救済
誠は何も言葉にできずに立ち尽くしていた。黙り込む誠達を見てランは難しそうな顔をして話を切り出した。
「これから話すことはアタシの憶測だ。かなり希望的要素があるからはじめに断っとく」
見た目はどう見ても小学校低学年の女の子のようなランが極めて慎重な物言いをするのに違和感を感じながら誠はランがラーナの端末に手を伸ばすのを見ていた。
「そもそもこの法術暴走を人為的に繰り返している組織が東和で行動を始める必要がどこにあったのか。アタシはまずそこを考えたわけだ」
そういうと再び言葉を選ぶように黙り込む。小さな腕を胸の前に組んで考え込むラン。
「どこの組織も管理していないと言うことならベルルカン大陸の失敗国家のレアメタルの廃鉱山や麻薬の精製基地なんかでやるのが一番だ。利権だの国際法規だの、人体実験マニアをとっ捕まえるのに障害にことは山ほどある」
ラーナの手元のモニターにベルルカン大陸が映る。先日のバルキスタン事変でも同盟軍の治安維持行動をめぐり西モスレムと東和が同盟会議で非難の応酬を繰り広げるようになったことは、その同盟軍の切り札として動いた誠にもベルルカンに介入することがいかに難しいかを感じさせていた。
「それに手っ取り早くデモンストレーションをするならはじめから覚醒している人材を使えば良いだろうな。誠に突っかかったアロハの男。東和でアタシ等に挑戦するように法術のマルチタスクを見せ付けた奴、そしてバルキスタンでなぜか誠を助けた炎熱系法術に長けた術師」
そこまで言うと再びランは深呼吸をした。緊張が誠を黙らせている。ランは言葉を続ける。
「アタシ等に喧嘩を売るってことなら例の連中みたいに完成された法術師をぶつけるのが一番手っ取りばえーよ。でもこの事件では法術を実用的に使えるような人物は表には出てきてねーわけだ」
そこまで言ってランは頭を掻きながら誠を見つめた。
「つまり今の段階ではこの組織……まあアタシはある程度のでかい組織が動いていると見ているんだがね。その組織の連中には正直そこまでの技術はねーだろうな。確かに実験のラインには乗らなかった規格外品だとしても、司法執行機関も馬鹿じゃねーからな。そう遠からず手は回るわけだ。だがばれたとしてもすでに十分成果を挙げている……それかばれても問題にならないようなお偉いさんがつるんでいる……なんて状況を考えちまうんだよ」
そう言ってランは頭を掻く。
「現在の彼等の技術ではこれまで私達を襲撃したような法術師は作り出せない……つまりクバルカ中佐はこの法術暴走のサンプルを破棄している連中が今までとは別の組織だと言いたいんですか?」
カウラはいつにない強い調子でランに迫る。
「でも、つながりがねえとは思えないな。どちらも活動開始時期が誠の法術の使用を全宇宙に中継したころから動き出したわけだ。しかもこの東和を中心に動いている。バルキスタンの件も司法局実働部隊の活動を監視していたって事は東和の地と無関係とは思えないしな」
かなめの指摘に誠も頷く。
「となると、アイシャ。さっきお前さんが言ったローラー作戦は危険だぞ。研究の成果がばれてもいいとなれば自棄になった連中が虎の子のより完成度の高い人工的に作られた法術師が動くことになるだろーな。対応する装備の無い所轄の捜査官に相当な被害が出ることも考えなきゃいけねーや」
そう言ってランはこの事件の捜査責任者である茜を見上げた。
「そうですわね。とりあえず捜査方針については同盟司法局で再考いたしますわ。それと、誠さんにはしていただきたいことがあってここに来ていただきましたの」
茜は真剣な視線を誠に投げた。そしてその意味が分かったと言うようにかなめとカウラ、そしてアイシャが沈痛な面持ちで誠を見つめる。誠はその目を見てそしてランが見つめている誠の剣を握りなおした。
「このかつて人だった人に休んでもらうって事ですか?僕の剣で」
搾り出すように誠がそう言うと彼女達は一斉にうなづいた。
「え!それって……どうして?この人だって……」
驚いたようにサラが叫ぶ。
「無理ですわ。もうこの人の大脳は血流も無く壊死して腐りかけてますの。それがただたんぱく質の塊のような状態で再生するだけ、ただ未だに機能している小脳で痛みと苦しみを感じるだけの存在になってしまった。数週間後には再生すら出来なくなって全身が腐り始める」
その茜の言葉にサラは反論を止めて黙り込むしか無かった。
「僕に、人殺しをしろと?」
「馬鹿言うんじゃねー。こいつを休ませてやれってことだ。こいつを苦しみから、痛みから救ってやれるのは法術師だけだ。そしてそれがオメーの司法局実働部隊での役目なんだ」
ランの言葉に誠は剣を眺めた。黒い漆で覆われた剣の鞘。誠はそれを見つめた後、視線を茜に向けた。
「やります!やらせてください!」
誠に迷いは無かった。
「いいのね」
確認するような茜の声に誠は頷く。
「止めろとは言えないか」
カウラがつぶやく。アイシャは黙って誠の剣を見つめていた。
「俺は何も言える立場じゃないけどさ。やると決めたんだ、全力を尽くせよ」
島田に肩を叩かれて誠は我に返った。しかし、先ほどの決意は勢いに任せた強がりでないことは自分の手に力が入っていることから分かっていた。
静かに誠は手にした『鳥毛一文字』を抜いた、鞘から出た刃は銀色の光を放って静かに揺れている。
「それじゃあ、ラーナさん。部屋を開放、神前曹長には中に入ってもらいます」
茜の言葉でラーナは端末のキーボードを叩き始めた。二つの部屋の中ほどに人が入れる通路が開いた。
「そこから入ってくれますか?指示はアタシが出しますんで」
ラーナの言葉を聞いて誠はその鉛の色が鈍く光る壁面の間に出来た通路に入っていった。
膨れ上がった眼球が誠の恐怖をさらに煽る。だがもはやそれは形が眼球の形をしているだけ、もうすでに見るということなどできる代物ではなく、ただ誠の恐怖をあおる程度の役にしか立たない代物だった。
『神前曹長!狙うのは延髄っす!そこに剣を突き立てて干渉空間を展開たのんます!神経中枢のアストラル係数を反転させれば再生は止まるっす!』
ラーナの言葉を聞いて誠は剣を正眼に構える。突きを繰り出せるように左足を下げてじりじりと間合いをつめる。
しばらくして飛び出した眼球が誠を捉えたように見えた。その人だった怪物は誠の気配を感じたのか、不気味なうなり声を上げる。次の瞬間、その生物からの強力な空間操作による衝撃波が誠を襲う。だが誠もそれは覚悟の上で、そのまま一気に剣を化け物の口に突きたてた。
「ウギェーヤー!」
喉元に突き立つ刀。化け物から血しぶきが上がった。誠の服を血が赤く染め上げていく。しばらく目の前の化け物はもだえ苦しんでいるように暴れた。突きたてた誠はそのまま刀を通して法術を展開させる。
『こ・レデ・・やす・める』
脳裏にそんな言葉が響いたように感じた。誠の体をすぐに黒い霧が化け物を包む。もがく化け物の四肢が次第に力を失って……。
そんな目の前の光景を見ながら同じように誠も意識を失っていった。