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僕の『執着怪異奮闘記?』

作者: 星野夜

 どうも、作者の星野夜です。

 今回投稿するのはホラー小説ということで、僕自身ホラーというものを書くことは初めてです。でも、書くに値しないといえば、それは嘘になりますね。実は、一番苦手な小説(執筆するのに)は推理小説なんですよ。以前、推理小説を執筆しようと意気込んでいた僕は、執筆するうちにいつの間にかホラー小説を執筆していました。つまり、推理小説には縁がないけれど、ホラー小説には縁がある!と、勝手に自負しました。そしてこの小説に至ります。

 まだまだ語彙もありきたりで初心者な僕ですが、足りないお頭で必死に言葉を練り、投稿したものの、正直、自分でも良く分かりませんwwwww

 でもね、一つだけ。僕はいつも夜に執筆しているんですけど、今回の小説を執筆する中、自分でもちょっと怖くなってしまいまして。それってつまりは、読者様にも恐怖を味わわせることもできるのではないか、そんな自信が湧いていました。だから、これならいけるかもって…まだまだ初心ですね。世の中、そんなに甘くないんだよ、星野夜。

 さてと、こうして保険をかけたところで、そろそろ本文に移るとしましょう。


 ホラー小説、僕の『執着怪異奮闘記?』―――スタートです!

『ニュースです。近頃、○○県××市で行方不明者が続出しています。△月から始まり、現時点で総計58名もの人間が行方不明となっています。行方不明になっているのは学生や若い大人が多く、時間帯としては夜間に多いそうです。警察庁はこの不可解な事件を人的行為と見て捜査を開始しているとのことです。』

「世の中物騒だねー。」

 一人の少女はテレビを見て人事のように呟く。



 天候は曇りひとつない澄み切った蒼。虚空に一羽の鷹が飛翔していてどことなく清々しさを感じさせた。そんな晴れの日が大嫌いだ。暖かい光ほど煩わしいものはない。煩わしいその朝の光を浴びながら、僕はトボトボと歩いていた。制服姿でシンプルな髪型は手入れしてないのでボサボサ。ところどころが跳ねまくっていた。リュックを背負っている。何か重そうだ。

「やぁ、紹介遅れたね。僕は不知火凛音しらぬいりんねです!ちなみに職業は学生!」

 聞いていません。

 路上で一人、誰に向けて言ったのか分からない自己紹介を大声で叫んだ不知火凛音は、前から歩いてくる一人の50代男性に苦笑いをされてしまった。

「何だよ、せっかく人が親切に自己紹介してあげたのにさ。」

 それはこっちの仕事です。

「はーい、はい、分かってるー。」

 不知火凛音への注意:ナレーションの文に対しての応答はしてはいけない。すれば、この話の世界観が壊れてしまいます。

 そんなこんなで、不知火凛音は学校へと着いた。今日から大学生活がスタートする。色んな出会い、出来事、そして何より―――

「飯が美味い!」

「……あぁ、そっ、そうだね……。」

 教室、友達に飯についての話をした不知火凛音は即刻ドン引きされてしまった。

 不知火凛音の友達は桐ケ崎(きりがさき)六花りっかと言う。茶色の長い髪の毛を持ち、前髪の右側を赤いヘアピンで留めていた。

 休み時間、二人はプライベートの話に華を咲かせていた。そして最終的に、

「じゃあ、凛音の家に行かせてよ。」

と、そんな話に着地してしまったのである。凛音は正直来て欲しくないと思っている。凛音の家は築30年のハイツ。昔に作られたため木造建築だった。間取りは1LDKで家賃は4・9万円のそこそこ悪くない家だった。しかし、凛音には来て欲しくない理由があった。実は凛音は片付けられない人間でした。リビングの荒れ様はもう絶句の最上級でしょう。本来は9畳あるリビングも、雑多品まみれで3畳くらいしか空いてません。ですが、意外と匂いは臭くありません。ただ見栄えが悪く、スペースが狭くて動きづらく、時折タンスに小指を打ちやすく、飲みきったペットボトルのゴミが転がっていて、掃除できない場所がいくつかあって埃が溜まっていて、何か必要な物がある時になかなか見つかりづらいだけでした、こんなにもありました(笑)。本人曰く、『場所さえ覚えておけば、手の届く範囲に全てがあるから生活のしやすさは抜群どころの騒ぎじゃないぜ!』と格好つけていますが、どう考えても恥ずかしいことでした。つまり、不知火凛音はヒキニートである。それゆえに、不知火凛音は桐ケ崎六花に来て欲しくないのだ。だけど、どーしても行きたいとせび始めたからには了承せざるを得ませんでした。ずっとせびられては面倒ですから。六花は大喜び、凛音は大落胆する。

 だが、凛音は諦めない。最後の希望を乗せて一言、

「曰く付き物件だけど、良い?」

と、嘘を放った。

 しかし六花にはちっとも効きません。効果いまひとつです。

 結局、今夜、六花は凛音の家で泊まる事になってしまいました。


 何やら騒がしいハイツが一つ。2階の一番左の部屋の中が夜間だというのにヤケに騒々しい。引越しの準備でもしているかのような煩わしさでした。その部屋は203号室です。リビングでは不知火凛音がせっせと、片付けられずに放置していた数々の家庭用品などを元あった場所へと戻していました。凛音自体、その物がどこの場所に置かれていたかなんて覚えてないため、適当に綺麗に見えれば良いだろうと適当に配置します。そんな最中、玄関扉がノックされました。外から友達の声が聞こえてきます。

「凛音、来たよー。」

「あ、待ってて!もう少しだけ!」

 凛音は大急ぎで片付けを進めますが、今日一日で片付けられる量ではないのは自分が一番理解しているでしょう。さすがに外で待たせっきりは悪いと思った凛音は、ある程度綺麗になったリビングへと、友達の桐ケ崎六花を招き入れた。

「……あ、あの……普段はもっと綺麗なんだけど……。」

 9畳のスペースのリビングの約4割の空間に家庭用品などがごちゃごちゃと置かれているのが入ってすぐに目に付いた。不知火凛音はもちろん綺麗に配置したつもりなのだがちっとも綺麗ではない。

 しかし桐ケ崎六花は笑うどころか、

「へぇ~、思ったより綺麗じゃん!」

と、言うのである。

「それ、僕を馬鹿にしてる?」

「だってもっと汚い奴かとー。」

「酷いったらありゃしない。」

 不知火凛音はとりあえず、近くにあった積まれた本に座る。六花は立ちっぱなしで雑多用品を『ラッパを眺める少年』のような顔付きで眺めていた。

「ここが我が家、裏野ハイツ。家賃4.9万円しかしない結構安い家。ま、悪い噂ってのもあるけどさ。」

「悪い……噂?」

「あぁ、出るんですよ~。」

「出るって何が?」

「幽霊がさ、出るんだってね♪」

「ふ~ん。」

「え?怖くない?」

「何が?」

 桐ケ崎六花は幽霊や心霊現象などに恐怖しない。そもそも信じていないからだろう。それゆえに無関心であった。

「……幽霊とか信じない派って訳か。つまんなーいの。」

 不知火凛音は大あくびをしてそう呟いた。

「曰く付きの家なんてそうそうないから楽しいかなって思って借りてみたけど、別にこれといった事があるわけでもなかったしな~。あるとしたら騒音被害ってとこかな?」

「騒音被害受けてるの?」

「さぁね?僕は知らないよ。噂さ、噂。201号室の山神さんがそう言ってた。多分、103号室に住んでる家族じゃないかな?3才の子供いるみたいだしさ。でも、山神さんはそうじゃないって言ってた。誰が黒幕かは分からないけど、僕の耳には届いてないからどーってことないんだけどさ。」

 そんな話を聞いた六花は、とりあえず現時刻を確認する。腕時計の針は9時を指し示している。今日は不知火凛音の家に泊まりに来たのだから、今は問題は何一つとしてない。

「このハイツはさ、計6戸あって、そのうち一つは空室になってるんだって。確か202号室だったかな?あんまり覚えてないや。どう?そこで暮らしてみない、六花?でも、202号室は人の気配がするって噂だよ~。空室なのにおかしいねぇ。」

 不知火凛音はまるで恐怖を煽らせるような口調で喋るものの、桐ケ崎六花は全く興味なさそうな顔をしていた。

「心霊現象は科学的根拠で解明できるの。」

「分からないぞ、もしかしたらホントのホントかもしれないでしょ?」

 不知火凛音はどうしても桐ケ崎六花に超常現象についてを理解して欲しいようだ。

「そこまで言うならば、今すぐ確認しに行こうよ。」

「え?」

 桐ケ崎六花は座っていた不知火凛音の腕を掴んで玄関へ。促されるがままの不知火凛音。二人は玄関を出て隣の202号室へとやってきた。扉の奥から何か異様な気配がヒシヒシと伝わってくる。誰も出入りしていないのだから、普通は人の気配なんてあるわけないのだが、噂ではそう聞いている。桐ケ崎六花はその部屋を前にしても未だにポーカーフェイスを保っていた。いや、もしかしたらポーカーフェイスですらないかもしれない。

「さ、行くよ。」

「え?だってここは空室だし……それに勝手に入ったら―――」

「バレなきゃ問題じゃないよ、凛音。」

(あれ?六花ってこんなに悪女だったけ?!)

 不知火凛音がそんな事を思っている隙に、桐ケ崎六花は勝手に扉を開いてしまった。

「あっ、ちょっと六花―――」

 扉が完全に開き、玄関が見えるようになった。その先は照明が点いてないため真っ暗。恐らくカーテンが閉め切られて外からの光を遮断しているのだろう。同じ作りの部屋のはずが、何だか広く感じた。誰もいないはずなのに、なぜか人の使っている痕跡があった。ここが人の気配がする部屋。もちろん、誰もいない。

「……あの、ヤバいんじゃないかな?」

 怯え気味の不知火凛音はそう言いながらも止めるようなことはしなかった。桐ケ崎六花の背後にピッタリついて離れない様に歩く。六花は玄関で靴を脱ぎ、何の遠慮もなくリビングに入った。そして壁のスイッチを押して照明を点けた。照明が白く光ってリビング全体を照らし出す。そしてリビングが捉えられるようになった。なったが―――

「何もない。やっぱり誰もいない。」

「ほら、人なんていないじゃん。」

 リビングには何も置かれていなかった。少し古めかしい木で作られた床が横向きで何枚も貼られているだけで、特に変わったとこもない。ただ気になることが一つだけあった。

「……綺麗過ぎじゃないかな。ずっと誰も使ってないのに。」

 そう、誰も使っていないのに埃が溜まっていないのだ。

「そんなの管理人が掃除とかしたんじゃ―――」

「違う、それは違う……。」

 背後から老人らしき枯れた声が響いて二人は体をビクッと揺らす。玄関の所に一人の老婆が立っていた。腰がかなり曲がっていて杖をついていた。灰色のローブに身を包んでいる。多分70代ぐらいだろう。

「あ、山神さん!すいません、勝手に入って……。」

 その老婆は201号室に住んでいる山神さんでした。気さくで面倒見の良いおばあさんで、裏野ハイツにはもう20年も住んでいるそうです。

 山神さんはゆったりとした口調で言います。

「違うのじゃよ、ここには人が住んでおる。空室は別の部屋じゃ。」

「あ、そうだったけ?……じゃあ、これって不法侵入じゃん!」

「それに関しては黙っておくから安心しなさい。」

「あ、どうも。」

 山神さんは不法侵入した二人を庇ってくれました。それはともかく、ここ202号室は空室ではないらしい。そうなると、ここの住民は一体誰なのか。不知火凛音も見た事がなかった。

「この202号室にはもう関わるんじゃないよ。」

 山神さんはそう言うと玄関を出て行って201号室へと戻っていった。

「……僕らも、帰ろっか。」

 不知火凛音と桐ケ崎六花はそそくさとバレないように202号室を後にした。誰もいない202号室。カーテンは閉め切られ、照明は消されて真っ暗なその部屋から物音が一度だけ鳴った。誰もいないはずのその部屋で。


 203号室へと帰ってきた二人。202号室が気がかりでお互いソワソワしていた。互いに別の理由ですが。

 外はすっかりと静まり返り、風が少し強くなってきて騒めく音が耳につく。ひんやりとした空気がリビングを覆っていた。

 不知火は怖いのが苦手ではないし、むしろ対抗力のある人間ではあったけど、今日は危ない予感が脳裏を走っていた。虫の知らせというやつなのだろう。念には念をとカーテンは締め切っておいた。当本人は、『全く怖くないし、幽霊になんてビビるわけないじゃん!』と強気を見せております。『第一、曰く付き物件に一人で入れる人間なんてその時点で怖さなんて持ち合わせちゃいないさ!』と一応保険として言ってます。明る様に出てます、怖さが。

 一方の桐ケ崎六花はリビングで座りながら何か考え事をしていました。ずっと壁の一点を見つめているだけです。恐らく、頭の中で独自の世界観を広げているのでしょう。有名な当ドラマ『ガリレ○』の推理を纏める時のあのシーンのように、今、頭の中の自分の周りにありとあらゆる数式や記憶が駆け巡っているのでしょうか。そして、フレミング左手の法則の型でメガネに合わせるのでしょう。このメガネの上げ方を俗に『トライデントアップ』という。言うまでもないが、この行為は全て脳裏空想世界でのことで、実際その場でやっている訳ではありません。仮に、もし現実でそんなことをしている人間がいるとしたなら、その人は『ガリレ○』ファンか、『頭のおかしい奴』でしょう(後者は作者の私の事です)。

 ちなみに、二人のソワソワしている理由のことですが、不知火凛音は未知の恐怖、桐ケ崎六花は推理への情熱です。あれだけ怖くないなんてほざいておきながら、実は怖がっている不知火凛音。そして実は推理がとても大好きな数学女子の桐ケ崎六花。噛み合ってないけど、気持ちは同じです。

「凛音…他に誰が住んでるの?このハイツに。」

 しばらくしてから六花は尋ねました。不知火凛音は斜め上を見つめながら、頭の中で整理して答えます。

「えっとー…記憶では…101号室は知らないや。102号室は40代男性が一人、部屋に籠って何かしらしてるようだけど分かんない。103号室は一世帯の家族が住んでる。子供が一人と夫婦一対だったよ。で、さっきのおばあさんが201号室の住民で、山神さんって名前。もう結構な年だけど一人で暮らしてるみたい。謎が多いおばあさん。隣の202号室は空室…だったはずなんだけど、いるみたいだ。…あの山神さんが言うんだし、本当なんだろうな。でも、一度も姿を確認したことないや。山神さん…知ってそうな雰囲気だったなー。…それで、言わなくても分かるけど、ここが203号室の私の部屋。…あれ?」

「ん、どうかしたの?」

 不知火凛音が何かに引っかかったのか、急に言葉を詰まらせた。少しだけ眉を寄せた。

「おかしいな…確か、ここは…このハイツは一部屋空室が―――」

 その瞬間だった。突如、視界が闇に覆われた!一面真っ暗闇に包み込まれる。先程まで明るかったので、目がしばらく順応できず、友達の残像が浮かび上がっていた。二人は驚き、しばらく無言になる。

「…停電かな。やっぱり木造住宅だし築30年はキツいんだろうね。」

 不知火凛音はそう呟く。

 目がだいぶ慣れてきて、カーテンの外からの薄明かりが視覚で捉えられるようになった。座っていた桐ケ崎六花が立っているのがうっすらと見える。表情は伺えないが多分普通なんだろう。

「やっぱり変…。」

 六花は独り言のように呟く。現に独り言だが。

「変?」

「だってそうでしょう?仮に202号室から物音が聞こえ、そして普通に誰かが暮らしているとしての話。さっき見に行った時には誰もいなかったじゃない?」

「そだねー。」

 不知火凛音は気軽に自分には関係ないので適当に答える。こいつは興味のないことはとことん興味が湧かないのだ。

「じゃあ…その人物はいつ帰ってくるの?」

「僕らが眠りに就いた頃じゃないかな?」

 当然のような答えを返す凛音。

「そうなると深夜帯になるでしょ?じゃあ、出かける際はいつになるの?」

「僕らが起きる前じゃない?」

「それは考えられない。だって人には最低限度の睡眠は不可欠よ。毎日そんなこと繰り返していれば、もう死んでてもおかしくない。それに―――」

「それに?」

「噂では人の気配がするだけで空室だと回ってるはずよ。つまり、あの山神さん以外の人間はみんな、202号室に住民がいることを知らないのよ。そんなことってありえる?誰も202号室の人間を見たことはないなんてありえる?」

「ま、まぁ…そういえば…そーだね。」

「ところで、停電の回復が遅いね。何かあったのかも。」

「行ってみる?」

 二人は停電で暗くなった部屋から外へ。管理人のいる部屋へと行く事にした。裏野ハイツ自体は2階建てで計6戸となっているが、それと別に管理人(要するに裏野ハイツ主)の部屋が一つ設置されている。表では見えない裏側にある。管理人自体がこのハイツに暮らしているという訳なのだが、どうも管理人の評判は良くない。そもそも頭のおかしい奴だとか思われている。しかし、管理人なのだから、停電の一つや二つくらい処理してくれてもおかしくはない。『まぁ、おかしい頭をしているのなら、処理してなくても仕方ない。』、これは凛音の心の声です。

 鉄パイプと鉄板を融接して作られたぶっきらぼうな見た目をしている直線型階段を降りて一階へ。注:『ぶっきらぼう』は物に対して使う言葉ではないですよ、基本。←は作者への愚痴及び語彙力の無ささを非難した文になりますw。

 空には少し薄く雲が張り始め、満月の光が半分くらい透過しているため、雲中の水分が光を分散し虹色の円環を作り出していた。俗に言う朧月に当たる。

 そんな怪しい曇天の下、歩いている人間の姿が二つ、ハイツ裏へと消えてった。その様子を見る人間は誰一人としていない。

 二人は管理人の部屋(略称、管理室)へとやって来ました。住民の借りている部屋と違う配色をした扉が一枚、壁にめり込んでいる。正確に言えば、扉が設置してあるだけなのだが、その扉は異様な気配を放つ。ただ単に、普段は誰も近づかない暗黙のルールが作り出したジンクス。近づきがたいだけのごく普通の、何の曰くつきもない部屋カッコ管理室カッコ閉じなのだ。配色の違うその扉を凛音は緊張しながら3回ほどノックした。

 しばらくしてから禁じられていた、カッコ笑カッコ閉じ、扉が開かれた。『さぁ、良く集ってくれたな勇者たちよ。君たちはこれから長い長い旅に出ることになる。美しき世界、さまざまな出会いと、そして悲しい別れ。人と人との関わり。時には傷つくこともあるだろう、死にたくなることもあるだろう。それでも決して屈してはいけない、君らに課せられた使命を果たすまでは。さぁ、今こそ、この扉を潜り、未知の世界へと足を踏み入れよ。そしてこの世界を統べる暗黒世界の第6宇宙覇者、魔王デビルグリマルディを倒すのだ!』などという言葉がかけられて、二人の勇者は今、壮大なる旅に出る!次回、不知火死す!

「来週も見てね!」


「―――なんてシュチュエーションがある訳ないか。」

と、不知火凛音はぼやく。

 ちなみに、まだ勇者の扉(通称、管理室の扉 → なんかフリーゲームにありそうな扉だなw)は開かれず、二人は怪しげな裏野ハイツの裏の扉前で待っているところだ。

「にしても、凛音ちゃんは中二病ですねー。中二病乙~。」

「なっ!中二病は素晴らしいZOI!『貴様に教えてくれる!この素晴らしきアビリティを!』」

「結構です。」

 そのとおりです。

 そんな時だった、管理室の扉が開いたのは。二人はその扉へと目線を向けたその時、体が急に中へと引きずり込まれた!それはまるで、アルマゲドン級の超巨大隕石が惑星の重力によって引き込まれ、その惑星の周りを回り始めて準惑星に変化するかのような勢いと流れであった。二人はその勢いのまま管理室内へと吹っ飛び、寝室に設置されている大型ベッドの上に不時着した。フカフカだったのでどこも傷もできず、二人の勇者は無事に生還した。

 管理室は一般の住居とは違う間取りになっている。そもそも凛音の部屋よりも狭い。完全なるワンルームマンションと呼べる代物であった。玄関入って寝室一つ。その中にベッドやらガスコンロやら、冷蔵庫やら洗濯機やらと、色んな家電製品等が無理に敷き詰められている。窮屈で住みにくそうだが、凛音の部屋と同様に動かずして生活できる仕様で使い勝手は良さそうな感じはある。そしてゴミはしっかりと分別されていて綺麗だった。見た目がゴチャゴチャしてるだけだった。

 二人はベッドから体を起こす。目の前、玄関のところに一人の男性が立っていた。ボサボサとした長く茶色い癖っ毛をしていて、前髪が長い故に女子でもないのにヘアピンをしていた。だが、案外そのヘアピンの似合う男性だった。服装は随分と貧相な、良く言えば質素というべきか、とある有名なゲーム『超マリ○兄弟』に登場する排水管工事のオッサンのような青いつなぎを着ていた。年齢不詳、見た目年齢は約30歳くらいか。

「やぁ~おふたりさん!ようこそ我が家へ!」

「あははは…え?」

 不知火は状況理解ができてないので首を傾げる。

「ここが我が家、管理人専用部屋!そんなとこへ入場できたあなたがたは運が良い!」

 ハイテンション過ぎてついていけないんですけどー、と思っているのは不知火だけでしょうか?

 六花はフカフカベッドからジャンプして降りる。不知火はベッドにいるまま。

「あのさ、停電についてのことなんだけど―――あれ?そういえば、ここ、電気点いてる。」

 六花の前に管理人が立ち、笑顔で答えた。

「ここは特別電力ですからね~。住民と同じ電力を使ってしまっては迷惑がかかるでしょう。そのため別の電力を利用させてもらってますんで。」

 管理人はいい笑顔。逆に怖い。

「な~んだ!もしかしたら管理人が裏野ハイツ裏だけに裏ボスで、『お前らの電力は全て私が吸収させてもらった!そして見よ!フルパワーになった私の最終必殺奥義『デストラクトサンダーオメガVer.1.04』を!』なんてシュチュエーションはなかったのかー。」

 あるはずがないでしょう。そもそも何で必殺技にバージョンが存在するんだろうか。

 こんなgdgd話はやめにして、早く先へと進みましょうか。


 その後、優しき管理人さんが二人を狭い部屋の中の小さい椅子に座らせ、お茶を用意してくれた。緑色の鮮やかに濁った緑茶だった。白い湯気が暖かさを感じさせてくれる。

「あ、見て見て見て!茶柱!」

 不知火凛音は緑茶の中に立つ茶柱を見つけ大はしゃぎ。

 六花は管理人に気になっていた202号室のことを訊いた。202号室は現時点では空室扱い。山神さんは202号室に人が住んでいると言ってはいたものの、気配がするだけで誰もその人間を認知すらしてないのだ。だからこそ、管理人ならば絶対に知ってるだろうと仮定した六花。もし、202号室を借りている住民がいるとするなら、その情報ぐらいは持っていて当然だった。そして案の定、管理人さんはその情報を握っていた。

「202号室は『山神さん』が使用してるようですねー。」

「「!!!!!」」

 それを訊いた不知火凛音、桐ケ崎六花は同時に驚き、同時に顔を見合った。凛音の情報曰く、山神さんは201号室に住んでいるはず。でも、202号室に山神さんが住んでるとしたなら、201号室は今、誰が住んでいるのだろうか。

 六花は神妙な面持ちで管理人に201号室についてを訊く。

「201?…そこは…空室ですね~。」

「空室?…おかしいなー、確かにあの時、僕は山神さんが201号室へと戻っていったのを確認したんだけど…。」

 201号室が空室なら、普段から出入りしている山神さんは一体、201号室で何をしてるのだろうか。管理人の話を聞けば聞くほど謎が増えていった。

「ねぇ、凛音。もう戻らない?…何かやばそう。」

「あ、うん…そーだね。ありがと、管理人さん。」

「はい、また来てねぇ~。」

 管理人さんに別れを告げ、二人は管理人の部屋を後にした。


 階段を登り、凛音の部屋、203号室へと向かおうとしたとき、201号室の扉が目に入った。

「…ちょっと覗いてみない?」

 凛音の好奇心がそう呟いた。

「もしかして山神さんの?」

「もちろん功行賞!」

「ナニソレ?」

「ちょっと言ってみただけ。」

 論功行賞:戦のあとなどに、各人の手柄の大きさを論じてさだめ、褒美をあたえること。

 今の話からなぜそれを出した、不知火凛音?

 結局、凛音の提案に乗ることにした六花。二人は201号室の前に立つ。凛音は扉をゆっくりと開き、隙間から部屋を覗く。六花も凛音の頭越しに覗いた。中は真っ暗。ほとんど何も見えない。

「なーんか、つまんないなー。特に何もないじゃん。」

と、ボヤく凛音。

「山神さんが来ないうちに帰ろ。」

と、提案する六花。

「そだね~。」

 凛音はその扉を閉じる。そして一言。

「六花…僕らって201号室を覗いたんだっけ?」

「?…何言ってるの?」

「だってほら、扉番号がさ…。」

 凛音が震える手で指し示した先、扉の番号が201ではなく、202を示していた!確かに先ほど覗いていた部屋は201号室のはずだった。そのはずだったのに、今いる場所は確実に202号室前だった。二人は201号室のある左を見る。そこには、ドアの隙間から顔だけ出してこちらを睨む山神さんの姿が。

「ねぇ、何かヤバくない?」

 六花が凛音の背に隠れ、右腕を掴む。凛音はこちらを睨むだけの山神さんを見ていた。

「…202号室に近づいたから怒ってるのかも…。」

 凛音は踵を返し、自分の部屋、203号室へ。六花は腕を掴んだまま、ついていく。そして部屋を開けて、停電で未だに灯りの復旧しない真っ暗な部屋へ。扉を閉じた。何とも言えない異様な空気と静けさが部屋に充満していてとても一人ではいられない雰囲気だった。

「六花…どう思う?」

「何が?」

「さっきのこと。」

「202号室の?」

「そう。」

「・・・・・・。」

 六花は押し黙る。

 そんな時、部屋の明かりがようやく復旧した。蛍光灯が一度点滅、そしてすぐに部屋を照らしたかと思うと、凛音は異常事態に気づく。いつもならごちゃごちゃしてて狭苦しい部屋が凛音の帰りを待っているはずだった。しかし、目の前にはその安らぎ空間が存在しない。綺麗さっぱり物が消えていた。最初にも説明しましたが、凛音は片付けのできない人間です。9畳の部屋も3畳しか空いてないし、飲みきったペットボトルのゴミが転がっているのは普通でした。『場所さえ覚えておけば、手の届く範囲に全てがあるから生活のしやすさは抜群どころの騒ぎじゃないぜ!』と決め台詞を吐けるレベルです。そんな部屋が今、真逆のインテリアとなっている。埃のある部屋だったはずだ。今は全く埃が見当たらない。掃除機で一面掃除されているように綺麗な床があるだけ。

「・・・・・・。」

 追加で押し黙った凛音。代わりに六花が、

「綺麗過ぎるよね?」

と、小声で呟いたのでした。

「でも何で?あれだけ汚かったのに…。誰か侵入でもした?」

 凛音は鳥肌が立ちっぱなし。急いで部屋の外へと出て確認したいことがあった。扉を開いてドアを確認しようとした凛音は、あるはずのない左の通路があることに気づいた。203号室は一番右に位置する部屋なのだから、部屋から出て右側にだけ通路があるはずだった。その部屋から左に通路があることは、隣に部屋があることの証明。ありえない話だった。

 凛音は落ち着いて扉を閉め、再び開けて確認。やはり、左隣に部屋が一つ。一瞬にして全身に寒気が走った。とある仮定を立ててしまったのだ。そしてその証明は右隣を見れば一目瞭然だった。右隣の部屋の扉が開いており、隙間から顔を出す山神さんの姿。つまり、201号室が隣にあるのだ!もうお分かりでしょう。彼らのいる部屋は203号室ではなく、202号室!確実に203号室の扉を開いたはずの彼らは202号室から出てきた。

 凛音は慌てて六花を引き連れ、すぐさま203号室の扉前までやってきた。山神さんがさっきからずっと睨んでいる。凛音は一つ部屋越しに声を張って山神さんへと言った。

「あの!その部屋は空室じゃないんですか?!」

 すると、こう帰ってきた。

「違う。」

 凛音はとりあえず、もう一度203号室を、今度は201号室の山神さんを見つめたまま開く。しかし、室内は綺麗さっぱり。つまり202号室とつながっていた。扉番号は203号室のまま。

「六花…これってヤバイやつだよね、マジ。今すぐこっから逃げ出したい気分なんだけど…。」

「賛成。」

 不知火凛音、桐ケ崎六花は大急ぎで階段を駆け下り、そして再び裏部屋、管理人の部屋へと逃げてきた。扉を何回も連続でノックして管理人を呼ぶ。相当焦っている様子だ。

「あの!管理人さん!あの!いますか?!」

 凛音は何度も叫ぶが、応答なし。

「やっぱりおかしいよね。」

 六花が一言呟く。現実を認める事に恐怖が増していった。

 凛音は最終手段、強行突破に出る。扉を開けて中へと入っていった。理性が少し壊れている。恐怖が理性に勝てなかった。しかし、その部屋の中は…

「誰もいない!」

 そう、誰もいない。さっきまでいたはずの『排水管工事のおっさん』はそこにはいなかった。代わりに、真っ暗で綺麗な部屋一つが存在していた。凛音は驚き、尻餅を付く。背中に何かが当たる感覚を感じ、振り向くとそこには鉄柵。そして鉄柵越しに2階の景色。そう、凛音がいるのは202号室前!六花がいない!睨んでいた山神さんも!

「六花!」

 応答なし。人の気配もなし。

 202号室前に凛音が一人。

「抜け出せない?え、どういうこと?」

 大急ぎで階段を下り、管理人の部屋へ。そこに六花の姿はなかった。不気味なハイツ一つと凛音一人だけの空間。

 凛音は謎の恐怖に怯え、ハイツの入口部まで後退した。ハイツからは異様なオーラしか感じない。特に202号室辺り。

「・・・・・・。」

「大丈夫かね、君?」

「うわぁっ!!!」

 驚き大ジャンピングからのバックフリップ尻餅を付いた凛音。目の前にはスーツを着た50代男性の姿。

「あれ?そういえば、君は朝、独り言を呟いていた―――」

「あっ!あの時、僕を苦笑した―――」

 その男性は今朝、凛音の独り言を見て苦笑した男。

「こんな夜遅くにこんな場所で何を?」

 男性はそう訊く。

 独りじゃなくなって、凛音はひとまず落ちついた。

「いや…その、202号室が―――」

 凛音は信じてもらえるかどうかは分からないが、今まで起きたことを全て説明した。男性は神妙な顔で真面目に聞いてくれた。

「…つまり、帰れないってことだね?それは困ったなー。」

「ところであなたは?」

 凛音はそう訊き、男は応えた。

「101号室の住民だよ。」

「!!!!!!」

 その50代男性は101号室住民らしい。名前は大村康人おおむらやすひと

 大村康人は凛音の言うことが本当なのかを実証するために、101号室へ。凛音も一人だと怖いからついていくことに。

 そして大村は101号室の扉を開いた。すると、中は案の定、綺麗さっぱり。

「・・・・・・。」

 黙り込む大村。

「ほら…やっぱり…。」

「だから関わるんじゃないと言ったのに…。」

 二人の背後から老婆の声!凛音は驚き、反射で大村康人の腕を掴んだ。そしてすぐに顔を赤くして離した。大村は振り向き、目の前の老婆、山神を見た。

「あなたが山神さん?こんにちは、いや、こんばんはの方ですか。僕は大村康人という者です。101号室の住民です。202号室について詳しい山神さんに訊きたいことがあります。ここ、202号室は―――」

「もう手遅れだ。」

「はい?」

 大村の質問を山神は塗りつぶした。

「手遅れって何?」

 大村の背後で怯えながらそう訊いた不知火凛音に、山神は答える。

「今まで封印してきたのに、お前がそれをこじ開けた…。もうおしまいさ、私もお前らも。」

 そう言って山神さんは去っていった。

「ってあれ?101号室前じゃん!何で?」

 不知火は101号室の扉を開いたのに、背後は101号室前だということに驚く。いや、普通なんだけど。山神さんが階段を上っている姿が見えた。

「こじ開けた?202号室は空室―――なるほど、俗に言う曰く付きってやつか。」

「いや、山神さんは201号室ではなく、202号室住民なんです。空室なのは201号室なんですよ。」

「それは…結構な問題だぞ。この手の怪異は根源を根絶やし、いや成仏しない限りは終わらないぞ。」

「詳しいんですか、この分野に?」

「あぁ、僕の家系は昔…呪術師だった。怪異や超常現象に対しての抗体は持ってる。だが、まさかここに来て怪異に出会うとは…運命か何かかな?」

 大村康人は呪術師家系。父、呪術師。母、霊媒師の間に生まれた大村。もちろん、第六感…霊感がある。

「あの老婆…憑いてるな。」

「何が?」

「霊だよ、霊。しかも…かなりエグいやつ。」

 不知火はぞわっとした感覚を覚えて体を震わす。

 でも、大村が呪術師家系だったことは幸いだった。彼の力を借りれば、この怪異から抜け出せるかも知れない。今の凛音はそう思っていた。


「さてと…作戦会議といこうか。」

 101号室の中に入った二人。なぜか101号室室内は202号室ではなかった。綺麗さっぱりなのは元々。凛音が勘違いをしてただけだった。

 部屋の中央に置かれた机、その前の椅子に座り、凛音と大村は対立するような位置で話し合いを始めた。

「この怪異は僕も始めて経験するが…恐らく何かは分かる。これは『シュウチャク』だろう。」

「執着?」

「あぁ…『シュウチャク』は文字通り、異常な執着心の生んだ生き霊によって引き起こされる。まぁ、文字通りといっても字体はカタカナで書くんだが。僕が見たところ、明らかにあの老婆に『シュウチャク』が憑いている。オレンジのオーラが目に見えた。攻撃の印だ。僕らを警戒している。」

「それって非常にまずいことじゃ…。」

「あぁ、『シュウチャク』はとても勢力が強い。その上、発生率がとても高い。だが、根源は簡単に見つけられる。しかし、『シュウチャク』ほどのパワーを持つ霊をどうやって成仏すればいいのやら。」

 彼の力をもってしても『シュウチャク』とやらは成仏が難しいようだ。

「遠征を呼ぶしかなか…だが、そうなると最低一日は耐久していないといけない。ひとまず、今日はこの部屋に泊まっておきなよ。外は危険だからね。」

「はい、そうしますそうします!120%通り越してその優しさに便乗します!」

 早口でそう叫んだ凛音。必死さがにじみ出ている。


 さて、彼らは翌日を迎えることが―――できました。何事もなく、朝を迎えます。

「…何か、普通に朝来たけど…。」

「何か異常が起こって欲しかったかな?」

「いいえ、とんでもないです!そんなこと!一ミリたりとも思っておりませぬ!」

 凛音、必死さが朝からにじみ出ている。

「まぁ、いざとなったら…ここへおいで。応援を呼んでおいたから今日、来ると思うし。」

「ありがとうございます!ありがとうございました!」

 そう言って凛音は外へ。


 何の問題もなく学校へと来れた凛音。しかし、筆箱などは全て部屋に置いてきた。怖くて取りにはいけない。つまり手ぶらでの登校となった。

 クラスルームにて。

「凛音?顔が真っ青だぜ?眠れてねぇのか?」

 友達の男子、水野紫夜みずのしやが机に突っ伏す凛音にそう訊く。

 凛音は顔を上げ、

「いや、もうグッスリ眠たよwww」

「じゃあ、どーかした?」

「いや、六花がいないなーって。」

 凛音と同じクラスメイトの六花の姿がない。机が一つだけ空席となっている。昨日、202号室へとワープして別れて以来、会っていない。

「六花は今日欠席だぜ。」

「うん…。」

 いつもと違って落ち着きのある凛音を不思議に見る紫夜。

「じゃあよぉ…凛音、俺がお前の悩みを解決してやっから、言ってみいよ。」

 『絶対フザケてるな、こいつ』とも思いながらも、凛音は言う。

「いわくつき物件に悩んでるー。」

「マジ?!お前っち家曰くつき?そりゃキツイな!あはははははは!」

 馬鹿にすんな馬鹿!

「そ、そうなんだよねぇ~╬全く困るわー╬」

「わりぃわりぃ、ついおもろくってな。」

 何がだ、ボケ!

「それで…お前っちどこだっけ?」

「裏野ハイツ。」

「そっかー。じゃあ、今日、俺がお前っち家にお邪魔するかな。」

「馬鹿!来んな!後悔しても知らないぞ!」

 凛音は必死に来させないようにする。あんな馬鹿げた場所に行かせること自体、それは自殺行為を意味する。

 でも、結局押され負け。今夜、水野紫夜が裏野ハイツを訪ねることに。どうなっても知らないと凛音。大丈夫だってと笑顔の紫夜。伏線大好きなのか、お前らは?


 午後8時、凛音は何も知らずにやってきた能天気を大村さんの101号室へと連れてきた。今日は、大村康人はできるだけ早く帰ってきていた。昨日の事態に対策するためとのことだった。

 能天気と凛音は大村の部屋へと入る。

「こんちわーす!凛音のお父さんっすね!俺は友達の水野紫夜っす!よろ!」

 凛音はため息を吐き、頭を抱えた。

「そうか…僕は凛音の父親だ。水野紫夜君だったかね?凛音が世話になっているよ。」

「そうじゃないだろ!何でノリ気なんだよ?!」

 凛音はムキになって突っ込む。大村は笑顔で、

「悪い悪い、ちょっと乗りたくなってみただけで。」

「それどころじゃないのにさ、こっちは。」

 ふてくされる凛音を大村康人はなだめた。

 不知火凛音、水野紫夜は大村康人に連れられてリビングにある椅子に座った。

「凛音から聞いてますよ、曰くつき物件だとか…。」

 紫夜は今回の話を振った。

 呪術師家系の大村康人はその話についてを語る。

「君には信じがたい事を説明するが…この物件には『シュウチャク』と呼ばれる怪異が憑いている。」

「執着?何かのデマっすか?冗談っすか?」

 にわかに信じれない様子の紫夜。

「真実だ。『シュウチャク』に取り憑かれれば最期、二度と抜け出せない。もちろん、成仏することができれば話は別だがな。『シュウチャク』については凛音君にも言ったが―――」

「凛音君って言うな!」

 凛音は指差し叫ぶ。

「あ、ごめんね。じゃあ、凛音さんにも言ったように…『シュウチャク』は凶悪な怪異なのだ。呪術師家系の僕でも正直成仏できるかどうか…。」

 大村はそこまで言うと、棚から何かを取り出した。そして机の上にそれを置いた。明らかに呪布だ。

「呪術師家系に生まれた僕は、小さい頃からこれを常備しておきなさいと教えられてね。この呪布は敵対呪術を撥ね退け(はねのけ)、かつ敵対呪術を抹消する力を持つが…これは一般人が持てばたちまち呪いが体に回って、いずれ呪殺してしまう。」

「おっさんやべぇー人だな、痛っ!」

 凛音は紫夜の腹に一発殴り込んだ。

「で、その大村さんは今回、『シュウチャク』をどう乗り切るつもりなんですか?」

 凛音が不安と期待を胸に答えを待った。大村はしばし黙考し、そして口を開いた。

「『乗り切る』より、『耐え凌ぐ』といったほうが先決だな。」

「「え?」」


 こうして第二夜を迎えた。不知火凛音、水野紫夜、大村康人の三人は、101号室の部屋から外へ。外はひっそりと静まり返っている。裏野ハイツの入口から本館への間にある広く何もない敷地がヤケに不気味だった。空には雲が張り詰め、雰囲気は最高潮だった。

「…で、その…管理人の部屋に行って何を?」

 凛音は大村康人の背にそう訊く。大村康人は振り向かずに歩き始め、

「彼には少しばかし用があるんだ。」

と、一言だけ呟いた。

(なあ、凛音?)

(何?)

(マジなんだな、これ。)

(今更何言ってんの?)

(いや、まさかマジでマジのやつをマジに見ることになるとはマジで思わなかったからさ、マジで。)

(鬱陶しいな、もー。)

 大村の背について行き、すぐに裏野ハイツ裏、管理人の部屋へとやってきた三人。大村康人はブザーを押す。それから管理人がドアを開ける間で待つことに。この間、誰も何も言わないため、不気味な静寂だけが静かに音を立てていた。皆さんは良くないだろうか?静かな空間にいると、不思議と耳鳴りらしき音がなっている事に気づくことは。今、まさにそれが起こっている。一説によれば、これは血流の音らしいという話もある。

「そういえば…六花はどうしたんだろう?」

「六花?あぁ、昨日から姿を見ないとか言ってたな。」

「ちょうど、ここで別れちゃったんだよね。」

「何だって?」

 大村が二人の会話に首を突っ込んだ。

「いや、昨日、友達の六花と別れたの、ここだったなーって。まさか急に場所が変わるとか思わなかったし…。それで六花と別れて以来、まだ会ってないんだけど。」

 大村はその話を聞いて青い顔になった。

「…マズイな。六花さんは『シュウチャク』に飲まれたのかもしれない。だとするならば、六花さんは悪ければ…手遅れかも知れない。」

「え?!じゃあ六花とはもう会えないの?!」

「悪ければの話だ、あくまでもな。」

 凛音は心配事が増え、同時に緊張も増した。

「てか、おせぇな管理人のやつ。寝てんのか?」

 紫夜がそう言い、二人はその事に気づく。

「そうだね、何か遅くない?」

「…寝てるとは思えないな。もしかして…。」

 大村康人は管理人の許可なしに、勝手に扉を開いてしまった。その直後だった。扉の開いた隙間から腕が伸び、昨日と同じ要領で大村康人は中へと引きずり込まれていった!

「うわぁっ!!!何だ?!」

 紫夜が恐れ慄いた(おののいた)。

「何だ…管理人のやつ、またその手でくるか…。飽きないよね、全く。」

 凛音は管理人のおふざけだと思って、扉を開く。しかし、そこには全く何も物が置かれてない空間が。直後、凛音は飛び上がって後ろへと後退した。そして案の定、背中に柵が当たる感触を覚えた。そう、二階にいるのだ!紫夜の姿が見当たらなくなっていた。

「また!まただ!」

 そして背後から何者かの気配を感じ取り、恐る恐る柵の向こうへと振り向く凛音。ハイツ入口に、一人のスーツ姿をした50代男性が歩いてくる姿が目に入った。それはどうみても大村康人本人だ。先ほど管理人の部屋に吸い込まれたはずの大村康人が今、ハイツ入口から歩いてきていた。

「え、何で?!だってさっき…引きずり込まれたのに…。」

 とりあえず、一人は怖いので合流することに。大村康人はこちらへと走ってくる一人の女子を見て、訝しげに見つめる。

「大村さん!『シュウチャク』が現れた!だけど、どうやって抜け出したんです?!」

「君は一体何の話をしているのかね?何で僕を知っているんだ?」

「だって自己紹介してくれたじゃないですか…。」

「君とは初めて話したよ、今ここで。こんな夜遅くに一人でいると危ないぞ。」

 凛音はあることに気づいて寒気を覚えた。冷凍庫に格納されたような冷たさが襲った。

(これって…昨日の…初めて大村さんに会った時と同じシュチュエーション…まさか…。)

 凛音は念のためにと確認を入れる。

「六花って知ってます?僕の友達なんですけど。」

「いや、知らないな。」

(やっぱり…これは昨日の場面、つまり…今は昨日?!)

 馬鹿げた話だが、仮に『シュウチャク』の名前通りに執着するのであれば、これは『昨日』というものに執着しているのだろうと解釈はできる。正確には分からないが。

 仕方ないのでダメ元で一応、今起こったこと、大村さんと出会ったこと、紫夜と一緒に部屋に入れてもらったことなどを全て説明した。大村康人は信じてくれているみたいだった。

「じゃあ…『シュウチャク』を何とかしない限りは僕らはまた昨日に戻ってしまうと?」

「そうなるかもしれません…。」

「困ったなー、『シュウチャク』がここまで強大に成長しているのは異常だ。策を練らねばな。ひとまず、僕の部屋に来るかい?話によれば、一度君を部屋に入れたことになってるから。」

「お願いします!」

 こうして再び、不知火凛音は大村康人と出会い、そして再び101号室へと入ることに。

 それ以前に、六花と…そして紫夜はどうなったのか?


 そして昨日と全く同じ時間、同じ話を交わした凛音。デジャブとはまさにこれを言う。

 ここで大村康人が凛音を泊まらせてくれると話が通るのだが、昨日と同じ道を歩むのはダメな気がして、凛音は泊まることは否定した。ここで泊まってしまっては恐らく無事に朝を迎え、六花とは出会えずじまいだろう。それに、六花と同じくして消えた紫夜のことも気がかりだ。今日終わらせなければいけない気がしていた。

 凛音は呪術師家系の大村に志願する。

「一緒に…『シュウチャク』を倒して欲しいんですよ!それも今日じゃないといけないんです!」

 大村は非常に苦い顔付きをしていた。大村康人は『シュウチャク』と成仏できる自信がないのだ。『シュウチャク』は強大だから、負ければ命が危うい。だけど、大村は了承してくれた。

 二人は101号室を出て、再び管理人の部屋へと向かうことに。

「さっきはここで大村さんが引きずり込まれていきました。」

「…実感がないな。」

「もしかしてですけど…僕は過去に飛んできたのかもしれないですね。大村さんと出会ったのも昨日のことでしたし。もしそうなら、実感がないのは仕方ないことです。引きずり込まれたのは明日の話になるんですから。」

「君は一体どこまで理解している?」

「僕にも良く分からないですけど…大村さんから聞いた話はだいたい知ってます。」

「そうか…じゃあ、そろそろ。」

「はい。」

 大村は管理人の部屋のブザーを押す。そして先ほど経験したあの静けさが再び再来した。しかし、今回は何事もなく、管理人の部屋を後にすることに。待ち続けても扉は開かず、開けようとしても鍵がかかっていただけだった。

 そして再び、同じように朝を迎えることとなった。


「…結局、同じように朝来たけど…。」

 凛音は目の下に濃いクマを作って、気だるそうに呟いた。

「何か異常が起こって欲しかったかな?」

 一回目と同じセリフを吐いた大村。

「いいえ、とんでもないです!そんなこと!一ミリたりとも思っておりませぬ!」

 凛音、必死さが朝からにじみ出ている。これも前と同じだ。

「まぁ、いざとなったら…ここへおいで。応援を呼んでおいたから今日、来ると思うし。」

「ありがとうございます!ありがとうございました!」

 そう言って凛音は外へ。

「ん?応援?」

 そうか、応援要請をどうにか上手く使って…すれば『シュウチャク』も!だったら今日は昨日に戻らない方法を見つけ出さないとね!


 何の問題もなく再び学校へと来れた凛音。今回はしっかりと筆箱を部屋から取ってきた。

 クラスルームにて。

 凛音が机に突っ伏し眠り老ける。ここで水野紫夜が凛音に話しかけるのだが、やはり予想通り、紫夜は教室にいなかった。同じく六花も。

 誰も話しかけない状況ができ、ぐっすりと机で寝れそうだなと思っていた凛音。その矢先、誰かが話しかけてきた。

「凄い疲れてるね。昨日はしっかりと眠れた?」

 友達の女子、言峰柚ことみねゆずが机に突っ伏す凛音にそう訊く。

 凛音は予想だにしなかった声に顔を上げ、

「全く、もう最悪の寝付けたよwww」

と、別の答えで返した。

「また夜遅くまで徹夜してた?」

「ううん、ただ戦闘中なんですよー。」

「ゲームのことね。」

 そんなたわいもない話をしていた。

「そういえば、六花と紫夜は?」

 凛音はとりあえず訊くことに。

「六花ちゃんも紫夜くんも…両方共欠席だって。」

「ふ~ん…。」

 いつもと違って落ち着きのある凛音を不思議に見る言峰柚。

「どうかしたの?」

「いや、ただ…曰くつ…じゃなかった。別に何でもないよ。」

 途中で話を中断したため、良く分からない文章となってしまった。そんな凛音を不思議そうに見つめる言峰柚。

「まぁ、元気そうなら良いかな。」

 そう言って自分の席に戻っていった。

 ここで曰くつき物件の話をしたら、前と同じで言峰柚も巻き込んでしまう。それだけは避けておかないと。ここからは僕一人の問題なんだ。


 午後8時を過ぎた頃、101号室には不知火凛音と住み主、大村康人の二人が作戦会議を立てていた。昨日と同じ工程を繰り返してはいたが、不知火凛音は気にしていない。大村康人は初めての経験の感覚で話すが、凛音からしてみれば、二度も同じことを聞いているのと同等だった。

 この前はここで外へと出て行くのだが、今回は凛音が大村を引き止める。どうにかして大村を生還、そして増援との合流を果たすべきだと考えた。

 一時間後、増援たちが101号室の扉を開けて入ってきた。総人数3人程度だったが、明らかに変人感がにじみ出ていた。

「大村!来てやったぜ!」

「こんばんは、です。」

「緊急事態ですか?」

「やっとか!さぁ、早く上がってくれ。」

 大村はその三人を凛音の座っている机の付近に座らせた。

「順に紹介しよう。まずは―――」

「俺からだな!」

 一人のガタイの良い人間が立ち上がる。身長が高くて恐怖を覚える。角刈りの髪型、作業着らしき服、いかにも攻撃特化型にしか見えないその人物は大声で自己紹介する。

「俺は山崎寛助やまざきかんすけだ!好きな食べ物はカレー!趣味は人間観察!特に女子高生全般!」

「いや、聞いてないし。」

 凛音は適当に答える。

「君みたいな女子高生が大好きなんです、はい!」

 そう大声で言った山崎を見て、凛音はため息を小さく吐いた。

 ところで、僕が女子高生だってみんな最初から気づいてた?一人称が『僕』なんて女子は珍しいから勘違いされるかと思ったけど、僕は女子高生だからね。

 こういうのを通称『僕っ娘』と言います(笑)。

 山崎の自己紹介が終わったのを見て、その隣に座っている同い年ぐらいに見える女性が立ち上がる。不知火凛音はその姿を見た途端、目が離せなくなってしまった。一瞬にして魅了されたというのだろうか、同姓なのに魅了されるとは思わなかっただろう、凛音は。

 その女性は言った。

「私は、一条小雪いちじょうこゆきです…。よろしくお願いします、です。」

 凛音が見とれている理由の一因として、一条小雪の髪の毛だろう。文字通り、雪のように白い髪を持っていた。染めているようには見えない自然の白さが美しく映えている。

「…この髪は生まれつきです。気にしないでください、です。」

 明らかに大人には見えない。恐らく学生だろう。

 小雪の自己紹介が終わり、その隣にいる眼鏡をかけた人間が自己紹介をする。

「こんにちは、凛音さん。話は聞いてます。僕は日野帯人ひのたいとと言います、よろしくお願いしますね、凛音さん。」

「あ、どうも…。」

 見るからに頭脳派エリートという感じだった。白衣をか着せたら似合いそうな男だ。

「この3人は怪異専門家だ。彼らの力あれば、どうにか『シュウチャク』を滅殺できることだろう。」

「質問、良いですか?」

 凛音は大村に言った。

「この3人、それぞれどういうシフト条件ですか?バラバラすぎて良く分からないんですが…。」

「まぁ…そのときそのときで変わるんだけど…基本は、山崎が戦闘要員、小雪が呪縛術師、帯人が霊体分析ですかね。ちなみに、僕は成仏役です。」

 こうして新たに3人を追加し、第三夜が幕を開ける。


「まずは情報収集と行こうじゃないか。凛音さんの言う通りに、山神さんに話を聞くことにしよう。202号室の住民が一体なぜ、空室の201号室にいるのかを。『シュウチャク』に関係しているかもしれない。」

 大村の指示により、一同は階段を上がって201号室へ。大村は201号室のブザーを押す。

「何だい?」

 扉越しに山神さんの声が聞こえた。大村は言う。

「あなたに少しお話がありますので、扉を開けてくれませんかね?」

 そう言ってからしばらく黙り込んだ山神は後に一言呟く。

「アンタら…取り憑かれとるね。そんなやからを入れるわけにはいかない。」

「憑いてる?いや、僕は霊感を持つ者だが、霊体などどこにも見当たらないな。何かの勘違いではないのか?日野、霊体検知は?」

「もうすでに終わったよ。この場に霊体は感知されていない。」

 日野帯人は何らかの機械のセンサーを使って霊体検知をしたようだ。しかし反応はなし。このおばあさんは嘘を言っている。

「嘘は困りますね。」

「嘘なんかではない。お前らには分からない。すぐそこにいる恐怖に。」

「全く分かりかねませんね。いい加減話を聞いてくれませんか?」

「帰れ!」

 そう叫んだ以降、何を言っても反応すらしなくなってしまった。

「大村さん、どうするんです?」

 凛音は大村に尋ねる。大村はちょっとばかし困った顔をした後、意見を述べた。

「根源がここだけとは限らないからな。君の話によれば、開いた扉全ては202号室へと繋がると言ったな。202号室が原因の可能性もある。乗り込むか。」

「乗り込むの?!取り憑かれない?」

「こっちにはプロフェッショナルがいる。問題ない。」

 帯人が凛音にそう言った。

 少し嫌そうな顔をしながらも、凛音は彼らの策に乗ることにした。『この異常な『シュウチャク』の霊力には驚いたけれど、これだけの人数を一度に消し去ることは多分無理だろう。しかもプロフェッショナルなんだから。』と、凛音は自分に言い聞かせて、勇気を奮い立たせる。

 そしていよいよ、202号室への乗り込みが始まる。大村が先頭に立ち、扉のドアノブに手をかける。異様な重圧感が手にのしかかるのを感じていた。その背後で他の4人が覚悟を決めてその様子を伺う。

「心の準備は良いか?」

 大村がこちらを振り向き、神妙な面持ちで訊いてきた。

不知火凛音「おk!」

山崎寛助「バッテン承知ぃ!」

一条小雪「いつでも…。」

日野帯人「異議はありません。」

 それぞれが独自の答えを返し、大村は少しだけ表情が緩くなった。

「じゃあ、行こうか。」

 大村は意を決し、ドアノブをひねって扉を開けた!すんなりと開いた扉の向こうには202号室が広がっていた。カーテンは締め切られて真っ暗。床は一面ゴミもなく綺麗。しかし使用感が残っている。最近も誰かが使ったのだが、誰も知らないし、見てもいない。重苦しい空気が流れ込んできて、大村は踏み込もうとする足を止めた。

「大村さん?」

「帯人、検査頼む。」

「もう終わったよ、異常値だ。」

 帯人の持つ霊体検知センサーが120の数値を指し示していた。帯人曰く、霊体検知センサーでは、反応しない場合は0~50の数値になり、反応の場合は51~100になるという。その数値を越した場合は霊体の勢力が平均値をずば抜けているということになる。

「ふむ、それは危ないことだ。小雪、行ける?」

「試してみます。」

 小雪が大村を横切って躊躇なしに202号室へと踏み入った!小雪は手で何かを描くような仕草を取ると、地面に両手を触れたまま動かなくなった。不知火は気になり、小声で大村に訊いてみた。

「あぁ、あれは霊体呪縛といってな、文字通り、霊を呪縛し、固定することなんだ。これをしておくことで、霊体からの攻撃を防ぐことができる。しかし、霊体呪縛にはリスクがある。」

「終わりました。」

 大村の言葉を区切って小雪が立ち上がった。その白い両手にはアザのような紫色の紋が浮かび上がっていた。

「あれがリスク、霊障だ。しばらくは取れないだろうが、命に別状はない。良くやった小雪。」

 小雪は部屋から出て、大村の背後についた。

 一同は霊体呪縛中の安全な202号室へと足を踏み入れた。安全とは言え、やはり霊のいる部屋は通常とは雰囲気がまるで違う。空気そのものが別物だ。

 大村はとりあえずリビングの電気を点ける。明かりが部屋を照らし、雰囲気が少しだけ紛れた。

「さてと、『シュウチャク』かどうかは分からないが、202号室に明らかに霊体がいる。成仏するなら今のうちしかない。」

 大村は部屋の四方に塩の山を置く。そして部屋中央部に机を置いて一本のロウソクを真ん中に置いた。明かりを消し、ロウソクに火を点ける。ロウソクの暖かな光が机周囲だけを明るくしていた。5人はその机を取り囲む。

「では始めよう。まずは帯人から。」

「え、ちょっと何を―――」

 不知火凛音が訊こうとするが、帯人はそれを遮断して話し始めた。わざと低くて深い声にして話している。

「これは僕が数年前に経験したことなんだが―――」


 5年前、当時20の帯人は超常現象に興味を持ち始めていた。大学でも非公認で超常現象研究会を開くくらい。その研究会はあまり人はいない。帯人含めて3人だけだった。それでも人数としては十分だった。

 超常現象研究会と名乗ってるだけあって、色々な超常現象を調査してきた。『ネットで拡散されている噂』、『都市伝説』、『心霊スポット』、『七不思議』、などと色々なことを調べた。ほとんどがデマとか嘘が多いが、中には手の付けられないレベルの物もあった。こういう類はほぼ8割がデマだと言われている。その中で最も恐ろしく、危険なものがある。それこそが『七精神体しちせいしんたいその1・ドンショク』だ。

 七精神体とは、名通り、七つの精神を意味する霊体のことだ。これは通常の霊などとは発生の仕方が違っている。通常、霊体とは死人の残留思念などが具現化したようなものだ。しかし、この七精神体というのは、異常な精神力が引き起こす、生き霊に近いものだった。死人からではなく、生きている人間からでも発生する厄介な物だ。発生源特定が難しく、勢力が強い。それに加え、発生率も高い。

 その七精神体を調べるために、帯人とその仲間2人はとある有名なトンネルへと足を運んだ。そのトンネルこそが『旧雨時トンネル』。深夜2時にそのトンネル中央で彼らはたむろしていた。目的の『ドンショク』をカメラに捉えるため。

 ここ『旧雨時トンネル』は旧というだけあって、あまりこの時間帯は車両走行がない。異様な静けさがトンネルを包んでいた。オレンジのナトリウムライトがトンネルを怪しげに照らしていた。じっとしていると耳鳴りのような音が聞こえてくる。耳鳴りがする時は近くに霊体がいる証拠らしい。やはり有名なトンネルだけはあった。

 しばらくするうちに、トンネルの遠くの方、入口のライトが一つだけ消えた。一応、見るものの特にこれといったこともなかった。しかし、見に行ってから戻ってみると、そこには誰もいなくなっていた。仲間の二人がどこかへと行ってしまった。しかし、こんな長いトンネルの直線を逃げていくとしたならその姿が見えることだし、それに静かなトンネルでは足音が反響して伝わる。彼らは突如、その場から消えてしまった。

 帯人は恐れ、身の危険を感じてトンネルから出ることにした。大急ぎでそのトンネルを走って出て行く。そしてトンネルを飛び出たその瞬間、帯人は恐ろしい光景を目の当たりにする。

 目の前にトンネルがあった。『旧雨時トンネル』の付近にはトンネルは存在しない。しかし、今確実にトンネルが目の前にあった。来た時はなかったはずのものだ。帯人は背後を振り向く。そこには『旧雨時トンネル』が。再び、目の前の謎のトンネルに目をやる。その謎のトンネルの名前は『旧雨時トンネル』と表記されている。つまり、『旧雨時トンネルが二つになっているのだ。

 帯人は恐怖に耐え切れず必死でトンネルを遁走とんそうする。そして二つ目の『旧雨時トンネル』を抜け出したとき、帯人が考えていた現象が起こっていた。目の前に再び『旧雨時トンネル』が現れたのだ。そして結論として、これはトンネルが増えてるのではなく、トンネルがループしていると気づいた。抜け出せなくなっていた。

 実証はすでに終わったことになる。『ドンショク』はこのように人を喰らい、逃がさせない。帯人は逃げられなくなった。『ドンショク』を成仏しない限り、帯人は永遠にこのトンネルを彷徨い続けることになる。

 ただ一つ、帯人には疑問が残っていた。消えた仲間のことだ。『ドンショク』による効果では消えることはないはず。しかし現に消えていた。

 そして帯人は気づいたことがあった。手に持っていたはずのカメラがいつの間にか消えている。ずっと握っていたし、放しはしなかった。今も握っている感覚はあるが、それはカメラでも何でもない、ただ握り拳があるだけ。カメラはいつの間にか消え去っていたのだ。これも『ドンショク』の仕業なのだろうか。

 今の帯人では『ドンショク』を成仏できない。専用の物もないし、方法も知らない。抜け出すことは不可能だった。


「―――とのように、僕は以前にも『シュウチャク』と同じ怪異を経験したことがある。」

 帯人がそこまで言い切ったとき、凛音の顔を青ざめ、全身に鳥肌が立っていた。

「それで、どうなったの?」

「実はな、『ドンショク』の弱点部位を突くことに成功した。もちろん偶然だ。七精神体にはそれぞれ一つだけ弱点が存在する。以前の僕には分からなかったが、今なら『ドンショク』の弱点部位を突くことができる。」

 『ドンショク』は強烈な食欲の怪異。恐らく旧雨時トンネルで誰かが餓死でもしたのだろう。それが引き金となって『ドンショク』は生まれた。帯人がそう説明を付属させた。

「じゃあ、七精神体って他に何が?」

 肝心の質問を凛音は恐る恐るしてみた。帯人は顔を近づけ、声を低めて説明する。


『七精神体その1・ドンショク』

 帯人が初めて遭遇した七精神体。

 異常な食欲から生まれる怪異で、対象者の持ち物を喰らい、そして最後は命を喰らうと言われている。帯人の友人は『ドンショク』に命を奪われたのだろう。


『七精神体その2・シュセンド』

 異常な金銭欲から生まれる怪異で、呪縛されればその人物は金に恵まれなくなる。そして厄介なのは、『シュセンド』の弱点がお金だということ。金を吸わせれば吸わせるほど勢力が弱まっていき、いずれは消失する。しかし、消失には莫大な金がかかることから、今では別の手段での消滅方法が作られた。


『七精神体その3・コトバ』

 何か伝えたいことを伝えられなかった場合に生じる怪異。伝えられなかった思いを別の人間に伝えることで解決しようとしている。これは時に、危険度が急上昇してしまう場合があり、成仏は慎重に行わなければならない。被害はほとんどは幻聴だけ。


『七精神体その4・ヒキコミ』

 孤独による悲哀から生まれる怪異で、誰かに取り憑くことで孤独から逃れたい欲求が働いている。この怪異は対象者単体を引き込み、行方不明にさせる。一言で『神隠し』というもの。しかし、この怪異は成仏しやすいので危険度は高くない。


『七精神体その5・セッショク』

 異常な性欲から生まれる怪異で、最もいかがわしい霊体。影響に関してはノーコメント。狙われるのは主に女性が多いという。これは性欲主の精神が影響されているため、狙われる年齢層はバラバラ。そしてごくまれに男性が狙われる時がある。


『七精神体その6・キラー』

 異常な殺意から生まれる怪異で、シンプルに呪殺することが目的の霊体。シンプル且つ最速で呪殺してくるため、成仏師本人が『ミイラ取りのミイラになる』のもありえる話。恐らく七精神体で一番の破壊力と危険度を持つ。


「そして最後が今回君が体験している怪異。『七精神体その7・シュウチャク』だ。君もその年にして経験するとは運の良いやつというか、悪いというか…。」

 それを言い終わってからの事だった。ずっと黙って座っていた小雪が急に椅子から落ちて倒れた!白い肌が所々、紫色に変色していた。意識が薄れていて、呼吸が荒くなっていた。

「小雪?!もしや―――」

 大村が椅子を並べ、簡易的にベッドを作って小雪を寝かせる。

「霊障が広がっている?こんなケースは初めてだ…。」

 帯人が小雪の様子を机越しに覗き、そして何かをバッグから取り出していた。何かの機械だが、見ただけでは良く分からない。

 凛音は小雪を見て心配になってきた。霊障が広がっているということは、小雪の霊体呪縛が弱まっている証拠だ。もし解除すれば、202号室にいる彼らは『シュウチャク』の影響をモロに受けて、悪くすれば死ぬかも知れない。だけど小雪はこれ以上持たないし、呪縛を再びかけることもできそうにない。

「とにかく、一度101号室へと戻る!寛助、小雪を抱えて来てくれ、なるべく揺らさずにな。いやらしい行為をした場合は処罰だからな。」

 大村は山崎寛助に念を押していう。寛助は女子高生好きだから、何を仕出かすか分からない。寛助は苦笑いしていた。

「さすがに仲間に手を出すほど腐っちゃいませんよ。」

 凛音は脱出できるのを知ってすぐさま靴を履き替え、そして扉を開いて外へ。大村も後に続く。寛助も小雪を担いで外へ。しかし、彼らが出てきた部屋は202号室じゃなかった!彼らが開いた扉、番号は203号室、凛音の部屋だ。部屋の中もいつの間にかゴミだらけの凛音の部屋になっていた。帯人の姿が見当たらない。

「・・・・・・。」

「・・・・・・。」

「おいおい、こりゃ一体何だ?帯人は?このきたねぇ部屋はどこだ?」

 寛助が小雪を担いだまま、驚いたように呟いた。

「僕の部屋。」

 凛音が苦笑いでそう呟く。

 またしても部屋移動。以前の六花のように、帯人も消えてしまった。

 この非常事態、とりあえず101号室に戻るため、彼らは鉄の階段を降りて1階へ。1階101号室前へと来た時の事だった。裏野ハイツの裏側から物音が立った。そして次に聞こえてきたのは人間の声。『凛音』の名前を呼んでいるように聞こえる。凛音は耳へと声が届いた瞬間、動きがピタリと止まった。聞いたことのある声だった。

「六花?」

 凛音は101号室前を通り過ぎ、そのまま管理人の部屋がある裏野ハイツ裏へ。大村たちも凛音に続いた。そして裏へと来た時、凛音は衝撃を受ける。そこには怯えて崩れている六花の姿があった!確かにあの時、管理人の部屋から202号室へと凛音が飛んでいった時に姿を消した六花だった。六花は訳分からず顔の凛音を見るなり、走り出して抱きついた。怯えて何も言えない様子だった。ほとんど心霊は怖がらない六花がここまで怯えていた。

「六花?どこに行ってたの、今の今まで?」

 そう訊いた凛音。六花は驚き、飛び退いて、凛音を睨んだ。

「凛音?本当に凛音よね?」

「凛音ですけど?」

「今、凛音が管理人の部屋に入ったから、私は後を追って中に入ったのに、凛音の姿がなくて、そしたら表側から凛音が歩いてきて…。」

「僕が今、管理人の部屋に入ったって?」

 凛音も六花も、状況理解ができずに頭がショートしていた。二人のやっていることが噛み合わない。

 大村はひとまず彼らを連れ、一度安全地帯の101号室へと行くことに。六花は全く何が起こってるのかすら分かっていない。説明してあげなければならなかった。

 大村は101号室の扉を開いて中へ。101号室の中は101号室だった。普通のことだけど、今となっては幸せなことだ。

 寛助は担いでいた小雪をすぐにベッドに寝かせた。霊障は202号室を出ても悪化し続けている。一番被害を受けてるのは呪縛した両腕だった。腐っているようにしか見えないほど霊障が侵食している。霊障が全身を巡れば、小雪は確実に死ぬ。しかし、寛助にはどうにもできず、唸った。

 大村は凛音と六花を椅子に座らせる。事情をそれぞれ聞いておこうと思った。もしかしたら、『シュウチャク』への道が開けるかも知れない。


 それぞれに聴取してみた結果。

 凛音は、六花とはぐれたのは一日目のことだった。管理人の部屋に入ってから出た途端、そこが202号室になったらしい。戻ってみても、そこには六花の姿がなかったと言う。

 六花は、凛音が管理人の部屋に入ってから出てこなくなり、中を捜索したけど凛音はいなくなってしまっていたと言う。

 一見、関連性抜群の情報に見えるが、これは矛盾が発生している。六花とはぐれたのは一日目、今日はぐれた訳ではない。それに、六花の聴取は先ほど起きた事。凛音は先ほど大村たちと行動していた。管理人の部屋へと凛音が行くことは不可能だ。

 大村は悩む。この関連性は必ず繋がりがあるはずだと。だが、現状ではどう考えても答えが出るはずがなかった。凛音が二人いるわけもない。六花が過去からタイムスリップだなんてありえない。

「これはおかしいな。正直、僕には答えが出せそうにない。今にも頭がおかしくなりそうなほどだ。凛音が二人いるか、六花がタイムスリップするか、どちらか成立しなければありえないことだ。」

 凛音も六花も同様に黙る。ただ、六花が無事だったのであれば良いか、と凛音は安心していた。しかし、六花の代わりに、今度は帯人の姿がない。帯人も六花同様でどこかに消えているのだ。

「帯人さん、六花と同じく消えましたね。」

「そうだな、帯人のやつは…心配だが、あいつなら一人でも退魔できるだろう。死ぬようなことはない。」

 凛音は今までのことを思い返していた。そして、とある事を完全に忘れている自分に気づいた。

「あぁっ!なぜ、今まで忘れてたんだ、僕は!」

 凛音が立ち上がり、勢い余って椅子を倒した。隣に座っていた六花は驚き、身体をビクッと震わせた。大村も一瞬だけ目を見開いたが、すぐに普通の顔に戻った。

「どうした?何か思い出した様子だな。」

 凛音は早口で、

「昨日の今日は今日じゃなくて昨日なんだ!」

 そう叫んだ。小雪の看病をしている寛助が反応して振り向いた。六花も大村も意味不明と言いたい顔をしている。凛音はそんな二人に説明をした。

「昨日、僕は大村さんに会いました。」

「それは熟知している。」

「ですが、その時、僕は大村さんに説明しました。『大村さんには一度会っている』って。」

 大村はそれを聞き、気づいたのか口角を上げ、ニヤリと笑った。六花だけは理解していない。

「僕は昨日、大村さんに会ったとき既に、大村さんとは会っていました!昨日の大村さんはさらに昨日の大村さんなんです!僕は大村さんと出会った昨日へと飛ばされたんですよ!」

 昨日やら今日やら、いつの話か綯い交ぜになって、理解不能状態の話をされているが、大村はすんなりと頭で解決した。ただ、明らかに馬鹿げて飛び抜けた、信憑性の欠片もない話をしている。理解するのに時間がかかりそうな現象だ。

 やはり六花だけ理解してない。

「じゃあ君のいうことから推測するに、『シュウチャク』は『昨日』にも執着できると?」

「恐らくは―――じゃないんですか?」

 大村はスッキリしたのか、満面の笑みで椅子に寄りかかった。凛音はそれとは対照的により不安になってしまった。そして何度も言うようだが、六花だけ理解してない。あと、寛助は馬鹿だから分かるはずもない。


「だから、こうはしていられないんですよ!今すぐ助けに行かなきゃ!」

 凛音は101号室を飛び出してある人物救出のために動こうとしていた。それを六花が必死で止めていた。

「考えよ!ね、凛音!私なんか未だに何起きてるか分からないんだし!」

 六花はまだ何も聞かされてないので、正直何して良いのか、今、凛音を止める理由は何なのかと、気力喪失しそうな状態だったが、かろうじて凛音を留めている。今、凛音を一人で外へと出せば、必ず悪いことが起こるのは分かっていたからだ。

 大村も玄関にいる二人に近寄って、そして言った。

「君が一人でどうにかできる問題なら、そのまま出て行っても良いが、どーせ一人では何もできない。分かっているのだろう、自分でも?」

 大村の辛口な言葉に、凛音はようやく動きを止めて玄関から戻ってきてくれた。

 何があったかというと、凛音は『シュウチャク』の原理を理解したので、もう一人の友達を救出しにいこうとしていた。水野紫夜がまだ戻ってきていないのだ。

「まだ友達が一人、行方不明なんだな。何て名前なんだ?」

 大村は一度、凛音を机に座らせると、対称の位置でそう訊いた。凛音は訝しげな顔をする。

「一度会わなかった?水野紫夜ですよ、あの馬鹿男。」

 大村は記憶にないと言い返す。

「あ、そっか…。それは以前の大村さんか。つまり、まだ紫夜に会ってないわけ。」

 凛音は一人で納得するが、大村含めその他は全く理解不能。そして六花は未だに存在意義を分かってない。

「君の友達も含め、2人の人物が行方不明で良いな?紫夜君と帯人だ。」

「そうですね。」

「紫夜と帯人を救うには『シュウチャク』の執着する『昨日』を上手く利用しなければならない。今日見つけた六花君も『昨日』のおかげで見つかった。だから、2人を救うのも『昨日』だ。今日はひとまず皆、ここで待機しよう。皆で動かなければまたはぐれてしまうからな。今日は小雪がダウンしているから、無理には動けない。」

「分かりました。」

「あの、全然話についていけないんだけど!」

 六花は机を叩いて立ち上がり、そう叫んだ。凛音と大村が呆然とその姿を見上げていた。


 無事に次の日が訪れた。『とりあえず、学校はしっかりと行け』とのことで、凛音と六花は裏野ハイツを出ていき、学校へと登校していくのだった。

 そして学校。教室の中は今日も騒がしい。裏野ハイツの恐怖を何一つ知らない、関係性もない他生徒たちがノンキにフザケ合っている。今だからこそ見れる光景だった。夜になれば再び、裏野ハイツの恐怖に身を震え上がらせることに。

 凛音と六花は誰にも聞こえないように会話をしていた。

「今日、紫夜が来てないね。やっぱり裏野ハイツで何かあったんだね、凛音。」

「うん…今日は紫夜を見つけるために動く。けど、小雪さんが心配。あの霊障で生き残れるのかな。それに、一日で治る?」

「う~ん…。」

「そんなにしんみりして、どうしたの?」

 二人の気づかぬ間に、背後に言峰柚が立っていた。二人はドキッとして勢い良く振り向く。

「…何かあった?」

「い、いや別に!ね、六花?」

「そうだね!何もない、何も!紫夜が行方不明とかそんなんじゃないよ!」

「え?!行方不明?!」

 柚が驚きの声を上げた。クラスメイトの何人かが一瞥する。

「声大きい!それと、六花の馬鹿!」

 凛音は小声でそう叫んだ。

「ごめんごめん、つい。」

 六花は照れてごまかす。凛音はため息を吐いた。

 凛音は柚を引っ張って自分と六花の間に入れた。そして皆、顔を近づける。

「柚、ここだけの話だよ。誰にも言っちゃダメだからね。」

「うん、分かった。」

 凛音は柚に、裏野ハイツのことを一から十まで説明した。信じてもらえないかもしれないけど、でも紫夜のことがバレてしまう前に言っておきたかった。それを聞いた柚は信憑性のない話なのに信じてくれた。

「そうなんだ…凛音ちゃん、私…手伝いしたい!」

「え?」「はい?」

 二人の世界が一瞬真っ白になった。

「友達が困ってるのに、動かない友達って友達じゃないと思うの。」

「でも危険だし―――」「それに被害が増えるかもね。」

「それでも!」

 柚は本気だった。彼女は純粋だから、他人のことも自分のことのように考える。つまり極端なお人好しだということだ。

「何か、六花に次いで紫夜、そして柚のこのパターン。お決まりなのかな?」

 凛音はどうしようもないと断ることを諦めた。


 そして再び午後8時が訪れる。凛音は六花と一緒に、一人の純粋少女を連れて裏野ハイツへとやってきた。空はとっくに真っ暗なのは当然、今日は曇り空でスッキリしない。風は落ち着いている様子だ。電柱が近くにないために裏野ハイツはやや不気味に佇んでいる。三人は入口前に立って裏野ハイツを眺めていた。

「もう自分の家じゃないみたいだ。」

「覚悟は良いよね、柚?」

「正直、怖いけど…友達が危険ならへっちゃらだよ。」

「さて、行こうかな。」

 凛音と六花、そして柚は裏野ハイツの敷地に足を踏み入れる。


「またしても客人か?」

 大村は信じられないといった感じだった。

「すいません、本当はダメなのは分かってるけど、でもほっておくことなんてできないから。」

 柚は大村の前でそう言った。その眼差しはどこまでもまっすぐだけど、逆を返せば、それは無謀な人間だということだった。

 ここは101号室。三人は大村と机の前でr対面していた。寛助はそんな4人をベッドの柵に座って眺めていた。新たな女子高生がきてワクワクしているのだろう、この男、どうしようもない。一方、霊障で昨夜、ダウンしていた小雪は一命を取り留め、今はベッドに座って観覧していた。霊障はまだ残っているけれど、昨夜に比べればだいぶ良くなっていた。

「まぁ、仕方ないか。来てしまったものは来てしまったものだからな。君はなんて名前だ?」

 大村が柚へと尋ね、柚は自己紹介する。寛助がどんな名前だろうと目を輝かせて見ていたので、小雪が背中を蹴り飛ばした。もはや単なるロリコン変態野郎だ。

「柚、か。分かった。では、柚君。」

「柚君、ですか?」

 柚はちょい苦笑い。

「凛音から話は聞いているかな?」

「はい、とても恐ろしいことが起きているそうですね。」

「とてもじゃ物足りないくらいだ。君が今から経験することは一生物の経験だろうね。『シュウチャク』に巡り会える人間なんて何千万分の一ぐらいだ。僕らは今から『水野紫夜』及び『日野帯人』の救出を始める。万全の準備をしてから出発だ。良いかい?」

凛音「もちろんです!」

六花「大丈夫。」

柚「できる限りは尽くします。」

寛助「ショータイムだぜ!」

小雪「変態黙れ。」


 準備を終えて、総勢6名の探索者は101号室を後にする。そして直後のことだった。

「うわああああああああああああああああああああああああああ!」

と、大声量でどこからか雄叫びが聞こえ、凛音は驚いて、同じくらいの声量で絶叫、飛び上がって寛助の顎に頭をぶつけた。

「ぐふっ!」

「いったぁ!すいません、寛助さん!いてててて…。」

 凛音は頭を押さえて謝る。

「愛の一撃、受け取ったぜ。」

 どこまでポジティブなんだこの変態は。

 そしてすぐに声の正体が判明した。裏野ハイツ、管理人の部屋への裏道から一人の人間が逃げ走ってくるのが見えた。それは明らかに水野紫夜!彼は大疾走で敷地を走り、出口へと向かっていた。ものすごい形相で怖がって逃げている。雄叫びなんかではなくただの大絶叫だ。

「あ、紫夜発見。あの馬鹿!どこ行ってたんだよ!」

 凛音は手を振って紫夜を呼ぶが、紫夜は全く視界に入っておらず、そのまま走り抜けていった。

「ま、見つかったことだし、結果オーライ?何で今いるのか知らないけど。」

 凛音は楽観的に考えている。一方の大村は何か変だと考え込んでいた。

「さ、この調子で帯人さんも見つけるぞー!」

 彼らは帯人の消えた202号室へと向かうことに。


 さて、彼らは紫夜の逃走を見送った後、階段を上がって2階へとやってきた。例の202号室が目の前にある。

「またワープしたりしてー。」

 凛音が冗談にならない冗談を呟く。

「さてと、行こうか、みんな。」

 大村はドアノブに手をかけて回し、ゆっくりと開いた。中は当然202号室変わらず、しかし、そんな時、何者かが外へと出て行くのが見えた!大村は驚いて後退し、後ろに立ってた寛助に押さえられた。

「どうした?!」

「誰かが来る!逃げろ!」

 大村の焦った表情を見て、寛助は本気でやばいものが迫っていることを実感した。

 彼らは大急ぎで階段を降りていく。そして202号室の扉が弾けるような勢いで開いた!何者かが出てくる足音が響いた。彼らは階段下のところで待機している。

「202号室から本丸が出てきたってこと?」

 六花が大村へと小声で尋ねる。

「いや、分からない。もしかすると、発生源の可能性もあるが…むやみに近づくのは危険だ。まずは待機して様子を伺うことにしよう。」

 そのまま待機を続ける6人。足音が少しずつ階段へと向かっていることに気づく。1階へと降りようとしているのだ。

「このままだとこっちに来るよ?どうするの?」

 柚が心配そうに言った。

「小雪、病み上がりで悪いが、いざとなったら呪縛してくれるか?」

 大村は小雪に訊く。小雪は小さく頷いた。とはいえ、まだ両腕の霊障は解けていない。対象者が『シュウチャク』ならば、今回は生き残れないかもしれない。それでも小雪は覚悟していた。大村のためにも呪縛は成功させると。

 そして足音が鉄の鈍い音に変化した。階段に足を踏み入れたのだ。一同は階段を凝視する。そこには身長の高い男の姿、霊には到底見えない。そしてすぐに誰か分かった。

「帯人、か?」

 大村が階段へと出てくる。他の5人も後に続いた。階段上の男は気づいて振り向く。そしてすぐに走ってきた。その人物は大村の言ったとおり、日野帯人だった。

帯人「康人!何で先に帰るんだ?!」

大村「先に?いや、今来たんだ。」

帯人「何言ってる?」

大村「さっきまでどこにいたんだ?」

帯人「202号室だよ。急に皆、いなくなったから少しだけ驚いたよ。」

 帯人はそう言う。202号室の扉は少しだけ開いただけだ。なのに、帯人は皆がそこにいることを知っている。

「今さっき、僕らが何してたか分かるか?」

 大村は試しにそう訊く。

「202号室で階段の話だろ?小雪が急に倒れて帰ることになって―――あれ?小雪、何ともないのか?」

 帯人は平然としてる小雪を見て訊いた。小雪は小さく頷く。大村はすぐに状況を理解した。帯人も六花と同様で、過去の記憶になっている。つまり、昨日の記憶だ。

「えっと、これはな、結構説明が長くなるから、ひとまず戻るか?」

 大村は帯人を連れ、計7名で101号室に戻った。それから大村はお決まりの机で帯人と対面し、何も分かっていない帯人にこれまでの経緯を一から説明した。大村本人も凛音ほどは分かってないものの、それなりの記憶は残っている。その記憶を帯人に受け継がせ、『シュウチャク』の検証をはかどらせようとしている。大村の知っている全てを帯人は聞いて、それから深刻そうな顔をした。

「思ったより『シュウチャク』は厄介な怪異だったってことだな。これは弱点部位を突くのは非常に困難そうだ。」

 それを大村のベッドに座って聞いていた六花はふと気づいて帯人に言った。

「ところでさ、その弱点って何?怪異って弱点とかあるの?」

「良くぞ聞いてくれた。弱点はある。ただ普通に攻撃とか、そんなものでは弱点なんて突けない。『シュウチャク』は何かに執着する性質。その性質を破る方法、それこそ弱点だ。ただ、そんな弱点を簡単には暴くことはできないし、特定するのにも、偶然を抜けば時間はかかる。」

「ふーん。」

 六花はしっかりと聞いたが、興味なさげな反応を見せて黙った。


 しばらくしてのこと、101号室待機中、凛音がとあることを呟いた。

「そーいえばさ、101、201、202、203号室は寄ったよね?他は何もないの?」

 それを言った凛音に、注目の目が集まった。

「え、何?変なこと言った?」

「いや、名案だ。」

 大村が凛音を指差し、その行動とは似合わぬ抑揚のない口調で言った。

 そして凛音の提案通り、彼らは他の部屋探索へと向かうことになった。もちろん、当然、分かってはいるが危険だ。それは了承の上だった。少しでも手がかりを見つけない限り、この怪異は終わらない。だから動くのです。動かざるを得ないのです。動かねばならないのです。

 まぁ、そんなこんなでやってきたは102号室、大村の部屋の右隣。情報によれば、102号室住民は40代男性。普段は部屋に籠って何かしているようだが、その企みは不明。いつもカーテン締め切りのため、その姿は確認できず、ほとんど外出もしている様子はない。噂によればだが、年末の2日は家を留守にするとの情報がある。だが、年末はまだまだ先の話。

 彼らはそんな102号室扉前へと来ていた。

「ここで扉を開いて、またワープの可能性あるからな、気を引き締めていこうぜ!」

 寛助が気合充分、暑苦しくそう言った。

 大村が扉を数回ノックする。しばらくすると、部屋の中から急ぎ足の音が響いて、そして扉が開いた。中から情報通の40代男性が出てきた。見るからにオタク感満載といった感じだ。髪はもっさり。特にオタクを醸し出しているのはTシャツだった。無地の上から黒字楷書体で『働かない男はただのニートだ!』と書かれていて、それはもうダサいの一言で閉められるレベル。ただ、ヒキニートの割には太っているわけではなく、むしろやせ細っていた。

「何です?」

「夜遅くに失礼します。一つ伺いたいのですが―――」

 大村の礼儀正しい言葉を遮ってヒキニートが、

「何も答えないのでそれでは。」

 そう言って扉を閉じようとした。寛助がすぐさまその扉を掴んで閉めさせなくした。

「何ですか?警察呼びますよ?」

「質問は一つ。怪異は信じますか?」

 大村の質問に、そのニートはピクリと反応して、大村に怪しげな目を向ける。

「信じると言ったらどうするんです?」

「情報をもらいたくてね。ここの怪異をご存知ですか?」

「いや、全く。」

「そうですか。では、『シュウチャク』というものを知ってますか?」

 そう質問すると、男は先ほどとは変わって真面目な顔つきになった。何か心当たりがあるようだ。

「それはネットで話第の『アレ』?」

「ネット?」

「そうなんですよー。僕がネットサーフィンしてる中、ちょっと気になるものを見つけて拝見してたんだけどね。最近、七精神体という怪異が急上昇しているとか何とか。そのうちの一つが『シュウチャク』だったけど。まさかそんなことを聞きにわざわざこのダメ男の部屋に来たとか、そんなんじゃないですよねー?」

「あぁ、そのとおりだ。」

 大村は恥じることもなくすんなりと認めた。

 大村に続き、帯人が後ろから尋ねる。

「じゃあ、『シュウチャク』の弱点とか知ってるんじゃ?」

「さぁ~?ネットサーフィンしてこないと分かんないお。」

「じゃあ、頼み事がある、君にしかできないことさ。『シュウチャク』の弱点部位を調べて欲しい。」

 帯人は大村の前に出て、真剣面でその男に言った。ヒキニートはしばし考え、それから言う。

「ただではやらないけどねぇ。」

 そう言った男の前に諭吉が5体出現した。

「これでどうだ?やる気になるか?」

「帯人さん?それはさすがに多いんじゃ?」

「気にしなくて良い、凛音。それよりも『シュウチャク』が先だ。さてと、やるのかやらないのか10秒で決めろ!」

「やります!」

 即答だ。金に目が眩んだのだ、この男は。だが、これで『シュウチャク』の弱点部位は突くことができそうだ。

 男は室内へと籠る。扉が閉まって一同皆、黙り込んでいた中、最初に口を開いたのは寛助だった。

「帯人?『君にしかできない』って言ってたろ?誰にでもできんじゃねぇか。」

 帯人は無表情のまま、

「ああいう、無職人の類は『君にしかできない』っていう特別感を味わせるだけで簡単に動くんだよ。」

と、実に酷い回答をした。

 その後、彼らはこの部屋の隣、103号室前へとやってきた。103号室住民は30代夫婦と子供の家族だ。たまに子供が外に出てる姿を見る。ただ、泣き喚くような子ではなく、結構静かな子供らしい。

「こんな時間にお邪魔するのは失礼かな?」

 六花は大村にそう聞いた。大村は問題ないと返し、ドアを数回ノック。しばらくすると、一人の男性が扉を開いて出てきた。情報通りの30代男性だ。

「何だい、大勢で寄せ来て?新聞勧誘はしないぞ。」

 大村はその男に訊く。

「いや、我々は新聞社ではない。ちょっとお聞きしたい事がありまして。ここ最近、何か異変とか感じないですか?」

「は?」

「他部屋から情報がありましてね。103号室のあなたは大丈夫かと思いまして。」

「異変…。そういえば、ここ最近、上の階の部屋の物音が五月蝿いかな。」

 凛音はそれを聞いて照れるように顔を隠した。103号室の上、203号室は凛音の部屋だ。

 大村は何もないと分かると、お礼を言い、帰ろうとした。そんな時、男からもう一つ証言が出てきた。

「あ、そういえば、201号室の山神さんが自分の子供を知らないか回っていましたね。」

「何?山神さんに子供?」

 一同皆、知らない情報だった。裏野ハイツに住む、大村や凛音ですら知らない情報。山神さんに子供がいる。

「一枚の写真を持ってて、指差して言ってたんだ。いやー可愛い女の子でした。」

 その男は安らぎの表情でそう言った。

 その情報を得、彼らは103号室をあとにし、例の203号室へと行くことにした。

「前みたいに断られるオチだと思うけど。」

 凛音はそう一言。

「前にも来たことがあるのか、凛音?」

 大村がそう尋ねる。凛音は首をかしげた。前にも大村さんと一緒に来たことがある凛音。しかし、大村が知らないということは―――前の大村との記憶だった。

「あ、そういうわけ。」

 凛音は一人で納得する。他の全員、何のことかサッパリだった。

 そして凛音、もう一つ言いたいことが。

「大村さん…少しトイレ行きたいんだけど。」

「あぁ、早く行っておいで。」

 凛音は大急ぎで203号室へと向かった。

 大村は凛音を見送ると、203号室をノックする。

「山神さん、ちょっと訊きたいことがあるのですが?」

 しばらくすると扉が開き、中から70代の女性が出てきた。彼女が山神さんだ。辺りを数回睨みつけると、すぐに彼らを部屋の中へと引っ張り、そして扉に鍵をかけた。その後、山神さんは彼らを椅子に座らせ、自分は相対するような位置で座った。

「訊きたいこととは何じゃ?」

 山神さんがそう尋ねるので、大村は遠慮容赦なしに返す。

「息子さん、お探しですよね?」

 山神さんは数回頷くと、ポケットから一枚のボロボロの写真を取り出して、机上に置いた。恐らく山神さんだろう20代女性と、その横に笑顔で立っている幼女が一人。実にほのぼのしい写真だった。

「この子がお探しの子なんですね?いつからいないんです?」

「私が37歳の時、ちょうどこの子が高校生になった頃じゃ。この子は新生活を営むためにこの部屋の隣、202号室で私と一緒に暮らし始めた。この子は好奇心旺盛でな、心霊スポット巡りとかが実に好きだったのじゃ。しかし、この子は行き過ぎてしまった。ある日、この子は一つの心霊現象を検証するために出かけた。そのスポットにて、この子は行方不明になってしまった。それ以来、一向に見つかる気配もなく、こうして今となっている。私は202号室にいると思い出してしまうのじゃよ、この子のことを。だからこうして201号室に籠っているのじゃ。思い出すと胸が締め付けられる、苦しい。」

 そう山神さんは涙ながらに語ってくれた。

「そういう訳でしたか。すいません、僕は山神さんを少し疑っていましたが、そういう事情でしたら、仕方ないですね。お話ありがとうございました。」

 大村はそう例を言い、うな垂れる山神さんをあとに、一同を引き連れて外へと出て行った。扉を閉めようとした、その時、山神さんが扉を押し退けて出てきた。そして一言呟く。

「信用こそが一番の敵じゃ。それを肝に銘じておけ。」

 そう格言を残して扉は閉められた。それと同時に凛音トイレタイムが終了して203号室から凛音がかけてきた。

「山神さんは?扉はまだ開いてない?」

「いや、開いた。話も聞いた。」

「え?!意外?!」

 そんな凛音と合流した一同は情報収集を終えたので一度101号室へと戻ることに。大村は緊張しながら101号室の扉を開くが、なんごともなく101号室に戻ることができた。

「自分の部屋に戻るのがこんなにも緊張することがあるか、普通?」

 さて彼らは皆、机の周りに集まり、作戦会議を開くことに。話し合いによって、まず最初に右隣のヒキニートから弱点部位についてを聞き出すことに。それから万全な準備を整えての202号室へ。202号室はやはり発言元のようだ。山神さんの住んでいた202号室、そこは山神さんとその息子との思い出の場。息子の残留思念が『シュウチャク』を引き起こしていると見切った大村。霊体検査官、帯人も同意見だった。つまり、202号室の霊体は山神さんの息子の生き霊か、死霊ということになる。

「そしてもし、仮に『シュウチャク』を消滅させたとしても、油断はならない。『シュウチャク』という名通り、執着力が強いゆえ、消滅からリバースする可能性も考えられる。」

 帯人はそう言う。

 そのため、『シュウチャク』を消滅させたのち、小雪が霊体封殺をするそうだ。その間、部屋には誰もいてはいけない。小雪の霊体封殺は人体にも悪影響を及ぼすからだ。

「だが、ここで安心するのはまだ早いぞ。『シュウチャク』は執着するからな。もしかしたら、小雪が封殺しきれない可能性も考え、二段構えで行かせてもらう。」

 その策とは、202号室をまるごと封印するという荒技。部屋を出て行った人間が封印札を部屋の扉に貼りまくるという、それだけのことだが、これをしてしまったら202号室は二度と使用不能になるため、色々と管理人に説明を入れなければならない。

 大村は低音声で静かに言う。

「ただ、もしかして、本当にもしかしてのことで、『シュウチャク』がそれでも抑えきれなかった場合は―――小雪。」

 小雪は小さく頷いて、その後、説明した。

 最終策は、小雪を犠牲にして『シュウチャク』を爆殺するということだった。当然反対の声が多かった。死人が出ることだけは避けたいところだが、『シュウチャク』がそこまで強大だった場合は、なおさらこうしなければ死人はそのうち確実に出る。だからこそだった。

「小雪さん、絶対に勝って202号室を出ましょう!」

 凛音は小雪の手を握ってそう誓う。小雪は珍しく表情を崩し、小さく頷いた。

 こうして彼らの最終アタックが始まるのだった。


 『シュウチャク』への最終アタックにはそれ相応の準備をしなければならない。

 大村は小雪を抜く5人(不知火凛音、桐ケ崎六花、言峰柚、山崎寛助、日野帯人)にそれぞ5枚ほど封印札を渡しておいた。これは二段構えで扉へと貼るためのものとなっているが、持っておくだけでも心霊防御になる。

 小雪には大村が念には念をと、一つの貴重なアイテムを渡した。それは白いブレスレットだ。単なるブレスレットではなく、霊抗力を持つブレスレットだった。それは数珠よりも効力のあるアイテムで、正式名称では『退魔護壁手輪たいまごへきしゅりん』という。自分にはもったいないと、小雪は最初遠慮していた。大村は『自らの命を犠牲にしてまで引き受けてくれたことだ。これぐらいの守護アイテム、何のことでもない。』と言って、結局小雪は引き取ることにした。

 帯人は独自に使用機材の準備をしていた。霊体検知機から始め、良く分からない物を用意していた。凛音がそのうちの一つをじっと見つめていた。

「気になるのかい?」

 帯人が凛音にそう尋ねる。

「いや、何か高そうだなーって。」

「そうだね、これは値打ちのでない代物ばかりさ。」

「それって?」

 帯人は一つの機材を手に取った。どう見てもトランシーバーにしか見えないものだ。

「これは『霊体蓄音機』というものだが、元は単なるトランシーバーさ。ひと工夫加えて新しい物品に変換したんだ。つまり、ここにある全ての機材は基本値打ちはそこそこってこと。」

「ふーん…でも使えるんだよね?」

「でなければ用意はしないさ。」

 こうして彼らは準備を終え、101号室を出て行った。目指すはまず右隣102号室。ヒキニートが今頃、ネットサーフィンして弱点部位を突き止めているだろう。大村は102号室をノックする。しばらくして扉が開き、あのニートヅラが隙間から外を拝見する。彼らだと分かると、すぐに扉を開いて情報提供をした。

「ネットサーフィンして、一つ見つけたお。『シュウチャク』の弱点は発生源の執着対象。『シュウチャク』と執着対象は相殺されるそうですねー。」

「でかした、ニート!」

 寛助が荒っぽいお礼をした。男は気を悪くしてふてくされる。

「ありがとう、報酬はしっかりと渡すつもりだ。」

 帯人は男の諭吉を5枚ほど手渡し、男はすぐに気分を良くして部屋に籠った。

 弱点を知った彼らは目的の202号室へと出向く。それぞれ気を引き締めて目の前に立った。202号室の扉が不思議と大きく禍々しく見える。201号室の扉の隙間から山神さんが覗いて様子見をしているのが、彼らは誰も気づかない。

「さてと、息子さんは物分りの良い子だと良いけど。」

 大村はそう呟き、扉のドアノブに手を置く。やけにドアノブが冷たく感じていた。回して開くだけだが、正直大村は逃げたかった。『シュウチャク』を前に手が震えているのが分かっている。

「大村さん?どうかしました?」

 凛音は大村の動きの止まった背中を見て、訊いた。

「いや、何でもないんだ。」

 大村は思い切って扉を開く。背後では皆の緊張の空気が背中を通してヒシヒシと伝わっていた。202号室の扉はゆっくりと開いていき、お決まりのあの暗くて綺麗で、なぜか人の使った跡の残る部屋が現れる。カーテンは閉め切りで外の明かりは一切入らず。ここに山神さんの息子の霊体があると思うとぞっとする。大村を始め、全員がその部屋へと入る。そして最後尾、凛音が扉を閉じた。妙な静けさが部屋に立ち込める。

「さてと…計画が早速変わった。弱点を突くのは不可能かもしれない。早速小雪に活躍してもらう。霊体呪縛のち霊体封殺に繋いで欲しい。」

 大村がそうカミングアウト。一同は大村を驚いたように見る。小雪は大村の指示に頷く。

「そんなことしたら、また小雪さんが―――」

 小雪は凛音に、口の前に人差し指を置いて黙るようにハンドサインを送った。

「心配はない、次は負けない。」

 小雪は平然と抑揚なしの声でそう言い聞かせた。凛音は感じ取っていた。小雪のフツフツと煮えたぎる闘志というものが。凛音はそれを認めて黙ることに。

 小雪は両手で何かを描くと、即座に地面に手を付けた。早速霊体呪縛を始めるようだ。そしてそれから数秒で立ち上がった。

「終わった。」

「小雪、今終わったって―――」

「終わった。」

 驚く大村を無視して小雪は『終わった。』と、それだけを呟いた。今回の小雪は本気だ。霊体呪縛を数秒で終わらせてしまったらしい。今回は霊障の痕跡が見当たらない。

「今から霊体封殺に入ります。みんな、直ちに退室お願いします。」

 小雪の指示に従い、皆は202号室を一度出て行くことに。大村は最後、扉を閉じるのに数秒迷った。このまま閉じたら小雪の姿が消えるのでは?もしかして、もう会えなくなってしまうのでは?そんな不安ばかりだった。しかし、小雪の闘志に燃える瞳を見て、大村は迷いを振り切り、扉を閉めた。

 凛音は心配で大村に訊く、霊体封殺にかかる時間を。大村本人も分からず困った。ただ小雪を信じてくれと、それだけを伝える。

 そこから数分間の時間が過ぎ、大村は様子見をしようかと扉を開く。危険なのは分かっていたが、さすがにそろそろ終わってもおかしくない時間だった。そして扉を開くと、その部屋の中央に小雪が倒れているのを見た。大急ぎで部屋の中へと入り、小雪の安否を確認する。意識はまだあるようだったが、衰弱していた。

「どうした、小雪?!『シュウチャク』はどうなった?!」

 大村の焦る表情。小雪は弱々しい声で言う。

「―――永劫、輪廻―――」

「はい?永劫輪廻?…りんね、凛音?!」

 大村は即座に背後を振り向く。部屋の中、凛音の姿がない!玄関の所に凛音の姿を見つけた大村は立ち上がり叫ぶ。

「凛音!そこで何をしてる?!」

 凛音はニヤリと笑う。そして玄関から部屋の外へ。扉のドアノブに手をかけた。大村含め、全員が凛音へと走り出す。扉を閉めようとしているのだ。このままでは危険だ。しかし、間に合わず凛音は笑顔で扉を閉め切った。


「さようなら、みなさん。」

 凛音は捨て台詞を吐き、202号室を後にする。背後から叫び声や断末魔を背負いながら。

「これで合計64人目だね。次はどんな子が来るのか楽しみだよ、あはははは。」

 凛音は笑顔で呟く。

「それにしても惜しかったねぇー、帯人さんは。この怪異は『シュウチャク』と『ドンショク』のハイブリッドなんだよ。『シュウチャク』に執着しすぎて分からなかったんだね。」

 凛音はそのまま201号室前へとやって来て、扉をドンドン叩きまくった。そして大声で、

「すいませーん、山神さーん。開けてください。僕ですよ、僕。不知火―――じゃなくて、山神凛音でーす。」

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[一言] ごめんなさい、四万文字一気はムリです。
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