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カスタードくんとテレサちゃん

「きゃっ!」

 青空の下、澄んだ声。これが叫び声じゃなければ最高だった。おっと、シチュエーションも最悪だったな。なんせ、俺があいつを驚かせちまったわけだから。正確に言うと、むこうがこっちを驚かせるような真似をしてきたんだけどね。と、ほぼ最悪の出会いに近い形で出会ったわけだけど、出会えたことに意味があるんだから、まぁ、良しとしよう。うん、むしろオッケーだ。

 長らく訳のわからないことをつらつらと話したが、これが俺、コッチノ国が領主の一人息子カスタードと、あいつ、アチラノ国が領主の一人娘、テレサとの出会いだった。


「カスタードくん! ほら、こっちこっち!」

「うるさいな。今、行くよ。それと、俺の方が年長者なんだから、もっと敬んなさいよ」

「たった一年じゃない! カスタードくん、それは年長者として、ちょっと器量が狭いんじゃない?」

「なあっ! 言ったな」

「キャハハハ。カスタードくん、遅ーい」

 俺とテレサが「ここ」で出会って半年。出会いは最悪だったが、今じゃお互いそれなりの仲だ。自分たちの立場は分かっているが、外の世界の連中ほど負の感情に塗れていないのか、嫌な気持ちは無かった。きっと、歳が若いのが良かったのかもしれない。あと十年遅ければ、きっとここまで仲良くなれはしなかったはずだ。

 ちなみに「ここ」とは、互いの国の境界に位置する森にある庭のことだ。この森は境界上にあるが戦略的に意味はなく、お互いが非公式に黙認している中立地帯となっていた。中立地帯といっても深い森のせいで、人はおろか獣も寄り付かない始末だ。そして、庭の方はというと、四方が高い壁に囲まれ、外から中の様子をうかがい知ることができない構造である。さらに、庭園内にはお互いが持つ専用の鍵で門を開ける以外、入ることができない。俺はこの鍵を、この庭の地図とともに城の資料庫で見つけた。地図にはここまでの道のりと、庭について描かれていた。テレサも殆ど同じで、やはり自分の城で見つけたらしい。この庭についてはわからないことが多いが、恐らく互いの国が元々一つだった頃に、観覧地の一つとしてあったのではないかと思う。まぁ、結局のところ、詳細は分からないってことだ。

 おっと、話が逸れてしまった。少し戻そうか。そんな場所だ、俺たちは十代という若さにかまけ、暇さえあればこの庭に入ってはバカをやっていた。数えると、一週間のうち殆どになるかな。じゃあ、一週間殆ど暇ってことになるのか。まぁ、いいや。

 でも、バカをやれるってことは、互いに心をさらけ出してるってことかもしれない。お互いの立場を置いて、ここまで自分の心を出し切れるっていうのは、なかなか無い。厭世家を気取る俺がそうなのだから、よっぽどのことなのだろう。そして、それがいいのだろう。俺たちは親の目を盗み、時間さえあればここにやって来た。

「外とは違うね」

「ここも外だけどな」

「違うよ!」

「分かってる、領地の話だろ? あんなもん、大人に好きにやらせておけばいいのさ」

「ねぇ、カスタードくん。私ね、いつか私たちの領地が、ここみたいに平和で穏やかになってくれればいいなって思うの」

「ああ、そうなるといいな。俺もそう思うよ」

 俺はそう言いながら、首から下げた鍵を見つめていた。ここの鍵だ。古めかしいだけのただの鍵だが、不思議と気品があった。

「あら、カスタードくん。何を見ているのかしら」

「あぁ、鍵だよ、鍵。この庭園のさ。こいつのおかげで、クソみたいな世界にも、こんな綺麗なところがあるって知れてさ」

「そうね。私もこの庭園が好き。来るとなんだか落ち着くの」

「ちょうど、俺らの領地の間にあるんだよな、ここ」

「お母様や周りの者に聞いても、ここのことはあまり深く教えてくれないの」

「そうなのか! うちもだ。きっと、領地の境界にあるから、あんまり言いたくないんじゃないかな」

「不思議ね。でも、みんなが近づかないのがいいんだよね」

「そうそう、ここはそれがいいんだ。いいか、テレサ。ここは俺たちだけの秘密だぜ」

「もちろん」

「じゃあ、約束だぜ?」

「うん、約束!」

 俺とテレサは、約束の印として手を握り合った。俺たちの地方に伝わる約束の証だ。

「ちょっとカスタードくん、握りすぎ。痛いよ」

「ん、ああ、ごめん。ついでに外も平和になりますようにってお願いしたんだよ」

 そう言われて、俺は思わず柄にもないことを口にしながら、手をゆっくりと離そうとした。

「待って! 離さないで」

「お? おう」

 突然の真剣なテレサの声に、思わず驚いた。

「ねぇ、カスタードくん。私たちで外もここみたいになるようにしましょうよ。お願いじゃなく」

「お願いじゃなく?」

「そう。ここで私たちが出会ったのは運命じゃない?」

「そう、かな?」

「きっとそうよ。ね、カスタードくん」

「そうだな。じゃあ、お願いじゃなく、そうするって約束な」

「うん」

 そして、俺たちは手を離した。手を離しながら俺は、今一度外の世界について考えてみた。外の世界の問題は並大抵のことではない。経済や民族、積もりに積もった恨みや争いなどが、何重にも重なり絡まり、今の社会を形成している。当然、領主の跡取りとして、このままでいい問題ではない。今は均衡がとれているが、時代のうねりでいつ大きな争いが起こらないとも限らない。世の流れに今までさしたる興味は無かったが、テレサの言葉を聞いて、そして、自分の言葉を思い返して、事の大きさを再確認した。

 大きな争いがあればどうなる?

 きっと、互いの境界にあるここもただでは済まない。

「絶対だぞ」

 その時、今までの思い出が声になって溢れた。気持ちが押した。そんなことになれば、もうテレサに会うこともできない。その思いがだ。

「うん、絶対ね」

 テレサは笑った。青空に吸い込まれそうなほどの、澄み切った笑顔だった。


 その笑顔が俺の心を決めた。


 学べることは学ぼう。できることはしよう。

 俺は誓った。

 願わくば、いつまでもテレサと一緒にいられることを望みつつ。

 そして、その気持ちをしっかりと心に刻んだ。


 それから15年の年月が過ぎた。

 相変わらずこの庭は変わっていない。庭を取り囲む、森の中に似つかわしくない高く堅牢な壁は、外界との情報を遮っている。外界の情報を遮ってはいるが、庭の草花や木々が、季節の変わり目を教えてくれる。夏が近くなれば花が生い茂り、冬が間近に迫ると木々は葉を落とす。人の世とは断絶されているが、自然の息吹を確かに感じさせてくれる場所だ。そして、人間社会と隔絶された場所だからこそ、逆に人間というものを考えさせてくれるのかもしれない。

「父上ー」

「おう、もう見つかったか!」

「とうさまは、必ずここにいるってー」

「おいおい、シンシアずるいぞ」

「えー、だってー」

「まぁ、よしとするか」

 頬を膨らませて、風船のようにふくれている愛娘のシンシアを肩に乗せ、シンシアが駆けてきた方を振り返る。すると向こうから、一人の女性が歩いてくるのが見えた。

「あっ、シンシア。やっぱり父さんいたでしょー」

「うん、いたー」

「テレサ、早いな。もう政務の方は片付いたのかい?」

「ええ、皆に手伝ってもらってね。細かいところは御父様にも手伝っていただいたわ」

「へぇ、あの親がね」

「意外とね、御父様も心良くしてくださるの。私に任せておきなさいって」

「なんだろうね。年月が変えるのかな」

「時代じゃないよ。私たちが変えたのよ」

「そうかな」

 感慨深く空を見上げながら、俺は呟いた。

 あの時交わした約束が、俺たちを変えた。

 俺は、今までと打って変わり、外交術や政治学、日々の教養や他に必要なこと、吸収できるものは全て学んだ。厭世家を気取り、暗愚と俺を陰で呼ぶものは次第にいなくなった。

 同様に、テレサも歩みを進めていた。あらゆる学問を修め、瞬く間に凡庸な跡取りというレッテルを返上したらしい。

 この庭で会う時は、お互いが学んだことを交換したり、聞きあったり、議論を交わしたりもした。

 気づけばお互いに、自らの両親、つまり領主とも対等に意見を述べ合える関係になっていた。

 俺たちは一歩一歩地道に進んでいった。

 まずは領主である両親。次はその取り巻き。その次は領民と、一人、また一人と、自分たちの考えを述べた。今まで争ってきた仲だ。なかなか理解を得ることができず、目の前が真っ暗になることもあった。絡まった歴史の糸を解こうとし、袋小路に入ることも少なくなかった。

 しかし、俺たちは末永い平和を説き、腐心しながらも少しずつではあるが理解を得ていった。

 そして、その結果がこれだ。

 互いの領土を一つにし、ついに争いを止めることができた。それに伴い、領主であった俺たちの家系は統一されることになった。余計な禍根を生まないよう、領主ではあるが政務に直接携わらないことに決めた。国政運営は皆から意見を聞き、それを集約したものとすることにした。まだまだ拙いところはあるが、おかげで領民は太平の世を謳歌している。

 もちろん、俺とテレサ、そして俺たちの愛娘、シンシアもだ。

「あら、カスタードくん。また何か考えているの?」

「ん、何も」

「その顔は何か考えている顔だよ。私には分かるよ」

「この庭をさ。皆に開放したいなってさ」

「それはいい考え! ここは格別だもんね」

「シンシアもさんせーい」

「そうか、シンシアも賛成か。よし、じゃあやろう」

「おー!」

「おおー! ハハハハハ」

 三人の笑い声が庭園に響く。かつて俺とテレサはこの庭で、外の世界もここと同じように平和にすると約束した。そしてそれは、皆の努力もあって何とか達成できそうだ。

 これからは領民にこの庭を開放して、平和の素晴らしさを感じてもらい、長く平穏な世を保ち続けてほしいと願う。

 でも、開放すると今みたいに、この庭も外の世界のように笑い声でいっぱいになるかもしれないな。

 まぁ、それはそれでいいことだよな。

 思い出の庭に笑顔をが溢れる。

 そういう庭も悪くない。

もりやす たか と申します。秋っぽい感じで書きました。宜しくおねがい致します。

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