「あら、ではあまり筋肉質ではないハインリヒ様は強くないんですか?」

「まさか、そんなことないわ。……ハインリヒも強い男よ」


 言葉尻を弱め、リーズリットが答えた。ハインリヒの名前を聞いて、彼とあまり喋れなかったことを思い出してしまったのだ。

 木材が倒れてきたあの時、咄嗟に自分を守ってくれたのは他でもないハインリヒだ。しなやかな体で、男らしくはあるが男臭さはないその腕で、リーズリットを抱き留めて己の体を盾にしてくれた。

 守ってくれたのがハインリヒだったからこそ、リーズリットは落ち着いて彼を案じ、そして助けを待つことが出来た。仮にこれが他の男であったなら――たとえその相手が筋肉質で胸板の厚い男であっても――リーズリットは混乱と不安を胸に、心細く震えていただろう。


「あの時のハインリヒはとても男らしかったわ。……でもハインリヒはムキムキしてないし、男臭くもないのよ。腕だって、丸太のようとは到底言えないわ」

「でも、その腕はお嬢様を守り続けてくださった腕ですよ」

「……そうね。でも」


 リーズリットが言葉尻を濁し、困惑を示しながらギュッと胸元を掴んだ。

 それを見てルーナが小さく笑う。穏やかで、まるで妹を愛でる姉のような笑みだ。次いで彼女はほんの少し頬を赤らめ、リーズリットの腕を小さく引っ張ってきた。

 リーズリットがどうしたのかと彼女の顔を覗き込めば、恥ずかしいのか視線をそらされてしまった。


「ルーナ、どうしたの?」

「本当はお嬢様のご婚約が落ち着いたらお話しようと思ってたんですが……私、ディーク様とお付き合いすることになったんです」

「……ディークと!? あの万年反抗期と!?」

「えぇ、ハインリヒ様のそばで転職情報を眺めるのが日課のディーク様とです。お嬢様とハインリヒ様のお見舞いに来ている時に、話があると言われまして……」


 そう頬を赤らめて話すルーナの言葉に、リーズリットが目を丸くさせる。

 まさかルーナとディークがそんな関係になっていたなんて……。そのうえ、自分がハインリヒの見舞いに行っている傍らで告白されたというではないか。全く気付かなかったと目を白黒させつつ、「すぐに報告してくれても良かったのに」と彼女を小突くのも忘れない。

 だがそんな小突く余裕すら無くなってしまったのは、リーズリットが冷やかしがてらに「ディークのどこが良かったの?」と訪ねたところ、ルーナが愛しそうに笑って、


「ディーク様、とても可愛らしいんですよ」


 と答えたからだ。

 これまた衝撃だとリーズリットが目を丸くさせ「可愛い!?」と声をあげてしまう。

 なにせあのディークに対して、ルーナが口にしたのはよりにもよって「可愛い」である。ハインリヒより背が高く、険しい顔つきの彼は勿論だが「可愛い」等という表現とは無縁の男だ。むしろ怖いだの堅苦しいだのと言った表現の方が似合っているかもしれない。

 そうリーズリットが訴えれば、ルーナがクスクスと笑った。


「交際の申し出を頂いた時、本当に私で良いのか確認したんです。私はこんななりですし、それに年上でしょう。それを聞いたらディーク様は、『俺が好きなのは怪我をしてない女性じゃない、ルーナだ。それに歳の差だって惚れてしまったら関係ない』と、そう仰ってくださったんです」


 言われた言葉をきっとディークの声で思い出しているのだろう、うっとりと語るルーナに、リーズリットが「案外に熱意的な男なのね」と感心する。

 だがそれがどうして「可愛い」という表現になるのか分からないと視線で問えば、幸せそうな表情のルーナが再び口を開いた。――ちなみにリーズリットは先程から継続してムニムニと彼女を肘で突っついている。もちろんこれは祝福の突っつきであり、「早く話しなさいよ」と冷やかしがてら急かすのも祝福である――


「ディーク様は『歳の差なんて関係ない』と仰って下さって、でもそのすぐ後に申し訳なさそうに俯いてしまったんです。どうしたのか私が尋ねたら『ルーナは年下の男でも嫌じゃないか?』って。自分は気にしないっていった矢先なのに。その姿がとても可愛らしくて」

「それでときめいたのね! 胸は高鳴った!? 相手がキラキラ輝いて見えて、息苦しさと眩暈を覚えたの!?」

「お、お嬢様……」


 ぐいぐいと興奮気味にリーズリットが詰め寄れば、ルナが気圧されてたじろぐ。

 その反応と彼女の困り顔にようやくリーズリットは我に返り、慌てて落ち着きと取り繕った。コホンとわざとらしく咳ばらいをして「あら失礼」と優雅に振る舞ってみせる。

 そんなリーズリットの姿に、ルーナが苦笑を浮かべた。


「ディーク様とは何度もお会いしてお話してますもの、息苦しさも眩暈もありませんよ」

「あらそうなの? 恋をするとそうなるって本で読んだのに」

「私のなりで息苦しさと眩暈を覚えたら大変です」


 通常時でさえ歩く時に足を引きずるのだ、そのうえ眩暈と息苦しさ、相手がキラキラ見えて……なんて事になったら倒れてしまう、そう苦笑交じりに訴えるルーナに、リーズリットが慌てて彼女の腕を掴んだ。

 もちろん、いざという時には自分が支えてあげる!という意気込みである。

 それが分かっているのだろう、ルーナが嬉しそうに表情を綻ばせてリーズリットに寄り添ってきた。


「息苦しさもキラキラもしませんでしたが、それよりも満ちるような心地好さがあったんです。この方とずっと一緒に生きていく、この方なら私を支えてくれる……そう考えたら胸が暖かくなりました」


 愛おしむように瞳を細めて話すルーナに、リーズリットが「ずっと一緒に……」と呟いた。

 憧れて読んだ本ではいつだって恋愛シーンは劇的でキラキラしていた。恋に落ちるヒロインは眩暈のような錯覚を覚え、胸の痛みや鼓動の速さを感じ息苦しさを訴えていたのだ。これぞ恋愛!と、そう読んでいて思えるほどだった。

 だが目の前で話すルーナはそんな劇的な思いはしなかったという。その代わりに暖かな感情が胸の内から滲み、これから先の人生をディークと寄り添い歩く自分の姿を思い描いた。それは物語のような華やかさも無ければ劇的なものもない、穏やかでいて楽しい日々。思い描けば自然と表情が和らぐのだという。


 それも素敵ね……と、リーズリットが小さく呟いた。ポツリと出た言葉には、自分でも驚くくらい関心の色が含まれている。

 それと同時に胸に湧くのは、自分も穏やかで楽しく過ごしたいと思う気持ちだ。

 物語のような劇的な出会いや胸を締め付ける息苦しさも良いが、胸を暖める満ち足りた心地好さも素敵ではないか。



 もしかしたら、私はずっと前からその心地好さを知っていたかもしれない。



 そうリーズリットが考え込めば、ルーナが「そういえば」と周囲を見回した。次いで一件の店を見つけ「お嬢様」とリーズリットの腕を引いてくる。

 リーズリットが促されるように視線を向ければ、道の先には一件の喫茶店。


「お嬢様、あの喫茶店、いつもハインリヒ様がお土産に持ってきてくださるお菓子のお店ですよ」

「あら本当。見て、新作のマフィンが出てるわ。今日から発売ですって! ねぇルーナ、買って帰りましょう。それでハインリヒを呼んで」


 お茶に、と言いかけリーズリットが口を噤んだ。

 ルーナが笑っている。訳知り顔で愛おしむようなその笑みは今のリーズリットには何とも気恥ずかしいものだ。

 だからこそリーズリットも小さく笑って「さ、行きましょ」とルーナの手を取った。


「ハインリヒのお見舞いにマフィンを買って、ボドレール家に戻りましょう。でもその前にちゃんと味見をしなきゃ」


 食べてからボドレール家に、そうリーズリットが提案すれば、ルーナが大袈裟に「まぁ」と声をあげた。

「そんなに食べたら太ってしまいますよ」という彼女の声は随分とわざとらしい。そのうえ「お肉がついてしまう」だの「ムチムチしてしまう」だのと言い続けるのだから、誰が聞いたって演技だと分かるだろう。大根役者もいいところだ。

 そんなルーナの訴えに、リーズリットは穏やかに笑って、


「美味しいマフィンを食べてムチムチになるなんて、素敵じゃない」


 そう答えて、喫茶店へと入っていった。





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