表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

盲目少女と計算ヤンデレ

作者: 壺虎

 俺がその子を好きになったのに、特に深い訳は無い。ただ単に、一目惚れだ。


 犬を連れて街を歩くその子を、ただぼうっとして見つめていた。その間、友人を無視してしまったのは、悪いと思っている。

「もしかして、お前、あの子が気になってんの?」

「……そうみたいだ」

 友人はヒュッと口笛を吹いた。

「じゃあさ、初恋じゃん? おっめでとう、今まで恋に全く興味ゼロだった誠夜せいや君や」

 応援してやるよ~、と笑う彼に、その時感謝をした。


 今は全くしていない。むしろ、邪魔だ。


 その子は、偶然にも同じ大学だった。学部が違かったのだが、部活のイベントにその子が来ていたのだ。

「……来てくれてありがとうございます」

 と声をかけると、彼女ははっと顔を上げて、きょろきょろと辺りを見る。もしかして、こっちが声をかけたの、分からなかったのか。

「あの。クッキー配ってるんで、どうぞ」

 そう言って差し出すと、彼女は目の焦点が合わないまま、クッキーの方に手を伸ばす。クッキーの袋から彼女の手はずれ、俺の手に触れた。

 ……暖かい。

「ご、ごめんなさい……。クッキー、ありがとうございます」

 そう言って、立ち去った彼女は、やはり犬を連れていた。

「お、話せたか?」

「ああ。でも様子がおかしかった」

 と彼女の様子を話すと、友人は俺を指差して大爆笑。

「そりゃ、しょうがないだろ! お前、あの子が盲目って分からなかったの?」

 犬は、盲導犬だったようだ。道理でいつも、犬には変な物が取り付けてあるなと思ったのだ。


 次に会ったのは食堂。

「……こんにちは」

 なんとなく、犬に向かって話しかけると、犬が尻尾をぱたぱたと振って飼い主に知らせた。

 犬に話しかけて正解だったようだ。

「あ、こんにちは……。もしかして、イベントの?」

 頷きかけて、慌てて「そう」と答えた。彼女は花が開いたような笑顔を見せてくれた。

 ……凄く、可愛い。

 彼女が、その場から離れずにいてくれたので、そのまま話ができそうだった。

 食堂の机を取って、振り返ると、彼女は困った様に立ちつくしていた。犬が案内してくれないらしい。……盲導犬の意味、あるのか?

「こっち」

 腕を取って――自然と取ってしまったが、かなり躊躇した――、取った席へと案内する。

「ありがとう」

 はにかむような笑み。それも素敵だと思った。

 恋って楽しいな。

「何を食べる?」

 点字をなぞって、メニューを読んでいる彼女に聞く。慌てて「読む」スピードを速めたので、そのまま俺は、

「チャーハン」

 彼女は、え? といった顔でこちらを見てくる。

「カレー、牛丼、ラーメン、パスタ……」

 読みあげると、彼女は少し恥ずかしそうだった。

「パスタにします」

「何パスタ? ミートソースと、ワカメがあるけど」

 ワカメって何ですか、と彼女は口を押さえて笑った。

「じゃあ、面白いからワカメにします」

「俺はミートソースにしよう」

 取ってくる――と言って、席を立った。


 戻ってくると、彼女は犬をゆっくりと撫でて、ぼんやりしていた。

「どうかしたのか」

「いえ、することが無くって……。いつもは、メニュー読むのに、三十分とかかかっちゃうんですけど」

 点字読むの、苦手なんです、と照れ笑い。

「初対面の人に、申し訳ないです」

「……いいんだ、俺がしたいだけだから」

 こうやって積極的に女子に声をかけるなんて、今までしたことが無いから、よく分からないけれども。

 彼女が喜んでくれるなら、それでいいだろう。

 ……それより、困った。今更名前を聞くのもおかしいが……。彼女の名前を知らない。

 すると、ありがたいことに、彼女の方から聞いてくれた。

「えっと、お名前聞いてませんでした。私は水野美香(みか)です」

「吉田誠夜。大学二年」

「あ。私も二年です」

 一緒ですね――と笑う彼女を見て、なんだか心がほっとする。


 それから度々、二人で食事したり、祭に行ったりした。


 美香の犬は、レミというらしい。ゴールデンレトリバーだ。異様に大きい。

「……これ、ドア通れるか?」

 店によっては、レミが通れない。無理やり、そのふさふさの毛を押しこんだり、嫌がるレミの腹を押したりして、なんとか店のドアを潜れたのに。

「すみません、こちらペットは禁止でして……」

 店員さんが、申し訳ない、という声を出したが、その顔には「迷惑」とはっきり書いてある。

「あの、盲導犬なんです……私、この子がいないと、お店でちゃんと食事できなくて」

「それでも、毛とか抜けると、困るんですよ」

 俺は何故だか、腹が立った。何にって、店員とレミに。

「レミは、犬の毛抜けませんよ」

 そう言ってみたが、

「……そちらのドアに」

 店員の指したドアには、確かに毛がこびりついている。仕方ないのに、だってこのドアが狭いのが悪い。

 そして当のレミはどこ吹く風。お前のせいで、店でろくに食事もできないのに。

「毛は、ちゃんと集めてからお店出ますから……お願いです、レミを入れてください」

「そうは言っても」

「レミいなきゃ、私、駄目なんです」

 レミがいなきゃ。

 美香の言葉は、何故か心に重くのしかかる。

 何で店員は融通が利かないんだよ。美香が困っているのに。

 そして――レミが、美香には絶対必要?

 そんなの、違う。

「……もういいです。犬()れなければ、いいんでしょ?」

 美香の腕を取って、店員を睨みつけた。

 そのまま、美香を連れて店に入る。レミは店の入り口で待ってもらった――流石に、店の外には放り出さない。

 段差の度に、俺は手をくい、と上げたり下げたりして知らせた。なんとか、美香は一度も躓かずに済む。

「……ありがとう、吉田くん」

 エスコート上手だね、と言って笑う美香に、ちょっと腹が立つ。

美香(、、)が、必要な時にはいつでも言って」

 ちょっと彼女は、目をぱちぱちとして、

「うん。いつもありがとう、誠夜くん」

 名前で呼んでくれたことが、どうしようもなく嬉しかった。

 ……どうしようか。相手がどう思っているのか、俺にはさっぱり分からないし。

 いいや、したいと思った時にでも、

「……美香」

「何? 誠夜くん」

 今にでも、言ってみよう。

 告白の言葉を。


「お前、あの子に告ったって本当か?」

「ああ」

「んで、どうだったの? 返事は?」

 友人がやかましい。彼が周りをうろちょろするので、その度に顔を背けてやった。

「今日、返事来る」

「そ~うか~あ。色良い返事だと、いいな? な?」

 またもや歩き回る友人が、ぱっと話題を変えた。

「それにしても、今頃ちゃんと直接告白かあ。初恋でよくやるな、お前」

 最近はメールが多いんだとか。

 そんなの、意味が無い。美香はメールができないし。

 想いは直接伝えないと。


 近づいてくる人に反応できない彼女の肩を、ぽんと叩く。

「あ、誠夜くん」

 ずっと待っていたのか、美香の手は赤かった。

「ごめん。待たせた」

「……いや、これまでに心の準備ができたから……」

 美香の声は、小さくて聞こえなかった。

「それでは、返事を致します」

 かしこまって言う彼女も、可愛かった。

「その……私も、優しい誠夜くんが好きです。こちらこそお願いします」

 ぱっと、頭を下げた美香を、思わず抱きすくめた。

「ひゃっ!?」

「あ、……ごめん」

 目が見えないから、いきなりは止めてね? と悪戯っぽく笑う美香。可愛かった。


 後に友人が言うには、俺は全く優しくないそうだ。

 知るか。美香が嬉しそうだから、いいんだ。


 一日一回。と決めて、二人で夜に電話をする。今日あった、面白いこととか、楽しいこととか。時々愚痴もあった。

「……それでね、私酔うと帰れないから、いつも断ってたの。なのに、先輩が無理やり誘ってきて」

 怖かったよ、とある日彼女は電話をしてきた。俺はその先輩に殺意が湧いた。しかもその先輩、男だという。

 後で調べとこう……と思いながら、美香には、

「じゃあ、酒飲む時は一緒に行こう。帰りに送るから」

 レミだけじゃ、大変だろ。と言いながらも、俺の本心は「レミなんて要らない」だ。

「ありがとう~。酔うと変な人かも、私」

 変に甘えるらしくって。そう聞いた途端、すぐに、

「じゃあ、週末行こうか?」

「え?」

 是非とも甘えてもらいたい。


 そのまま、誘う度に断られ、ようやく彼女がOKと言ったのは、十二月。それもクリスマスだ。

「本当に私、酔うと変だからね?」

 何度も念押しをして、美香はゆっくり酒を口に含んだ。

 すでに彼女からは住所も聞いた。住所を聞く口実になる、というのもずっと誘っていた理由だが。

「うにゃ~……」

 そう言って、俺の方にもたれかかってきた。

 ゆっくりと腕を回して、抱き上げた。かなり軽い。

 そのまま彼女を膝に乗せる。

「せーやくん?」

「……酒呑んでいいぞ、ほら」

 こくこくと酒を呑む美香は、猫のようだった。

 かなり呑む。それを俺は止めなかった。

 酔い潰れた方が、いい。だって、そうしなければ彼女の家に入れないから。


 すっかり酔って寝てしまった美香を抱きかかえて、教えてもらった住所へと向かう。遠いのでタクシーに乗った。

 乗っている間、クリスマスだからか、町中が色んなイルミネーションで飾られているのが目に入った。サンタ姿のやつも多い。

 でも、景色はどうでもいい――美香が、楽しめないものだから。見えないイルミネーションに、何の意味があるのか。そして、美香が楽しめないものは、別に要らない。

 美香の家に上がると、そこは綺麗に片づけられていた。俺が入ると予想してか。

 ベッドに彼女の体をゆっくり置いて、俺は部屋をぐるりと見渡した。

 壁に、写真が飾られている。レミと美香。一人と一匹が、笑顔で写真に写っていた。

 そうか、と思い立つ。

 レミがいなければ(、、、、、、、、)、美香は困る。俺のことを、もっと頼るようになる。

 レミが、いなければ。さてどうするか。

 何かを感じとったのか、レミが「キュゥン」と哀しげに鳴いた。

 別にお前の鳴き声は要らない。美香が啼けばそれでいい。まだ先だけど。


 次の日、ゆっくり目を覚ました私は、何かに抱きつかれている気がして慌てた。また何かやってしまったのか。お酒に酔って――でも、誠夜くんがいてくれたはずだ。

 じゃあ、これは誠夜くん?

「誠夜くーん……朝ですよー……」

と声をかけてみれば、唸り声が彼の物だったので、多分彼であろう。

「……あ。おはよう、美香」

「あの……私、変なことしてない?」

「何もしてないよ。ちなみに、寒かったから抱き枕にしていただけ」

 最近、誠夜くんに遠慮が無い。優しいのは変わっていないと思うのだけれど。

 ここまで考えて、私は違和感に首を傾げた。朝起きたら絶対に、私に駆け寄ってくるのに。

「……レミは?」

と尋ねると、彼は不思議そうな声を出した。

「レミ、ここに住んでいるのか?」

「え……?」

 彼が言うには、この家の鍵はすでに開いていて、レミは初めからいなかったらしい。

 私は酷く慌てた。鍵はちゃんと閉めたはずなのに。開いているってことは、誰か泥棒が入ったの?

 レミを、連れていけば良かった……。誠夜くんが迎えに来てくれたとき、レミはすやすやと気持ちよさそうに寝ていたし、彼が「ちゃんと自由に歩かせるよ。俺がレミの代わり」と言ってくれたから、それにありがたく乗ったのだった。

 でも、まさかレミが連れて行かれるなんて……。

「……一応、警察だかに電話したよ」

 私が混乱している中、誠夜くんはいろいろとしてくれたらしい。


 レミが見つかってくれたら。

 そう願っていたけれど、レミはさっぱり見つからなかった。

 レミをくれた、盲導犬協会の人が、

「ごめんなさいねえ……予約が、いっぱいで。新しい盲導犬の子を、すぐに渡せないのよ」

 じゃあ、私は杖で歩くしかないんだ。そのまま、とぼとぼと歩いて教会から帰る。

 何度も他の人にぶつかった……色んな人に、舌打ちされたりして、凄く哀しくなった。杖で歩くのは久しぶりで、レミのありがたさが心に染みる。

 段差に気がつかなくって、転んだ。他の人も巻き添えにしちゃったみたいで。

「お前、ちゃんと前見ろよな! ……ったく」

 転んで、杖が何処かに飛んで行ってしまった。しかも、ここは交差点の真ん中だ。

 急に怖くなった。何も見えない、もしかして、後少しで車が衝突するんじゃないかって。

「誰か――助けて!」

 叫んだはずだけど、人の声と車の排気音で全部消されてしまったと思う。

 周りの人の気配が消えた。信号機の音も……。

 死んじゃうの?

 すっと体が冷えて、どうにもならない。どうしよう、車の運転手の人達、私の事見えてるかな。

 ぐいっと、腕を掴まれた。誰か気付いてくれたんだ。

「……お願いだから、危ない真似しないでくれ」

 誠夜くんだった。

「っ……! 誠夜くん、私っ」

 泣きついた。こんな時にいつも助けてくれる誠夜くんは、凄く優しい。私のヒーローなんだ。


 家に帰ってから、誠夜くんは優しい声で私に、

「俺が、レミの代わりするって言ったでしょ」

「でも、誠夜くんだって忙しいし……」

「いいんだ。美香のためなら、多少大学の講義で遅刻しても」

 悪いとは思った。甘えてしまうのは、駄目だ……それでも、私は縋らずにはいられない。

「ごめん、誠夜くん……いっつも、迷惑ばっかで」

「ううん」

 そのまま、優しく抱かれる。今日は、安心して寝れそうだ……彼の体温が、温かい。

 私は目が見えないから、彼がどんな表情をしているか分からなかった――満足そうに、壁の写真を嗤って見ていたことは、知らないまま。


 俺に抱かれて、安心した美香は、そのまますやすやと寝てしまった。緊張感はさっぱりない。

「……別に、いいんだよ? 美香がこっちに頼ってくれれば……いつか、美香は俺しか頼らなくなるから」

 彼女に回した腕の力を強める。

 そう、友人が何と言おうと、俺以外の「頼れる」ナニカを作ってやるつもりはない。

「美香は、俺だけを頼ってね」

 優しいかどうか? それは、美香しか決められない。

 後に何度聞いても、美香は今の状態が居心地良い、と言うから、これでいいんだ。

拙い文章ですみませんm(--)m

読んでいただきありがとうございました!


***


感想にてご指摘いただいたので、訂正させていただきました。

盲導犬は教会から貸与されるもので、買うものではない、ということ。基本的な事を間違ってしまい申し訳ございませんでした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ