謎と真実
ピオドール・コルトロール。
そう名乗って、"それ"は彼女の前に現れた。
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「その名前、誰がつけたの?」
彼女がきくと、
「あなたですよ。ご主人様」
"それ"は答えた。
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「そう・・・ちょっと長いから、"ピコ"って呼んでいい?」
彼女の提案を、
「どうぞご自由に。あなたのお好きなようにお呼び下さい」
"それ"は淡々と肯定した。
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彼女の部屋が、出会いの始め。
突然現れた"それ"は、ひどく不可思議で少し歪つな存在で。
彼女を、"ご主人様"と"それ"は呼ぶ。
己は彼女から生まれたのだと。
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「わたし、産んだ覚えがないんだけど・・・」
彼女が困ったように呟くと、"それ"はじっと彼女を見つめる。彼女も見つめ返して、ただ沈黙が落ちる。
しばらくして、"それ"は口を開いた。
「ーー私に、感情はありません。何かを感じる時には、あなたの感情をお借りします。・・・私は、あなたの強い、一つの感情から生まれたのです」
「感情がない?」彼女は驚いて、"それ"を生み出したという感情とは何か、考える。
「ねぇ、それってどんな感情?」
「・・・知りたいですか?」
"それ"は渋るような言い方をした。それが彼女の好奇心を刺激する。
「知りたい知りたい!教えて!」
"それ"は少し黙った後で、
「あなたはーー誰かを殺したい程憎んだことがあるでしょう?」
問いかけ口調で言った。
「あぁ」と一気に興がさめた表情になって、彼女は納得した。
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もう三年も前のことだ。
彼女が今まで生きてきた中で、一度だけ、人を殺したいと望んだ出来事。
ある日、大切なものを奪われた彼女。
奪った、あの男。
殺意は形を成さないまま、いつしか悲しみに覆い隠されて消えた。
今はもう、思い出すこともない。
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「ピコは、憎しみから生まれたの?」
尋ねつつ、彼女は"それ"を抱き上げる。
「そうとも言えますし、そうではないとも言えます」
"それ"はごまかすように言う。そののっぺりした表情を見て、彼女は首を傾げた。
「ほんとはどっち?」
「どちらとも、です」
"それ"の答えに、彼女は混乱する。意味を理解しようと頭をひねる彼女に、"それ"は淡々と説明した。
「私はあなたの道具です。道具は『道具』という名の存在だから道具なのではなく、それを道具として必要する人、そしてそれが果たせる何らかの役目がある時、道具になるのです。例えば、道に落ちている石。それだけではただの石です。しかし、誰か穴を掘りたい人がいて、その石に地面を掘ることができるなら、その石は『穴を掘る道具』になる訳です」
そこで一度言葉を切って、"それ"は窺うように彼女を見上げた。
「憎しみは、私という"存在"の『材料』に過ぎません。私は道具です。あなたが必要としたから、私は生まれました。あなたが望んだ行為が私の役目であり、それを行う力を持って、あなたの所へやってきました」
ーー沈黙。
"それ"を見つめたまま、彼女は何も言わなかった。今、自分の中にある気持ちを表す言葉が分からなかったから。
「あなたは憎しみを抱いて私を望みました。ーーだから私は、ここにいるのです。ご主人様」
"それ"は、最後にそう言った。