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1:意気投合して企んでみる

 

「リーズリット、君との婚約は破棄させてもらう」


 幼馴染で婚約者のハインリヒに告げられ、リーズリットはあまりの衝撃に顔色を青ざめさせよろめき……はせず、


「やっぱり気が合うわねハインリヒ、私も婚約を破棄したかったのよ!」


 と、固く彼の手を握りしめた。




 貴族の名家フィシャル家の令嬢リーズリットは、誰もが羨む美貌の持ち主である。

 スレンダーで華奢な体は儚げな印象を与え、金の髪をふわりと揺らして佇むさまは男どころか女でさえも傍らに立ちその手を取りたいと思うだろう。目鼻立ちの整った麗しい顔つきに空色の瞳が美しく、鈴のような声が更に彼女の魅力を引き立てる。

 繊細な外観でありながら時に活発、パーティーの場では品良く振る舞いつつもダンスの時間を今か今かと心待ちにする。そんな姿に誰もが愛しさを覚えていた。


 そんなリーズリットの婚約者は、フィシャル家に並ぶボドレール家のハインリヒ。

 しなやかな体つきは鍛えられているが男臭さは無く、茶褐色の髪と濃紺の瞳が魅力的で女性の胸を焦がす美丈夫。爽やかに笑うと凛々しさと年相応の朗らかさを感じさせ、それでいて年が一回り二回り上の者達からも意見を仰がれる才知の持ち主。


 まさに美男美女の二人は並ぶと絵画のように美しく、仲睦まじく話す姿に周囲は表情を綻ばせて見守っていた。美しく飾られた花も宝石も彼等には敵わない、そう口を揃えて褒め称える程だ。

 そのうえ二人は幼馴染で、勝手知ったる仲ときた。

 同じ年に生まれ幼い頃から兄妹同然に仲を深め、そして年頃になると周囲が気を利かせて二人きりの時間を作り、更に親密に心を通わせていった。

 互いの事など聞かずとも分かる。麗しく初々しい仲睦まじさを見せつつも、視線を交わすだけで意思の疎通が図れるのだ。熟年夫婦のようにお互いを知り尽くしている。


 ……知り尽くし過ぎている。




「リーズリット、俺が肉付きがよくてグラマラスで胸の大きな女性が好きなのは知ってるよな」


 とは、フィシャル家の一室で告げられたハインリヒの言葉。

 整った顔つきの彼が真顔で繰り出してくるこの言葉に、向かいに座るリーズリットもまた真剣な面持ちで頷いて返した。

 ちなみに今日のリーズリットは腰元のリボンがワンポントとして映える上品なワンピースを纏っている。スレンダーな彼女によく似合っているが、スレンダーゆえに胸元は些かすっきりとし過ぎている。

 無いとまでは言わないが、かといって豊満とは誇れない。これをグラマラスだの大きいだのと言うのは、さすがにフィシャル家の権威を持っても難しいところである。


 そんなリーズリットはハインリヒの話を聞き、次は自分だと口を開いた。


「ハインリヒ、私が鍛え上げられた筋肉質のゴリラみたいな殿方が好きなのは知ってるわよね」


 そうリーズリットが真剣みを帯びた表情と落ち着き払った声色で告げれば、ハインリヒが深く頷いて返した。

 その瞬間に茶褐色の髪がハラリと揺れ、彼の顔に影を落としてより麗しく見せる。精悍な顔つきに男らしさはあるが、かといって男臭さはない。

 体つきも同様、高い身長とすらりとした手足は無駄なく筋肉がのっており、これをゴリラのようと言うのであれば世の男はもれなくゴリラである。



 つまるところ、二人は互いを深く知り……そして深く知っているからこそ、己が相手の好みではないということも分かっているのだ。

 なにせ思春期を迎えた頃からリーズリットはガッチリした厳つい男性を見るとうっとりと瞳にハートマークを描き、ハインリヒはグラマラスな女性を見るとほわっと表情を緩めていた。そしてリーズリットもハインリヒも、誰よりも近くでそれを見ていたのだ。

 そして時には、ゴリラみたいな男性の厚い胸板に抱き締められたいだの、胸の大きな女性に抱きつかれて背中でその柔らかさを堪能したいだの、名家の令嬢子息とは思えない俗っぽい欲望を恥ずかしげもなく語り合っていた。――もちろん、こんな話は二人きりの時にしか出来ない――

 だが世間はそんな二人の機微に疎く、そして二人がどんな話をしているのか聞き耳を立てることもしない。ゆえに二人が全く別の相手を見つめていても「恥ずかしくて互いの顔を見れないのか」と勝手なことを考え、二人が欲望を語りあっていても「あんなに楽し気に話し込んでいる」と微笑ましく見守っていた。

 リーズリットとハインリヒを『結ばれるべくして結ばれた相思相愛の二人』と決めつけ、そして疑おうともしないのだ。


「お父様もお母様も私達の結婚に乗り気だわ。何を言っても聞いてくれないのよ」

「奇遇だな、俺のところも同じだ。いくら結婚したくないと訴えても悉く聞き流されて、果てには照れ隠しとまで言われる始末。リーズリットの名前を出そうものなら皆ニヤニヤして脇腹突っついてくる」

「私は『結婚前は誰もが不安になるものよ』ってお母様に優しく抱きしめられたわ。それどころか、既婚のメイド達まで集まって婚前の不安を和らげようとしてくれるのよ。なにがマリッジブルーよ、ある意味でマリッジによるブルーよ!」


 その時のことを思い出してリーズリットが憤れば、ハインリヒもまた同意を示すように眉間に皺を寄せた。麗しい二人らしからぬ表情である。

 だがそれほどまでなのだ。

 いかに二人が「相手は好みじゃない」と訴えようと「結婚したくない」と喚こうと、誰も聞く耳を持たない。それどころか照れ隠しだの惚気だのと決めつけ、余計に暖かく見守ってくる。何を訴えても逆効果なのだ。


「だけど流石にタイムリミットが近付いてきたわ……。知ってるハインリヒ、そろそろ本格的に私達の両親が結婚の日取りを考え始めてるわ」

「あぁ、俺の両親も『お前の式は豪華にやろうな』って言ってきた。だからこそ俺はもう両親の説得を諦めた。リーズリット、俺と手を組んで、俺達の婚約を破談させようじゃないか!」


 ガタと勢いよく立ち上がり拳を握りしめ訴えるハインリヒに、リーズリットもまた彼を追うように椅子から立ち上がった。


「やっぱりハインリヒは私を一番理解してくれてるわね。婚約者が貴方で良かったわ!」

「俺も、君が俺の一番の理解者であり婚約者で良かったと思ってる」


 そう互いに微笑み頷き合う。それどころか再び固く手を握りしめあった。

 はたから見れば麗しい男女が見つめ合い手を取り合う、なんと絵になる光景だろうか。フィシャル家の豪華な部屋と合わさって様になっており、とりわけ心地好い風が彼等の髪をいたずらに揺らして魅力を増させるのだから見惚れる者が出かねないほどだ。

 もっとも、それは会話を聞かなければの話。

 なにせ二人は口を揃えて相手が婚約者であったことを喜び……、


「だからこそ、この婚約を破談させよう!」


 と声高に告げたのだから。





 そう決意し合った翌日、場所は同じくフィシャル家の一室。

 扉に掛けた札には【秘密会議中~関係者以外立ち入り禁止~】と書かれているが、誰の仕業かその周囲がハートマークで囲まれている。

 そんな一室の中……。


「それじゃ、どうやってこの婚約を破談させるか考えましょう」


 と真剣な口調でリーズリットが口火を切った。向かい合って座るハインリヒもまた真剣な眼差しである。二人とも見目麗しいだけに、深刻な表情をして向かい合えば空気が張り詰める。

 もっとも、リーズリットの後ろに椅子を設けて座るメイドのルーナは場の空気に似合わず穏やかに微笑み、ハインリヒの背後に静かに立つ護衛のディークは眉間に皺を寄せているのだが。



 リーズリットとハインリヒがこの秘密会議――フィシャル家では早々に『麗しい恋人達の逢瀬』と言われているが――を開くと決めた際、互いに一人ずつ協力者を連れてこようと考えた。

 リーズリットが選んだのは、昔から身の回りの世話をしてくれているメイドのルーナ。年上の彼女はまるで姉のようで、そしてリーズリットの趣味――ガチムチゴリラ好き――を理解してくれる唯一の人物である。

 栗色の髪をふわりと揺らす様はメイドらしい品の良さを感じさせる。……彼女の体を覆う傷跡、とりわけ左目元を覆う跡と僅かながら引きずる片足が痛々しいが、リーズリットにとっては世界で一番のメイドだ。

 そしてハインリヒが連れてきたのが、日頃彼と行動を共にし護衛を務めるディーク。

 鍛えられた体躯と不愛想な風貌が些か威圧感を感じさせ、そのうえ当人は見た目通りの無口ときた。とりわけ今は眉間の皺が深く、ハインリヒやリーズリットより年下なのに渋さすら感じさせる。そんな彼もまた主人であるハインリヒの趣味――ムチムチ巨乳好き――を理解している唯一の人物である。


「お嬢様に選んで頂き光栄です」

「……なぜこんな事に巻き込まれなきゃいけない」


 片やにこやかに椅子に座り、片や陰鬱とした空気を纏う。

 両者の空気は対極的だが、リーズリットとハインリヒにとっては今更な話。共に背後の使いに声を掛けることもなく、闘志とさえ言えるやる気を昂らせていた。


「やはり俺達が不仲になったと思わせるのが一番だろうな」

「そうね。不仲が知れ渡ったら婚約破棄を申し立てても通るはず。少なくとも、周囲のあの『まったくもう意地っ張りな惚気方しちゃって』の視線はなくなるわ」

「となれば俺達がすべきことはただ一つ!」

「えぇ、そうよハインリヒ!」


 リーズリットとハインリヒがガタと勢いよく立ち上がり、


「喧嘩をしよう!」


 と力強い握手を交わした。





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