ゲーム
「あれから……忙しくなるんじゃなかったんですか?」
誠は思わずそうつぶやいていた。寮に着くと待っていた嵯峨は誠達に無期限の謹慎を命じた。理由は捜査権限逸脱。誠は黙認していた嵯峨の突然の変わり身に驚きながら抗議したが、一度決めたことを嵯峨が翻すことは考えられないとカウラに窘められて黙り込んだ。
そして誠は次の日の朝、出勤する隊員達を見送った誠達はすることも無く食堂でコーヒーを飲んでいた。
「世の中思惑通りに行かないもんだよ」
そう言いながらかなめはチョコレートに手を伸ばす。カウラも平然とクラッカーを食べている。
「そうよ、誠ちゃん。焦っても何も無いわよ」
アイシャはニコニコ笑いながらさっき一人でコンビニに出かけて買ってきたのチーズケーキを口に運んだ。嵯峨の突然の命令に切れた島田は簀巻きにされて部屋に放り込まれている。朝、出勤する隊員達と入れ替わりにやってきたサラが部屋にいる。おそらくは島田はありったけの不満を彼女にぶつけていることは誠にも容易に想像がついた。
「安心しろよ。捜査権限の委譲は済んでないんだ。ライラ達が出来るのは任意の事情聴取ぐらいだろうな。むしろレンジャー隊員がその得意とする交渉術を駆使して人海戦術で労せずして情報が集めてくれる。良いことだろ?」
見た目の子供のような姿からは想像もつかない大人びた考えをランが示して見せる。そして一人日本茶を飲みながら穏やかな顔で誠達を見つめる茜の姿があった。
「ああ、そう言えばさっきレベッカが遊びに来てたわよね」
思い出したようにアイシャはそう言うと立ち上がった。サラより少し遅れて遠慮がちに食堂に顔を出し、そのまま非番の西の部屋に彼女が向かったのは誠も知っていた。
「なんだよ、野暮なことならやめておけよ。叔父貴にどやされても知らねえぞ」
そう言うかなめだが、明らかにタレ目を輝かせてアイシャについて行く気は満々のように見えた。隣のカウラも暇をもてあましているというような表情で誰かがあと一言言えば立ち上がるような雰囲気だった。
「そうだな。西を指導するもの上司の務めだ」
ランが立ち上がる。さらに含み笑いの茜、心配そうな表情のラーナもコーヒーを飲み干して立ち上がる。
「止めましょうよ、そんなこと」
「おい、神前。笑いながら言っても説得力ねえぞ」
微笑むかなめを見て誠もつい立ち上がっていた。そして一同はいそいそと食堂を後にして寮の階段に向かう。
「どうする?そのまま一気に踏み込むか?」
「西園寺。それはさすがにやりすぎだろ」
ノリノリのかなめをカウラがたしなめる。だが慎重な言葉とは裏腹にカウラは一段飛ばしで颯爽と階段を駆け上がっている。呆れているラン達を尻目に誠、かなめ、アイシャ、カウラは素早く三階の西の部屋にたどり着いていた。
「おい!上官達の訪問だ!諦めて部屋を開けろ!」
かなめがドアを叩く。誠達は呆れながらかなめを見つめていた。
「ああ、西園寺大尉」
すぐに扉が開いて西が顔を出す。すぐさま計ったように素早くアイシャが部屋に飛び込み、扉をカウラが固定しているのを見て誠も悪乗りして後に続く。
「あのー……シンプソンさん?何をしているのかしら?」
立ち尽くすアイシャの前にゲーム機のコントローラーを持って座り込んでいるレベッカが見えた。
「『戦国群雄伝 国盗り物語』」
誠も西の端末の画面を見た。そこには髭面の日本の戦国時代の武将の顔が映されている。『戦国群雄伝シリーズ』は地球の日本の戦国時代を再現したシミュレーションゲームとして一昔前の東和ではやったゲームだった。今時ネット対戦でもなく一人用のシミュレーションゲームと言うことで珍しがられてコアなファンがいるゲームとして知られていた。
「渋い……って言うかなんで非番の日に部屋でこんなゲームやってるんだ?しかも二人で」
ただその事実にかなめは呆然と西達を見つめていた。
「へえ、西君がオリジナル大名で出てるんだ……国は和泉……畠山氏をいじったのね」
こういうゲームには詳しいアイシャはレベッカからコントローラーを奪うと武将の能力値の確認を始めた。ついてきたかなめも生暖かい視線でレベッカと西を見比べながら画面を覗き見ている。
「家老が叔父貴……これって能力の最高値は?」
かなめが今にも笑い出しそうな顔をしている。止めるべきかどうか悩みながら後ろのカウラに目を向けるが、彼女も呆れつつも興味があるようで画面をちらちらと盗み見ている。
「設定は100までだけど改造ツールを使えば150まで……ああ、ノーマルねこれ」
アイシャのニヤニヤが止まらない。こうなっては誰も手が出せないので、部屋の主の西も苦笑いでアイシャとかなめを見守るしかなかった。
「知性98、武力99。チートねえ、でも……西君。忠誠60で不満が80になってるわよ……って義理が0じゃないの!謀反起こされるわよ!」
「へ?これ初級ですよ。謀反は起きにくい設定なんじゃないですか?」
データを慣れたコントローラーさばきで検索するアイシャに西は何をしても無駄だと悟っている。苦笑いを浮かべながら西は画面を見つめている。
「馬鹿ねえ、この性格設定は松永弾正より謀反が起きやすい状況じゃないの。俸禄を増やして……」
完全にゲームのコントローラーを独占してアイシャは勝手に操作を始める。入力が終わるとすぐにかなめがコントローラーを奪って再び武将情報の画面に切り替える。
「へー西の餓鬼が大名ねえ……げ、いつの間にアタシ等が部下に……」
そこまで言ってかなめのニヤニヤに火がついた。さらに隣のアイシャも薄ら笑いを浮かべながらレベッカを見つめる。レベッカはしばらくうつむいて時々西を見つめる。
「おい、なんで妻がレベッカなんだよ。いいねえ純情で」
「西園寺さん!黙っていてください!お願いします!特に島田班長には!」
かなめに西が土下座を始める。だがそんな西が入り口を見て表情を硬直させたのに気づいて誠達も入り口に目をやった。
「おう、西。休暇か」
そう言って部屋に入って来たのは先ほどまで縛られていたようでどこか顔色の冴えない島田だった。そのまま西がちらちらと見ている端末の画面を覗き見る。
「ゲームやってたのか」
落ち着いている島田に誠達は胸をなでおろす。だが、いつの間にかコントローラーを手にしていた島田がすぐに情報画面を開いたのを見て西が頭を抱えるのが見えた。
「西家、妻がレベッカ・シンプソン中尉。これはかなりむなしくないか?」
島田のつぶやきにレベッカが大きな胸に手を当てて苦笑いを浮かべている。すぐに島田は画面を見て情報を探す。
「姫武将が多いな……西園寺かなめ」
「おっ!アタシか」
かなめはすっかり仕切り始めた島田の言葉で飛び上がる。そして画面の正面に座っていたアイシャを押しのけるとそこを占領して画面を食らいくつように見つめる。
「知力52、武力100」
「西!」
島田から数値を聞くや、西の首にはかなめの腕が絡みついていた。ぎりぎりと首を締め上げていくかなめの鋼の腕に西はもがき苦しむ。レベッカやカウラが取り押さえようとするが、それに面白がるようにかなめが今度は締め上げつつ振り回し始めた。
「次はアイシャ・クラウゼ」
島田は騒動を無視して相変わらず画面の操作を続けていた。
「知力82か。使えますねえ」
「当然でしょ……って!武力72?ちょっと!西君!」
今度はアイシャがかなめに締め上げられていた首を抜いてようやく落ち着いた西を悲しげという言葉を超越した視線で見つめる。西はただ愛想笑いを浮かべながらデータを検索する島田を見つめていた。
「ああ、ベルガー大尉ですか。知力75、武力88」
「おい、西。なんで西園寺より私の能力が劣るんだ?」
西はカウラの言葉に今にも泣き出しそうな表情を浮かべる。
「おい、島田。アタシのはあるか?」
そして先ほどまで部下達の様子を黙ってみていたランまでもが声をかける。
「ちょっと待ってくださいよ……クラウゼ中佐っと」
島田が楽しげに検索する。かなめ達におもちゃにされていた西だがようやく三人の気が済んだというように解放されてはいたが、完全にうつむいて動かなくなった。
「知力83、武力96か。順当かな?」
「じゃあ私はどのようになっておりますの?」
今度は茜が顔を出す。島田は言われるままに検索を続ける。
「この前の撮影会の写真を使ったのか」
一つ一つに設定された写真を見て誠は近くの豊川八幡宮の時代行列に参加するために嵯峨の私物の鎧兜の試着をしたことを思い出していた。
「でもこの時代じゃ変じゃないのか?あれは源平合戦の時期の大鎧だぞ。まあアイシャは当世具足だからこの時代の設定でも良いかもしれないけどさ」
「こだわるわねえ。でもかなめちゃんの写真良いじゃない」
ステータス値の出ている画面には必ず武将の顔が写っているが、そこの写真はすべて先日の時代行列の時に撮った鎧兜の写真が使われていた。
「おい!神前!」
データを検索していた島田が誠の肩を掴んだ。気がついて誠もそこに映る自分の能力値を見てみた。
「知力63、武力58」
「馬鹿だな、そっちじゃなくて妻の欄見てみろよ!」
島田は誠の首を抱えて画面に近づける。そこには正妻がかなめ、側室にアイシャとカウラの名前が並んでいた。
「良かったな!モテモテじゃん」
笑顔の島田とサラ。だが隣で明らかに殺気を帯びている二人を見て誠は後ずさる。
「神前。お前って奴は……」
「ひどい!私とは遊びだったのね!」
カウラとアイシャの殺気が部屋に充満する。
「いい身分だな、側室持ちとは。遼南皇帝にでもなれるんじゃないか?」
そう言いながら島田からコントローラーを取り上げてかなめが検索を続ける。味方は誰もいないと気づいた誠はさらに後ろに下がりついに壁際に追い立てられる。
「オメー等馬鹿か?これは西の設定だろ?」
「西きゅんがこう見てるって事は整備の隊員が同じ事を考えているって事でしょ?」
「そうだな」
ランの説得もむなしく怒れる二人は壁際に追い詰められた誠を威嚇していた。
「そのーあの、皆さん。謹慎を命じられたといってもこう遊んでばかりでは……」
「良いんだよ」
コントローラーをいじるかなめは意外に落ち着いていた。いつもの彼女なら壁やドアにでも八つ当たりをするのではないかと思っていた誠だが別にそう言うわけでもなくただ面白そうに画面を眺めている。
「良いんじゃねーの?」
それを見ながら隣でランが西から取り上げたポップコーンを口に運ぶ。彼女なら嵯峨の副官としての仕事がこなせないことにストレスでも感じそうなところだが、そんな様子は一つも無かった。
とりあえず士気は落ちていない。誠はかなめ達のそんな様子を見て少し安心した。




