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短編小説

謎と真実

作者: 有寄之蟻





ピオドール・コルトロール。






そう名乗って、"それ"は彼女の前に現れた。






◆◆◆◆◇◆◆◆◆◇◆◆◆◆






「その名前、誰がつけたの?」


彼女がきくと、


「あなたですよ。ご主人様」


"それ"は答えた。






◆◆◆◆◇◆◆◆◆◇◆◆◆◆






「そう・・・ちょっと長いから、"ピコ"って呼んでいい?」


彼女の提案を、


「どうぞご自由に。あなたのお好きなようにお呼び下さい」


"それ"は淡々と肯定した。






◆◆◆◆◇◆◆◆◆◇◆◆◆◆






彼女の部屋が、出会いの始め。


突然現れた"それ"は、ひどく不可思議で少し歪つな存在で。


彼女を、"ご主人様"と"それ"は呼ぶ。


(おのれ)は彼女から生まれたのだと。






◆◆◆◆◇◆◆◆◆◇◆◆◆◆






「わたし、産んだ覚えがないんだけど・・・」


彼女が困ったように呟くと、"それ"はじっと彼女を見つめる。彼女も見つめ返して、ただ沈黙が落ちる。


しばらくして、"それ"は口を開いた。


「ーー私に、感情はありません。何かを感じる時には、あなたの感情をお借りします。・・・私は、あなたの強い、一つの感情から生まれたのです」


「感情がない?」彼女は驚いて、"それ"を生み出したという感情とは何か、考える。


「ねぇ、それってどんな感情?」


「・・・知りたいですか?」


"それ"は渋るような言い方をした。それが彼女の好奇心を刺激する。


「知りたい知りたい!教えて!」


"それ"は少し黙った後で、


「あなたはーー誰かを殺したい程憎んだことがあるでしょう?」


問いかけ口調で言った。


「あぁ」と一気に興がさめた表情になって、彼女は納得した。






◆◆◆◆◇◆◆◆◆◇◆◆◆◆






もう三年も前のことだ。


彼女が今まで生きてきた中で、一度だけ、人を殺したいと望んだ出来事。


ある日、大切なものを奪われた彼女。


奪った、あの男。


殺意は形を成さないまま、いつしか悲しみに(おお)い隠されて消えた。


今はもう、思い出すこともない。






◆◆◆◆◇◆◆◆◆◇◆◆◆◆






「ピコは、憎しみから生まれたの?」


尋ねつつ、彼女は"それ"を抱き上げる。


「そうとも言えますし、そうではないとも言えます」


"それ"はごまかすように言う。そののっぺりした表情を見て、彼女は首を傾げた。


「ほんとはどっち?」


「どちらとも、です」


"それ"の答えに、彼女は混乱する。意味を理解しようと頭をひねる彼女に、"それ"は淡々と説明した。


「私はあなたの道具です。道具は『道具』という名の存在だから道具なのではなく、それを道具として必要する人、そしてそれが果たせる何らかの役目がある時、道具になるのです。例えば、道に落ちている石。それだけではただの石です。しかし、誰か穴を掘りたい人がいて、その石に地面を掘ることができるなら、その石は『穴を掘る道具』になる訳です」


そこで一度言葉を切って、"それ"は(うかが)うように彼女を見上げた。


「憎しみは、私という"存在"の『材料』に過ぎません。私は道具です。あなたが必要としたから、私は生まれました。あなたが望んだ行為が私の役目であり、それを行う力を持って、あなたの所へやってきました」


ーー沈黙。


"それ"を見つめたまま、彼女は何も言わなかった。今、自分の中にある気持ちを表す言葉が分からなかったから。


「あなたは憎しみを抱いて私を望みました。ーーだから私は、ここにいるのです。ご主人様」


"それ"は、最後にそう言った。






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